第51話「王都の嘲笑」
五日後。
辺境の地を旅立ったレオン・グランヴァルトとエリス・アークライト、そして五人の生徒たちは、過酷な馬車旅の末、ついに王都へと足を踏み入れた。
空へ突き刺さるような白い尖塔。
綺麗に敷き詰められた石畳の道。
行き交う人々は皆、色鮮やかで上質な服を身に纏い、辺境の寂れた風景とはまるで別の世界だった。
「……人が多い。嫌な匂いがいっぱいする」
リュカ・ウォルフが耳を伏せ、鼻をひくつかせながら馬車の窓から外を睨む。
「空気が重いですわね。権力と欲望が入り交じった、王都特有の嫌な空気ですわ」
セレス・ヴァーミリオンが扇子で口元を隠し、冷ややかに呟く。
馬車はやがて、王都の中心にそびえ立つ壮麗な建造物の前に到着した。
『王国立第一魔術学院』。
王国最高の教育機関であり、特権階級の子弟たちが通うエリートの巣窟だ。
門をくぐると広大な中庭には大理石の噴水があり、綺麗に刈り込まれた庭園が広がっていた。
彼らを案内するために待っていたのは、第一魔術学院の生徒会の腕章をつけた数人の生徒たちだった。
彼らはレオンたちを見るなり、隠す気もない嘲笑の笑みを浮かべた。
「お待ちしておりましたよ、辺境学院の皆様。遠路はるばるご苦労様でした」
生徒会の一人が仰々しく頭を下げるが、その目は完全に彼らを見下していた。
「さあ、ご案内しましょう。他の方々も、皆様の到着を心待ちにしておりましたからね」
わざとらしく大きな声を上げながら、彼らは学院の豪華な廊下を進んでいく。
その声に引き寄せられるように、第一魔術学院の生徒たちが次々と廊下に姿を現した。
彼らは辺境から来た隔離クラスの五人を見ると、一斉にヒソヒソと囁き合い始めた。
「あれが噂の災厄候補たち?」
「信じられない。あんな野蛮な連中が、私たちと同じ校舎を歩いているなんて」
「あの赤髪、見るからに頭が悪そうね。黒炎の暴走魔なんでしょう?」
「獣人がいるわ。獣臭いからこっちに来ないでほしいわね」
「あの銀髪の子、近づくと凍らされるって噂よ。気味が悪い……」
「ヴァーミリオン家の落ちこぼれ令嬢もいるわね。実家から見捨てられたのに、よく顔を出せたものだわ」
明確な悪意と嘲笑の言葉が、刃のように彼らに降り注ぐ。
ミリア・フロストレインは青ざめた顔で、先生にもらった黒い手袋を胸元でぎゅっと握りしめ、レオンの背中に隠れるように身を縮めた。
リュカは喉の奥からグルルル……と低い唸り声を上げ、いつでも飛びかかれるように低い姿勢を取る。
ノア・レイスは無表情のまま冷たい視線を彼らに向け、セレスは扇子を握る手を白くなるほど強く握りしめていた。
「てめえら……言わせておけば調子に乗りやがって!」
ガルド・バルガが激怒し、右手に禍々しい黒炎を立ち上がらせた。
彼が一番嫌うのは、自分を認めることもせず上から見下してくる視線だ。
「まとめて灰にしてやる!」
ガルドが一歩前に出ようとしたその時だった。
「やめろ、ガルド」
レオンが落ち着いた声で、ガルドの肩をガシッと掴んだ。
「離せよ、先生!あいつら俺たちのことを……!」
「ここで暴れれば、奴らの言う通り『野蛮な災厄候補』を自ら証明することになる。奴らはそれでお前たちを失格にし、公開処刑を完了させるつもりだ。その安い挑発に乗るな」
レオンの言葉にガルドはギリッと奥歯を噛み締め、右手の黒炎をギリギリと抑え込んだ。
「お前たちが化け物じゃないってことは、明日からの試合で存分に見せつけてやればいい。今はただ、堂々と歩け」
レオンは真っ直ぐに前を向き、王都の生徒たちの嘲笑など微塵も気にする素振りを見せずに歩みを進めた。
その広く分厚い背中を見て、ミリアは小さく深呼吸をし、顔を上げた。
ガルドも乱暴に頭を掻きむしりながら、炎を完全に消してレオンに続く。
リュカも牙を隠し、ノアとセレスも堂々と胸を張って歩き出した。
どんな悪意に晒されても、彼らには自分を信じてくれる大人が前に立っている。
だからもう、下を向いて逃げる必要はないのだ。
その日の夜。
交流戦の前夜祭として、第一魔術学院の大広間で豪華な歓迎晩餐会が開かれた。
天井には無数の魔導クリスタルが輝く巨大なシャンデリアが吊るされ、長いテーブルには王都の最高級の食材を使った豪奢な料理が所狭しと並べられていた。
ローストビーフ、キャビアを添えた冷製スープ、色鮮やかなゼリーや焼き菓子。
王都の生徒たちはきらびやかなドレスや礼服に身を包み、優雅に歓談しながらグラスを傾けている。
一方の隔離クラスの五人は、着慣れた辺境学院の質素な制服のまま、会場の端に用意された席に座っていた。
「随分と豪華な飯だな。エリス先生の用意してくれた給食とは大違いだ」
レオンが眠そうに席につきながら言うと、隣に座ったエリスが少しだけ不満そうに唇を尖らせた。
「辺境の限られた予算とは比べ物になりませんから。ですが愛情なら負けていないつもりです」
「分かってるさ。あんたの給食の方が美味い」
レオンが笑うと、生徒たちも自分の席についた。
周囲の王都の生徒たちからは、相変わらず見下すような視線が向けられている。
「見て、あの貧乏くさい制服。こんな高級な料理、辺境の田舎者にはどうせ味が分からないでしょうね」
そんな嘲笑が聞こえてくる中、王都の生徒たちの食事の様子は、豪華な服とは裏腹に酷いものだった。
彼らは運ばれてきた料理を一口か二口食べただけで「味が濃すぎる」「肉が硬い」と文句を言い、平然と皿に残している。
さらに給仕のメイドや使用人たちに対して、「ワインが遅い」「スープが冷めている」と傲慢な態度で顎で使い、冷たくあしらっていた。
彼らにとって使用人は自分たちより下の身分の道具であり、料理はただの飾りでしかないのだ。
「……酷い匂い。食べ物を粗末にする匂い」
リュカが鼻をひくつかせ、不快そうに耳を伏せた。
「野蛮だと言いながら、食べ物への敬意すら持ち合わせていないようですわね。あの程度の作法で貴族を気取るとは、虫酸が走りますわ」
セレスが扇子を広げ、冷ややかに周囲を一瞥する。
ノアもまた、残された大量の料理を見て静かに目を伏せた。
「命を無駄にして、それを当たり前だと思っている。……死者への冒涜だ」
「よし、お前ら。周りの馬鹿共は放っておけ」
レオンが自分の前の皿に手を伸ばし、声をかけた。
「飯が冷めるぞ。いただきますをして、さっさと食うぞ」
レオンの号令に、五人の生徒たちは当然のように居住まいを正した。
そして王都の生徒たちが誰もやっていない、辺境学院の教室で毎日やっている当たり前の作法を行った。
「いただきます」
全員の声が揃う。
ガルドはナイフとフォークを手に取り、ローストビーフを豪快に切り分けて口に運んだ。
「へっ!まあ味は悪くねえな。でも俺が焼いた肉の方が、火加減は完璧だぜ!」
ガルドはそう言いながらも出された肉を一切れも残さず、綺麗に平らげていく。
ミリアは冷製スープをスプーンですくい、丁寧に口へ運んだ。
かつての彼女なら、緊張で周囲の空気まで凍らせていたかもしれない。だが今のミリアの手元には、霜の一つも降りていなかった。
「美味しい……エリス先生のスープと同じくらい、優しい味がします」
ミリアは嬉しそうに微笑み、一滴残さずスープを飲み干した。
リュカは骨付きの肉に食らいつき、あっという間に骨まで綺麗にしゃぶってしまった。
「肉、うまい!でもこれ、ガルドとノアにも少しあげる」
リュカは自分の皿の端にあった小さな肉を、ガルドとノアの皿にポンと置いた。群れの仲間に肉を分ける、彼女なりの愛情表現だ。
「お、助かるぜ。なら俺のパンと交換だ」
ガルドが自分のパンをリュカに渡し、ノアも静かに「ありがとう」と言って肉を口に運ぶ。
セレスは完璧なマナーで食事を進め、エリスもレオンも残すことなくすべての料理を綺麗に完食した。
やがて給仕の若いメイドが、空になった皿を下げるために恐る恐る彼らのテーブルへと近づいてきた。
王都の生徒たちから散々怒鳴られ、怯えきった様子だった。
メイドがミリアの前の皿を震える手で下げようとした時だ。
「あの」
ミリアが小さな声で呼びかけた。
メイドは怒られると思ってビクッと肩を震わせた。
だがミリアは、花が咲いたような心からの笑顔を向けたのだ。
「とても美味しかったです。ごちそうさまでした。運んでくださって、ありがとうございます」
メイドは目を丸くした。
王都の学院の生徒から、お礼を言われることなど一度もなかったからだ。
「え……あ、いえ、そんな……もったいないお言葉です」
メイドの顔に、嬉しそうな赤みが差す。
「ありがとよ。おかわりはねえのか?」
ガルドが笑って言い、ノアも「ごちそうさまでした」と静かに頭を下げる。
リュカも「肉、うまかった!」と尻尾を振った。
セレスは優雅に微笑み、「丁寧な給仕、感謝いたしますわ」と労った。
その光景を見ていた王都の生徒たちが、再び嘲笑の声を上げた。
「信じられない。使用人にお礼を言ってるわよ」
「出されたものを全部平らげるなんて、よっぽど飢えていたのね。やっぱり辺境の田舎者は、野蛮な獣と変わらないわ」
クスクスと響く嫌味な笑い声。
だがそれを聞いたレオンは、フォークを置いて呆れたように笑った。
「野蛮、か」
レオンの落ち着いた、よく響く声が、周囲の嘲笑を切り裂いた。
「作ってくれた者への感謝も忘れ、命である飯を平気で残し、働く人間を見下す。それがエリート様の言う『品格』なら、そんなものは犬にでも食わせておけ」
レオンは立ち上がり、王都の生徒たちを冷たい目で見下ろした。
「飯の食い方も知らないような薄っぺらい連中に、俺の生徒たちが負けるはずがない」
その言葉に、王都の生徒たちの顔が怒りで真っ赤に染まった。
「なっ……!辺境の教師風情が、私たちを愚弄する気か!」
「明日からの試合で、思い知らせてやる!お前たちがただの化け物だってことをな!」
激昂する王都の生徒たちを無視し、レオンは自分の生徒たちを振り返った。
「聞いたか、お前ら。明日から思い知らせてくれるそうだが」
レオンの問いかけに、五人の生徒たちは誰も動じなかった。
「へっ、上等だ。俺の黒炎で、あいつらのその安いプライドごと丸焦げにしてやるよ」
ガルドが不敵に笑う。
「私はもう、誰の言葉にも凍りません。明日、私の氷でみんなを守ります」
ミリアが黒い手袋を握りしめる。
「食べ物も、働いている人も大切にできない彼らに、僕たちが負ける理由はないよ」
ノアが静かに宣言する。
「私の陣で、彼らの浅はかな戦術などすべて叩き潰して差し上げますわ」
セレスが扇子を開いて微笑む。
「リュカ、群れで戦う。王都の嘘つき、誰も逃さない!」
リュカが牙を剥き、ふさふさの尻尾を勢いよく振った。
「よし、よく言った。なら今日はしっかり寝て明日に備えろ。明日の第一試合はミリア、お前だ」
「はいっ!」
王都の嘲笑と悪意が渦巻く大広間の中で、隔離クラスの五人は誰よりも気高く、強い絆で結ばれていた。
災厄候補と呼ばれた問題児たちの、王都のエリートへの証明の戦いが、いよいよ明日から始まる。第一試合は、氷壁の少女の番だった。




