第50話「王都学院からの招待状」
辺境学院の本校舎。
学院長代理であるエリス・アークライトの執務室は、重苦しい空気に包まれていた。
机の上に広げられているのは、昨日王都から届いた分厚い封書と、それに同封されていた『王国立第一魔術学院・特別交流戦』の詳細なプログラムだ。
黒いコートを着たレオン・グランヴァルトは、壁に寄りかかりながら眠そうにその書類を眺めていた。
「……交流戦は、個人戦から団体戦まで全五種目。わざわざ大闘技場を一日貸し切って、王都の特権貴族や教育局の重鎮たちをズラリと観客席に並べるらしいな」
レオンが書類を机に放り投げると、エリスは青ざめた顔でギリッと唇を噛み締めた。
「ええ。表向きは辺境学院との友好的な教育交流となっていますが、実態は違います。王都学院の生徒たちは、幼い頃から最高の環境で英才教育を受けたエリート中のエリート。一方の隔離クラスは、彼らから見れば規格外の危険な力を持ちながら、まともな教育を受けてこなかった落ちこぼれです」
エリスは拳を強く握りしめた。
「王都の連中の狙いは明白です。大観衆の前で、王都の生徒たちが隔離クラスを完膚なきまでに叩きのめす。それによって王都の教育の正当性を誇示し、同時にミリアさんたちが『野蛮で危険な災厄候補』であることを世間に強く印象付ける。……完全に、公開処刑の場です」
「だろうな。こないだの獣人狩りの一件で王都の陰謀が失敗に終わったから、今度は大義名分を立てて表舞台で叩き潰そうって腹だろう。随分と手が込んでる」
レオンは呆れたように息を吐いた。
「レオン先生。私は学院長代理として、この交流戦への参加を辞退するつもりでした」
エリスが悲痛な声で告げる。
「彼らはようやく、この学院で自分たちの居場所を見つけ、仲間を信じることができるようになったばかりです。それなのに今、王都の悪意と嘲笑に満ちたアウェーの戦場に彼らを引きずり出せば、せっかく治りかけた傷がまた開いてしまうかもしれない。彼らを守るのが、私の役目です」
だがエリスの言葉は、そこで途切れた。彼女の視線が、机の端にあるもう一枚の羊皮紙に落ちる。
「……ですが辞退は不可能です。この招待状には、王国教育局からの『特命』という絶対的な命令書が添えられています。もし参加を拒否すれば、辺境学院は王国への反逆とみなされ、隔離クラスの生徒たちは即座に危険指定を受けてしまいます」
断れば反逆者。参加すれば公開処刑。
王都は逃げ道を完全に塞いでいたのだ。
レオンは壁から背中を離し、エリスの前に歩み寄った。
「エリス先生。あんたはずっと、王都の理不尽な命令と生徒たちを守りたいという気持ちの間で板挟みになってきたな」
「……はい」
「だが俺は、今回の交流戦はただのピンチだとは思っていない。むしろ、あいつらにとっては絶好の機会だ」
「機会、ですか?」
エリスが目を丸くすると、レオンは不敵に笑った。
「ああ。王都の連中はあいつらを危険な化け物だと信じて疑っていない。だが俺たちは知っている。あいつらがもう、世界を滅ぼす災厄なんかじゃないってことをな。なら、その大舞台で証明してやればいいだけのことだ」
レオンの揺るぎない言葉に、エリスの瞳がハッとして見開かれた。
そうだ。彼らはもう、恐怖に怯えるだけの子供ではない。
仲間を守り、互いを支え合う強さを知った立派な生徒たちなのだ。
エリスは深く息を吸い込み、そして力強く顔を上げた。
「……分かりました。レオン先生がそこまでおっしゃるなら、私も腹を括ります」
エリスは机に両手をつき、はっきりとした声で宣言した。
「私も王都へ同行します。学院長代理として、いえ、彼らの教師の一人として、生徒の正当性を主張する義務があります」
それはエリスが王都の顔色を窺う連絡役という立場を完全に捨て去り、辺境学院の子供たちを守るために王都と真っ向から対立する覚悟を決めた、初めての瞬間だった。
「頼もしいな。あんたがいてくれれば、王都の面倒な書類仕事や社交辞令は全部任せられる」
レオンが眠そうに笑うと、エリスは少しだけ顔を赤くして「そういう意味ではありません!」と抗議した。
昼前の特別隔離教室。
教卓に立ったレオンは、集まった五人の生徒たちを見渡した。
「昨日言った詳しい話をするぞ」
レオンは黒板に『王都学院交流戦』と書き殴った。
「出発は五日後だ。俺たちは王都へ向かう。向こうの第一魔術学院のエリート坊ちゃんたちと、対抗戦を行うことになった」
その言葉に、教室がざわついた。
「はあ!?王都の学院って、あの俺たちを見世物小屋の化け物扱いして手紙を送ってきたクソチビ共の巣窟だろ!?」
ガルドが机をバンッと叩いて立ち上がる。
「……王都。嫌な匂いがいっぱいする場所」
リュカが耳をペタンと伏せ、不快そうに鼻を鳴らした。
「また、あの冷たい目で見られるのでしょうか……」
ミリアは、先生にもらった黒い手袋を胸元で不安げにぎゅっと握りしめた。
王都は彼女たちにとって、迫害され、見捨てられ、絶望を味わわされたトラウマの象徴だ。
「まあ、そう怯える必要はありませんわ」
セレスが優雅に扇子を広げ、冷静な声でクラスメイトたちを窘めた。
「相手の狙いは明白。大衆の面前で私たちを完膚なきまでに叩きのめし、自尊心を粉々に砕くための見世物ですわ。ですが裏を返せば、私たちが彼らの鼻を明かしてやれば、王都の特権階級の顔に泥を塗ることができる最高の舞台ということですのよ」
セレスの言葉に、ノアが静かに頷いた。
「……向こうは僕たちを、ただの暴走する化け物だと思っている。だから連携なんて想定していないはずだ。隙はいくらでもある」
「その通りだ」
レオンが黒板を軽く叩いた。
「王都の連中は、お前たちをただの災厄候補だと思って見下している。だが俺は、お前たちが王都のエリート共なんかに負けるとは微塵も思っていない」
レオンは真っ直ぐに生徒たちの目を見つめた。
「だがな。この交流戦は、ただ相手を叩きのめして『勝つためだけ』に行く戦いじゃない」
ガルドが怪訝そうに眉をひそめた。
「勝つためじゃないなら、何しに行くんだよ」
「見せに行くんだ」
レオンは静かに、けれど腹の底に響くような重い声で告げた。
「お前たちがもう、世界を滅ぼす災厄なんかじゃないってことを、王都の連中に、いや、世界中に見せに行くんだ」
その言葉に、生徒たちの息が止まった。
災厄じゃないと、見せに行く。
それは彼らがこれまで受けてきた理不尽な迫害とレッテルに対する、最大の反逆だった。
「だから、俺はお前たちに命令しない。行くかどうかは、お前たちで決めろ。行きたくないなら、王都の命令は俺が突っぱねる。その後の責任も、全部俺が引き受ける」
教室が静まり返った。
逃げてもいい。断ってもいい。
王都は彼らにとって、迫害と絶望の象徴だ。
それでも五人は、互いの顔を見合わせたあと、ゆっくりと、しかし力強く頷いた。
「へっ!逃げるわけねえだろ。俺の炎の熱さを、あのエリート気取りのクソ共の骨の髄まで刻み込んでやるよ!」
ガルドが右手に黒炎を灯し、不敵に笑う。
「私……もう逃げません。私の氷で、みんなを守ります」
ミリアが黒い手袋を握りしめる。
「僕はもう、生者の世界から逃げない。僕たちの強さを証明する」
ノアが静かに頷き、机の下の骨の鳥を撫でた。
「お任せなさいな。王都の連中の浅はかな戦術など、私とこの頼もしい仲間たちがいれば、赤子の手をひねるようなものですわ」
セレスが誇り高く扇子を翻す。
「リュカ、一番速い!王都の嘘つきたち、全部追い抜いて勝つ!」
リュカが牙を剥き、銀色の尻尾をピンと立てた。
レオンは五人の生徒たちの顔を見渡し、満足そうに口元を緩めた。
赴任初日、この教室に渦巻いていた殺伐とした空気も、禍々しい未来の称号も、もうどこにもなかった。
今ここにいるのは、互いを守ることを覚えた五人の生徒たちだった。
「よし、全員覚悟は決まったな」
レオンが言うと、五人は再び力強く頷いた。
「俺とエリス先生も同行する。万が一向こうが卑怯な手を使ってきたら、俺が全部叩き斬ってやるから安心しろ」
「レオン先生、武力行使は最終手段にしてくださいね!あくまで教育交流ですから!」
教室の入り口からエリスが慌てて釘を刺すと、教室の中にドッと笑い声が響いた。
「さあ、そうと決まれば腹ごしらえだ。今日はエリス先生が、王都に向けての壮行会として特別な給食を用意してくれたそうだぞ」
レオンの言葉に、ガルドとリュカが同時に歓声を上げた。
ガラガラッと扉が開き、メルディアが大きなワゴンを押して入ってきた。その後ろから、エリスも少し誇らしげに顔を出す。
エリスが
「メルディア先生にも手伝っていただきました。皆さん、頑張ってくださいね」
と言うと、メルディアが優しく微笑んだ。
「ふふっ、今日のメニューは、分厚いビーフステーキと、新鮮な野菜のサラダ、それに果物たっぷりのゼリーですよ」
「肉だ!ステーキだ!」
「メルディア先生、最高ですわ!」
教室は一気に宴のような明るい空気に包まれた。
ミリアが率先してサラダの皿を配り、ガルドが肉の焼け具合をチェックしてリュカに大きめの肉を回す。
ノアは自分の分を静かに食べ、セレスは「ガルド君、野菜も食べなさい」と小言を言っている。
レオンは教卓に寄りかかり、その和やかな光景を静かに見つめていた。
(……王都の連中は、何も分かっちゃいない)
王都のエリートたちは、隔離クラスを「危険な化け物」と見下している。
だが彼らは知らないのだ。
自分の弱さを知り、仲間のために力を制御することを学んだ者が、どれほど強いかということを。
「先生!先生もお肉、冷めちゃいますよ!」
ミリアが笑顔でレオンの分のトレイを持ってきてくれた。
「ああ、今食う」
レオンはトレイを受け取り、生徒たちの輪の中へと歩み寄った。
彼らはついに辺境の地を旅立ち、王都へと足を踏み入れることになる。
かつて自分たちを追い出し、理不尽に迫害した世界の中枢へ。
だが彼らの背中には、もう過去の恐怖も絶望もない。
未来を変えた子供たちと、彼らを導いた元勇者の教師。
辺境学院が誇る最強の問題児クラスの、王都への堂々たる一歩が今、始まろうとしていた。




