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魔王討伐後に追放された元勇者、辺境教師になったら教え子全員がラスボス候補でした 〜災厄になる前に、まずは給食を食べような〜  作者: 早野 茂
第5章 獣神災厄編

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第49話「災厄候補たちの教室」

辺境学院の旧校舎。

その最奥にある特別隔離教室の重い木製の扉の前に、レオン・グランヴァルトは立っていた。

王都から『危険物』として追放された五人の問題児たち。

レオンが初めてこの学院に赴任してきた日、この扉の向こうには信じられないほどの殺伐とした空気が渦巻いていた。

だが今は違う。

扉越しに聞こえてくるのは、年相応の騒がしくも温かい話し声だ。


レオンは小さく息を吐き、躊躇いなく扉の取っ手に手を掛けて押し開けた。

軋む音とともに、教室の中が見える。

そこには、五人の生徒がいた。

その瞬間、レオンの視界の縁が淡く色づき、彼の固有能力である『終末視』が静かに発動した。


一番窓際に座る白銀の髪の少女、ミリア・フロストレイン。

赴任初日の彼女は周囲を極寒の霜で覆い、誰も近づかないよう怯えていた。

だが今の彼女は、黒い手袋を外し素手のまま水筒に入った温かいお茶を飲んでいる。

レオンが一歩足を踏み入れると彼女は弾かれたように顔を上げ、花が咲いたような笑顔を見せた。


「おはようございます、先生」


彼女の頭上には、かつての『氷獄魔女』という血のような赤い文字ではなく、澄んだ氷のように美しく眩い青色の文字が浮かんでいた。


椅子に座り、机の端を黒い炎で焦がしていた赤髪の少年、ガルド・バルガ。

彼は今でも机に足を乗せているが、苛立ち任せに炎を暴走させることはない。

指先に小さな黒炎を灯し、焦げついたペン先を器用に温め直しながら、隣の席のミリアに魔法陣の計算を教えてもらっていた。

彼が顔を上げ、不敵に笑う。


「遅えぞ、元勇者。今日もみっちり鍛えてやるから覚悟しとけよ」


彼の頭上には、世界を焼き尽くす『黒炎暴君』ではなく、深く力強い赤銅色の文字が浮かんでいた。


教室の隅で古い本を読み、死霊術で骨の鳥を動かしていた青白い肌の少年、ノア・レイス。

彼はもう、生者を無視して死者の世界に引きこもることはない。

本を閉じ、ガルドとミリアの会話に静かにツッコミを入れながら、口元に微かな笑みを浮かべていた。

机の下の骨の鳥は、ただの可愛らしい使い魔として静かに寄り添っている。

彼の頭上には、人類を滅ぼす『屍竜王』ではなく、温かな琥珀色の光を放つ文字が浮かんでいた。


姿勢よく座る、赤い瞳の令嬢、セレス・ヴァーミリオン。

彼女はもう、クラスメイトの弱点を記録し支配するための赤いノートを開いてはいない。

彼女の机の上にあるのは、仲間たちの長所を活かし、互いを支え合うための真新しい白いノートだ。

彼女は優雅に扇子を広げ、レオンに向かって完璧なカーテシーをして見せた。


「お待ちしておりましたわ、先生。今日の授業も、皆で完璧な陣を組んで臨ませていただきますわ」


彼女の頭上には、血の海に沈む『血塗れ女帝』ではなく、燃え盛る炎のような、美しく力強い紅色の文字が浮かんでいた。


そして、出口に一番近い場所にいる銀髪の獣人少女、リュカ・ウォルフ。

かつては人間を極度に警戒し、レオンが近づいただけで鋭い牙を見せていた彼女。

だが今の彼女は、日向の当たる床で気持ちよさそうに丸まり、レオンの足音を聞いて耳をピクッと動かした。


「先生、遅い。お腹空いた」


彼女は立ち上がると、警戒するどころかレオンの足元に駆け寄り、銀色の尻尾をちぎれんばかりに左右に振った。本人は懐いていないと言い張っているが、その行動は完全に群れの仲間に向ける親愛の情そのものだ。

彼女の頭上には、すべてを滅ぼす『獣神災厄』ではなく、気高く銀色に輝く文字が浮かんでいた。


『【氷壁の守護者】』

『【黒炎の番長】』

『【魂送りの賢者】』

『【紅蓮の宰相】』

『【銀狼の守護獣】』


レオンは心の中で、静かに独白した。


五人。

その全員が、もう災厄ではなかった。


彼らは互いの弱さを知り、傷を受け止め合い、補い合うことで、最悪の未来を自らの手で書き換えたのだ。

レオンは満足そうに目を細め、ゆっくりと教卓へ歩いていった。


「よし、全員揃っているな。朝のホームルームを始めるぞ」


レオンの声に、生徒たちがそれぞれの席で元気に返事をする。

かつての殺伐とした教室は、今はただの、騒がしくて温かい未来を変える教室になっていた。


午前中の授業を終え、レオンが本校舎の職員室へ向かうと、学院長代理のエリスと保健医のメルディアが談笑していた。


「お疲れ様です、レオン先生」


エリスが明るい声で迎える。


「隔離クラスの生徒たち、最近は本当に見違えるようです。昔は怯えていた学院の職員たちも、今はガルド君に力仕事を頼んだり、ミリアさんに食材の保存を手伝ってもらったりしています。警備隊の方々も、彼らが夜の森をパトロールしてくれているおかげで助かっていると感謝していました」


エリスの言葉に、レオンは軽く肩をすくめた。


「あいつらは元々、力を持て余していただけだ。使い道が分かれば、そこらの大人よりよっぽど役に立つ」


メルディアも優しく微笑みながら頷いた。


「ノア君も、最近はよく保健室に来てくれます。怪我をした小鳥を助けたいと言って、一生懸命に治癒の魔法を学ぼうとしているんですよ。死者だけでなく、生者の命にも真剣に向き合っています」


エリスもくすくすと笑いながら続ける。


「セレスさんも、図書室の蔵書の整理を自ら買って出て、完璧なシステムを作り上げてくれました。リュカさんは……相変わらず食堂の裏口で匂いを嗅いでいますが、つまみ食いはしなくなりましたね」


王都から危険物として追放された彼らは、今や辺境学院になくてはならない頼もしい生徒として、周囲の大人たちからも確かな信頼を勝ち取り始めていたのだ。


やがて昼休みの鐘が鳴り響いた。

レオンが特別隔離教室に戻ると、すでにエリスの手配した給食のワゴンが運び込まれていた。

今日のメニューは、厚切りのステーキと、野菜たっぷりのポトフ、そしてふかふかの白パンだ。


「よし、飯にするぞ。準備しろ」


レオンの号令で、生徒たちが一斉に動き出す。


ミリアは素手で器用にポトフの器を配っていく。

彼女が器に触れても、スープが凍ることは絶対にない。湯気を立てた温かいままのポトフが、全員の机に配られていく。

ガルドは厨房の手伝いでステーキを焼いてきたらしい。


「へっ、今日の肉は俺が焼いたんだ。焦げ一つねえ、完璧な火加減だぜ。味わって食えよな!」


自慢げに胸を張るガルドの言う通り、肉は美しい焼き色をつけ、香ばしい匂いを漂わせていた。

かつてすべてを消し炭にしていた黒炎の暴君は、今や器用な火加減を操る黒炎の番長となっていた。

ノアは骸骨を呼び出して配膳をさせるような真似はせず、自分の足で歩いてパンの入ったカゴを配っている。


「ガルド、ありがとう。美味しそうな匂いだ」


ノアが素直に礼を言うと、ガルドは「当たり前だ!」と嬉しそうに笑った。

セレスは席順を強制して派閥を作るような策略は一切巡らせず、自然に空いていたミリアの隣の席に優雅に腰を下ろした。


「今日の席はここでよろしいかしら。ミリアさん、後で午後の授業の準備を一緒に確認しましょうね」

「はいっ!喜んで、セレスさん」


誰もが自然な笑顔で、互いの存在を認め合いながら席についていく。


そしてリュカは、大好物のステーキを目の前にして目を輝かせていた。

だが彼女はすぐに肉に噛み付くことはせず、手元のナイフで自分の肉の一番大きくて美味しそうな部分を切り取った。

そして、向かいに座っていたノアの皿に、その肉をポイッと放り込んだのだ。


「……え?」


ノアが目を丸くしてリュカを見る。


「ノア、お肉いっぱい食べないと。細くて骨みたい。……あ。骨は、ノアのお友達か」

「リュカ……気を遣わなくていいよ」


リュカは真顔でそう言い、自分の尻尾をパタパタと揺らした。

かつては自分の食料を絶対に手放さず、本能のままに奪い取ろうとしていた野生の少女。

だがガルドから肉を譲られ、群れの温かさを知った彼女は今、自分から『群れの仲間』であるノアに、自分の大切な肉を分け与えたのだ。


「リュカ……ありがとう。いただくよ」


ノアは少しだけ目を潤ませて微笑み、その肉を口に運んだ。


「リュカちゃん、えらいです。ちゃんとみんなのことを考えてるんですね」


ミリアが嬉しそうに拍手をし、ガルドが「おいおい、俺が焼いた肉だぞ。俺にも分けてくれよ」と冗談めかして笑う。

セレスも「ふふっ、立派な成長ですわね」と目を細めた。


温かい食卓。

誰もが誰かを思いやり、共に笑い合いながら食事をする風景。

赴任初日には想像もできなかった奇跡のような日常が、今この教室には確かに存在していた。

レオンは自分のステーキを切り分けながら、その光景を静かに見つめ、深く満足げな息を吐いた。

世界を救うより、子供一人に昼飯を食わせる方が難しい。

だがその昼飯を全員でこうして美味そうに食えるようになったなら、もう彼らが道を間違えることはないだろう。


和やかな給食の時間が終わりを迎える頃。

教室の扉が開き、エリスが深刻な表情を浮かべて入ってきた。

彼女の手には、先ほどまでの穏やかな空気を一変させるような、重々しい金色の封蝋が施された手紙が握られている。


「レオン先生。王都から、緊急の通知が届きました」


エリスの声は微かに震えていた。

生徒たちが一斉にエリスに注目する。


「王国立第一魔術学院、通称・王都学院から、隔離クラス宛てに『交流戦』の正式な招待状です。表向きは辺境学院との教育交流となっていますが……」


エリスは唇を強く噛み締めた。


「間違いありません。これは先日、王都の捕縛部隊の罠を私たちが打ち破ったことに対する報復です。王都の貴族やエリートたちが集まる公開の場で、隔離クラスの生徒たちを完膚なきまでに叩きのめし、自尊心を完全に打ち砕くための……公開処刑の場です」


教室に、重苦しい緊張が走った。

王都学院。

かつてミリアやガルドたちを見下し、追放した人間たちが集まるエリートの巣窟。

彼らを待ち受けるのは、悪意と嘲笑に満ちた完全なアウェーの戦場だ。


だが五人の生徒たちの顔に、かつてのような絶望や恐怖はなかった。


ガルドがニヤリと好戦的な笑みを浮かべ、右手に黒炎を灯す。

ミリアが両手に力を込め、静かに頷く。

ノアが本を閉じ、鋭い視線を向ける。

セレスが扇子を広げ、優雅に立ち上がる。

リュカが低い姿勢を取り、牙を剥く。


レオンはエリスから手紙を受け取ると、中身にざっと目を通し、口元だけで笑った。


「……公開処刑か。王都の連中も、懲りないな」


生徒たちの視線が、一斉にレオンへ集まる。

レオンは手紙を机に置いた。


「詳しい話は明日する。だが一つだけ言っておく」


レオンは生徒たちを順に見渡し、静かに告げた。


「お前らはもう、王都に怯えるだけの災厄候補じゃない」


教室に、熱を帯びた沈黙が落ちた。

かつて災厄候補と呼ばれた五人は、ついに自分たちを追放した王都へと、堂々と足を踏み出そうとしていた。



第49話までお読みいただき、本当にありがとうございます。

第1話で未来の災厄候補だった五人が、それぞれ別の未来へ進み始めるところまで来ました。

ここまでの物語を楽しんでいただけましたら、ブックマーク・評価で応援していただけると、とても励みになります。

皆さまの応援が、辺境学院の教室をさらに遠くまで連れていく力になります。

次回からは、王都学院交流戦編です。

いよいよ、彼らが王都の舞台に立ちます。


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