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魔王討伐後に追放された元勇者、辺境教師になったら教え子全員がラスボス候補でした 〜災厄になる前に、まずは給食を食べような〜  作者: 早野 茂
第1章 氷獄魔女編

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第3話「王都からの監視官」

給食の時間から数時間が経ち、放課後を告げる鐘が旧校舎に鳴り響いた。

相変わらず特別隔離教室の中は、自由という名の混沌に包まれていた。


ガルドは黒炎を弄び、ノアの机の下では骨の鳥が歩き回る。

セレスは相変わらず何かをノートに記録し、リュカは床で丸まって眠っていた。

そして窓際の席では、白銀の髪の少女ミリアが一人静かに座っていた。


彼女の周囲は相変わらず真冬のような冷気に包まれ、机には霜が降りている。

しかし給食の時間にレオンが凍ったスープを平然と食べてみせた後から、彼女が放つ冷気はほんの少しだけ和らいでいた。


ミリアの視線は時折、黒板の前で日誌を整理しているレオンへと向けられる。


(先生は、私の氷を嫌がらなかった……)


それはミリアにとって、これまでの人生で初めての経験だった。

自分の力が暴走すれば、人は必ず恐れて逃げ出すか、怒って石を投げてくる。

だがレオンは逃げなかった。

それどころか凍った器を素手で持ち、冷製スープだと言って笑ったのだ。


あの時の驚きと、パンの温もりだけが、ミリアの胸の奥にまだ残っていた。

とはいえ、すぐに誰かに心を開けるほど彼女の傷は浅くない。

自分が不用意に近づけば、今度こそレオンを傷つけてしまうかもしれない。

その恐怖が彼女を縛り付け、椅子から立ち上がることを許さなかった。


「よし、今日のホームルームはここまでだ」


レオンが日誌を閉じ、教室を見渡しながら言った。


「まっすぐ寮に帰れよ。ガルド、寮の備品は燃やすな。ノア、骨は部屋にしまっておけ。それじゃあ、また明日」


生徒たちは返事もせず、思い思いに教室を出ていく。

ミリアもまた俯いたまま、誰とも目を合わせずに廊下へと歩み出た。


生徒たちを見送った後、レオンは旧校舎を出て本校舎の職員室へと向かった。

学院長代理であるエリス・アークライトから呼び出しを受けていたためだ。

本校舎は旧校舎ほど荒れてはいないが、それでも王都の華やかな学院に比べれば随分と古びている。


レオンが指定された執務室のドアをノックして中に入ると、そこには見慣れない男が立っていた。

王都の最新流行を取り入れた嫌味なほど仕立ての良いスーツ。


神経質そうに整えられた髪と、人を値踏みするような冷たい目つき。

エリスは執務机の前に立ち、その男と対峙するようにして表情を硬くしていた。


「遅かったですね、レオン先生」


エリスの声には、いつも以上の緊張感が混じっていた。


「ああ、悪い。ホームルームが長引いてな。で、そっちの立派な服を着た客人は誰だ?」


レオンの気だるげな問いかけに、スーツの男は鼻で笑って振り返った。


「ご挨拶が遅れましたね、元勇者殿。私は王国教育局から派遣された査察官、ロベルト・グライスです。辺境での慰問教師ごっこは楽しいですか?」


初対面から隠す気のない敵意と侮蔑の言葉だった。

レオンは眉一つ動かさず、軽く肩をすくめる。


「俺は教師の素人だが、ごっこ遊びをしているつもりはない。俺の生徒になにか用か?」

「あなたの生徒?冗談を言わないでいただきたい」


ロベルトは手に持っていた書類をパサリと机に投げ出した。


「私がここに来たのは、隔離クラスに収容されている危険因子たちの現状を視察するためです。特に、あの氷の魔力を持つミリア・フロストレインについてですよ。彼女はすでに王都で『災害指定候補』としてリストアップされています」


災害指定候補。

その物騒な単語に、レオンの目が微かに細められた。


「彼女の魔力制御不能状態は極めて危険なレベルに達していると報告を受けています。もしこれ以上改善の兆しが見られない場合、王都研究塔へ移送し厳重な管理下に置く必要がある。必要と判断されれば、私から教育局へ強制移送を申請することもできますよ」


王都研究塔。

それは名ばかりの研究施設であり、実際は危険な魔力を持つ者を幽閉し非人道的な実験すら行われる生きた牢獄だ。

子供を教育する場所などでは決してない。


「お待ちください、査察官殿」


口を開いたのはエリスだった。

彼女は机の上の書類を鋭い手つきで押し返し、ロベルトを真っ直ぐに睨みつけた。


「彼女はこの王国立最果て学院の正式な生徒です。王都の勝手な判断で教育の機会を奪い移送することは規定違反です。もし何か処置を求めるのであれば、正式な手続きを踏んでください」


エリスはレオンの型破りなやり方にはまだ懐疑的だった。

だが彼女は根っからの教育者であり、学院を預かる責任者だ。

いかに問題児であろうと、書類上の理屈だけで子供を実験動物のように奪われることなど断じて許せなかった。

ロベルトは苛立たしげに舌打ちをする。


「手続きだと?彼女を通常の生徒として扱うのは無理があります。いずれ災害になる可能性を持つ存在です。この寂れた学院の手に負えるものではない。万が一暴走でもすれば誰が責任を取るというのですか」

「責任なら俺が取る」


静かだが鋼のように重い声が執務室に響いた。

レオンだった。彼はロベルトの前に歩み寄り、見下ろすようにして告げた。


「あのクラスの担任は俺だ。俺の生徒を勝手に化け物扱いするな。彼女はただの子供だ」

「ほう、責任を取る、と」


ロベルトは口元を歪めた。


「結構なお覚悟ですね。では近日中に、私が直々に視察を行います。元勇者殿の『責任の取り方』を、書類に残させていただきますよ」


その目には、教育的な視察ではなく、処分の口実を探す者の冷たい光が宿っていた。

そう言い捨てて、ロベルトは乱暴に執務室を出て行った。


執務室の重いドアが閉まる音の直前。

廊下の壁の裏側に小さな影が張り付いていた。

ミリアだった。

彼女は寮へ帰る前に、レオンにどうしても伝えたいことがあって本校舎まで来ていたのだ。


給食のスープを食べてくれたこと。

頭に手を伸ばしてくれたこと。

そのほんの少しの感謝を、不器用でもいいから自分の口で伝えたかった。


だが彼女が執務室に近づいた時、中から聞こえてきたのは自分の名前と残酷な言葉だった。


『通常の生徒として扱うのは無理』

『災害になる可能性』

『王都研究塔へ移送』


その言葉はミリアの心に幾重にも掛けられていた古傷を容赦なく抉り出した。

過去の記憶がフラッシュバックする。

幼い頃、自分の魔力が暴走して母親の腕を凍らせてしまった日のこと。

王都の学院で、怯えた同級生たちを無意識のうちに氷の中に閉じ込めてしまった日のこと。


『化け物』

『近づくな』

『凍らされるぞ』


周囲から浴びせられた無数の冷たい言葉が、耳の奥でガンガンと反響する。

ミリアは両手で耳を塞ぎ、その場にうずくまった。


(やっぱり……私は、ここにもいちゃいけないんだ)


もし自分がここにいれば、エリスやレオンにまで責任が及び迷惑をかけてしまう。

王都研究塔——その響きだけで、ミリアの足が震えた。


(嫌だ……そんなの、絶対に嫌!)


ミリアの感情が激しく揺れ動く。

悲しみ、恐怖、そして深い絶望。

彼女の魔力が制御を失い、廊下の空気が急激に冷え込んでいく。

ミリアの足元から白い霜が円を描くように広がり、執務室のドアの取っ手が一瞬にして凍りついた。

ピキキッという氷の鳴る音が廊下に響く。

ミリアはハッとして息を呑むと弾かれたように立ち上がり、誰にも見つからないように全力で走り去った。


その夜。

冷たい月明かりが辺境学院の古い敷地を照らしていた。

特別隔離寮のミリアの部屋は、灯りもつけられず真っ暗だった。

彼女は小さな鞄に最低限の防寒具だけを詰め込み、静かに窓を開けた。


彼女が向かうのは、学院の裏手に広がる薄暗い森だった。

かつて王都の人間から『魔獣の巣』と恐れられ、誰も近づかない場所。


(あそこなら、誰にも見つからない。誰にも迷惑をかけない)


それが彼女にとって、唯一残された道のように思えた。

先生の優しさは嬉しかった。

でもその優しさに甘えれば必ず先生を傷つけてしまう。

自分が生きていれば世界を凍らせてしまう。

だから誰の手も届かない場所で、一人で凍りつくしかないのだ。


ミリアは窓から外へ飛び降り、深い雪が積もる森へと向かって走り出した。

彼女が足を踏み出すたびに周囲の草木が白い氷に覆われ、森は局地的な吹雪に包まれていった。


深夜旧校舎と隔離寮の見回りをしていたレオンは、廊下に漂う異様な冷気に気がついた。

足元には不自然な霜が降りている。

嫌な予感がしてミリアの部屋の前に立つと、ドアの隙間から猛烈な吹雪のような冷気が漏れ出していた。


「ミリア、入るぞ」


ノックをしても返事はない。

レオンは凍りついた取っ手を掴み、力任せに錠ごとこじ開けて部屋の中に踏み込んだ。


中は完全に凍りついていた。

ベッドも机も分厚い氷に覆われ、窓は大きく開け放たれている。

だがミリアの姿はどこにもなかった。


「おい、嘘だろ……」


レオンが舌打ちをした直後、背後から足音が近づいてきた。

ランプを手にしたエリスが青ざめた顔で駆けつけてきたのだ。


「レオン先生!ミリアさんが……っ、部屋にいないのですか!?」


エリスは凍りついた部屋を見て息を呑む。


「窓が開いている。外へ続く足跡が微かに凍りついているな。向かったのは裏の森だ」


レオンは腰の剣を掴み、窓枠に足をかけた。

エリスが慌てて制止の声を上げる。


「待ってください!裏の森は危険です!夜行性の凶暴な魔獣が多数生息していますし、この異常な吹雪では……」

「だからどうした」


レオンはエリスの言葉を遮り、鋭い視線で外の闇を睨みつけた。

王都の人間が何と言おうと関係ない。

未来の称号がどれほど恐ろしくても、今のミリアはただの子供だ。


「必ず連れ戻す。王都の連中にも魔獣にも、指一本触れさせない」


レオンは窓から冬の闇夜へと跳躍し、ミリアの残した氷の痕跡を追って猛吹雪の森の中へと飛び出していった。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークしていただけると嬉しいです。

レオン先生と問題児たちの教室を、今後も見守っていただければ幸いです。


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― 新着の感想 ―
全く、査察官はいらん事してくれましたね 繊細なミリアを追い詰めてしまって… でも、勇者レオンがミリアを連れ戻し、そして、2人で魔獣を倒して、自分の存在意義を見いだして欲しい マイナスの面だけじゃないこ…
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