急に他人の心の声を聞けるようになった俺は、こう思う
サチは、
急にあらわれた黒ずくめの男に刺されてしまった……
俺の……完全に俺のせいだ……
『私、遠くに行きたいかも。私のことを誰も知らない遠く』
そうだ、お前がこう言った瞬間にすぐに遠くへ行っていれば……俺のせいだ。全部俺の……
その瞬間、全ての時が止まった。
◇ ◇ ◇
それから5年後の2003年。
「シュウジさん。これチェックしてもらっていいですか?」
俺は会社を辞めていたが、友人のツテでまた新たなIT関係の仕事を始めていた。少人数ではあったが経営をその友人がやり、俺はシステムの構築やたまに友人についていき商談に加わったり。そして経理やサポートをする人員数名という具合。
あれから、あまり仕事をする気も起きなかったが、結局は金がいる。生きている限り食べていかなければいけない。
あれだけ自分の力に過信し、色々なことを試したいと願っていたが、一気にその意欲は失われていった。
俺はもう二十八歳になっていた。まだ二十代ではあったが、なんというか、怖いもの知らずのような年齢は過ぎてしまっていたと思う。
「ん……まぁこれでいいんじゃない? そのまま続けといて」
「はい、わかりました!」
どうでもいい。心底どうでもいい。
そういえば、あの五年前の事件で、あの男は捕まった。まぁ当然か。今となってはどうでもいいことだが、自分の実の娘のことを、誰か他の男とできた子供と思いこんでいたらしい。まぁまぁの錯乱状態だったのと、その少し前に妻を刺して大怪我を負わせていることもあり、余計に罪が重くなるようだ。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
そういえば、弟のシンジの子供が少し変な様子らしい。何が変かと言うと、あまり笑わないということだ。何度かシンジからも相談を受けた。
『シンがね……全然笑わないんだよね。なんというか周りをキョロキョロして怯えてる感じだったり。あとは人が多いとこだと、耳塞いでうずくまったり』
そんなことを言っていた気がする。
『あ、でもね。知り合いに相談してみたら、シンが好きなこと、ライダーごっことかを全力でしてみたらどうか、って言ってたから、それをしてみようかなと考え中なんだよ』
キョロキョロして怯えたり。
耳を塞いでうずくまったり。
もしやそれは……いや、まぁそんなことはどうでもいい。
あのあと少ししてからだけど……京都のキヨ婆ちゃんに一度連絡をしてみたんだ。起こったことを伝えただけだけどな。
『言わんかったか。力を使ったことで歪んでしまった現実は、いつかお前のところへ帰ってくるって言うたやろ』
そんなこと覚えてねぇよ……というかなんでもっと。もっとしつこいくらいに言ってくれなかった。もし、しつこいくらいに言ってくれてたら……
「シュウジさん、そろそろメシ行きませんか」
「あぁ、俺はまだいいや。先にみんなで食ってこいよ」
「わかりました。じゃあ行ってきますね」
俺は特にやる気もなかったので、ふと胸ポケットのタバコを探る……
「あ、タバコやめたんだった……」
あれから、そういやタバコを吸っていない。吸っていないというか、吸えなくなった。いや、まぁ体にも悪いしちょうどよかったんだと思う。
その時、俺の携帯が震えた。
「おぉ、どうした。もう着いたのか」
電話の相手は俺の職場の近くの駅に着いたことを知らせてきた。
「うん、うん。わかった。じゃあそっちまでいくから待っとけな」
俺は駅まで数分の道をゆっくり歩いていく。
ある時に、急に降って湧いてきた心の声を聞く能力。
その力は京都の婆ちゃんが言ったように、良いことに使おうが、悪いことに使おうが、周りの様々なことを歪めてしまう。
その歪めてしまうことはその時によりけりだ。
だからこそ、慎重に使わなければいけなかった。
俺はその危機感が足りなかったのだ。
「シュウジ〜〜!!」
だからこそ、これからは充分に気をつけなければいけない。
今、俺の元に走ってくるソイツのカバンには、透明のテープでぐるぐる巻きに補強されたアクリルのキーホルダーが付いていた。
「よっ、メシ何食いにいくんだ?」
ソイツは走ってきて、俺に全力で飛びついてきた。そして、俺はしっかりと抱きとめる。
「オムライスと牛丼と、チョコレートパフェ食べる!」
「相変わらず、よく食うよなぁ〜! サチ!」
サチはにっこりと笑った。そして俺の体を強く抱きしめ返してきた。
急に他人の心の声を聞けるようになった俺は、こう思った。
あまり、色々と企み過ぎるもんじゃあないな。




