仲直り2
「カツカツカツ」
婚約者の胸に頬を当て、彼の温もりを体いっぱいに享受する、ずっと浸っていたいような温かい静寂はブーツの踵が床を打つ音で破られた。
その音に驚き、慌ててクロフォード様から飛び離れると同じ様に驚いたクロフォード様の大きく見開かれたエメラルドと目が合った。
よく考えればクロフォード様とこんなに物理的距離が近いのは初めてのことだ。
急にそのことに思い至ると体中が熱を帯び、全身が赤く染まっていくのを感じた。
そんな私の様子を見て、クロフォード様はクロフォード様でなんとも言えない顔で「ロザリア嬢、余計なことを…」などと呟いている。
いえ、なにが余計なんですか!?ロザリア様、ナイスタイミングです!
「クロフォード殿下、フェリスティア様、入室の許可をいただけますでしょうか」
「あぁ、入ってくれ」
「は、は、はい!お入りください」
「失礼致します」と断って部屋に入ってきたロザリア様はまずクロフォード様と私の奇妙な距離感を確認し、それぞれの顔を交互に見て、先程のクロフォード殿下同様、胡乱な顔をなさってこちらに歩み寄ると私の目の前、ちょうど殿下から私が見えないように立ちはだかった。
こちらからロザリア様の表情は見えないが、なんとなく怒気をはらんでいる気配がする。
ロザリア様は生来お持ちの気品と気高い雰囲気に加え、最近では騎士の訓練によって身に付けた気迫をまといはじめ、そのお姿はいっそ壮絶になりつつある。
さすがのクロフォード様もその気配にたじろぐような様子を見せた。
「クロフォード殿下、お話は済みましたでしょうか?」
「あっあぁ、お陰様で」
「では、時間も時間でございますので面会は以上を持って終了ということで宜しいですか?」
「え?いや!あっ、いえ…はい」
「ではただいまお帰りの支度を整えてまいりますので、そちらのお席にお掛けになってお静かにお待ちください」
「はい」
異様な雰囲気を纏ったロザリア様が部屋を出て扉が軽く閉まる(完全には閉めていかないところがさすが抜かりない、というか先程より大きく開けたままにしている)のを2人で確認する。
ロザリア様がそばに来たことで少し落ち着いた私と、ロザリア様の威圧を一身に浴びることとなったクロフォード様の目が合う。
2人ともバツの悪い顔をしていて思わず同時に吹き出してしまう。
さっきまでの甘い空気はすっかりどこかに消えてしまったが、ぬくもりだけはしっかりと胸の内に残っていた。
〜・〜・〜・〜・〜
「それでクロフォードとの話し合いはうまくいったというわけだね?」
「はい、長い時間を見守っていただいた陛下とまたとない機会を用意してくれたフェリスティア嬢には感謝をしております。あと寛大な心で許してくれたクロフォードにも」
夜も更けつつある王城内の一室、国王ジェラルドとレナフォードが兄弟の話し合いの顛末について報告するため対面していた。
妃殿下も「一緒に聞く!」とゴネたが母が同席すれば1時間の話が2時間にも3時間にもなり夜が明けてしまう。
なんとか言いくるめてご辞退いただき、最後は上皇后様にお引取りいただいた。
陛下はサイドテーブルに用意されたワインを一口含む。
先程クロフォードと分け合った瓶の残りだ。
とっくに栓を抜かれ、適温とも言えない上、毒見すらなされていない。
こんな代物を一国の王に勧めるのもどうかと思ったが、あまり酒に強くない陛下自身が「ぜひ自分も飲みたい」と仰るのに甘えグラスに注いだ。
「ここからは家族の会話としよう、楽にしてくれ」
父自身の気配も柔らかいものに変わる。
国王が毒に当てられ床に臥せっていると知った時には冗談じゃなく体中の血が引いた。
一報を耳にしてすぐに王国へと馬を走らせたが、運悪く遠い土地に赴いていたため、国に着いた頃には混乱は収束し元通りにとはいかないまでも以前の落ち着いたグリンフィールド王国に戻っていた。
侍医からは陛下もようやく体調を取り戻しつつあるとは聞いていたが、元来の体の弱さ故体力が落ちているとも言われていたが、目の前に佇む国王、もとい父はそんな影響など感じさせない風情で流石だなと思う。
「無事長い兄弟喧嘩が終わって何よりだよ。王太子の立志式までにはなんとかしてもらわなくてはと思ってたからね。もう少しでいい年齢の2人に揃ってお灸を据えなければいけないところだった」
「それはご勘弁願いたいです。なおのこと機会をくれたフェリスティア嬢には感謝しなきゃですね」
柔和な表情がトレードマークの父だが本当に怒ると冷気を纏うようで恐ろしいのだ。
幼い頃、なにかのイタズラでクロフォードと共に父に怒られた際など普段見られないあまりの剣幕に弟は震え上がり俺の腕を離さなかった。
「で、レナードから見たクロードはどうだい?」
「しばらく関わらない間に本当に立派になりました。目つきも態度も纏う空気も王太子として申し分ない。兄のひいき目抜きにしても、将来は諸外国にも通用する王となるでしょう。気になる点といえば少々堅いところでしょうか」
「堅い、というのは?」
「クロードが携わった政務や立案した法など見ましたが、習通りというか、型にはまりすぎたというか」
「柔軟性が足りない?」
「そうですね、決して悪いわけではありませんかもう少し余裕があってもいいかと。まぁその辺も途中で立場を放り出した俺のせいですが」
この発言には父上も苦笑いだ。
俺が突然王太子の立場を返上したせいで、クロードは急遽、急ぎ王太子教育が施されていった。
弟のまじめな性格もあるのかもしれないが、「今度は絶対に失敗できないという」教育を担った周囲の期待や焦りも過分に影響しているのだろう。
「それを言うならクロードの教育環境に気を配らなかった私にも責任があるね」
「まだクロードも勉強の途中ですし、そういった柔らかさはこれから出てくるでしょう。まぁあとは婚約者の周囲に男を近づかせんとするあの固さもいかがなものかと」
「随分とご執心のようだからね。私もまさかあそこまでとは思わなかったよ。ただフェリスティア嬢のおかげで逆にクロードの固さが取れてきたと思わないかい?」
「そうですね、臣下との間にあった見えない壁のようなものも随分と薄れて来た気がします」
「クロードもお前を越えようと必死だったからね、周囲に認められるためにも威厳を保たねばと懸命だったんだろう」
「成る程」
わかっているつもりだったが、また「つもり」だったのだ。
弟は兄が不在の間、血の滲むような努力を続けたのだろう。
そこでできたかさぶたを優しく癒やしたのが婚約者殿なのだとしたら、それこそできれば片時も離れたくないとでも言うような弟の執心ぶりもわかる気がする。
「クロードの真面目さならこれからも研鑽を怠らないでしょうし、頼れる臣下や偉大なる先達である父上にかわいい婚約者殿が支えれば、弟は立派な王太子、国王となるでしょう」
「レナード、お前もな」
「え?」
「今後はお前もその頭脳と行動力と情報でクロードを支えてやってくれ」
「これは王としての頼みだ」と父上が微笑む。
そうか、これからは面と向かってクロードを支えていけるのか。
「謹んで承ります、陛下」
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