氷解1
「フェリスティア様、クロフォード殿下がお見えになりました」
「ありがとう、お通ししてください」
もうすでに眠っていてもおかしくない時刻の訪問だが、ルーベン様も屋敷のみんなも承知の上の訪問だ。
国王陛下達とのなべを囲んでの夕食は和やかに終わった。
シェリル妃殿下のお話はいつ聞いても楽しいし、ソフィア様からは夏に伺ったエスプリ城の皆さんのお元気な話を聞くこともできた。
フェリスティアにとって、まるで前世の子どもの頃から思い描いていた家族で過ごす年の瀬を過ごすことができ、本当に夢のような一時だった。
陛下達は切のいい時間で王城へとお帰りなるということで、ルーベン様と共に屋敷のエントランスまでお見送りをする。
「ルーベン、ちょっと」
陛下はルーベン様を近くに呼び寄せると小声でなにか囁いている。
陛下はいつもどおりのニコニコとした柔和な表情だがルーベン様はどこかピリピリとした表情だ。
「宜しくね」と伝えると陛下はシェリル妃殿下やソフィア様と一緒に馬車に乗り込み、屋敷をあとにした。
(なんのお話をなさっているのかしら)
もしかしたらお仕事のお話かもしれないので、無粋に尋ねるわけにもいかない。
ただ、ルーベン様の表情は気になる。
尋ねるべきか自重すべきか迷っていたが、馬車が見えなくると尋ねる間もなくルーベン様は従者や侍女達に色々と指示をし始めた。
フェリスティアはどうしたらいいのかわからずその場に立ち尽くしていたが、皆が動き始めた後、最後にルーベンから告げられた。
「フェリスティア嬢、これからクロフォード殿下がお見えになるそうですので、部屋に戻って待機していなさい」
〜・〜・〜・〜・〜
「フェリスティア、夜分にすまない…ロザリア嬢も…手間をかけさせたようで申し訳ない」
「いえ、私はフェリスティア様のご用命であれば、いつでも構うことはありませんので」
ロザリア様から剣呑な視線を向けられ、一瞬固まったクロフォード様だったがすぐに居住まいを正し、1つ頷いた。
「ではクロフォード様、フェリスティア様、私は扉の前で待機しておりますのでなにかありましたらお呼びください」
騎士の礼をとるとロザリア様は宣言通り部屋を出ていった。
扉は少し空いていて、何かあった際にすぐ入室できるようそばで待っていてくれているのだろう。
「ロザリア嬢はいつからここに?」
「つい先程です。ルーベン様がバランタイン家のお屋敷に文を出してすぐに馬に乗って来てくださいました」
ルーベン様が国王陛下から伝えられたのは、「きっと兄弟での話はうまくいく、クロフォードならすぐにフェリスティア嬢の所に謝罪に来るだろうから準備を宜しく」というような話だったらしい。
通常、未婚の男女が1つの部屋で2人きりになるのはご法度だ。
ましてや夜間など言語道断。
だが、できれば2人でよく話し合ってほしいという陛下のお気持ちとルーベン様の配慮で立会人としてロザリア様が呼ばれたのだ。
ロザリア様もどこでお知りになったのかわからないが、クロフォード様と私のギクシャクとした関係をご存知ですぐに駆けつけてくださり、気を遣って部屋の外で待ってくれている。
皆様に多大なご迷惑をお掛けし本当に申し訳ない。
ロザリア様と入れ替わりで紅茶を運んできてくれたアメリアが出ていくと部屋には2人きりになった。
クロフォード様は立ったまま硬い表情で俯いており、フェリスティアも自分の屋敷だというのにどうにも落ち着かない気持ちになった。
ただ2人で突っ立っているわけにもいかないので、席とお茶を勧めてみるも殿下は一向に行動に移す様子がない。
これはもしかしてレナフォード様とのお話がうまく行かなったのかしら…
体中の血の気が引いた。
先程まで、うまくいくだろうと楽観視していたが、そもそも数年にも渡る兄弟の不仲が1度同じ食事を囲んだくらいでうまくいくなんて、虫のいい話だ。
皆、私を気遣って「きっとうまくいく」と励ましてくれたが、私はきっかけを作ったに過ぎず、結局はクロフォード様とレナフォード様ご本人達まかせの策だったのだ。
クロフォード様は本来優しく、義理堅い御方。
機会をこしらえた私に報告はしなければ、と気遣って夜分に訪ねていらっしゃったのではないだろうか…。
「ありがとう、フェリスティア」
「申し訳ございませんでした、クロフォード様」
発言が被ってしまった。
2人とも「え?」という口のまま、互いの顔を見合わせる。
口の形こそ同じだが、一方は少し興奮して輝いた目で、一方は涙の膜が張った目で互いを見ている。
フェリスティアの表情と言葉に驚いたクロフォードは静かに歩みを進めるとすっと彼女の眼尻を指で撫で、涙をすくい取る。
それと同時に婚約者の気持ちを察して、自分の目元を優しく寛げた。
「すぐに言い出せなくてごめん。兄との話はうまく行ったよ。君のおかげだ」
〜・〜・〜・〜・〜
クロフォードの手に導かれ席につき、紅茶をいただく。
一息ついたところで、フェリスティアから話し始めた。
「先程はお見苦しい所をお見せし、申し訳ございません」
「いや、僕がすぐに言い出さなかったのが悪いんだ。少し落ち着いたかな?」
「はい…レナフォード様とはお話できましたか?」
「あぁ、僕も兄上のことを誤解してたし、誤解させるような振る舞いをしていた。ようやくお互い腹を割って話せてまだ2人とも城で暮らしていた頃にやっと戻れた」
「それはなによりでした」
話し合いがうまくいかなかったのではないかというのは私の早とちりだったようだ。
食事の場でのレナフォード様とのお話を語るクロフォード様のお顔が以前の穏やかな表情になっているのが見られてほっと胸をなでおろす。
「フェリスティア…長く君にひどい態度をとって申し訳なかった」
「!お顔をお上げください!クロフォード様!」
急に意を決した顔で謝ったかと思うと頭を垂れたクロフォードを慌てて制した。
「殿下のお気持ちを察して上手く説明できなかった私が悪かったんです…まだお怒りでしょうか?」
「怒ってない、というよりあの時も君に対して苛立っていたわけじゃないんだ。フェリスティアにちょっかいを出す兄と気持ちを整理して管理できない自分への苛立ちを君にぶつけてしまった。本当にすまなかった…フェリスティアこそ怒っていないか?」
「侍女の件は少々怒りを感じましたが、それ以外は怒ってはおりません。…ただ」
「ただ?」
「…」
「言ってくれ。フェリスティアの口から聞きたい」
「…苦しくて寂しいものですね。大切な人にわかってもらえないというのは」
言うか迷っていたが、言葉にしてしまった。
言ってしまうと後を追うように涙が溢れた。
椅子から立ち上がったクロフォードは壊れ物を扱うようにそっとフェリスティアを抱き寄せた。
「本当にすまなかった」
「いえ、もういいのです。レナフォード殿下との仲がうまく行って本当によかったです」
2人が重なった部分からじんわりと温かくなっていく。
ベッドに入る時とも、日だまりの中を歩くのとも違う、人とぬくもりを分かち合う温かさはさっきまでの冷たい寂しさを溶かすようなものだった。
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