新しい生活
「おはようございます、フェリスティア様」
「おはようミリー。ようやく晴れたわね」
精霊からのお告げ通り降った雨はその後、5日も降り続けた。
その間に心配されていた農業用水の枯渇などの問題は解決され、なにより国民に安心感を与えられたのが大きい、と国王様からお礼のお言葉を賜った(よく考えると私は精霊さんの言ったことをそのまま伝えただけなのに恐縮ものだ)。
その後、グレイソンから私の今後について説明があった。
身元不明ということで、お城の貴賓室でお世話になっていたが、四大貴族の1つ、アーリア公爵家の養子となることが決まった。
アーリア家は代々グリンフィールド王国で神職を務めていて、他にも王国内の教会(主に冠婚葬祭の儀式の主宰や国民からの悩みの相談などを聞いたりする神社のような場所兼、病院の管理をする場所らしい)の管理、精霊についての研究を生業としている家らしい。
私の養父になってくださる、最初にお告げを聞いた時にもお会いしたルーベン=アーリア様がアーリア家の家長であり、現在の神官長だ。
国内にはたくさんの貴族の家系があるが、一番上位となる『公爵』にあたるのは、アーリア家を含む4つの貴族のお家で、それらのお家が王国内の要職の大半を担っているのだそうだ。
アーリア家の館はそのお仕事内容の特殊性から、王城敷地内にあり、ルーベン様もここから毎日王宮へと出仕なさっている。
そんなアーリア家にお世話になりはじめて3日目、自分の荷物もさしてない私のお引っ越しはものの半日で終了。
あてがってもらったのはお城の貴賓室より一回り狭いお部屋だったが、壁一面が窓になっていて、陽射しとお城の広大なお庭の風景を楽しめる素敵なお部屋だった。
そしてもう1つ決まったのが、学校―王立学院への入学だ。
~・~・~・~・~
「それではフェリスティア様、本日もよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いいたします、先生」
「それでは昨日の続き、56ページから参りましょう」
王立学院は、主に貴族の子息、子女が通う国立の学校で、語学や歴史、地理などといった、まぁ前世の学校でも習うような教科に加えて、礼儀作法やダンス、社交など貴族らしい授業もあるらしい。
学校は2年制で私は2年生に編入することになり、編入までの1ヵ月の間に家庭教師の先生やグレイソン、アメリアから1年分の必修科目を猛勉強することになったのだ…。
「本日は以上でございます。お疲れ様でした。フェリスティア様は非常に覚えがよくてらっしゃいますので、明日で私の授業は終了となります」
「いえ、先生の教え方が丁寧で分かりやすかったおかげです。本当にありがとうございます。明日もよろしくお願いいたします」
地理や歴史、マナーなどといった覚えればいいだけのことは、自分で言うのもなんだが、なかなか覚えがよかったと思うし、前世での知識や経験もかなり役に立っていると思う。
が、問題はダンスだ。
「フェリスティア様、ステップが半歩遅いです」
「はっはい!」
「もっと音楽をよく聞いて、パートナーのリードに委ねてください」
「はい!すいません!」
「パートナーの足を踏まない!」
「本当に申し訳ございません!!」
優雅なワルツが流れる中、グレイソンによるダンスレッスンは混迷を極めていた。
ステップは覚えられないわ、リズムはつかめないわ、挙げ句の果てに、パートナーの足を踏むわの大騒ぎ。
つまるところダンスのセンスが皆無なのだ。
「フェリスティア様、本日は以上に致しましょう」
「…ありがとうございました…グレイソン先生…」
「グレイソンで結構です」
涼しい顔のグレイソンと息も切れ切れ、グロッキーな私。
3時間躍りっぱなしだというのに、汗一つかかないとは…。
「酷なようですが、はっきり申し上げます。当初よりはかなり上達なさっていますが、舞踏会などで他の貴族の皆様にご披露できるレベルではありません」
「はい…重々承知しております…。申し訳ございません…」
「ただ、学院の新学期が始まって2ヵ月ほどは社交のオフシーズンでございます。あと2ヵ月みっちり特訓してまいりますので、ご覚悟ください」
「ひっ!!…いえ…精進致します…」
~・~・~・~・~
「お疲れ様でございました。フェリスティア様」
「本当に疲れたわ。飲み物をいただいてもいいかしら。」
高いヒールからかかとの低い普段用の靴に履き替え、ようやくソファに腰かけることができた。
が、疲れていても背もたれにだらしなく寄りかかることはできない。
貴族としてのマナー、礼儀作法、社交の先生でもあるアメリアが常に目を光らせている。
「お待たせ致しましたお嬢様」
「ありがとうミリー」
ミリーが出したくれたのは、ミントの香るよく冷えたレモン水だった。
一口飲むと体中に清涼感が広がっていく。
「気遣ってくれてありがとう、ミリー」
「滅相もございません光栄なお言葉をいただきありがとうございます」
正直この上から目線トークもイマイチ自分の中で違和感をがあって慣れないのだが、アメリアから「貴族社会とはこういうものですので、ご辛抱ください」と言われ、練習中だ。
使用人に対してあまりにフレンドリーに接したり、敬語をつかったりしていると、他の貴族たちから違和感を持たれる―ようは舐められるらしい。
貴族というのもなかなか大変だ。
今日の予定はすべて終了、あとはごゆっくりお休みください、と言い残してアメリアは退出していった。
「フェリスティア様、少し肩の力を抜いていただいて大丈夫ですよ」
「~~~!ありがとうミリー!本当に疲れた!」
聞くとミリーは私より2つ年上のお姉さんだった。
こうして息抜きさせてくれたり、美味しいお菓子や飲み物で労ってくれたり、他愛もない話に付き合ってくれる友人のような感じなのだ。
「グレイソンったら3時間も躍りっぱなしなのに、顔色一つ変えないのよ。どうなってるのかしら」
「グレイソンのダンスは一流ですからね。他の貴族のご子息、ご令嬢の出張コーチの依頼も引く手あまたですし、まだ幼かった頃の王太子様のダンスの指導兼お相手役もグレイソンが引き受けたんですよ」
「そうだったのね。王太子様のお相手役…それはちょっと想像すると面白いわね」
こう言っては悪いがグレイソンは常に鉄面皮だ。
そのグレイソンをご令嬢役に、クロフォード様はどんな顔をして踊っていたのか。
ミリーも「そういうこと仰らないでください」と言いながら必死で笑いを堪えている。
「当時、王太子様のダンスの練習のお相手というとで多くの貴族やそのご令嬢が手を挙げたようですわ。王太子様とお近づきになれる滅多にないチャンスですから。ただやはり、お一人をお相手役として選んでしまうと、「我が家から王太子妃を!」と息巻く貴族間の軋轢になってしまうということでグレイソンが選ばれたようです。」
「なるほどね~。貴族も大変ね~」
「えぇそうですね。(フェリスティア様もご立派な貴族家のご令嬢なんですが…)」
「明後日からついに学院生活が始まるのね…。そんな貴族たちの中で私、やっていけるのかしら…」
「大丈夫ですよ。そのためにこの1ヵ月間、猛勉強、猛特訓なさっていらっしゃったのを見て参りましたので」
「ありがとうミリー」
寝る前なので最後の一杯と、蜂蜜とレモンの入った温かいハーブティーを入れてもらった。
安眠と体力回復に効果のあるものらしい。
暖かいカップで手を暖めながら窓の外を見ると、雨で洗われた夜空に星が輝いて見えた。
明後日からいよいよ学院生活が始まる。
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