第4話 魔法を見せたら科学者が発狂した
「皆さん、異世界からこんにちは。リシアです!」
配信を開始した瞬間、コメント欄が滝のように流れた。
『待ってた!』
『本当に二回目来た!』
『今日こそ種明かししてくれ!』
『銀髪かわいい』
『魔法を見せろおおお!』
「あ、あはは……勢いがすごいですね」
俺は引きつった笑みを浮かべる。
昨日は数分も誰も来なかったというのに、今日は開始前から何万人も待機していたらしい。
今日の予定は、魔法についての簡単な説明と質疑応答だ。
昨日メッセージをくれた神崎という研究者にも、配信で質問してもらうことになっている。
俺は事前に三つの実験案を用意していた。炎の形の変化、魔力の消費量、そして安全な収納魔法の実演だ。だが全部を一度に試すつもりはない。観測条件が違えば、結果を比べることが難しくなる。
地球側には俺の魔石を直接触れられる人がいない。そのため、配信では数値を見せるだけでなく、何を基準として測ったのかを説明する必要がある。
「……研究って、説明する準備も大切なんだな」
独り言を呟きながら、測定器具を並べた。
「最初に一つだけ。危険な魔法の作り方や、人を傷つける使い方には答えられません。あと、まだ研究途中なので間違っていることもあります」
『ちゃんとしてる』
『研究者の鑑』
『十五歳に注意事項を言わせる視聴者たち』
「えっと、それじゃあ……まず、魔法がどういうものか説明しますね」
俺は空中に三つの光球を浮かべた。
「魔法は大きく分けると、魔力と術式と、それを安定させる仕組みでできています」
一つ目が青く光る。
「魔力はエネルギーです。火を起こしたり物を動かしたりする時に使います」
二つ目に、複雑な線が走る。
「術式は命令。どんな現象を、どんな順番で起こすか決めます」
三つ目が円形に広がった。
「魔法陣はその命令を安定させるための構造ですね。簡単な魔法ならなくても使えます」
『プログラムみたいなもの?』
「そうです! まさにそれに近いです!」
思わず声が弾んだ。
前世でもプログラミングは好きだった。だから魔法陣を初めて見たとき、何となく回路図やコードに似ていると感じたのだ。
「ただし、完全に同じではありません。術式には術者の感覚や魔力の癖も影響します」
そこで、一件の目立つ質問が流れた。
『神崎修一:初めまして。昨日連絡した神崎です。魔法で生じるエネルギーは、どこから供給されるのでしょうか』
「あ、神崎さん! 来てくれたんですね」
『神崎修一:はい。安全な範囲でお答えいただければ幸いです』
「こちらこそ、よろしくお願いします」
俺は手のひらに小さな火球を作った。
「一般的には、術者の体内にある魔力か、魔石に蓄積された魔力を使います。魔力そのものの起源は、まだはっきりしていません」
『神崎修一:火球の温度を変化させられますか』
「できますよ。危なくないように小さくしますね」
炎を赤から青に変え、すぐに消す。
『神崎修一:温度は測定可能ですか。色の変化だけでは温度との関係を断定できません』
「あっ、それは確かに」
俺は素直に頷いた。
この人、いい研究者だ。
見た目で決めつけないし、わからないことをわからないと言ってくれる。
「こっちには温度を測る魔導具があります。今持ってきますね」
棚から小さな銀色の器具を取り出す。
火球を金属板の上に浮かべ、少しずつ魔力を調節して表示を読み取った。
「こんな感じです。……あ、画面に数字は見えますか?」
『神崎修一:見えています。ただし、その測定器の原理が不明なので、数値は参考情報として扱わせてください』
「はい、それで大丈夫です!」
地球の研究者と、異世界の魔導士。
常識も測定器も違う二人が、同じ現象を調べようとしている。
俺は妙に嬉しくなっていた。
『物理学徒:このやり取り、歴史の教科書に載るのでは』
『名無し:偽物なら会話の作り込みが異常』
『名無し:科学者がめっちゃ慎重で好感持てる』
「次は空間魔法について聞きたい、ですか?」
別の質問を見て、俺は一瞬考えた。
次元情報接続の詳細を話すのは、まだ危険だ。
「空間魔法は専門分野なんですけど、接続の核心部分は秘密にさせてください。使い方を誤ると、術式が不安定になるので」
そう言って、代わりに簡単な収納魔法の外観だけ見せる。
小さな木箱を魔法陣の中へ入れ、同じ場所から取り出した。
『名無し:消えた!?』
『名無し:手品じゃん!』
『神崎修一:映像だけでは確認できません。箱の質量や収納中の状態を検証する方法はありますか』
「うーん、取り出す前に箱を別の人に確認してもらう、とか?」
『神崎修一:それも一つの方法です。検証手順を一緒に考えましょう』
「ぜひ!」
そう答えた直後、視界の端がちらりと揺れた。
「……あれ?」
研究室の空気が急に重く感じられる。
床の魔法陣に目を向けると、青い線が予想より明るくなっていた。
同時接続者数の増加で、情報の変換負荷が上がっているのだ。
「すみません、少し休憩しますね」
俺は配信画面に休憩中の表示を出し、魔石の供給を切り替える。
残量は想定より少ない。
「……昨日より視聴者が多いと、こんなに違うのか」
画面には現在の数字が表示されていた。
『同時視聴者数:284,119』
「……二十八万人?」
ここで初めて、俺は顔を青ざめさせた。
今まさに、地球の数十万人が自分の手元を見ているのだ。
「ひえっ……」
そんな情けない声を漏らしたところで、配信のコメント欄に一つの質問が流れた。
『神崎修一:リシアさん。あなたはその魔法を、独力で開発されたのですか』
俺は少し迷い、それから頷いた。
「はい。五年間くらい研究しました」
『神崎修一:……五年』
「失敗ばっかりでしたけどね。家の人にも、いっぱい迷惑をかけちゃって」
何気なく笑った。
けれど画面の向こうでは、神崎修一が言葉を失っていた。
もし彼女の説明が事実なら、世界間通信を十五歳の少女が独力で成立させたことになる。
それがどれほど途方もないことか。
研究者である彼には、十分すぎるほど理解できた。
『神崎修一:お願いがあります。今後の実験は、できる限り安全管理を徹底してください。あなたの研究を失わせたくありません』
その言葉に、俺は少し驚いた。
単に成果を欲しがるのではなく、研究者本人を心配してくれる。
「……ありがとうございます」
俺は自然と頭を下げた。
「次からは、もう少し安全な環境で配信しますね」
何十万ものコメントが流れていく中、その短いやり取りだけが、妙にはっきりと心に残った。
研究というのは、本当なら何度でも確かめなければならない。俺は魔法が使えるという事実を疑ったことはないが、魔法の仕組みについては知らないことだらけだ。
神崎さんは、俺が見落としている部分を丁寧に指摘してくれる。異なる世界の常識を持つ人と話すことで、同じ現象がまったく違って見える。
「この世界の研究院にも、結果を共有したいな」
そう呟くと、コメント欄に『共同研究だ!』という言葉が並んだ。
まだ正式な協力関係があるわけではない。それでも、研究者同士が同じ疑問を持った瞬間に、世界の距離が少しだけ縮まったような気がした。
次にやるべきことは明確だ。結果を整理し、危険のない条件で追試する。派手な成功だけでなく、小さな失敗も記録する。それが新しい魔法を育てる道なのだと思った。
そして配信が終了した数時間後。
地球の複数の研究機関では、映像の分析に関する緊急会議が開かれていた。
その議題の一つには、こう記されていた。
『リシア・アルヴェインと名乗る少女との、継続的かつ安全な対話の可能性について』




