第3話 【掲示板】本物の異世界を配信している美少女がいる件
【速報】異世界から配信してる女の子、マジで何者?【検証スレ】
1:名無しの視聴者
例の銀髪の子の配信見たやついる?
ドラゴン映ってたんだが。
2:名無しの視聴者
見た。どうせCGだろと思ったら映像の細かさがおかしい。
3:名無しの視聴者
リンク貼れ。
4:名無しの視聴者
「リシアの異世界魔法研究室」で検索。
今は配信終わってる。切り抜きが山ほどある。
5:名無しの視聴者
銀髪の子がかわいすぎて内容が頭に入らなかった。
6:名無しの視聴者
お前は帰れ。
7:名無しの視聴者
いや、問題はドラゴンだけじゃない。
背景の街を見ろ。建物の数も人間の動きも、あの短時間で作れる映像じゃない。
8:名無しの視聴者
金かけた映画の宣伝だろ。
9:名無しの視聴者
その映画の名前を教えてくれ。普通に見たい。
10:名無しの視聴者
誰も知らないんだよなあ。
◇
日本時間、午後八時。
ネット上には、そんな書き込みが無数に生まれていた。
最初の配信を見ていたのは十万人ほど。だが切り抜き動画は次々と共有され、それぞれの投稿に何十万という再生数がついていた。
中でも注目を集めていたのは、銀髪の少女が火球を小鳥に変える場面と、ドラゴンが王都の上空を飛んでいく場面である。
人々の意見は大きく分かれていた。
本物の異世界だと信じる者。
技術力の高い映像作品だと主張する者。
現実と映像の境界を曖昧にする実験ではないかと疑う者。
そして、ただひたすら配信者のかわいさについて語る者。
議論がまとまる気配はなかった。
37:名無しの視聴者
ドラゴンの影が地面の建物にちゃんと落ちてる。
それに手前を飛んでる鳥がドラゴンに驚いて逃げてる。
38:名無しの視聴者
今どきそのくらいCGでできる。
39:名無しの視聴者
問題は「できるか」じゃなく「無名の新人がなぜそんな金をかけたのか」だろ。
40:名無しの視聴者
大企業のプロモーション説。
41:名無しの視聴者
それなら商品どこだよ。
42:名無しの視聴者
銀髪美少女が商品なのでは?
43:名無しの視聴者
発想が最低で草。
◇
一方、札幌市内のマンション。
佐伯美咲は、ノートパソコンの前で眠れずにいた。
二十四歳。仕事から帰ったあとに動画を眺めるのが日課で、気に入った配信者の切り抜きを作ることもある。
彼女は今日、偶然リシアの初配信を見ていた。
「……なんか、嘘ついてる感じがしないんだよね」
画面の中で、銀髪の少女が気まずそうに笑っている。
『いや、本当なんですって!』
それは演技だと言われれば、そうなのかもしれない。
しかし美咲が気になったのは、少女の表情ではなかった。
魔法を使うたびに、彼女は必ず何かを確かめているのだ。
炎の形を変える前には、指先をほんの少し動かす。成功したあとは、火の鳥よりも足元の魔法陣を気にしている。
まるで、舞台の演者ではなく研究者のように。
「それに、この子……」
美咲は映像を止めた。
少女が王都を紹介している場面だ。
ドラゴンの出現に驚いた視聴者へ、少女は心底不思議そうな顔を向けている。
『ドラゴンなんて、普通にいますから』
「……もし本当だったら、すごいことだよ」
美咲は動画の説明欄に、慎重に文字を入力した。
切り抜きを作るのは、誰かの面白さを別の人にも知ってもらうためだ。美咲はそれを何度も経験していた。一方で、短い場面だけを切り取れば、本来の意味が変わってしまうことも知っている。
彼女はドラゴンが現れた瞬間だけでなく、その直前にリシアが危険性について話していた部分も残した。見る人が好き勝手に想像するのを完全に止めることはできない。それでも、少なくとも発言を歪めたくはなかった。
「……勝手に使っちゃっていいのかな」
小さく呟く。配信サイトのルールを確認し、問題がない範囲で紹介文を整えた。いつか本人に確認を取れたらいい。そう思いながら、公開ボタンへ手を伸ばした。
『この映像の真偽は確認できていません。元配信の発言をできるだけそのまま残しています』
そして切り抜きを公開した。
題名は、『異世界の少女、ドラゴンが珍しい理由を理解できない』。
翌朝までに、その動画は百万回以上再生されることになる。
◇
95:名無しの視聴者
さっきから検証してるけど言語が謎。
配信者の日本語は普通なのに、背後の看板は見たことない文字。
96:名無しの視聴者
独自言語まで作ったのか?
97:名無しの視聴者
文字が何度も出てくるからランダムじゃないっぽい。
98:名無しの視聴者
言語学者呼んでこい。
99:名無しの視聴者
もう呼ばれてる。
100:名無しの視聴者
仕事早すぎだろ。
101:名無しの視聴者
ところであの子、どこの国の人?
102:名無しの視聴者
本人はルミナス王国って言ってる。
103:名無しの視聴者
地球上にはない国なんですが……。
104:名無しの視聴者
だから異世界って言ってるんだろ!
◇
翌朝。
ルミナス王国のアルヴェイン家では、一人の少女が朝食の席で小さな欠伸をしていた。
「リシア、昨日は何時まで研究していたの?」
母のエレノアが尋ねる。
「えっと……そんなに遅くはないです」
「目の下に隈ができているわよ」
「……少しだけ遅かったかも」
父のレオンが新聞を折りたたんだ。
「また魔法陣を増やしたのか。床の修繕費が……」
「今回は壊してません!」
「『今回は』?」
俺は口を閉じた。
向かいの席で、姉のクラリスが楽しそうに笑っている。
「まあまあ、お父様。リシアが何か成功したなら、お祝いしてあげなくちゃ」
「成功した内容による」
まったくもって正論である。
俺はパンをちぎりながら、昨晩のことを思い出していた。
地球の人たちは、きっとまだ俺の配信について話しているのだろう。
……いや、いくらなんでも、もう飽きているか。
「今日も研究するの?」
姉さんが聞いてくる。
「はい。夜にちょっと人と話す約束があって」
「まあ! リシアにお友達?」
「研究関係です!」
失礼な。
友達くらい、俺にだっている。
……数は多くないけど。
その日の夜、俺は再び《次元情報接続》を起動した。
安全装置を確認し、文字情報だけを取得する。
配信サイトの通知欄には、見たことのない数字が並んでいた。
『新しいメッセージ:9,999件以上』
『チャンネル登録者数:421,806』
「…………は?」
俺は画面を閉じ、深呼吸した。
地球のニュースには、肯定的な記事ばかりが並んでいたわけではない。大がかりな宣伝ではないかという批判もあったし、見知らぬ少女を過剰に持ち上げるべきではないという意見もあった。
正直、後者には俺も賛成だった。俺は異世界で生きているだけで、特別な使命を背負っているつもりはない。魔法を作ったのだって、自分の娯楽のためだったのだから。
「……期待されすぎると、困るなあ」
でも、待機コメントの中に『次も楽しみにしてる』という言葉を見つけると、やっぱり嬉しくなる。人間とは、つくづく都合のいい生き物らしい。
もう一度開く。
数字は変わらなかった。
「……俺、一晩寝てただけだよな?」
誰も答えてくれない。
ただ、画面の端には『まもなくライブ配信』を待つ人々のコメントが、滝のように流れ続けていた。
『今日こそ本物か確かめる』
『リシアちゃん待機』
『魔法の研究者が来るらしいぞ』
『科学で説明できるのか?』
俺は天井を仰いだ。
「……ネットって、こんなに怖いものだったっけ?」
そう呟きながらも、口元は自然と緩んでいた。
誰かと話せる。
研究について語り合える。
それが、たまらなく嬉しかった。
今度こそ、会話をただ楽しむだけではなく、相手の疑問にきちんと答えたい。俺は配信台本の余白に『知らないことは知らないと言う』と書いた。短い一文だが、妙に大切な約束に思えた。




