09あなたたちの良い知らせは悪い知らせ
結局、ポシュナイダは説得を諦め、肩を落として帰って行く。その後も、隣国から感謝の品や、新たな魔物の報告書が届けられるようになったが、直接関わることは一切なかった。日常は、以前にも増して平穏で、淡々としたものに。
(結局、何も変わらない。それでいい。それがいい)
自室で、魔導書を読みながら、ふと、窓の外に目をやった。遠くの空には、薄っすらと、新たな魔力の光が見えるような。
(誰が巻き込まれるのか。楽しみ)
尽きることのない期待を胸に、静かに微笑んだ。
隣国からの依頼を断り、再び平穏な日常に戻った。ティリエン・ナデシュタエンは、相変わらず自室で魔導書を読み漁る。時折届く隣国の報告書には、アレクシス王子失脚後の混乱と、ライナー新国王の奮闘が綴られていたが、遠い国の出来事であり、関心は薄い。
(結局、王族なんて、誰がなっても同じことの繰り返し。権力争いで醜態を晒すか、無能を晒すか。それとも、ユニメラみたいに、皆に愛されるアピールで裏をかくか。どの道、私には関係ない)
そんな風に淡々と日々を過ごしていた日、父がやけに浮かれた様子で部屋にやってきた。
「ティリエン、良い知らせがあるぞ!」
(良い知らせ?私にとっての良い知らせなんて、滅多にない。どうせまた、面倒なことか、どうでもいいことかな)
魔導書から目を離さず、適当に相槌を打った。
「来月、国で建国記念の大舞踏会が開催されることになった!ナデシュタエン家も招待されたのだ!」
父の声は弾んでいた。建国記念の大舞踏会。国で数年に一度開催される、最も盛大な社交イベント。王族から上級貴族まで、あらゆる身分の者たちが集まる。
(はぁ?また舞踏会?面倒くさいったらありゃしない。ドレスを選んで、着飾って、愛想笑いを振りまいて、くだらない社交辞令に付き合う。考えただけで嫌)
心の中で盛大に毒づいた。以前、ユニメラの慈善舞踏会に参加させられた悪夢が蘇る。
「ユニメラも、すでにドレスの準備に取り掛かっているぞ!お前も、早く準備を始めるのだ!」
父はニコニコと上機嫌。ユニメラが舞踏会に出るのは当然だろう。皆から愛される令嬢なのだから。
行く必要などない。
「わたくしは、結構です。人混みは苦手ですし、ああいう場所はユニメラに任せるのが一番でしょう」
即座に断った。
「何を言うか!今回は、王族からも特別に招待状が届いておるのだぞ!ナデシュタエン家の顔に泥を塗るつもりか!」
父は拒否に声を荒げた。王族からの招待。断ることが許されない、実質的な命令。
(くそっ、この手で来るか。本当に面倒)
舌打ちをした。断れないことを悟り、ため息をついた。
「……分かりましたわ。ただし、必要最低限の参加でお願いします」
渋々承諾した。父は、承諾に安堵したよう。
「これでまた、私の悪評が上がる。闇魔法使いが舞踏会に現れた、と。誰も私には近づかない。ああ、なんて素晴らしいこと」
内心でほくそ笑んだ。舞踏会で孤立し、周囲から忌み嫌われることほど、心地よいものはない。舞踏会までの数週間、屋敷はドレスの準備や飾り付けで慌ただしくなった。ユニメラは、いつにも増して輝いて
見える。
「お姉様、ドレス、どうかしら?お姉様にお似合いになると思って、わたくしが選んだの」
ユニメラが、ピンク色のフリルたっぷりの可愛らしいドレスを差し出した。
(は?私に似合うわけないでしょ?趣味悪すぎ。ていうか、こんな可愛らしいドレス着せたら、余計に浮くだけ。わざとやってるな、こいつ)
「結構。私のドレスは、自分で選ぶから」
冷たく言い放ち、ユニメラの差し出したドレスには目もくれず、地味な色のシンプルなドレスにする。ユニメラは、少し寂しそうな顔をしたが、すぐに笑顔に。
(本当に、愛され令嬢の笑顔はしぶといな)
改めて感心した。
建国記念の大舞踏会の当日を迎えた。建国記念の大舞踏会は、まさにこの国の威信をかけた、豪華絢爛。
会場は眩いばかりの光に包まれ、貴族たちは華やかなドレスや煌びやかな装飾品を身につけ、楽しそうに談笑している。
(うわぁ、目が、目がぁ……まぶしすぎて。なんでこんなところに私がいるんだろうか)
会場の隅で、冷めた目で光景を眺めていた。もちろん、誰も近づこうとはしない。闇魔法使いの悪評は広く知られている。
ユニメラは、王族の隣で、天使のような笑顔を振りまいていた。周りには、常に人だかりができており、皆が称賛する声が聞こえてくる。
(ああ、本当に。あの愛されオーラ。いつか、あの笑顔が崩れる瞬間を見てみたい)
冷めた紅茶を一口啜ったその時、会場の一角で、ひときわ大きなざわめきが起こったので見ると、国の王子が、一人の貴族の女性と談笑している。女性は、これまで見たことのない顔。
(ん?あれは……隣国の公爵令嬢?なぜこんなところにいる?)
すぐにその女性の身元を調べた。彼女は、隣国の公爵令嬢で、最近、この国に留学してきたと聞く。彼女の視線が、時折、向けられていることに気づいた視線には、何かを探るような、不穏なものが。
(まさか、私に何か用があるの?厄介なことになりそう)
警戒心を強めた。




