08お断りします
心の中で微かに笑うと同時に、問題が解決しない場合、世界全体に波及する可能性も否定できないし、そうなると平穏な日常も脅かされる。
それは避けたいなぁ。
「ふーん?……原因究明だけなら、考えてもいい」
ハッと顔を上げた。
「本当でございますか!?」
「ただし、条件がある」
すかさず釘を刺した。
「一つ、直接現場に行くことはない。必要な情報は、すべて貴方達が収集し、提供すること。二つ、魔物の討伐は、貴方達の国の魔導師団が行うこと。手を貸すことはない。三つ、今回の協力は、一切公にしないこと。名が表に出ることは、絶対に避けてほしい」
淡々と条件を突きつけたらポシュナイダは、少し戸惑ったようだが、すぐに頷いた。
「承知いたしました!その条件で、お願いできますでしょうか!」
ポシュナイダの顔には、一筋の光明が差したようだ。
「……善処する」
紅茶を一口啜る。
その日から、隣国から連日、分厚い報告書や魔力の分析データが届けられるようになった。それらを自室で読み込み、原因を探る。
(この魔力の残滓……やはり、魔物の大量発生ではない、か)
報告書を読み進めるにつれて、疑念を抱いた。魔物の種類が、通常ではありえないほど多岐にわたっている。様々な魔物が、無理やり一箇所に集められたかのように。
「……これは、召喚魔法の痕跡」
ピンときた。それも、ジースルが使おうとしたような未熟な召喚魔法ではなく、もっと高度な、悪意に満ちた召喚魔法の痕跡。ポシュナイダに、鉱山で発見された、魔力が集中している場所の詳しい地図と、場所の土壌や鉱石の分析データを要求。
数日後、それらの情報が届けられた。地図を広げ、データを突き合わせると、ある一点に、魔力が異常に集中している場所があることに気がつく。土壌からは、微量の魔鉱石の反応があった。魔鉱石とは、魔力を吸収し、増幅させる特殊な鉱石。
(なるほど。犯人は、この魔鉱石を利用して、魔物を大量に召喚し、それをさらに増幅させていた、と。鉱山という場所を選んだのも、魔力資源が豊富だから)
推理が確信に変わる。これは、誰かが意図的に、魔物の大量発生を引き起こしたのだ。
その目的は。ポシュナイダに、魔鉱石が埋まっている場所を特定し、そこに設置されているであろう召喚装置を破壊するよう指示。
「ただし、あくまで慎重に。犯人の痕跡を消さないように」
念を押した。犯人の目的が何なのか、何を企んでいるのか。好奇心を掻き立てる。
ポシュナイダからの報告は、指示が的確だったことを証明した。魔鉱石が埋まっている場所の地下に、大規模な召喚装置が隠されていたという。装置の周辺からは、数名の魔導師が潜伏していた痕跡が見つかった。召喚装置を使って、魔物を継続的に召喚し、隣国を混乱に陥れようとしていたのだ。
「目的は何だったの?」
ポシュナイダに直接問いかけた。面倒なことは嫌いだが、黒幕が誰なのかは、好奇心の範疇。
「それが……判明いたしました。首謀者は、第一王子、つまりジースル様の弟君である、アレクシス殿下でした」
ポシュナイダの口から告げられた名前に、思わず目を見開いた。
(まさか、アレクシス王子が?兄を失脚させるために、そこまでやるのか?なんて、まあ、愚かな。でも最高に面白いことになってきた)
内心で舌打ちし、同時に、顔には隠しきれない笑みが浮かぶ。
王位争いという、人間特有の醜い欲望が引き起こした、大規模な仲間内の内輪揉めというこれほどまでに琴線に触れる事件は、他にないだろうし。
ポシュナイダは、アレクシス王子が、自身の王位継承を確実にするため、兄であるジースルの失脚を画策し、自国の国力を弱らせて、隣国に付け入る隙を与えようとした、という、恐ろしい計画を語る。
「混乱に乗じて、ジースル殿下の失策を煽り、王位を簒奪するつもりだったのです。魔物の大量発生によって、国が疲弊すれば、新たな王として自分が国を救ったと見せかけ、国民の支持を得ようとした、と……いうわけです」
ポシュナイダの声は、怒りと悲しみで震えていた。
「しかも、計画のために、禁断の魔導書をジースル殿下に使わせ、今回の魔力暴走を引き起こさせたのも、アレクシス殿下の差し金だったと」
(はは、これは本当に、自業自得中の自業自得じゃない。いや、ジースルは巻き込まれた側かな。でも、禁断の魔導書に手を出した時点で、彼の自業自得でもある。本当に、人間ってやつは、欲望に忠実で、愚か)
この展開は最高に面白い。結局、アレクシス王子は逮捕され、企てた陰謀の全貌が明るみに出た。国は、王室の腐敗と、王位争いの醜さに、国民からの信頼を失い、大きく揺らいだ。
ジースルは、禁断の魔導書に手を出した責任を問われ、永遠に王宮から追放されたという。ユニメラも、間接的ではあるが、その影響を受けることに。
(うん、これは大成功。平穏な日常は守られた上に、国では盛大な不幸が巻き起こった。これほどまでに都合のいい展開は、なかなかない)
満足げに紅茶を啜った。
事件をきっかけに、国の王室は大きく刷新される。ポシュナイダが仕えていた第二王子ライナーが、新たな国王として即位し、国の立て直しに尽力することになったのだ。再びポシュナイダがやってきた。
「ティリエン様、この度は、本当にありがとうございました。ティリエン様のおかげで、我が国は救われました」
深々と頭を下げた顔には、以前の疲労の色はなく、力強い決意が。
「……別に。暇潰しをしただけ」
相変わらず素っ気なく答えた。
「ティリエン様の聡明さと、闇魔法の知識がなければ、この国の危機を救うことはできませんでした。つきましては、ティリエン様には、是非とも我が国の宮廷魔導師として、お力をお貸しいただきたいのです」
ポシュナイダは正式な辞令書を差し出した。
(は?宮廷魔導師?この男。面倒なことしかしない。毎日王宮に詰めて、面倒な会議に出て、面倒な研究をして、面倒な人間関係を築いて……考えただけで吐き気がする。全く!)
即座に断固拒否の姿勢を見せる。
「お断りいたします」
返事に、困惑したような顔をする。
「国の未来のために、ティリエン様のお力が必要なのです」
「必要ない。私は、人付き合いも、面倒なことも、責任を負うことも、全てが嫌い。それに、国の人間でもない私が、貴方達の国の魔導師になる道理はない」
きっぱりと言い放つ。
「そ、そんな……」
絶望したような顔をする。
(飽きない)
心の中で満面の笑みを浮かべた。




