07また私が何かしたと悪く思われるじゃない。無理、いや
ジースルの魔力を完全に枯渇させたのは、魔力を巧妙に操作した結果。回復させる術を知らないわけではないが、絶対にそんなことはしたくない。自業自得な男の尻拭いなど、まっぴらごめん。
「それに、今回の件は、全てジースル殿下の自業自得。禁断の魔導書に手を出し、国を危機に陥れかけた。責任は、彼自身が取るべきです。他者が手を差し伸べる必要など、ありませんよね?」
さらに畳みかけた。王は何も言えなくなったらしい。父と母も、言葉の正論さに反論できないでいる。
「ティリエン……姉様」
悲しげに見つめた瞳には、諦めと、ほんの少しの恐怖が混じっているように見えた。
(ふっ)
心の中で満面の笑みを浮かべた。結局、自業自得王子は回復することなく、王位継承権を完全に失い、遠い領地で隠居することになったという。
ユニメラも、王子の婚約者という立場を失うと、以前のような華やかさは影を潜めた。それでも、相変わらず皆から愛されている令嬢、であり続けているが、以前のような絶対的な輝きは失われている。
日常は、以前にも増して平穏なものになった。誰も面倒な頼み事をしなくなり、社交界からも完全に忘れ去られたのだ。
自室で魔導書を読み、紅茶を飲み、遠い異国の地で起きた疫病や、大災害のニュースを聞きかじる日々を送っている。
(ああ、淡々とした日々こそが、至福)
窓の外を眺めながら、静かに微笑んだ。平凡な時間という、ささやかな楽しみに、胸を踊らせる。
ある日、いつものように魔導書を読んでいると、書斎の扉がノックされた。
「ティリエン様、来客でございます」
使用人が告げる。眉をひそめた。
来客など滅多にないし、面倒なことになりそうな予感がする。
「誰?」
面倒くさそうに尋ねた。
「それが……隣国の、新たな王子の側近の方でございます」
使用人の言葉に、ピクリと反応。
(新たな王子。まさか、また何か面倒なことを頼みに来たの?いや、それとも、新たな不幸の種が目の前に転がり込んできたとでも?)
心の奥底で、わずかな期待を抱く。ゆっくりと魔導書を閉じ、立ち上がった。
「通しなさい」
使用人は一礼して、部屋を出て行った。王子の側近。言葉を聞いた瞬間、脳裏には面倒事という単語が浮かぶ。
扉が開かれ、部屋に入ってきたのは、真面目そうな、どこか疲れた顔をした青年。彼の身につけている装飾品から、彼が隣国の王子の側近の中でも、それなりに位の高い者であることが窺える。貴族。
「ティリエン・ナデシュタエン様でいらっしゃいますか。わたくし、隣国の第二王子、ライナー様の側近を務めております、ポシュナイダと申します」
ポシュナイダと名乗る青年は、深々と頭を下げた。姿は、いかにも苦労人といった風情で、内心で「ご愁傷様です」と呟く。
「何の用。私は人付き合いが苦手なので、手短にお願い」
紅茶を一口啜り、事務的な声で促せば、ポシュナイダは、戸惑ったような顔をしたが、すぐに真剣な表情に戻った。
「実は、ティリエン様に、お願いがありまして」
(はいはい、来たよ。お願い事。どうせまた、面倒なことだろうな。断るけど)
予想は外れない。ポシュナイダは、隣国が抱える深刻な問題を話し始めた。
「昨夜、我々の国で、新たな異変が起こりました。王都の郊外にある魔力資源が豊富な鉱山で、突如として魔物の大量発生が起きたのです」
魔物の大量発生。珍しいことではない。王都のすぐ近くで、しかも魔力資源が豊富な場所で、となると話は別。
「これまでにも、小規模な魔物の発生はありましたが、これほどの規模は初めてです。我々の国の魔導師団では、対応しきれない状況にあり」
ポシュナイダは言葉を選びながら、視線を向けた。
「そこで、闇魔法に精通されているティリエン様に、原因究明と、魔物討伐のご協力を仰ぎたいのです」
(はい、来ました。この展開。よりによって、闇魔法。関わると、また面倒な噂が立つ。それに、魔物討伐?そんな肉体労働、まっぴらごめん)
即答した。
「お断りいたします」
ポシュナイダは、やはり、という顔をした。顔には、諦めと、ほんの少しの懇願の色が浮かんでいる。
「このままでは、我々の国は滅びかねません。どうか、お力をお貸しください!」
ポシュナイダは、今にも膝を突きそうな勢いで頭を下げた。
「それは貴方達の国の問題でしょう。私には関係のないこと」
冷淡に言い放った。困っている人間を見ても、心は微塵も動かない。
不幸が、娯楽。この世界の人たちは、あまりにもなにも考えなさすぎるから。
「それに、魔物の大量発生の原因究明?闇魔法で?そんなことをすれば、また貴方達の国でも『ナデシュタエン家の令嬢が闇魔法で魔物を召喚した』などと、無駄な噂が流れるだけ。面倒なことはご免被りたい」
ポシュナイダは顔を青ざめさせた。以前、ジースルの事件で彼に協力することを拒否したこと、そのことで評判がどうなったかを知っているのだろう。
「それは……このままでは本当に……」
言葉を詰まらせた顔には、絶望の色が濃く浮かんでいる。
(ああ、いい顔。まさに、不幸の淵に立たされている人間の顔。最高)




