10急変した現場
舞踏会も中盤に差し掛かった頃、会場の雰囲気が一変。突如として、王族が立つ壇上から、黒い煙が立ち上り、あたりに不快な匂いが立ち込めたのだ。
「ぐっ……これは、一体……!?」
人々が咳き込み、会場は一瞬にしてパニックに陥る。煙はすぐに会場中に充満し、視界を奪う。
(何が?魔力反応は……毒?いや、違う。これは、魔術的な煙か)
すぐに煙の正体を見破った。それは、視覚と嗅覚を麻痺させ、精神に干渉する、厄介な魔術的な煙。
「皆の者!落ち着くのだ!」
王の叫び声が聞こえるが、パニックに陥り、出口へと殺到し始めた。混乱の中、あることに気づく。煙の中に、わずかに異なる魔力の波動が混じっている。それは、先ほどまで見ていた隣国の公爵令嬢の魔力。
(なるほど、仕掛け人はあの女。一体、何が目的?)
冷静に状況を分析。煙は、何かを企むための目くらましだろう。
目的は、混乱に乗じて何かを奪うか、誰かを排除するか。人混みを避け、煙の発生源へと向かった。
周りには誰もいない。闇魔法使いと忌み嫌われることが、こういう時には役に立つ。壇上に到着すると、倒れている護衛の騎士たちと、他には、王子の姿はない。
(王子が消えた?まさか、誘拐?)
予想は的中した。王子が、混乱に乗じて誘拐されたのだ。
その時、背後から微かな殺気を感じた。咄嗟に身を翻すと、そこには、隣国の公爵令嬢が立っていた。彼女の手には、短剣が握られており、切っ先は向けられている。
「やはり、貴方は気づいたわね。ティリエン・ナデシュタエン」
公爵令嬢は、冷たい目で見据えた。
正体を知っているようだ。混乱を引き起こした張本人であることも、もはや疑いようがない。
「何が目的?」
冷静に問いかけたがわ短剣を構える公爵令嬢の視線は、鋭かった。
「貴方は、邪魔なのよ。隣国の王位継承の邪魔。王位継承の邪魔」
公爵令嬢は、憎々しげに言い放つ。
(は?王位継承の邪魔?一体どういうこと?)
眉をひそめた。王位継承など、何の関係もないはずなのに。
「闇魔法の力で二度も王位継承の邪魔をした。一度はジースル王子を失脚させ、二度目はアレクシス王子の計画を阻止。貴方がいなければ全ては計画通りに進んだのに!」
公爵令嬢は斬りかかってきた。
(なるほど。ジースルやアレクシスの背後に、この女がいた、と。その邪魔をした、と。知らないところでこんな面倒なことに巻き込まれてたとは。本当にご愁傷様、私)
冷静に短剣を避けた。この女、本気で殺す気だ。
「邪魔をしたから、どうしたというの?それが、殺す理由になるの?」
魔力を込めずに、掌から漆黒の霧を放った。霧は瞬時に公爵令嬢の周囲を覆い、彼女の動きを鈍らせる。
「くっ……これは!」
公爵令嬢は視界を奪われ、戸惑ったように声を上げた。
「私は面倒なことは嫌いなの。貴方のような自分の都合で他人を巻き込むような人間は、特にね」
さらに漆黒の霧を濃くした。公爵令嬢は完全に霧に包まれ、その姿が見えなくなる。
「貴方の目的は王子の誘拐、私を殺すこと。そこまで分かった。で、王子は?」
霧の向こうに問いかけた。すると、霧の中から、公爵令嬢の声が聞こえる。
「王子は、我らの隠れ家に連れて行ったわ!貴方には、そこで死んでもらう!」
公爵令嬢の声は、憎悪に満ちていた。霧の中から、微かな魔力の波動を感じたそれは、召喚魔法の気配。
(なるほど。誘い出し、隠れ家で始末するつもり。おそらく、そこで新たな魔物を召喚するつもりなのかぁ)
ため息をついた。本当に面倒。同時に、顔には、隠しきれない笑みが浮かんでいた。
(これは、面白くなってきた。王族の裏切り、王位継承争い、私への復讐)
公爵令嬢の言葉に従い、霧の中を進んだ。彼女の隠れ家へと向かう。公爵令嬢の隠れ家は、王都の地下にある、古い遺跡を利用した場所。魔力を追って薄暗い通路を進んでいく途中、いくつかの罠が仕掛けられていたがそれらを淡々と回避。
(本当に、この手の罠は好きだなぁ。どれもこれも、単純でつまらない)
やがて、広い空間に出た。そこにはやはり魔法陣が描かれており、中央には、拘束された王子が。周りには数人の魔導師たちが控えている。皆、公爵令嬢の配下だろう。
「よく来たわねティリエン・ナデシュタエン」
公爵令嬢が、嘲笑うように言う顔には、勝利を確信したような表情が浮かんでいる。
「待っていたわ。ここで貴方を始末し、王子を新たな魔王の器とする」
(は?魔王の器?なんだろう。また面倒な話が出てきた)
眉をひそめた。魔王の器とは、強大な魔力を宿す存在を、魔王を復活させるための媒体にすること。そんな、危険なことを企んでいたとは。
「王位継承争いだけではなく、世界を巻き込む気なのね。本当に、愚かな人間」
呆れたように呟いた。公爵令嬢は、言葉に怒りを露わにする。
「愚か!?これは、この世界をあるべき姿に戻すための儀式!不完全な王族どもを排除し、真の王を迎え入れるためのねぇ!」
公爵令嬢は、高らかに宣言した表情は、狂気に満ちていた。
「さあ、捕らえなさい!」
公爵令嬢が命じると、周囲の魔導師たちが一斉に襲いかかってきた。
(面倒。本当に面倒。いちいち相手をするのも億劫)
魔導師たちの攻撃を最小限の動きでかわしながら、魔力の流れを読み取った。




