表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
多面世界の迷い子 〜私はCUBEに救われる〜  作者: 今日の朝食
第2章 多面界 核の塔編
PR
6/22

第2章 第4話 『もう一つの世界』


 CUBEの光に包まれた、その少し前。


 ミオは、光る立方体を両手で抱きしめたまま、後ずさっていた。

 木々の隙間から、懐中電灯の光がいくつも揺れながら近づいてくる。



「――やっと見つけたぞ!」

 声がした。

 振り返ると、若い男が、息を切らしながら立っていた。


 制服は土だらけ、前髪も乱れている。街灯もない山道を、全力で走ってきたのが分かる格好だった。


「……誰……。」

 ミオは、思わずCUBEを強く抱きしめて、身を縮めた。


 知らない大人。しかも、警察。

 連れ戻される。

 その考えだけで、体が竦んだ。

「警察だ。お前を捜してたんだ、ずっと。」

 男は、荒い息のまま、ゆっくりと両手を上げて見せた。


「あぁ、怖がんな。取って食おうってんじゃねぇ。」

 言葉遣いは荒いのに、近づいてくる足取りは、やけにゆっくりだった。

 まるで、驚かせないように、気を遣っているような。


「……帰らない。」

 ミオが、小さく、でもはっきりと言った。


「あ?」

「わたし、帰りたくない……。」

 男は、片眉を上げた。


「…そうかよ。」


 それだけ言って、それ以上は何も聞かなかった。ただ、腰を落として、ミオと目線の高さを合わせる。


「おい。その光ってるやつは何だ?」

 ミオの腕の中の、CUBEを指差す。

「……分かんない。森で、見つけた。」

「見つけた、ねぇ……。」

 男は、訝しげにCUBEを見つめた。

 そのときだった。

 CUBEの光が、急に強くなった。

「うおっ!?」

 男が、思わず一歩下がる。

「な、なんだこれ……!」

 まぶしさに、ミオも目を閉じる。

 光が、二人を包み込んでいく。

 男の手が、咄嗟にミオの肩を掴んだ。

 突き放すためではなく、守ろうとするように。

 それが、ミオにも分かった。


 ――だが、その手も、光に飲まれていく。

 すべてが、真っ白になった。



……



 気づくと。

 そこは、森だった。

 でも、さっきまでいた森とは、何かが違う。

 空の色が、薄い水色と橙色が混ざり合ったような、見たことのない色をしていた。


 足を踏み出すたび、草がかすかに青白く光った。空から落ちる光の粒は肩に触れる前に溶けて消える。

 思わず手を伸ばく。

――指先をすり抜け、何も残らなかった。


 太陽はない。それなのに、あたり一面がぼんやりと明るい。まるで、空そのものが、淡く発光しているようだった。


 木々の葉は、風もないのに、さわさわと揺れていた。梢の隙間からは、粒子のような淡い光がいくつも舞い落ちてきて、地面に触れる寸前で、溶けるように消えていく。


 木の根元や岩陰には、小さな結晶のようなものが、うっすらと青白く光りながら生えていた。宝石にも、氷の欠片にも見える、不思議な輝きだった。


 地面に転がっていた小石を拾おうとして、ミオは気づいた。


 ――音がしない。


 小石を拾い、もう一度落としてみる。


コトッ。

……鳴らない。

耳がおかしくなったのかと思い、自分の手を叩く。

――パン。

それも聞こえない。


「……ここ、どこ……?」

「ちっ……頭が痛ぇ……。」

 すぐ隣で、うめき声がした。


 さっきの男が、こめかみを押さえながら体を起こしていた。


「あ? お前、無事か……って、ここ、どこだ……。」


 男も、あたりを見回して固まった。


「山ん中……じゃ、ねぇよな。」


 ミオは、少し距離を取ったまま、その男を見つめていた。


 ――この人、誰だろう。

 名前も知らない。


 でも、さっき、光に飲まれる瞬間、自分の肩を掴んだ手の感触だけは、覚えていた。


 そのときだった。

 ミオの腕の中で、CUBEがまた、淡く光り始めた。

『――ようこそ。』

 声が、二人の頭に直接響く。


「うおっ!!」

 男が飛び上がり、腰の警棒に反射的に手をかけた。だが、相手の姿が見えないと気づくと、バツが悪そうに手を離す。


「な、なんだ、今の声! つーか、テメェ誰だ、出てこい!」


「CUBE……だよ。」


 ミオが、腕の中の立方体を、そっと持ち上げて見せる。

『はじめまして。水晶(すいしょう)、って呼ぶんだよね。』


 男は、片眉を上げた。

水晶(すいしょう)じゃねぇ、水晶(みずき)だ。っていうかなんで知って……」

 水晶は、しばらく声も出せずに、CUBEとミオと、周りの景色を、何度も交互に見た。


「待て、待て待て待て。」

 こめかみを押さえて、深呼吸をする。


「石が喋ってる。空の色がおかしい。いつのまにか山からいなくなってる。……頭、おかしくなったか、俺。」


 混乱した様子の水晶だったが、すぐに冷静になる。


 「大丈夫。これは……夢だ。」

自分の頬を叩く。


痛い。


「クソ。」

もう一回叩く。


「やっぱ痛ぇ。」


 しばらく、ぶつぶつと独り言を繰り返していた水晶だったが、やがて、ようやく状況を飲み込んだのか、大きく息を吐いた。


「……分かった。信じる。信じるから、ちゃんと説明しろ。」

 舌打ちしながら、頭をガリガリと掻く。


「自己紹介が先だろうが。俺は立川水晶。県警の人間だ。お前は?」

『ボクは、CUBE。それ以外の名前は、まだない。』

「まだない、って何だよ、はぐらかしてんじゃねぇぞ。」

 水晶は、ぶっきらぼうな口調のまま、それでもミオの隣にしゃがみこんだ。

 子ども扱いするでもなく、かといって突き放すでもない、妙な距離感だった。


「おい、ガキ。」

「……ミオ。」

「あ?」

「わたし、ミオ。ガキじゃない。」

 思わず、ミオが言い返した。


 水晶は、一瞬、意外そうな顔をしてから、ニヤリと笑った。

「へぇ。言い返せんじゃねぇか。」

「……。」

「悪かったな、ミオ。」

 名前を呼ばれたのは、初めてだった。

 この人が、自分の名前を呼んでくれたのは。

 水晶は、そこで、ふと思い出したように、CUBEに向き直った。


「……つーか、待てよ。」

「?」

「お前、ミオを連れてきたのは分かる。でも、なんで俺までいるんだよ。」


 CUBEの光が、少し戸惑うように揺れた。


『……それは、ボクにも、よく分からない。』

「は?」

『本当は、ミオだけを連れてくるつもりだった。でも、あのとき、キミがミオの肩に触れていたから……ボクの力が、キミごと、引き込んでしまったんだと思う。』


 水晶は、自分の手のひらを見つめた。

 確かに、光に飲まれる直前、無意識に、ミオの肩を掴んでいた。


「……そうかよ。」

 少し、ばつが悪そうに、頭を掻く。

「余計なことしたか、俺。」

『ううん。』

 CUBEの声は、静かだった。

『たぶん、キミがいてくれて、良かったんだと思う。ミオ、ひとりじゃ、ここまで来られなかったから。』

 水晶は、それ以上、何も言わなかった。

 ただ、少しだけ、居心地の悪そうな顔をしていた。


……


『説明するね、ボクのこと。』

 CUBEの光が、少しずつ形を変えていく。  まるで、記憶を映し出す映写機のように、あたりの空間に、ぼんやりとした映像が浮かび上がった。


『昔、ボクは、ある場所に封じられていた。理由は、ボクにもよく分からない。ただ、誰かが、ボクを土の中に埋めた。それだけは覚えてる。』

「封じられてた……?」

『うん。長い間、ずっと、暗い土の中にいた。誰の声も届かなくて、寂しかった。』


 映像の中に、暗い土の中でうずくまる、小さな光の粒のようなものが見えた。

 それが、CUBEなのだろうか。


『でも、ある日、ミオの声が聞こえた。泣いてる声。助けを求めてる声じゃなくて……ただ、誰かにそばにいてほしい、っていう声。』


『それが、嬉しかった。だから、応えたんだ。』


 ミオは、CUBEを見つめたまま、何も言えなかった。


……


「で。」

 水晶が、腕を組んだ。

「話は分かった。だが、俺たちは、そろそろ戻らねぇと。」

「……。」

「ミオ。捜索隊も、お前の親父も、心配してんだぞ。」

 水晶は、しゃがみこんでいるミオに手を差し伸べる。


「……戻りたくない。」

 しかし、差し伸べた手を取らずにミオはうずくまる。

 ミオの声は、小さかったが、はっきりしていた。


「戻ったって、何も変わらないもん。学校でも、みんなに嫌われたまま。お父さんも……また、殴られるかもしれない。」

 肩を震わせ、鼻をすする音が聞こえる。


「ミオ……。」

「ここにいたい。CUBEと、一緒にいたい。」

 

…水晶は、しばらく黙り込んだあと、舌打ちをした。


「……クソ。」

 乱暴に髪をかき上げる。


「俺だってな、お前をまた地獄に突き返したいわけじゃねぇんだよ。」


 その一言に、ミオは驚いて水晶を見た。


「けどな、こんな訳の分かんねぇ場所に、いつまでもいられるわけねぇだろうが。」

 そう言いながらも、水晶の目は、迷っていた。


 自分の言葉に、自分で説得力を感じられていない。

 そんな目だった。


 水晶は、CUBEに向かって言った。

「おい、CUBE。お前の力で、こいつを元の世界に戻せるんだろ。」

『できるよ。』

「なら――」

『でも、ミオが望まないなら、ボクは、戻さない。』

「はぁ!?」

 水晶が、声を荒げた。


「お前、それ、ただの誘拐じゃねぇか!」

『違うよ。ボクは、ミオの味方になるって決めたから。ミオが嫌なことは、しない。』

「そういう問題じゃ……!」

 水晶は、拳を握りしめる。

 だが、その拳は、行き場を失ったように、ゆっくりと開かれた。


 ――連れて帰ったところで、また同じ地獄に戻すだけなんじゃないか。

 その考えが、頭の片隅をよぎる。


 水晶自身、まだ答えを持っていなかった。

 新人のくせに、いつも現場で余計なことを考えすぎる。だから上司にも「お前は警官に向いてない」とよく言われた。

 規則より先に、目の前の人間の顔色を見てしまう。

 そういう性分だった。



……



「なあ、CUBE。」

 水晶が、声のトーンを落として尋ねた。

「お前は、何なんだよ。ただの光る石じゃねぇんだろ。」

『……ボクにも、よく分からない。』

 CUBEの光が、少し揺れる。


『気づいたときには、もう、土の中にいた。誰が、なんのために、ボクを作ったのか。なんのために、封じたのか。ボクは、思い出せない。ただ、なんとなく、覚えてることがある。』

「なんだよ。」


『ボクは、"みんなを守るため"に、作られた気がする。でも、その"守る"が、いつのまにか、とても危険なものになった。だから、封じられた。』


 水晶とミオは、顔を見合わせた。

『この世界も、そう。ボクの記憶や、願いが、そのまま形になってる場所。だから、少し歪んでる。現実とは、違う。』

 あたりを見回すと、確かに、木々の形も、空の色も、どこか現実離れしていた。 美しいけれど、少しだけ、不安になるような景色。 



……


突然、


『――疲れた……かも。』

 CUBEの声が、ふいに小さくなった。

「え……?」

『ごめん、ね……この世界を、維持するのに……結構、力を、使うから……。』

 光が、少しずつ、弱々しくなっていく。

「おい、ちょっと待てや!!」

 水晶が、思わず叫んだ。

『大丈夫……ちょっと、休むだけ……。』

 CUBEの声が、途切れ途切れになる。

「待って、CUBE……!」

 ミオが、両手でCUBEを包み込むように抱きしめた。


『……ミオ。水晶。』

「っんだよ!」

『――塔に、向かって。』

「塔……?」

『この世界の……向こう側に……大きな塔が、見えるはず……そこに……ボクの……。』

 声が、そこで途切れた。

 光が、すっと消えていく。

 ミオの手の中で、CUBEは、ただの冷たい立方体になっていた。

「CUBE……? CUBE!!」

 何度呼びかけても、返事はなかった。

 その場に、静寂だけが残る。

……

 水晶は、しばらく無言だったが、やがて、大きくため息をついた。

「……仕方ねぇ。」

 立ち上がり、周囲を見渡す。


 遠く、木々の向こうに、うっすらとしたシルエットが見えた。


 高く、細い、塔のような建造物だ。


 見上げても頂上が見えず、雲より上まで続いている。

 ミオはさっきまでは近いと思った。

 でも、歩いても歩いても少しも近付いた気がしない。


 古い時代の遺跡のような佇まいでありながら、幾何学的な模様が、表面に幾重にも走っている。古代のものにも、それより遥かに進んだ何かにも見える、奇妙な建造物だった。


 何層にも重なる構造を持ち、外壁のところどころに、淡い光の紋様が刻み込まれている。まるで、その建物自体が、ひとつの生き物のように、静かに脈打っているようだった。この世界のどこからでも見えそうなほど、大きい。


「あれか。」


 水晶は、ため息をつき、ミオに手を差し出した。


「……帰るぞ。」

「……。」

 ミオは水晶の手を取らない。

 取りたくない。


「捜索隊も、お前の親父も、お前を探してる。」

ミオは首を横に振る。


「帰らない。」

「何言ってんだ。」

水晶の声が少し強くなる。


「お前はまだ七歳だ。一人で勝手に決めていいことじゃねぇ。」

 ミオはCUBEを抱きしめたまま、小さく身を縮める。


「帰ったら……また殴られる。」

「……!。」



「学校でも、みんな嫌いだもん。」

「誰も信じてくれない。」

「だから、帰りたくない。」

 水晶は何か言い返そうと口を開く。


…しかし、言葉が出ない。

 脳裏に浮かんだのは、さっきまで向き合っていた父親の姿だった。


 酒臭い息、震える手。


『分かってるんです。ミオは悪くない。悪いのは俺なのに……。』

 あの涙は本物だった。


……だからといって。

 あの子が傷つかなかったことにはならない。水晶は目を閉じ、小さく舌打ちした。


「……チッ。」

 髪を乱暴にかき上げる。


「帰してぇんだけどな…。」

 誰に言うでもない独り言だった。


「警察なら、そうするのが正しい。」

少しだけ苦笑する。


「……けど、お前をあの家に返すのが、本当に正しいのか。」


 視線を落としたが、答えは出ない。 

 新人警官の自分には、そんなこと決められない。

 だから余計に腹が立った。


「…しょうがねぇ。行くぞ、ミオ。」

「……水晶さん?」

髪をかきむしりながら言う。


「お前がここにいたいなら、それでもいい。でも、こいつが"塔に向かえ"って言ったんだ。理由も分からねぇまま、ここに突っ立ってても、しょうがねぇだろ。」

 水晶は、乱暴な口調のまま、それでも優しく、ミオの手を握った。


「行くぞ。ガキの足でも、歩けば着く。」

 歩き出そうとして、水晶は、ふと足を止めた。


「あー……その。」

 珍しく、言葉を探すように、間を置く。

「もし、この先、ヤバいことがあったら。」

「……?」

「俺が、なんとかする。だから、お前は、逃げることだけ考えてりゃいい。

 ――その代わり、ぜってぇ帰らせるからな。」


 柄にもなく、ぶっきらぼうに言い切った。

 照れ隠しなのか、すぐに顔を逸らして、山の方を睨みつける。

 ミオは、その横顔を、じっと見つめた。


 ――なんだろう、この感じ。

 どこかで、覚えがある。



『もし誰かに嫌なことされたら、すぐ俺に言え!』

 あの日、森で、小指を絡めた約束。

 得意げに、胸をドンッと叩いた、あの笑顔。


「……似てる。」

 ミオが、小さく呟いた。


「あ? なんだって?」

「なんでもない。」

 ミオは、少しだけ、口の端を上げた。

 いつぶりだろう、こんな風に、誰かを見て、笑いそうになったのは。


 ミオは、CUBEを胸に抱きしめたまま、小さく頷いた。


 二人は、見たこともない色の空の下、遠くに見える塔を目指して、歩き出した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ