第3章 第17話 『火神界のルール』
翌朝、四人は火神石を売るため、街の換金所を訪れた。
換金所は、焔亭の隣にある石造りの建物だった。
店の主は、分厚い眼鏡をかけた老人で、差し出された二つの火神石を、手のひらで転がしながら眺めている。
「……ほほう。これはまた、見事な上物だ。」
「いくらになる?」
レオンが、カウンターに肘をついて尋ねる。
「小さい方が五万。……で、こっちの大物は。」
老人は、巨大な歪みから取れた結晶を、光にかざした。内部に閉じ込められた炎が、ゆっくりと揺れている。
「十二万。……いや、祭りの時期で需要が高い。十三万で引き取ろう。」
「じゅ、十三万……。」
ミオは、目を丸くした。昨日までの食料事情を思えば、夢のような金額だった。
「山分けだ。四人で割って、一人頭約四万。」
「待てよ。」
水晶が、口を挟んだ。
「俺らはレオンに街を案内してもらって、その上金まで山分けか? ……虫が良すぎるだろ。」
「んなこと言うなよ。俺一人じゃ、あの番いは倒せなかったぜ。……それに。」
レオンは、にやりと笑った。
「俺は、お前らの旅に興味があるんだ。ルール・フォーカスと天隣人の話。……これは、先行投資ってやつだ。」
………
換金を終えた四人は、火神界の街を歩いた。
朝の街は、昨夜の祭りの熱がまだ残っていて、あちこちで提灯や飾りの片付けが始まっていた。道の中央には、緩やかな水路が通っていて、温かい水が湯気を立てながら流れている。
「……あの水、温かいの?」
「ああ。火神界は、地中に『火脈』ってのが通っててな。町のあちこちに温泉が湧いてる。……あの水路も、その流れだ。」
レオンが、説明する。
「火神族は、火脈の上に街を作った。だから、冬でも寒くない。作物も育つ。……文字通り、火に守られた町ってわけだ。」
『……火脈。』
CUBEが、呟いた。
『それって、もしかして。……この町全体が、大きな核の上に乗ってるのかもしれない。』
「核の上に?」
『うん。火神族の「核」が、地中に眠ってるとしたら。……その力が、火脈となって、街を温めてる。』
ミオは、足元の温かい石畳を見下ろした。
この街全体が、誰かの力の上に成り立っている。それが当たり前のように、ここの人たちは暮らしている。
「……核の契約者って、この町の人?」
「さあな。表に出てる情報じゃ、火神族の核の契約者が誰なのかは、公開されてない。……王室の人間だって噂はあるが。」
「…王室。」
「ああ。この町の中心に、火神族の王宮がある。……あそこだ。」
レオンが指差した先、坂の頂上に、赤い瓦の大きな宮殿が見えた。
「王宮は、祭りの間も一般には開放されない。中に入るには、招かれるしかない。」
………
昼どき、四人は再び焔亭に戻った。
昼の店内は、昨夜とは別の顔ぶれだった。レオンは、テーブルを回りながら、少しずつ話を聞いていく。
ミオたちは、奥のテーブルで果実酒を飲みながら、レオンの聞き込みを待った。
しばらくして、レオンが戻ってきた。その顔は、少し曇っていた。
「……分かったことが、二つある。」
レオンは、声を落とした。
「一つ目。ルール・フォーカスについて。……あいつは、ただの英雄じゃなかった。火神族の歴史の中で、唯一『王室と対等に口をきいた』外の人間だったらしい。」
「王室と、対等に?」
「ああ。火神族はプライドが高い。外の人間を見下す傾向が強いんだが……ルール・フォーカスだけは、王族すら認めていた。……契約者の親友だったって話もある。」
『……契約者の、親友。』
CUBEの光が、揺れた。
「つまり、ルール・フォーカスの消息を一番知ってる可能性があるのは……。」
「そうだ。核の契約者だ。」
水晶が、湯気の立つカップを置いた。
「……王室に入るしかねぇ、ってことか。」
………
「二つ目。」
レオンは、さらに声を潜めた。
「火神界の『ルール』についてだ。……この世界には、各地に固有のルールがあるのは知ってるな。」
「うん。塔でも、妙なルールがあった。」
「火神界のルールは、『力の等価交換』だ。」
「力の、等価交換……?」
「ああ。この世界で何か力を得るには、等しい何かを差し出さなきゃならない。……火脈の恩恵を受ける火神族も、例外じゃない。連中は、何かを支払い続けてる。」
「……何を?」
「それが分からねぇ。……ただ、変な噂がある。」
レオンは、窓の外の王宮を見た。
「ここ数十年、火神族の王宮からは、『赤ん坊の産声が聞こえない』らしい。」
店内の喧騒が、遠くなった気がした。
「……王族の子供が、ずっと生まれていない。病気か、それとも――何かの代償か。……連中が支払ってるものが、何なのか。それを知れば、この世界のルールの裏側が見えるかもしれねぇ。」
ミオは、CUBEを見つめた。
『……等価交換。』
CUBEの声は、小さかった。
『ボクの契約も、そう。力を使うには、何かを……。ミオ、ボクは今まで、ミオから何をもらってたんだろう。』
「……キューブ?」
『……ごめん。なんでもない。』
CUBEの光が、いつもより少しだけ、暗く見えた。
………
午後、四人は職人街を歩いた。
火神界の職人は、皆、火を使う。
刀鍛冶の工房からは鉄を打つ音が響き、ガラス細工の店先では、火で溶かしたガラスが美しい形に変わっていく。
「……すごい。全部、火で作ってる。」
ミオは、ガラス細工の店に見入っていた。
火の中で、淡い青色のガラスが、ゆっくりと花の形に開いていく。
「火神界のガラスは、火脈の熱で溶かすから、不純物が少なくて透明度が高い。……高級品だぜ。」
「……お姉ちゃんにも、見せてあげたかったたな――。」
ミオが、小さく呟いた。
水晶が、隣で足を止める。
「……ミオ。今お前は、帰りたいと思うのか?」
その言葉に、ミオははっとした。
帰れりたくない。帰ったらまた嫌な思いをする――。
そんな想いが、現実世界のことを考えないようにさせていた。
でも、たまに、家族のことを考えてしまう……。
昔のお父さんは優しかった…。
彼がああなったのも、あの時、ヒナが崖から転落してしまったことによるものだった。
――今はもう違うのかもしれない…。
しかし。
「……帰らないよ。」
ミオは、首を振った。
「CUBEの契約を解いて、CUBEを助ける。……そのために、ルール・フォーカスを探してるんだから。」
水晶は、しばらく黙っていた。
やがて、小さくため息をついて、ミオの頭に手を置いた。
「……そうだな。悪かった。」
その手のぬくもりが、少しだけ、救いだった。
アシュがその様子をじっと見守る……。
………
夜、宿の部屋。
四人は、地図を囲んでいた。
「……で、次の一手だが。」
レオンが、地図の王宮を指差す。
「ルール・フォーカスの情報は、王室の中にある。……だが、王宮には招かれなきゃ入れない。」
「どうやったら招かれるの?」
「方法は、二つ。……一つは、祭りの『火神の試合』で優勝すること。」
「ひしんの…しあい?」
「ああ。大祭りの最終日に、王宮の前で武闘大会が開かれる。優勝者は、王宮に招かれて、王族から直接褒美をもらえる。……歴代の優勝者は、みんな王宮の客人になってる。」
「……それ、いつ?」
「三日後だ。」
「三日……。」
「もう一つの方法は?」
アシュが、尋ねる。
「……王宮に、直接、呼ばれるのを待つ。……だが、俺らみたいな外の人間に、そんな機会は普通来ない。」
レオンは、天井を仰いだ。
「……つーわけで、試合に出るしかない。俺は出る。……お前らはどうする。」
水晶とアシュが、顔を見合わせた。
「……俺も出る。」
「俺も。――ミオは、見学でいいだろ?。」
水晶が言うと、ミオは首を横に振った。
「……わたしも、出たい。」
「「「は?」」」
三人の声が、重なった。
「だ、だって。わたしも、強くならなきゃ。……CUBEの契約を解くには、わたし自身の力も必要なんでしょ。」
『……ミオ。』
CUBEの光が、心配そうに揺れた。
「……大丈夫。無理はしない。……でも、わたしは、もう、見てるだけのわたしじゃないから。」
沈黙が、部屋に落ちた。
やがて、水晶が、頭を掻きながら言った。
「……ったく。……わかったよ。だが、一つだけ条件がある。」
「条件?」
「ピンチになったら、即座に棄権しろ。……約束しろ。」
「……うん。約束する。」
ミオは、真っ直ぐに頷いた。
………
その夜、ミオは宿の窓から、祭りの灯りを見ていた。
明日から、火神の試合の予選が始まる。
「……CUBE。」
『うん?』
「火神界のルール、『力の等価交換』ってやつ。……わたし、何か差し出してるのかな。」
CUBEは、しばらく黙っていた。
『……分からない。でも、もし、ミオが何かを失ってるとしたら。……ボクが、それを取り戻すよ。』
「CUBE......。」
『約束する。……ボクは、ミオの何かを奪うためにいるんじゃない。ミオと一緒に、進むためにいる。』
ミオは、CUBEをそっと抱きしめた。
「……うん。ありがとう。」
窓の外では、祭りの灯りが、静かに揺れていた。
明日への不安と、小さな決意と、温かい光と。
――それらが全部、胸の中で、混ざり合っていた。




