第3章 第18話 『火神の試合』
試合会場は、街の外れに設けられた、巨大な闘技場だった。
火山の麓を削って作られたというその建物は、黒ずんだ岩肌に、赤い布の旗が無数に翻っている。
石造りの円形の観客席には、既に大勢の人々が詰めかけていて、中央の砂の敷かれた舞台を幾重にも取り囲むように、歓声と熱気が渦巻いていた。
観客席の最上段には、赤い天蓋が張られた特別席が見えた。王族の座る場所だ。
「……すげぇ、人だな。」
水晶が、圧倒されたように辺りを見回した。
「毎年、この規模らしいぜ。大祭りの奉納試合は、火神界じゃ一番の晴れ舞台だ。優勝すりゃ王宮の客人。……連中にとっちゃ、一国の王に認められる、一生に一度のチャンスってわけだ。」
「王族も見に来てるのか。」
「ああ。族長さまも、どこかで見てるはずだぜ。」
受付のテントで、四人はそれぞれ参加の手続きを済ませた。
受付の男が、何の変哲もない白い小石を四人に一つずつ渡した。
「これは?」
「『火証石』だ。試合中、体が限界を超えると赤く光って、審判が試合を止める。」
レオンが渡された石を手にとって、手遊びをする。
「……火神界の試合は、殺し合いじゃねぇ。力を尽くすための、安全の仕組みだ。」
「……へえ。ちゃんと考えられてんだな。」
「火の民は、命の重さを誰より知ってるからな。」
……
「……おい、あれ見ろよ。」
順番を待っている間、近くにいた屈強な戦士の一団が、水晶を指差して笑い始めた。
「あの剣士の恰好した兄ちゃん。……初出場か?」
「装備、真新しすぎんだろ。」
「振り方も素人臭ぇな。予選で即脱落だろうよ。」
どっと、笑い声が上がる。
水晶のこめかみに、青筋が浮かんだ。
「……あぁ?なんだよ、テメェら。」
「まあまあ。」
アシュが、水晶の肩を軽く叩く。
「……いや、こいつら、全くもってその通りだと思うぜ。」
「お、お前ら、味方だろうが!!」
「事実は事実だ。」
レオンが、けらけらと笑いながら便乗した。
アシュも素っ気なく言う。
「うるせぇ! 見てろよ、俺だって……!」
水晶が、悔しそうに拳を握りしめた。
ミオは、そのやり取りを見ながら、そっとCUBEに話しかけた。
「……水晶さん、大丈夫かな。」
『うーん。……でも、水晶は、悔しさを力に変えられる人だから。きっと大丈夫。』
………
試合は、次々と進んでいった。
火神界の奉納試合は、一対一の組み手が基本だ。
火証石が赤く光るか、武器を落とすか、戦意を失えば負け。勝てば勝つほど、次の相手は強くなる。
最初に舞台に立ったのは、アシュだった。
対戦相手は、大柄な戦士。大剣を軽々と担いでいる。
「行くぜ、若造!」
戦士が、雄叫びを上げて突進してきた。
――だが、アシュの姿がその場から掻き消えた。
「なっ……!?」
次の瞬間、戦士の背後に、アシュが立っていた。凪刀の峰が、首筋にそっと当てられている。
「……勝負あり、だろ。」
審判が、慌てて旗を上げた。観客席が、どよめきに包まれる。
「……な、なんだ、あの少年は……!」
「速すぎるだろ……!」
誰かが、思わずそう叫んだ。
水晶も、その様子を見て、思わず目を見開いていた。
「……アシュ、あんな動きできたのか……。」
アシュは、涼しい顔で舞台を降りてきた。
…………
次に舞台に立ったのは、レオンだった。
対戦相手は、槍を持った痩身の戦士。だが、その足運びは、明らかに只者ではなかった。
「レオン・バレット……。お前と当たるとはな。」
「おや、知り合いかい。……悪いが、こっちは急いでんだよ。」
二人が、鋭く切り結ぶ。槍の間合いに入れば貫かれる。
レオンは、相手の槍の軌道を紙一重で躱しながら、じりじりと距離を詰めていく。
しばらく拮抗した攻防が続いていたが。やがて、レオンの鉄のブーツが、相手の懐に深く踏み込んだ。
「――終わりだな。」
回し蹴りが、槍を弾き飛ばし、相手を地面に沈めた。
「……お前、そこそこやるじゃねぇか。」
「まあな。」
相手が感心したように呟く。レオンは、得意げに片目を瞑ってみせた。
…………
対戦相手は――
先ほど水晶を馬鹿にしていた、あの屈強な男だった。
「……よお、坊主。生きて帰れると、思うなよ。」
男が、余裕の笑みを浮かべる。
水晶は何も言わなかった。
ただ、静かに剣を構えた。
「……アシュに、散々、駄目出しされたんだ。」
小さく呟く。
「一回くらい、見返させろ。」
審判の合図とともに男が、勢いよく突進してくる。
水晶は教わった通りに力をまっすぐ受け止めず、体を僅かに逸らして受け流そうとした。
だが、男の一撃は想像以上に重かった。
「――っ!」
完全にはいなしきれず体勢が崩れる。
「隙あり!」
男の二撃目がすぐさま飛んできたが、水晶はなんとか、剣で受け止めた。
その衝撃で、後ろへ大きくよろめく。
「くっ……!」
水晶は、まだ剣を握ってそう長くはない。
教わった型を頭では覚えていても、実戦でとっさに体が動くほどにはなっていなかった。
「どうした、坊主! そんなもんかよ!」
男が嘲るように、笑いながら、三撃目を繰り出す。
水晶は辛うじてそれを避けたが、体力が目に見えて削られていくのが分かった。
「……くそ、くそ……!」
額から、汗が、止めどなく流れる。
息が、上がっていく。
観客席から再びひそひそと笑い声が漏れ始めた。
「……やっぱり、無理だったか。」
「一回戦、落ちだな。」
その声が耳に届くたび、水晶の中で悔しさが膨らんでいった。
…………
男が大きく剣を振りかぶる。
もうだめだ。ここでおわってしまう。そんな弱音があふれどうだった。
――
咄嗟に、アシュの言葉を思い出した。
――力に頼りすぎだ。まっすぐ受け止めるな。受け流せ。
膝を僅かに緩める。
重心を、低く。
振り下ろされた剣の軌道を、目で追う。
――今だ。
体を半歩横に滑らせながら、相手の剣を下から逸らすように、受け流した。
男の体勢が僅かに泳いだ。
その、一瞬の隙。
水晶は全身の力を振り絞って踏み込んだ。
「――!」
剣を、相手の、腕に、叩き込む。
審判が旗を上げる。
「――勝者、ミズキ!!」
水晶はその場に、崩れ落ちるように、片膝をついた。
「……はぁ、はぁ……勝った……のか、俺……。」
肩で息をしながら、それでも小さく、笑みを浮かべる。
「……よっしゃあ……!」
声を絞り出すように拳を突き上げた。
観客席から、先ほどとは違う、感嘆の声が上がる。
「……見たか、アシュ!」
「……まあ、ギリギリだが、成長はしてるみたいだな。」
その素っ気ない一言に、水晶は笑顔で頷いた。
…………
そして、いよいよミオの番が来た。
緊張で、胸が早鐘を打つ。
CUBEを腕の中にそっと抱きしめながら、舞台の上に立つ。
『……頑張って、ミオ。』
CUBEの声に、ミオは小さく頷いく。
舞台の中央、緊張しながら、進み出る。
中央の闘技場では、対戦相手が呼ばれた。
「……対戦相手、入場!」
実況の声が、響き渡る。
舞台の反対側から、姿を現したのは――
派手な道化師のような、衣装を纏った、一人の男だった。
ピエロのような、奇抜な衣装。
顔には、白粉と、大げさに描かれた笑顔の化粧。
そのあまりにも異質な雰囲気に、観客席が一瞬ざわついた。
「……なんだよ、あいつ。」
水晶が、小さく呟く。
「……サーカスの、団員か何かか?」
レオンも、訝しげに眉をひそめた。
男は、舞台の中央に立つと、優雅に一礼した。
「――皆さん、御機嫌よう。」
場内によく通る、芝居がかった声が響いた。男の視線が、ゆっくりと、ミオへと向けられる。
ミオは、その視線に、思わず体が竦むのを感じた。
「本日は、吾輩のパフォーマンスをご覧いただきありがとうございます!
吾輩は夢幻大劇場、案内人――」
薄気味の悪い笑顔が彼の顔に張り付く。
「ルーカス・サーカスと申します!」
その、笑顔の仮面のような表情の奥で――
目だけが酷く、冷たい光を宿していた。




