第1章 第1話 『転校生』
第1話 「転校生」
春の風が、山の緑をゆっくりと揺らしていた。桜はもう散り始めている。
町の人はみんな知り合いで、朝になれば「おはよう」と笑い合う。田舎の結束力はつよいのだろうか。
そんな静かな町に、一台の白い軽トラックがゆっくりと入ってきた。
荷台には、いくつもの段ボール。
その横で、小さな女の子が窓の外を眺めていた。
「……ここが、新しい町。」
少女の名前は、望月ミオ。
中学1年生、13歳。
父である望月龍之介と、姉の望月雛乃との三人暮らしだ。
母はおらず、どこへ行ったのかはミオも知らない。
父は今まで一度も話そうとはしなかった。そのため、ミオも一度も聞かないことにしていた。
「着いたぞ。」
運転席から父が短く言う。
「……うん。」
父は昔から口数が少ない。
でも優しかった。
新しい家に荷物を運び終えると、
「今日は疲れただろ。好きなアイス買ってやる。
と言って笑ってくれた。
その笑顔が、ミオは好きだった。
家の近くにある『円天堂』という駄菓子屋に寄った。招き猫がかわいい…
「ヒナ、お前はチョコミントだったよな?」
「おっ、覚えてんじゃん!」
ヒナは嬉しそうに笑う。
「ミオは?」
「……いちご。」
「よし。」
父は二人の頭をぽんぽんと叩く。
その帰り道。
ヒナは突然、ミオの肩に腕を回した。
「明日から学校だな。」
「……うん。」
…正直学校など行きたくはなかった。
前の学校では周りの人たちとうまく馴染むことができず、孤立していた。
しかし、ミオは小さくうなずく。
ヒナは大きく笑った。
「大丈夫だ!」
そして胸をドンッと叩く。
「もし誰かに嫌なことされたら、すぐ俺に言え!」
「……でも。」
「でもじゃねぇ!」
ヒナはミオのおでこを軽く指でつついた。
すると、親指を力強く立てて自分に向けて言った。
「俺はお姉ちゃんだからな!!」
ヒナは帽子をかぶり、キリッとした笑顔をしている。 髪は私の黒いロングヘアと違い、明るい茶髪で、肩にもたつかないほどの長さだ。
まるで男だ…
「…女の子なのに、『俺』って変だよ。」
「うるせぇ!」
頭に拳をグリグリさせられた。痛い…
二人は笑う。
夕日が、町をオレンジ色に染めていた。
――
翌日。
「今日から転校してきました、ミオです。」
教室には二十人ほどの同級生。
糸目の先生は笑顔だった。
「みんな、仲良くしてね。」
…目は見えているのだろうか。
「よろしくお願いします。」
ミオは頭を下げる。
長い前髪の隙間から、ちらりと教室を見渡す。
誰とも目が合わないように、視線はすぐに床へ戻ってしまった。
拍手が聞こえて少しだけミオは安堵した。
しかし。
昼休みになると、一人の女の子が近づいてきた。ポニーテールでかわいらしい女の子だったが、どことなく性格が悪そうだ。
後ろに女子を何人も率いている。
「ねえ。」
「……?」
「あんたって前の学校でも友達いなかったでしょ?」
「え……?」
突然言われて頭が真っ白になる。
教室が静かになる。
一瞬時間が止まったと錯覚するほどだ。
「なんで知って……。」
「顔に書いてある。」
クスクスと笑い声。
「リナちゃんド直球〜w」
「転校生かわいそー(笑)」
周りの子も笑う。
なんで?私はなにもしていない…
「暗いもん。」
「しゃべんなそう。」
「なんか気持ち悪い。」
私の疑問に答えたように言われた。
ミオは何も言えなかった。
チャイムが鳴ると、その子たちは何事もなかったように席へ戻っていった。
安心していた私の心に、氷の壁ができた気がした。
何もしていないのに心がキュッとして、気持ち悪い。
…大丈夫、
まだ初日だからしょうがない。
これから仲良くしていけばいい。
そう思っていた。
……
昼休みのチャイムが鳴った。
教室中の生徒たちが、一斉に席を立つ。
「サッカーしよーぜ!」「っていうか、あいつがさ〜!」といった楽しそうな声が飛び交う。
ミオは鞄から小さなハンカチを取り出し、机の上をそっと拭いた。
ミオの隣の席は空いている。
しかし、朝から誰も座ろうとしなかった。
転校初日だからかな。
そう思おうとした。
そのときだった。
コツン。
消しゴムが机から落ちた。
「あ……。」
拾おうと手を伸ばす。
すると、誰かの靴が消しゴムを踏んだ。
「ごめーんw。」
そう言ったさっきの女子――リナは、まったく悪びれる様子もなく笑っている。後ろにいた子たちも笑った。
「転校生ってドジだね。」
「ほんとだ。」
ミオは何も言わず、少し黒く汚れた消しゴムを拾った。胸の奥が、ちくりと痛んだ。
でも。気のせいかもしれない。
まだ一日目なんだから。きっと仲良くなれる。
そう信じたかった。
……
翌日。
「ねえ、これ誰の?」
一人のリナがミオの筆箱を持ち上げた。
「それ……私の。」
「へぇ。」
ミオのと知った瞬間、彼女はくるくると筆箱を回す。
「返してよ……。」
「どうしよっかな。」
周りの子たちが笑う。
次の瞬間。
ポーン。
筆箱が後ろの席へ投げられた。
「はい、パス。」
「えー? 取れなーい。」
また別の子へ投げられる。
教室の中を、筆箱が飛び回る。
「返して……。」
声は誰にも届かない。
ようやく床に落ちた筆箱を拾うと、中の鉛筆が一本折れていた。
ミオはそれを見つめる。
何も言えなかった。
……
昼食の時間。
先生が職員室へ行った。
その瞬間だった。
「そこ、座らないで。」
ミオが弁当を持って自分の席へ向かうと、リナが椅子を引いた。
「え……?」
「ここ、○○ちゃんの席だから。」
「でも……。」
「早くあっち行って。」
他の子たちも目をそらす。
誰も何も言わない。
結局、ミオは教室の隅で、一人きりでご飯を食べた。
笑い声だけが遠くから聞こえる。
みんな楽しそうだった。
…どうして私だけ。
どうして誰も話しかけてくれないの。
何か悪いことしたのかな。
ミオは水を飲もうとした。
でも、喉を通らなかった…。
気づけば、ペットボトルをぎゅっと握りしめていた。少しだけ手が震えている。
泣いたらだめだ。
泣いたら、もっと笑われる。
ミオは必死に涙をこらえ、冷たくなった給食を、一人静かに口へ運んだ。
……
すぐに家を帰った。
「ただいま。」といい静かに玄関を開ける。
「おかえり!」
ヒナの声が飛んでくる。
なぜか泥だらけの姉が出てきた。
「どうだった?」
「……楽しかった。」
思わず嘘をついてしまった。
泣いたあとがあるから、バレているかもしれない。
けれど、心が変な感じなのを悟られたくなかった。
すると、ヒナは顎に手を当てて、考えるポーズを取った。
しばらくして、予想していない言葉が出てきた。
「よし! 今日は森へ行くぞ!」
「…え?森?」
「秘密基地作る!」
「え?」
(この高校生は何を言っているのだろうか。)
そんなことを考えた瞬間、手を引かれる。
二人で走る。
(まあ、走るというより私は引きづられていた。物理的に痛い。)
山を登り、坂を登り、小さな森へ入る。
ヒナはまるで忍者のようであった。
(…いや、くのいちかも。)
「着いたぞ!登ってみろよ!」
やっとついた…
草や木の枝が頭に刺さった私は破天荒な姉のあとを追いかける。
…絶対後でイチゴパフェ奢らせる。
そう思って登ると、そこでは森のなかに大きな湖があった。
周りには雑木林が広がっており、木漏れ日が葉の隙間から差し込んでいた。
湖に反射する光と木漏れ日が何とも言えない美しさを作っている。
「きれい……。」
「だろ?」
ヒナは得意げに笑う。
「ここ、俺のお気に入りなんだ。」
なぜ来たばかりなのに知っているのだろうか。
そんなことを考えた。
だが、破天荒な姉のことだ、
探検とか言って走り回っていたのかも…
心のなかで私は笑った
……
風が吹く。葉っぱが揺れる。鳥が鳴く。
そんな自然が憂愁を流してくれる。
「もしさ。」
ヒナは空を見上げる。
「学校で嫌なことがあったら、ここへ来い。」
「……。」
「俺も来る。」
「……うん。」
不器用な姉は、あの一瞬で私の気持ちを理解したのかな。
…いや、そんなことはないかも。
でも、元気づけようとしているというのはわかる。
風が吹いて、小鳥が鳴いた。
水に落ちた葉は波紋を作り、
もとに戻った。
「…約束だ。」
そう言って、小指を差し出した。
ミオも小さな指を絡める。
…あぁ、ヒナには敵わないな。
「約束だよ。」
……
その夜。
布団の中で、ミオは昼休みの言葉を思い出していた。
『暗い。』
『気持ち悪い。』
胸が苦しくなる。
だけど。
森で交わした約束を思い出す。
「俺も来る」
その一言だけで、不思議と少しだけ安心できた。
ヒナがいる。
だから、きっと大丈夫。
―明日は、まだ耐えられる。
ミオはそう信じて、静かに目を閉じた。
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