第3章 第14話 『灼熱の道』
朝の澄んだ空気の中、金属同士がぶつかる音が乾いた谷間に響いていた。
「――そこだ!」
アシュの凪刀が鋭く振り抜かれる。
水晶は辛うじてそれを剣で受け止めたが、その勢いに、後ろへ大きくよろめいた。
「くっ……!」
「まだまだ力に頼りすぎだ。」
アシュが間髪を入れず二撃目を繰り出す。
水晶はなんとか受け流したが体勢を崩し、そのまま地面に尻もちをついた。
「……ってぇ。」
「そこまで。」
アシュが凪刀を納めた。
……
少し離れた場所でミオは、CUBEを抱えたままその様子を見守っていた。
「……水晶さん、大丈夫かな。」
『……大丈夫だと思うよ。毎朝のことだし。』
CUBEの光がのんびりと揺れる。
ミオは駆け寄って荒い息をついている水晶に手を差し出した。
「水晶さん、うまくなったね。」
「お、おう……そうか?」
水晶が、少し照れくさそうに立ち上がる。
「……全然だ。」
アシュが素っ気なく水を差した。
「まだ、力任せなだけだ。受け方も踏み込みも、全部が雑だ。」
「――は? お前、褒めるとこ一つもねぇのかよ!」
「事実を言ってるだけだ。」
水晶が悔しそうに食い下がる。
ミオはその様子を微笑ましく眺めていた。
いつもの朝の決まりごとのようなやり取り。
それが今では、旅の中の心地よい日常の一部になっていた。
……
その日の午後、三人はいよいよ火神族の土地に足を踏み入れた。
山々は黒く焦げたように色を変えていた。
地面には幾筋ものひび割れが走っている。
空気はこれまでとは比べ物にならないほど乾いて熱かった。
「……ここが、火神族の土地。」
ミオは思わず口を押さえた。
息を吸うだけで喉が焼けるように熱い。
山道を登っていくと地面から時折、蒸気のようなものが噴き出しているのが見えた。
「……気ぃつけろよ、あれ。」
水晶が慎重に蒸気を避けながら歩く。
……
その頂上に近づいた頃だった。
空にいくつもの赤い影が旋回しているのが見えた。
鳥のような姿。だが、その翼は炎そのものでできているようだった。
その群れのうち、1羽が鋭くこちらに向かって降下していた。
「散れ!」
アシュの声に三人は慌てて飛び退いた。
直前までいた場所を炎の翼が掠める。
地面が黒く焦げた。
「くそ、当たったら、大火傷だぞ、あれ!」
水晶が剣を構えながら叫ぶ。
アシュがすぐに凪刀を構え風を繰り出そうとした。
だが――
放たれた風が鳥の炎に触れた瞬間。
炎が一気に勢いを増した。
「……っ、まずい!」
アシュが慌てて風を止める。
「風、送っちまうと……逆に火に酸素送ることになる!」
「じゃあ、どうすんだよ!」
水晶が焦ったように叫ぶ。
『……ミオ、貸して!』
CUBEの声が鋭く響いた。
「うん!」
ミオがCUBEを掲げる。
光が集まり――
地面から格子状の光の檻が次々と立ち上っていった。
まるで獄門のような光の網が上空を覆っていく。
「これを……こう!」
ミオが手を振り上げたと同時に、光の網が火の鳥を襲う。
鳥たちが驚いたように方向を変えようとしたが、間に合わなかった。
次々と光の檻に捕らえられていく。
「――今だ!」
水晶が駆け出し、剣を一閃させた。
檻の中の一羽の首を正確に落とす。
炎の翼が力を失いゆっくりと消えていった。
……
「……よし、獲れたぞ!」
水晶が得意げに鳥を掲げてみせる。
「……普通の鳥より随分重いな、これ。」
「食えるのか、それ。」
アシュが訝しげに尋ねる。
「知らねぇけど、焼きゃなんとかなるだろ。」
その夜、三人はその炎の鳥の肉を焼いて、食べた。
「……美味い!」
水晶が頬張りながら目を輝かせる。
ミオも恐る恐る、口に運んだ。
思っていたよりも、ずっとしっかりとした旨みがあった。
「……ちょっと、ぴりっとする。」
『火の力を持つ鳥だから、かな。』
CUBEがそう教えてくれた。
……
翌朝、山を越えた。
頂に辿り着いた瞬間、視界が一気に開けた。
眼下には、大きな街が広がっていた。
赤い屋根瓦。
街の中心から絶えず上がる煙と火の粉。
太鼓の音、歓声、笛の音が風に乗ってはっきりと聞こえてくる。
「……お祭り、やってる……。」
ミオは、その様子を見て思わず呟いた。
誰かに説明されるまでもなく一目で分かった。
あれは、確かに祭りの賑わいだった。
「行こう! 早く!」
ミオが、はしゃぐように駆け出そうとした。
その時、脳裏にふと、懐かしい光景が蘇った。
夜店の灯り。
浴衣を着た、幼い自分の手を引く父。
その反対の手を、ヒナがしっかりと握っている。
「――ほらミオ、あそこ、金魚すくいだ!」
「わたし、りんご飴が、いい……!」
「よし、両方だ!」
三人で笑いながら、夜店を練り歩いたあの夜。
……
「……おい、大丈夫か?」
水晶の声で我に返る。
「……あ……。」
ミオは一瞬、その場に立ち尽くしていた。
「どうした?」
「……ううん、なんでもない。」
ミオは小さく首を振った。
でも、胸の奥にちくりとした痛みが確かに残っていた。
――お父さんは今、どうしてるかな。
あの日から、ずっと考えないようにしていたその存在。
でも今、この賑やかな光景を前にして、ふとその顔が頭から離れなくなっていた。
――大丈夫かな、お父さん。
その小さな不安は、誰にも言えないまま、ミオの胸の奥にそっとしまわれた。
……
――同じ頃、現実の世界。
小さな寂れたカフェの隅。
窓際の席に二人の男が向かい合って座っていた。
一人は、警察官の田沼。
もう一人は、望月龍之介
――ミオの父だった。
「……足取りは、あの山道で途切れてる。」
田沼が手帳をテーブルに広げた。
「その先、痕跡は何も見つからない。まるで……煙のように消えちまったみたいだ。」
龍之介は黙って、その手帳を見つめていた。
「ミオちゃんの情報も、立川の情報も……本当に何も、出てこねぇ。」
田沼がコーヒーを一口飲む。
「……なあ、あんた。何か心当たりねぇか。」
龍之介はしばらく、答えなかった。
やがて、絞り出すように口を開いた。
「……あの日。」
「あの日?」
「ミオがいなくなってからずっと考えたんだ……。」
コーヒーを一口飲む。
「……ミオは、母親を探しに行こうとしてたんじゃないかって。」
田沼が顎に手を当て、目を細める。
「…なぜ、そう思うんだ?」
「それ以外、ミオが行く場所がないからです。」
ミオの母親――望月エリナ。
いや、逃げられてるから苗字は別か…
「……妻がいなくなった理由も行き先も、俺はずっと知らなかった。でも……最近、少し手がかりが見つかったんだ。」
「それを探しに行こうとしてたってことか。」
「ああ。……だが、その矢先にあんたの後輩さんに見つかった。」
龍之介は静かに続けた。
「あの人は俺を、問い詰めながらも……最後には俺の話をちゃんと聞いてくれた。」
田沼は少し考え込むように、腕を組んだ。
――立川の奴、任務よりあの子のことを優先したのかもしれない。
母親を探しに行くミオを手助けして、一緒に向かっているのかも…。
子供思いのあいつらしい判断だと田沼は思った。
「……なあ。」
田沼が静かに尋ねた。
「奥さんの手がかりってのは、どこにあるんだ。」
龍之介は一枚の古い手紙をテーブルに置いた。
「……それがわかったら苦労はしない。
だから、まずは彼女の実家に行くしかない。場所は知っている。」
田沼はその手紙を手に取りじっと見つめた。
「……行くしか、ねぇな。」
二人は互いに頷き合った。
カフェを立ち去り、二人は歩む。
行方の知れない二人の少女と一人の青年。
その手がかりを求めて――
田沼と龍之介は、ミオの母のもとへと、向かうことを決めた。




