第2章 第12話 『前任者』
小さな洞窟の中、焚き火の炎が、静かに揺れていた。
アシュは、まだ、眠ったままだった。
水晶は、片腕を布で吊りながら、少し離れた岩に、寄りかかっている。
「……傷は、痛む?」
ミオが、心配そうに、尋ねた。
「平気だ。掠っただけだしな。」
水晶は、そう言いながらも、包帯を巻き直そうとして、無駄に苦戦していた。
「……できねぇ。」
「あ、貸して。」
ミオが、包帯を巻き直してあげる。
その手つきは、以前よりも、随分、慣れたものになっていた。
「……お前、器用になったな。」
「水晶さんが不器用なだけだと思う。」
「言うようになったな、ミオ。」
二人が、そんな軽口を交わしていると、アシュが、微かに、身じろぎした。
「……ん……。」
アシュが、ゆっくりと、目を開ける。
「アシュ!」
「気ぃついたか!」
ミオと水晶が、同時に、覗き込んだ。
「……近ぇ。」
アシュが、うるさそうに、顔を背ける。
「悪ぃ悪ぃ。……お前、大丈夫か?」
「見ての通りだ。」
アシュは、上体を起こそうとして――
――ぐらり、と、大きく傾いだ。
「うおっ!」
水晶が、慌てて、支える。
「……まだ、無理すんな。」
「うっせぇ。」
そう言いながらも、アシュは、大人しく、また横になった。
その顔は、少し、赤くなっていた。
「……なあ、それ、照れてんのか?」
「照れてねぇ! 体が、言うこと聞かねぇだけだ!」
その様子を見て、ミオは、思わず、噴き出した。
「……アシュ、なんか、いつもの威厳、ないね。」
「……お前まで、言うのか。」
アシュが、がっくりと、肩を落とす。
そんな様子を見て、水晶が、腹を抱えて、笑い始めた。
「くくっ……あの技を決めたときは、あんなにかっこよかったのに、今の、台無しだな!」
「……お前の、その腕も、大概だろうが。」
「うるせぇ、俺は被害者だ。」
「被害者ぶってんじゃねぇよ、庇ってやったんだろうが。」
「あ、それは……悪かった。うん。」
下手に動いて敵から怪我を負った水晶。
凄まじい力を使って敵を倒し倒れたアシュ。
…圧倒的にアシュの方がかっこいい。
二人のやり取りに、ミオは、堪えきれず、声を上げて笑った。
「……ミオ、なに笑ってんだよ。」
「ううん……なんか、二人とも、可愛いなって。」
「「可愛くねぇよ!!」」
声が、綺麗に重なった。
その様子に、ミオは、また、笑いを堪えられなくなった。
しばらく、他愛のない会話を交わしながら、焚き火の炎が、静かに、揺れていた。
……
「……そういや、アシュ。」
水晶が、ふと、思い出したように、尋ねた。
「あの技、なんなんだよ。すげぇ威力だったけど。」
「……風の力を、無理やり、一気に引き出しただけだ。」
アシュが、素っ気なく、答える。
「急激に力を使うほど、消耗も激しくなる。……CUBEと、同じ理屈だな。」
「なるほどな。だから、あの後、伸びちまったのか。」
「…うるせぇ。」
その会話にCUBEが間に入る。
『…彼は空神族だからね。風の力を使えるんだ。』
「そうだったのか!」
アシュは、突然身元をバラしたCUBEを睨む。
「…なぜ、今言ったんだ。」
『別にいいでしょ、地元くらい』
CUBEは悪びれもせずに言った。
『それぞれの国では僕たち…核から力を摘出して力をもつ武器を開発したんだ…。』
――ということは、
「…そのとおりだ。これはDIAMONDの力をもつ武器だ、これで敵を切る。」
諦めたようにアシュは語る。
――DIAMOND
風の力をもつ正八面体の核…。
ミオはそれを思い出した。
「俺たち空神族はあの核の力を使う…。
ただ、それだけだ」
「なるほどな…。」
……
「あぁ、そうだ忘れてた。」
水晶が、思い出したように、CUBEに、話を振った。
「お前、前に言ってた、契約の話。あの人、探すって話、どうすんだよ。」
CUBEの光が、ふわりと、揺れる。
『……うん。手がかりは、少ないけど……名前だけは、なぜか、はっきり覚えてるんだ。』
「名前……。」
ミオが、身を乗り出す。
『……ルール・フォーカス。』
CUBEが、静かに、その名を口にした。
「ルール・フォーカス……。」
ミオが、その響きを、確かめるように、繰り返した。
「……なんか、聞いたことあるような、ないような。」
「変わった名前だな。」
水晶が、腕を組む。
『……不思議なんだ。他のことは、あんまり、はっきり思い出せないのに。名前だけは、なぜか、頭の奥に、ずっと残ってる。』
CUBEの声には、僅かな戸惑いが、滲んでいた。
「……なんでだろうね。」
ミオは、CUBEを、そっと抱きしめた。
「よっぽど、大事な人、だったんじゃない?」
『……そう、なのかな。』
CUBEの光が、少し、揺れる。
『でも、思い出そうとすると、なぜか、胸のあたりが、ざわざわするんだ。……嬉しいのか、怖いのか、自分でも、よく分からない。』
アシュが、その話を、黙って聞いていた。
その表情は、いつもの通り、読み取りにくかった。
「……アシュ、その名前、聞いたことある?」
「……さあな。」
いつもの、はぐらかすような答え。
だが、その声には、僅かに、緊張が混じっているように、ミオには聞こえた。
……
「とりあえず。」
水晶が、話をまとめるように、口を開いた。
「まずは、火神界に向かう。
それでいいんだよな、CUBE?」
『うん。』
CUBEの光が、僅かに、揺れた。
『……覚えてる? 塔の契約の間で見た、あの映像。』
「うん。お祭りみたいな、賑やかな光景……。」
ミオは、あの、笑っているのに、誰も笑っていないような、あの光景を思い出した。
『あの中に、確かに、赤い光が、いくつも映ってた。松明とか、篝火みたいな。あれは、火神族の祭りの灯りだと思う。』
「……つまり。」
水晶が、腕を組む。
「ルール・フォーカスとやらが、その祭りに、いたかもしれねぇってことらしい。」
『……たぶん。契約が結ばれた場所か、それに近い場所だったんじゃないかって、そう思うんだ。』
「なるほどな。」
水晶が、納得したように、頷いた。
「じゃあ、まず、そこで、何か知ってる奴を探せばいいわけだ。」
『うん。手がかりを探すなら、まず、そこから始めるのがいいと思う。』
「よし。……って言いたいとこだが、俺もアシュも、今、まともに動けねぇんだよな。」
水晶が、吊った腕を、軽く持ち上げてみせる。
「……情けねぇ話だ。」
アシュが、寝転がったまま、呟いた。
「情けねぇのは、お互い様だろ。」
「うるせぇ。」
「……じゃあ、少し、休もう。」
ミオが、二人を見て、微笑んだ。
「みんなが、ちゃんと元気になってから、火神界に向かおう。」
『……うん。それがいいと思う。』
CUBEの光が、優しく、瞬いた。
……
数日後。
水晶の腕の傷も塞がり、アシュも、すっかり元通りに動けるようになった頃。
三人は、洞窟を出て、再び、旅の支度を整えていた。
「……準備、できたか?」
アシュが、いつもの調子で、尋ねる。
「ばっちりだ。」
水晶が、腕をぐるぐると回してみせる。
「もう、痛くねぇのか?」
「もちろん。ほら、この通り。」
水晶が、得意げに、剣を抜こうとして――
――カラン。
剣が、そのまま、手から滑り落ちた。
「……。」
しばしの沈黙。
「……お前、まだ本調子じゃねぇだろ。」
「い、いや、これは、その、手が滑っただけで……!」
慌てて言い訳する水晶を見て、ミオとアシュが、揃って、噴き出した。
笑いの余韻が収まった頃、三人は、遠く、赤い光の見える方角――火神界へと、歩き出した。
――ルール・フォーカス。
その名前を、胸の中で、繰り返しながら。
ミオは、腕の中のCUBEを、そっと見つめた。
「……いつか、その人に、会えるといいね。」
『……うん。』
CUBEの光が、静かに、頷くように、瞬いた。
三人と一つの光は、赤く染まる地平線を目指して、歩き続けた。
―――
《わかったこと》
・アシュは空神族
・CUBEの前任者は「ルール・フォーカス」
・火神族の祭りと前任者は関わっている。
《新たな旅の目標》
火神族の街でルール・フォーカスの情報を探す。




