第2章 第9話 『契約』
『ボクは――』
CUBEの光が、迷うように、一度、揺れた。
『……今は、君のパートナーじゃ、ないんだ。』
その一言に、ミオは、思わず、腕の中のCUBEを、強く抱きしめた。
「……え……?」
――声が、震える。
この旅の間、ずっと信じてきたものが、足元から崩れていくような感覚だった。
あの日に出会って、やっと友達ができた。
もう一人じゃないんだ。
怖くないんだ。
――そう思っていたのに…。
『あ……ごめん、違うんだ! そういう意味じゃない!』
涙を浮かべるミオに、CUBEの光が慌てたように大きく揺れた。
『ミオのこと、ちゃんと"認めて"る。それは、本当。でも……"認める"のと、"パートナーになる"のは、ちょっと違うんだ。』
「……どういうこと?」
ミオの声は、まだ、少し、不安げだった。
……
『パートナーになるには……この塔で、正式な"契約"を結ぶ必要があるんだ。』
「契約……。」
『ボクが、認めた相手と、力を交わす……そういう、儀式みたいなもの。それをしないと、たとえ認めていても、本当の力は、引き出せない。』
「……じゃあ、今のわたしは……。」
『たぶん……ボクの力の、一割も、引き出せてないと思う。』
ミオは、思わず、目を見開いた。
「一割も……? でも……森でCUBEが刃を出してくれたときも、盾のときも、光の礫のときも……。」
『あれは、ボクが、無理して絞り出した、ほんの欠片だよ。本当は、もっと……ずっと、大きな力があるはずなんだ。』
――おかしいとは思っていた。
CUBEは土神族の世界をまとめるほどの力をもつ。その力は絶対的な影響力をもつだろう。
しかし、ミオと戦闘する時の力なぜか弱々しく、小さなものしか出せなかった。
あれはCUBEが疲れていたのではく、
ミオと契約していないからだった…。
……
「じゃあ、なんで、その契約、今すぐしねぇんだよ。」
水晶が、口を挟む。
「できるなら、さっさとやっちまえばいいだろ。」
『……それが、できないんだ。』
CUBEの光が、僅かに、沈んだ。
『契約は、一人の核につき、一人としか、結べない。……そして、今のボクには、まだ、契約したままの相手がいる。』
「…前のパートナー、ってやつか。」
『うん。』
……
「その人、探せば、いいのか?」
ミオが、尋ねる。
『……そう、なるね。この塔に来たのは、それを、確かめるためでもあったんだ。』
「確かめる……?」
『ここには、"契約の間"がある。そこに行けば、今、契約が結ばれたままなのか、それとも……もう、切れているのか、分かるはずなんだ。』
CUBEの声には、僅かな緊張が滲んでいた。
『もし、まだ契約が生きてるなら……その人を見つけて、正式に、契約を解いてもらわないといけない。』
「見つけて、解いてもらう、って……簡単に言うけどよ。」
水晶が、腕を組む。
「その人、今、どこにいるかも、分かんねぇんだろ。」
『……うん。ただ、なんとなく……この世界のどこかに、まだいる気がする。』
……
塔の門をくぐると、そこは、円形の広間になっていた。
天井は高く、見上げると、光の粒子が、ゆっくりと渦を巻きながら降り注いでいる。
壁一面には、五つの図形――CUBE、四面体、二十面体、八面体、そして十二面体――が、大きく刻まれていた。
「……すげぇな、ここ。」
水晶が、辺りを見回しながら、小さく呟いた。
中央には、五角形の台座があり、その表面にも、五つの図形が、それぞれ小さく刻まれている。
「……あそこが、"契約の間"、なのか?」
ミオが、台座を見つめながら、尋ねる。
『……ううん、あれは、ただの、記録の間。契約の間は、もっと奥。この広間の先だ。』
……
台座に、そっと手を触れると、光が、一気に広間全体へと広がった。
壁の紋様が、次々と発光し、まるで、映写機のように、ぼんやりとした映像を映し出す。
そこに浮かんだのは――
一人の人影と、光る立方体が、寄り添うように並んで立つ光景だった。
人影の顔は、輪郭がぼやけていて、はっきりとは見えない。
「……あれが……。」
ミオが、目を凝らす。
『……うん。それが、今の……契約相手。』
CUBEの声が、少し、硬くなった。
映像は、次々と移り変わっていく。
二人が、笑い合うように並んで歩く様子。
そして――
ある日を境に、その人影が、ふいに、姿を消してしまう場面。
「……いなくなった、ってこと?」
水晶が、眉をひそめる。
『……分からない。ただ、契約自体は、まだ、切れてない。』
CUBEの光が、静かに、瞬いた。
『……つまり、その人は、今も、どこかで、生きてる。』
……
「……なあ。」
水晶が、静かに、アシュを見た。
「お前、何か、知ってんじゃねぇのか。」
アシュは、しばらく黙っていたが、やがて、目を伏せたまま、短く答えた。
「……さあな。」
「知らねぇ、とは言わねぇんだな。」
「……余計なこと言うな。」
それ以上は、多くを語ろうとしなかった。
……
ミオは、CUBEを、そっと抱きしめ直した。
「……分かった。」
「ミオ?」
「その人を、探そう。CUBEが、本当の力を取り戻すために。」
その言葉に、CUBEの光が、優しく、瞬いた。
『……ありがとう、ミオ。』
「それに……。」
ミオは、少し、微笑んだ。
「わたしも、知りたい。CUBEが、ずっと大切に思ってる人のこと。」
……
水晶は、その様子を見て、小さく笑った。
「……よし。方針、決まったな。」
「見つけて、どうすんだよ。」
アシュが、ぼそりと呟く。
「決まってんだろ。」
水晶が、ニヤリと笑う。
「その人から、ちゃんと、話、聞かせてもらうんだよ。」
広間の奥、さらに続く、螺旋状の階段を、ミオは見上げた。
「この上に行けば、その"契約の間"に、着けるんだよね?」
『うん。』
「……行こう。」
ミオとアシュが、階段の方へ歩き出す。
水晶は、その背中を見ながら、少しの間、その場に立ち止まっていた。
――さっさと帰す。それだけが、目的だったはずだ。
新人の頃から、そう教えられてきた。保護対象は、一刻も早く、安全な場所に。余計なことに首を突っ込むな、と。
なのに、今、自分は何をしている。
会ったこともない誰かを探すために、見たこともない塔の中を、一緒になって上ろうとしている。
「……水晶さん?」
ミオが、振り返って、不思議そうに、こちらを見ていた。
「あ……いや、なんでもねぇ。」
水晶は、頭を掻きながら、慌てて、二人の後を追った。
――でもな。
中途半端な状態のまま、ミオを連れて帰ったところで、何も変わらない。
力も引き出せず、あの家に、あの学校に、また逆戻りするだけだ。
だったら、遠回りに見えても、ちゃんとした形にしてから、帰した方がいい。
いつの間にか、そう考えるようになっている自分に、水晶自身、少し、驚いていた。
――柄にもねぇな。
小さく、独り言ちる。
だが、その口元は、不思議と、緩んでいた。
三人は、光の螺旋階段を、ゆっくりと、上り始めた。
塔の外では、まだ遠く、誰かがこの世界を狙っている。
その"誰か"と、CUBEの前の契約相手が、同一人物かもしれないということを――
この時のミオたちは、まだ、知らなかった。




