第2章 第8話 『塔の麓へ』
「これも、当たりだ。」
アシュが、少し先の地面を指差した。
そこには、小さな、青白く光る結晶が転がっていた。
さっき、水晶とアシュが斬り伏せた、歪みかけの獣が消えたあとに残った、粒子の名残だった。
ミオは、しゃがみこんで、それをそっと拾い上げた。
手のひらに乗せると、ほんのり温かい。
「これで、いくつ目?」
「……たぶん、十二個目。」
水晶が、腰に提げた小さな布袋を、軽く叩いた。
CUBEが目覚めてから、三人の旅には、新しい習慣が加わっていた。
歪みや、力を失いかけた生き物を退けたあと、その場に残る、核の欠片のような結晶を、拾い集める。
地味な作業だったが、ミオは、それを、案外気に入っていた。
誰かの役に立てる。それだけのことが、こんなにも胸の奥を温かくするなんて、知らなかった。
学校では、何をしても、誰の役にも立てなかった。むしろ、いない方がいいとさえ思われていた。
でも、ここでは違う。小さな結晶を一つ見つけるだけで、水晶もアシュも、ちゃんと自分を見てくれる。
「見つけるの、得意になってきたかも。」
「ミオ、目、いいもんな。」
水晶が、感心したように言う。
「アシュより、見つけんの早いくらいだ。」
「……別に、張り合ってねぇよ。」
アシュが、ぼそりと呟いた。
その耳が、少し赤いのを、水晶は見逃さなかった。
ニヤリと笑いながらも、それ以上はからかわず、視線を前に戻す。
その気遣いに、ミオは、気づかないふりをして、小さく笑った。
……
塔までの道は、少しずつ、様相を変えていった。
これまで歩いてきた、穏やかな土神族の土地とは違い、地面には、ひび割れたような跡がところどころに残り、木々もまばらになっていく。
「……このあたりから、土神族の土地の、外れになる。」
アシュが、辺りを見回しながら言った。
「塔自体は、どの領域にも属さない、中立の場所らしいがな。」
水晶が、周囲を警戒するように、腰の剣に手をかけた。
「……なんか、さっきから、視線感じねぇか。」
「ああ。」
アシュが、短く頷く。
「囲まれてるな。」
次の瞬間、茂みの奥から、いくつもの気配が湧き上がった。
小柄で、四足歩行の、影のような生き物たち。
目にあたる部分だけが、ぼんやりと灰色に光っている。
「……これも、"歪み"か。」
水晶が、剣を抜いた。
「小物だ。数だけは多いが、大したことねぇ。」
アシュが、得物を構える。
「ミオは下がってろ。水晶、右から来る三匹、任せた。」
「あいよ!」
水晶が、教わったばかりの構えで、迫る影に応戦する。
「腰、落とせ、って教えたよな!」
「分かってるよ、うるせぇ!」
軽口を叩き合いながらも、二人の連携は、思いのほか様になっていた。
アシュが、正面から迫る影を、次々と斬り払っていく。
ミオは、下がりながらも、腕の中のCUBEを、そっと構えた。
怖くないと言えば嘘になる。でも、前のように、ただ震えて隠れているだけの自分ではいたくなかった。
「CUBE、少しだけ……!」
『……分かった。無理はしない範囲で。』
CUBEの光が集まり、小さな光の礫となって、水晶の死角に迫っていた影を弾き飛ばした。
旅をしている最中、CUBEの大地の力には様々な能力があるとわかった。
例えば、ペーパーナイフや小型の爆弾などの小型の武器を召喚したり、光を圧縮させて攻撃したり。
「おっ、ナイス、ミオ!」
「えへへ……。」
照れ隠しに笑いながらも、ミオの胸の中には、じんわりと、誇らしさに似た感情が広がっていた。
――誰かを守れた。ただ守られるだけじゃなかった。
数分の攻防の後、影たちは、粒子となって消えていった。
辺りに、静けさが戻る。
「……ミオ、今の、良かったな。」
水晶が、頭を撫でる。
「ちょっとだけ、役に立てた……。」
ミオは、嬉しそうに、はにかんだ。
撫でられた頭の感触が、くすぐったくて、でも、それ以上に、あたたかかった。
……
それから、さらに二日ほど歩いた頃。
休憩のために立ち寄った、小さな泉のほとりで、三人は少しの間、足を休めることにした。
「……もう、随分歩いたな。」
水晶が、泉の水で顔を洗いながら、ぽつりと呟いた。
「足、痛くない?」
ミオが、心配そうに尋ねる。
「平気だ。……それより、ミオの方こそ、大丈夫か。」
「うん。前より、ずっと平気。」
実際、家出したあの夜、あんなに重かった足取りが、今は、随分と軽くなっている気がした。
「……そりゃ、体力ついたんだろ。俺の稽古の成果だ。」
アシュが、水を飲みながら、素っ気なく言う。
「お前の稽古、俺にだろ。ミオは関係ねぇよ。」
「歩き続けりゃ、誰だって鍛えられる。」
「屁理屈だな、それ。」
軽口を叩き合う二人の様子に、ミオは、小さく笑った。
こんな風に、誰かと笑い合いながら、旅を続けられる日が来るなんて、思ってもみなかった。
……
それから、さらに歩き続け――
「……見えたぞ。」
アシュが、足を止めて、前方を指差した。
これまで、遠くに霞んで見えていた塔が、今では、見上げるほどの大きさで、目の前にそびえていた。
近づいてみると、その表面には、幾何学的な紋様が、隙間なく刻み込まれている。
所々に、埋め込まれた結晶が、淡く光を放っていた。
「……でっかいな。」
水晶が、首を反らして見上げる。
「これが……CUBEの、力の本体……。」
ミオも、圧倒されたように、塔を見つめた。
根元に近づくと、大きな門のような入り口が見えてきた。
門の周囲にも、あの結晶が、いくつも埋め込まれている。
「……これ、鍵みたいなもんか?」
水晶が、結晶を指差して尋ねる。
「たぶんな。」
アシュが、頷く。
「ここまで、集めてきた欠片が、役に立つはずだ。」
ミオは、腰の布袋から、集めた結晶を取り出した。
「……入るぞ。」
アシュの声に、ミオと水晶は、顔を見合わせ、小さく頷いた。
塔の門が、静かに、開き始めていた。
その、光が溢れ出す扉の前で、ミオの腕の中のCUBEが、ふいに、強く光を放った。
「……CUBE?」
『……ミオ。』
いつもより、少し、真剣な声だった。
『中に入る前に、一つだけ、話しておきたい。』
ミオは、CUBEを、そっと両手で包み直した。
『……ここまで、黙っててごめん。塔に入ったら、ボクの、本当の記憶に触れることになる。だから、その前に、これだけは、ボク自身の言葉で伝えたかった。』
「……うん。」
風のない世界に、束の間の静寂が落ちる。
『僕は――君のパートナーじゃない』




