表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒羊傭兵団の副団長 〜王女を救えと言われたが、女団長と元同僚が俺を逃がしてくれない〜  作者: Pengin_X
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/22

第9話 白い檻

古道は、思ったより静かだった。


マルグリット・グレイヴは右足を引きずりながら先を歩いている。だが、その歩き方に遅さはない。踏む石を選び、枝を避け、雨の音に紛れる足音まで計算していた。老人の歩みではなく、戦場で生き残った者の移動だった。


ミラが少し前を進む。黒髪を首の後ろで結び、弓を低く持ったまま、顔ではなく道の端ばかり見ていた。足跡、折れた草、泥に残る靴底の角度。眠そうな目が、それらを拾っていく。


「二人、先にいる。見張り。正規兵より軽い足」


「薬務官か?」


俺が声を落とすと、ミラは首を横に振った。


「薬箱を持つ歩き方じゃない。武器を隠してる」


マルグリットが片目だけでこちらを見る。


「白鐘離宮に近づいた。綺麗に残っている道ほど疑いな」


王族の静養地へ続く道なら、本来は整えられていて当然だ。だが、ここは王族を逃がすための古道。最近になって手を入れられた場所があるなら、それは誰かがこの道の存在に気づいているということになる。


リーシャはガドに肩を支えられながら歩いていた。自力で歩くと言い張ったが、ノエルが許したのは短い距離だけだ。頬に血の気は戻っていない。それでも目は道の奥を見ている。


「この先に、古い標石があります。王族用の裏門印が残っているはずです」


「見たことがあるのか」


「記録で。実物は……初めてです」


言いながら、リーシャは一歩踏み出した。


足元の苔が滑る。


声を上げかけた瞬間、俺は彼女の腰を支え、反対の手で口元に指を立てた。


音を出すな。


その意味は伝わったらしい。リーシャは息を呑んだまま止まった。細い身体が、俺の腕に預けられる。


近い。


そう気づいたのは、たぶん俺よりリーシャの方が早かった。雨に冷えていたはずの頬が、耳の近くから薄く赤く染まる。


「……すみません」


「転ぶならノエルの許可を取れ」


「許可制ではありません。禁止です」


後ろから飛んできたノエルの声は静かだったが、反論を許す気配はなかった。ガドが小さく「ですよね」と呟き、すぐに口を閉じる。


リーシャは赤くなった顔を一度だけ伏せた。けれど、次に顔を上げた時には、目が王宮連絡係のものへ戻っていた。


「今の石、ただの段差ではありません」


彼女は俺の腕からそっと離れ、足元の苔を指差した。まだ頬の赤みは残っている。だが、声はもう震えていない。


「王族用の裏門印です。雨で削れていますが、これは白鐘離宮へ戻る者ではなく、外へ逃がす者のための印です」


俺は彼女の示した石を見る。


赤面を誤魔化すための言葉ではない。足を取られ、倒れかけても、彼女は自分の役目を手放していなかった。


「よく見た」


「……褒め方まで雑ですね」


「黒羊では丁寧な方だ」


「慣れる前に終わらせたいです」


そう言いながらも、リーシャはガドの支えを受けて歩き出した。


マルグリットが低く笑う。


「王宮育ちにしては、目が腐っていない。連れてきた意味はあるようだね」


「本人の前で品定めするな」


俺が返すと、マルグリットは杖で前方を示した。


「なら、次は声を殺しな」


見張りは、古い石壁の陰にいた。


二人。片方は腰に短剣、もう片方は合図用の小鈴を手にしている。離宮の外周を守るというより、この古道から誰かが出入りしないか見張っている配置だった。


ミラが弓を上げかける。


「撃つな」


俺は短く止めた。


潜入前に矢を残せば、あとで痕になる。ここは声を出させず、武器を使わずに済ませる方がいい。


セリアが俺の横に並んだ。剣には触れていない。


「生かすのか」


「騒がせなければ十分だ」


「お前が言いそうだった」


言うより早く、セリアは石壁の影へ滑り込んだ。


俺も反対側から回る。片方の見張りが小鈴へ指をかけた瞬間、ミラが背後から手を伸ばし、鈴ごと男の手を押さえた。鳴らない。見張りの目がそちらへ動く。


その隙に俺はもう一人の背後へ入った。


口を塞ぎ、膝を腹の真ん中へ叩き込む。息が詰まったところで首筋を腕で押さえ、石壁に体重を預けさせるように落とした。声は出ない。倒れる音も、雨に紛れる程度で済んだ。


ミラを押しのけようとした男には、セリアが横から入った。


足を払う。背中を壁へ押しつける。手首を捻り、膝で太腿を潰す。剣は抜かない。男は声を出す前に意識を手放した。


「見えてた」


ミラが小さく言った。


「鈴か?」


「その後ろの短剣も」


言い張る声はいつも通り眠そうだったが、鈴を押さえていた指がほんの少し遅れて離れた。たぶん、俺だけが気づいた。


「ならいい」


そう返すと、ミラはなぜか少しだけ目を細めた。


ガドが大盾ではなく体で視界を塞ぐ。片頬が素早く二人を茂みに運び、若い団員が口に布を噛ませた。セリアは周囲を見たあと、何事もなかったように戻ってくる。


「手慣れすぎていて、見なかったことにしたいですね」


リーシャが小声で言った。


「見た方がいい。これから必要になる」


俺が返すと、彼女は少しだけ息を整え、倒れた見張りの袖を見た。


「この印……薬務官のものではありません。離宮の内務兵です。療養地の外警備に出る身分ではないはずです」


俺は見張りの靴を見る。泥のつき方が外向きではない。森から来た者を警戒しているのではなく、離宮の中から誰かが抜けてこないかを見ていた。


守っているなら、外を見る。


閉じ込めているなら、内を見る。


「進むぞ」


セリアが先に立った。


古道はやがて細くなり、木々の間から白い屋根が見えた。


白鐘離宮。


王族の静養地と呼ぶには、雨の向こうの建物はあまりに静かだった。


灯りが少ない。


窓のいくつかは内側から塞がれている。薬務馬車の小門には兵が三人。裏庭の細道に二人。さらに北側の窓下にも、雨具をかぶった兵が立っていた。


ただの護衛にしては多すぎる。


しかも、兵の視線は森ではなく離宮の窓と裏口へ向いている。外敵を警戒している配置ではない。中の誰かを外へ出さない配置だ。


リーシャの指が震えた。


「……殿下の部屋は、北側です。窓が、塞がれている」


ノエルが彼女の肩を押さえる。今にも前へ出そうな身体を、医者の手が止めた。


マルグリットは片目で離宮を見て、吐き捨てるように言った。


「療養地の顔じゃないね」


俺も同じことを思っていた。


王女は守られているのではない。


外へ出られないように置かれている。


白鐘離宮は、雨の中で白く沈んでいた。


静養地ではなく、白い檻として。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!


少しでも「続きが気になる」「黒羊傭兵団いいな」と思っていただけたら、

ブックマーク・評価・いいねで応援していただけると嬉しいです。


感想も励みになります!

次話もよろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ