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黒羊傭兵団の副団長 〜王女を救えと言われたが、女団長と元同僚が俺を逃がしてくれない〜  作者: Pengin_X
第一章

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第3話 アリシア・レインハルト

「その荷台にあるのは、ただの薬草じゃないわね」


アリシア・レインハルトは、馬上からそう言った。


雨はまだ細く降っている。街道の泥には、倒された騎士の膝跡と、荷馬車の轍が重なっていた。王国騎士団の赤い旗は揺れているが、さっきまでの勢いはもうない。


アリシアの視線は、俺ではなく荷台に向いている。


昔からそうだ。こいつは、人の言い訳より先に現場を見る。


「薬草は入ってる」


「……嘘はついていない、という顔ね」


「当たり前だろ。傭兵は信用商売だからな」


「あなたがそれを言うの?」


雨より冷たい声だった。


隣でセリアが剣を下げたまま笑う。鞘へ戻してはいない。アリシアの馬、後続の騎士、荷台、ノエルの位置。全部を見たうえで、俺の半歩横に立っている。


「黒羊傭兵団長、セリア・ヴァンレット」


「知っているなら話が早い」


「評判は聞いているわ。任務達成率は高い。けど態度は悪い。騎士団からの評判は、さらに悪い」


「正確だな」


「褒めていないわ」


二人の間に、雨とは別の温度が生まれる。ガドが大盾の陰で口を開きかけたが、荷台の奥からノエルの視線が飛び、すぐ閉じた。


アリシアは馬を降りた。泥に靴が沈む。それでも背筋は崩れない。濡れた金髪を後ろで結び、左手は剣から少し離している。


「レオ。荷台を改めさせて」


「命令書は?」


「……今は持っていない」


後続の騎士たちがざわつく。アリシアは振り返らない。自分の不利を隠そうともしなかった。


「だから、命令ではなく確認として頼んでいる。王宮連絡係が一人、行方不明になっているの。王宮内では“逃亡”扱いになっているけれど、私はそうは見ていない」


俺はすぐには返さなかった。荷台の奥で、ノエルが布を押さえ直す音がした。ミラは荷馬車の屋根で弓を低く構え、後続騎士の肩と馬の耳を見ている。


アリシアは一歩近づいた。


「さっきの五人は、命令の中身を知らなかった。けれど、職務で動いていた。そこをあなたに止められたわ」


倒れている若い騎士が、泥の中で唇を噛む。


「……そういうところよ、レオ」


「何がだ?」


「剣を抜く前に、命令の節穴を見る。相手の足元を払ってから、ようやく剣を使う。昔から、あなたはそうだったわ」


「泥道だったからな」


「そういう話に逃げるところも、昔から変わらない」


言い返せなかった。


後続の若い騎士が、倒れた仲間と俺を見比べる。


(王国式を、読まれたのか?)


声には出ない。だが、顔に出ていた。


荷台の奥で、女がかすかに呻いた。ノエルがすぐに布を押さえる。眼鏡の奥の目だけが鋭くなった。


「患者を見世物にしないでください」


静かな声だった。だが、後続の騎士が一歩引いた。


アリシアはノエルを見た。傷口、血の量、薬草袋の位置、盾で作られた死角。その全部を、短い視線で確認する。


「あなたは、軍医?」


「黒羊の医者です」


「そう……彼女は生きているの?」


「非常に危ない状態ですが……今は」


アリシアの表情が少しだけ崩れた。


安堵だった。ほんの一瞬だけ。


「やっぱり、知っているのか?」


俺が言うと、アリシアの唇が硬くなる。


「確証はないわ。でも、王宮連絡係のリーシャ・エルネストが昨夜から消えた。宰相府は逃亡だと言った。第一王子派の官吏は、彼女が機密を持ち出したと騒いでいる」


リーシャ。


ようやく名前が出た。


荷台の奥で、女の指がわずかに動く。ノエルがそれを見逃さず、すぐに脈を取った。


「意識が戻りかけています」


「驚いた……戻せるの?」


(あの短時間で、この医療技術……?)


ノエルは小瓶を持ったまま、表情を変えない。


「戻すのではありません。死なせないだけです」


ガドが小さく頷く。


「ノエル先生が言うなら、そうなんだろ」


「ガドさん。盾を下げないでください」


「はい!」


即答だった。アリシアの後ろにいた騎士が目を丸くする。


アリシアはその反応まで見ていた。


「……荒っぽいだけの傭兵団だと思っていたわ」


ガドは盾を下げない。ミラは屋根の上から視線を外さない。片頬の団員は縛った騎士の手首をきつく締めすぎないよう調整し、若い団員は馬の鼻先を落ち着かせていた。


「訂正するわ。あなたたち、思ったより厄介ね」


「評判よりはな」


セリアが横で笑った。


「評判を悪くしているのは私らしいぞ」


「ああ、ほぼ事実だ」


「レオ、あとで覚えておけよ」


「今のは団長本人の証言だろうが」


片頬の団員が笑いそうになり、若い団員に肘で止められた。


アリシアは荷台の幌へ近づいた。


ガドが盾を半歩動かす。威嚇ではない。患者を守るための壁だ。アリシアはそれを見て、足を止めた。


「無理に開ける気はないわ」


「なら、どうするんだ?」


「その子がリーシャ・エルネストか確認する。もしそうなら、第三巡察隊の追跡命令はおかしい」


後続の若い騎士が声を上げた。


「レインハルト殿! しかし、王宮からは逃亡者と命令が――」


「誰の?」


若い騎士の口が閉じる。


「命令書は見た?」


「それは……」


「署名はあるの?」


さらに沈黙。


アリシアはようやくそちらを向いた。


「答えられない命令で、人を追わないで!」


その一言で、場の空気が変わる。


「王国騎士は、王の剣よ。王宮の誰かの都合で振り回される棒じゃないわ」


そうだ。アリシアはこういう女だった。


正しすぎる。融通が利かない。損得で黙れない。だから、騎士団の中でも面倒だった。だが、こういう場面でその面倒さは武器になる。


荷台の奥でリーシャが咳き込んだ。ノエルがすぐに身体を支える。血の匂いがほんの少し雨に混じり、アリシアの顔色が変わる。


「リーシャ?」


女のまぶたが震える。ノエルはアリシアを見ずに言った。


「呼ぶなら静かに。今の彼女は、話す力が残っていません」


アリシアは強く唇を噛んだ。それから膝をつく。泥に沈むのも気にしなかった。


「……リーシャ。聞こえる?」


リーシャの目が薄く開いた。


焦点は合っていない。それでも、声の主を探すように瞳が動く。


「……アリ、シア……さま……」


後続の騎士たちが息を呑んだ。


(逃亡者じゃない)


若い騎士の顔から、さっきまでの勢いが消えた。


アリシアの手が、泥の上で握られる。


「誰に追われたの?」


リーシャは答えようとした。だが、喉が引きつり、声にならない。ノエルがすぐに肩を押さえる。


「今は無理です」


「でも、少しだけでも――」


「今、喋らせれば死んでしまいます」


短い一言だった。アリシアは黙った。


リーシャの指が動いた。俺の懐を示している。


アリシアの視線がそこへ向く。


「レオ。何を持っているの?」


「預かっただけだ」


「誰からなの?答えなさい!」


俺は答えず、封筒を出した。


赤い封蝋は雨で崩れている。だが、王家の紋章は残っていた。


「王家の封蝋……」


空気が一段重くなる。


アリシアは封筒へ手を伸ばしかけて、止めた。


「開けた?」


「いや、まだだ」


「なぜ?」


「開ければ、俺たちが無関係だった証拠が無くなる」


「もう言えないでしょう」


「正論だ。たしかにもう言えないな」


俺が答えると、アリシアはほんの少しだけ目を伏せた。


「白鐘離宮」


俺が言うと、アリシアの肩がかすかに揺れた。


「その名を、どこで」


「リーシャが言った。王女殿下を、ともな」


雨音の中で、アリシアの呼吸が止まった。


騎士としての顔が崩れたのは、一瞬だけだ。だが、その一瞬で十分だった。


「第三巡察隊を下げろ」


俺が言うと、アリシアはすぐには答えなかった。


倒された騎士、縛られた手綱、濡れた旗、荷台のリーシャ。命令と現実が噛み合っていない場を、一つずつ見ている。


「レオ。私はあなたたちを見逃すとは言っていない」


「だろうな」


「でも、ここで荷台を押収するのは間違っている」


先頭の若い騎士が顔を上げる。


「レインハルト殿!」


アリシアはその騎士へ向き直った。


「第三巡察隊は、負傷者を収容。馬を下げなさい。命令書の確認が取れるまで、荷台への強制接触を禁じます」


「しかし!」


「これは第二騎士団アリシア・レインハルトの判断です。異議があるなら、王都に戻って正式に出しなさい」


声は高くない。だが、騎士たちは黙った。


セリアが小さく笑う。


「やるじゃないか、昔の面倒」


「セリア……やめろ」


「褒めている」


「今の言い方でか? 勘弁してくれ」


アリシアはセリアを見た。


「私はレオの面倒な女ではありません!」


「本当にそうか?」


「ええ。違うわ!」


思ったより強い声だった。


アリシア自身も気づいたらしく、ほんの一瞬だけ口を閉じる。ミラは屋根の上で聞こえないふりをした。ノエルはリーシャの処置に集中しているように見えて、口元だけ少し動いた。


アリシアの耳が、ほんの少し赤くなる。


「……今、それを言う場面じゃないでしょう」


「それは同意する」


俺は封筒を懐へ戻した。


「レオ。白鐘離宮へ行くつもり?」


「どうするかはまだ決めてない」


もちろん嘘だった。セリアが横で肩を揺らす。


「あなた、昔から嘘が下手ね」


「それは初耳だ」


「昔からそうだったわ。平気な顔をして、誰より先に逃げ道を探していた」


セリアの視線がまた刺さった。


(逃げ道、ね)


たぶん、声には出していない。だが、銀色の目がそう言っていた。


「お前たち、今はやめろ」


情報は揃ってきた。足りないのは、王宮に戻るか、王宮を避けるかの判断だ。


アリシアは馬の手綱を取った。


「私は王都へ戻って命令書を確認する。第三巡察隊には、あなたたちを追わせない」


「助かる」


「勘違いしないで。あなたを助けるわけじゃない」


「わかってる」


「リーシャを死なせないで」


その声だけは、騎士ではなく、知人を案じる女のものだった。


ノエルが荷台の奥から短く返す。


「死なせません」


アリシアはノエルを見て、ほんのわずかに頭を下げた。


最後に俺を見る。


「レオ。今度は逃げないで」


雨が、言葉の間に落ちる。


昔の話だと、すぐにわかった。


国境谷。報告書。俺が王国騎士団を去った日。あの時、アリシアは何か言いたげだった。俺は聞かなかった。


「今は、荷台の患者が先だ」


「そうやって、また真ん中に立つのね」


「好きで立ってるわけじゃない」


「知ってる」


アリシアは馬へ乗った。


第三巡察隊へ短く指示を飛ばし、負傷者を下げさせる。さっきまで黒羊へ剣を向けていた騎士たちも、今はその命令に従っている。


セリアが俺の隣で、低く言った。


「いい女だな」


「騎士としてはな」


「そこだけか?」


「頼むから、今それを掘るな」


セリアは答えず、雨の向こうへ去るアリシアを見送った。笑っているようで、目は少しも笑っていない。


リーシャが荷台の奥で小さく息を吐く。


ノエルが処置へ戻り、ミラが王都側の道を見た。


「追手、下がる。でも完全には消えない」


「十分だ。今のうちに動く」


王都へ戻れば王宮の網にかかる。白鐘離宮へ直行すれば、何が待つかわからない。


だが、荷台の女は王女の名を出した。


なら、先に聞くべき相手がいる。


「サイラス商会の旧倉庫へ向かう。王都の正門は使わない。裏道で入る」


片頬の団員が手綱を握り直した。


「副団長、また面倒な道ですね」


「面倒じゃない道があるなら、俺も見てみたい」


セリアが剣を鞘へ戻す。


「黒羊向きだな」


雨の街道で、荷馬車が動き出す。


王国騎士団の赤い旗は、後ろで小さくなっていく。だが、完全に離れたわけではない。王宮の命令も、アリシアの視線も、リーシャが握っていた王家の封蝋も、全部こちらについてきている。


白鐘離宮。王女殿下。


雨の街道で拾った名前が、俺たちを王宮の奥へ引きずり込み始めていた。

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