表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒羊傭兵団の副団長 〜王女を救えと言われたが、女団長と元同僚が俺を逃がしてくれない〜  作者: Pengin_X
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/21

第4話 命令書

「第三巡察隊は、これ以上荷台に触れるな」


アリシアの声で、雨の街道が止まった。


泥に膝をついた騎士たちは、まだ納得していない。だが、第二騎士団長の命令を無視してまで、命令書のない追跡を続けられる者はいなかった。


若い騎士が、悔しそうに歯を食いしばる。


「レインハルト団長!このまま引けば、我々は任務を放棄したことになります!」


「引けとは言っていないわ。手順を踏めと言っているの」


その一言で、騎士たちは黙った。


雨で濡れた街道に、馬の息だけが残る。片頬の団員は縛っていた縄を緩め、若い団員は倒れた騎士の剣を足元から遠ざけた。ガドは盾を下ろさない。ミラも屋根から降りない。黒羊も、まだ終わったとは思っていない。


アリシアは第三巡察隊の先頭へ向き直った。


「負傷者の収容を優先。黒羊傭兵団の荷改めは一時中止。あなたたちは、命令書を提示できなかったこと、追跡対象が王宮連絡係リーシャ・エルネストである可能性、白鐘離宮の名を知らされていなかったことを、隊長へ報告しなさい」


「しかし、王宮からは逃亡者と――」


「誰がそう言ったの?」


若い騎士の声が止まる。


「王命なら、紙を持ってきなさい。王命ではないなら、王国騎士が誰の命令で剣を抜いたのかを確認する。それだけよ」


アリシアの声は高くない。だが、逃げ道はなかった。


若い騎士の肩が落ちる。


(俺たちは、何を追わされていた?)


その顔に、ようやく疑いが浮かんだ。セリアが低く笑う。


「王国騎士が、王国騎士を止めるのか」


アリシアは泥に落ちた剣と、荷台の奥を順に見た。


「止めなきゃ、もっと悪いことになる」


その目が俺へ向く。


「レオ。あなた、また王国の面倒に首を突っ込む気?」


「突っ込んだんじゃない。たまたま道端に落ちてたんだ。」


言いながら、自分でも苦しいと思った。


アリシアはそこを見逃さない。


「昔も似たようなことを言って、結局ひとりで抱えたわね」


国境谷。報告書。俺が誰にも言い切れなかったこと。


胸の奥が重くなる。セリアがそれに気づいたのか、ほんの少しだけ俺の前へ出た。


「レオは今、黒羊の副団長だ」


声は静かだった。


「昔のお前が何を知っているかは知らない。だが、今こいつが抱えている荷は黒羊の荷だ。勝手に昔へ引っ張ってくれうな」


アリシアの目が細くなる。


「今のレオが王国騎士ではないことくらい、わかっているわ」


セリアはすぐには返さなかった。アリシアの肩章、剣の位置、俺を見る目を順に見て、それから少しだけ顎を上げる。


「わかっている顔には見えないな」


「あなたこそ、ずいぶんレオの顔を見るのね」


空気がまずい方向へ傾きかけた。


ミラが屋根の上で、眠そうにぼそりと言う。


「大熊、盾そのまま。二人の間に入らなくていい。巻き込まれる」


ガドは一瞬だけ二人を見比べ、真顔で頷いた。


「俺でもわかるぞ。今入ったら死ぬやつだ」


荷台の奥から、ノエルのため息が落ちた。


「患者の前です。全員、声を落としてください」


その一言で、黒羊だけでなく、アリシアまで少し黙った。


ガドが即座に姿勢を正す。


「はい、ノエル先生」


アリシアが不思議そうにガドを見た。大盾の大男が軍医の一言で従順になる光景は、王国第二騎士団でも珍しいのだろう。


俺は息を吐いた。助かった。いや、助かってはいない。状況は何も解決していない。


アリシアは荷台へ視線を戻した。


「その人をどこへ運ぶつもり?」


「安全な場所だ」


「王都に?」


「王宮以外でな」


アリシアは一拍だけ黙った。騎士としての義務と、目の前の異常を秤にかけた沈黙だった。


「サイラス商会の旧倉庫を使いなさい」


俺は眉を寄せた。


「お前、知ってるのか?」


「王都周辺で、黒羊が薬草配送を受けた時に使いそうな場所くらい読めるわ。昔からあなた、逃げ道だけは妙に丁寧だったもの」


「褒めてるのか」


「呆れているのよ」


ほんの少しだけ、昔の温度が混ざった。セリアが横で小さく鼻を鳴らす。


「昔から詳しいんだな」


アリシアはセリアを見た。


「同僚だったからね」


「便利な言葉だ」


俺は二人の間に立つのをやめたい気持ちになった。だが、やめれば燃える。王国の闇より、目の前の二人の方が先に火を噴きそうなのは、本当に勘弁してほしい。


アリシアは第三巡察隊へ向き直った。


「あなたたちは隊へ戻って報告。私はこの件を確認する。命令書が存在するなら、正式な形で持ってきなさい。存在しないなら、今後この荷馬車に触れることは許可しない」


「レインハルト団長、それは越権では……?」


「責任は私が持つわ」


その言葉に、俺は思わずアリシアを見た。昔も、彼女はそうだった。


正しいと思った時、責任という言葉を簡単に口にする。簡単に聞こえるだけで、本当は重い。俺はかつて、その重さから逃げた。アリシアは、逃げなかった。


だから、後ろめたい。アリシアは俺の視線に気づいたが、何も言わなかった。代わりに、低い声で告げる。


「急ぎなさい。命令が曖昧なら、次はもっと曖昧な手が来る」


「それは第二騎士団長としての忠告か?」


アリシアは少しだけ言葉を詰まらせた。雨粒が、彼女の頬を伝う。


「……昔の同僚としての忠告よ」


言い終えてから、アリシアは少しだけ目を逸らした。雨のせいか、耳の端がほんのり赤く見える。セリアはそれを見ていた。


「昔の同僚、ね」


「セリア」


「わかっている。今は荷台が先だ」


彼女はそう言って、剣を完全に鞘へ納めた。声にはまだ棘が残っていたが、視線はもうアリシアではなく、荷台と王都側の雨へ向いている。団長として、優先順位を間違えない女だった。


俺は荷馬車へ振り返る。


「片頬、動かす。揺らすな。若いの、騎士の縄を解け。ただし剣は泥の中へ置いたままだ。ミラ、前方確認。ガドは荷台側。ノエル、状態は?」


ノエルは女の額に貼りついた髪を払い、淡々と答えた。


「今は持たせます。倉庫に着いたらすぐ処置します」


それだけで団員たちの動きが丁寧になった。ガドが小声で若い団員に言う。


「揺らすなよ。ノエル先生が薬箱の奥に手を入れたら、騎士団五人より怖い」


「そんなにですか」


「そんなにだ」


ミラが屋根の上から、雨の向こうを見たまま呟く。


「医者が怒る前に走る。大熊」


「おう。右は俺が押さえる」


短いやり取りだが、意味は伝わってる。ミラが警戒。ガドが盾となり、ノエルが患者を生かす。セリアが一番危ない場所に立ち、俺が全体を動かす。


黒羊は、もう次の動きに入っていた。


アリシアはその様子を見て、少しだけ目を細める。


「……あなた、本当に傭兵になったのね」


「今さらか」


「今、見えたのよ」


責めるでもなく、認めるでもない。ただ、王国騎士だった俺がもう別の場所で動いていることを、ようやく目で見た声だった。


俺が返事に困っていると、セリアが先に言った。


「今のレオは黒羊の副団長だ。昔の肩書きで呼ぶなら、料金を取るぞ」


「セリア、何の料金だ?」


「手間賃だ!」


アリシアは一瞬だけ呆れた顔をしたあと、ほんの少しだけ笑いかけた。だが、すぐに表情を戻し、王都側の雨へ目を向ける。


「急ぎなさい。これは、ただの逃亡者の追跡じゃないわ」


彼女の声から、軽さが消えた。俺も笑えなかった。


アリシアは白鐘離宮の名を聞いて、明らかに何かを知っている。第三巡察隊は命令書もなく動かされている。王宮連絡係らしき女は、王家の封蝋を握って倒れていた。


アリシアは俺を見た。昔の同僚ではなく、王国第二騎士団団長として。


「レオ。これは王宮の内側の問題よ」


胸の奥に嫌な重さが沈んだ。王宮の内側。


そこは、俺が一度捨てた場所だ。そして今、その場所から逃げてきた女を、俺たちは荷台に乗せている。


やれやれ。面倒は、拾った瞬間からもう手遅れだった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!


少しでも「続きが気になる」「黒羊傭兵団いいな」と思っていただけたら、

ブックマーク・評価・いいねで応援していただけると嬉しいです。


感想も励みになります!

次話もよろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ