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黒羊傭兵団の副団長 〜王女を救えと言われたが、女団長と元同僚が俺を逃がしてくれない〜  作者: Pengin_X
第一章

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第15話 王宮帰還

王宮の東門が見えた頃、夜明け前の空は鉛色に沈んでいた。


雨は細くなっている。だが、止んではいない。石畳を濡らす音の向こうで、王宮衛兵の槍先がこちらへ向いた。


エリスティア王女は担架の上で上半身を少しだけ起こしている。ノエルが背に布を挟み、首の角度を何度も確かめていた。無理をさせている。そんなことは、誰の目にも明らかだった。


だが、王女は横にならなかった。


「殿下、門前では短くお願いします。声を張ろうとしないでください」


ノエルの声は低い。命令に近かった。


エリスティアは小さく頷く。唇の色はまだ悪い。それでも、その目は王宮の門を見据えていた。


ガドは左肩に厚く布を巻いたまま、大盾を担架の横へ立てている。ノエルに歩くなと言われたのに、盾だけは下ろさない。ミラは屋根の縁と城壁の弓兵を見ていた。弓を引いてはいない。ただ、誰が撃とうとしているかだけを拾っている。


アリシアが一歩前へ出た。


濡れた外套の下で、第二騎士団の紋章が鈍く光る。門兵の表情が変わった。相手が黒羊だけなら槍を突きつけられる。だが、王国第二騎士団団長がいるとなると、彼らも簡単には動けない。


「門を開けなさい。エリスティア殿下を王宮へお戻しする」


門兵の隊長らしき男が、こちらと担架を見比べた。彼の目には戸惑いがある。敵意より先に、知らされていない者の顔だった。


「レインハルト団長……その方々は、王女殿下を連れ去った傭兵団では?」


アリシアの拳が濡れた手袋の中で固まる。


怒鳴りはしなかった。怒鳴れば、相手は命令に逃げる。それを知っている顔だった。


「その命令書を見せなさい」


男は一瞬だけ詰まった。腰の筒から紙を出す動きが遅い。その時点で、嫌な匂いがした。


俺は横から紙面を覗いた。


印はある。文章も整っている。だが、王命の書き出しではない。宰相府の臨時通達を、王宮命令に見えるように整えただけだ。王国騎士だった頃、嫌というほど見た形式の違いが、雨に濡れた紙の上で浮いていた。


「これは王命じゃないな」


俺が言うと、隊長の眉が動いた。


「傭兵ごときが口を挟むな」


「じゃあ元騎士ならいいのか?」


言った瞬間、アリシアが俺を見た。昔の肩書きを自分で使うのは気分が悪い。だが、今は気分で黙る場面ではない。


俺は紙の下端を指した。


「王命なら国王印が先に来る。これは宰相府印が先だ。しかも写し番号が臨時通達の並びになっている。王女を追えとは書いてあるが、王女本人の確認欄がない」


門兵の隊長は紙を見直した。知らなかった顔だ。都合よく動かされた兵の顔でもある。


その隙に、サイラスが帳簿を抱えて前へ出る。雨を嫌う商人のくせに、今日は外套の裾が泥水を吸っても文句を言わなかった。


「こちらには白鐘離宮への納品控えがあります。眠り草の量、納品日、宰相府の管理札。すべて帳簿と合います」


声は震えている。だが、逃げる震えではない。損得を知る男が、それでも危険の上に帳簿を置いた声だった。


隊長の視線が泳ぐ。


その時、担架の上で王女が動いた。


ノエルがすぐ肩を支える。止めるためではなく、声が途中で折れないように支える手だ。リーシャは王女の横で、祈るようにその指を握っていた。


エリスティアは門兵を見た。


「私は……療養していたのでは、ありません」


かすれた声だった。


それでも、門前の石畳に落ちた。


門兵たちの間に、ざわめきが走る。王女本人の声を、誰も命令書で打ち消せない。


エリスティアは息を整えた。ノエルの指が背中に添えられる。もう話すな、と言いたいのを、医者の顔で飲み込んでいる。


「白鐘離宮で、眠り草を使われました。呼び紐を外され、外から鍵をかけられました。私の言葉を、王宮へ届かせないために」


リーシャの目から涙が落ちた。けれど、彼女は声を上げない。王女の言葉を邪魔しないために、唇を噛んで立っている。


門兵の一人が槍を下げかけた。


その瞬間、城壁の上で弓弦が鳴りかける。ミラの矢が先に飛んだ。弓兵の指先を掠め、矢は石壁へ跳ねる。撃たせない射だった。


「次は手に刺す」


ミラの声は眠そうなのに、城壁の上の兵は息を呑んだ。


ガドが大盾を担架の前へ半歩出す。ノエルが横目で睨んだ。


「ガドさん、肩」


「先生、盾は置いてねえ。ちょっと前に出ただけだ」


「それを動くと言います」


「今だけ見逃してくれ。王女様の前だ」


ノエルは怒る代わりに、王女の呼吸へ目を戻した。許したわけではない。後で縫い直す気だと、ガドもわかったらしく顔を引きつらせた。


セリアは担架の横に立っていた。


剣は半分だけ抜いている。完全には抜かない。だが、衛兵が王女へ近づけば、その腕だけは落とせる位置だった。


「ここで首は落とさない」


彼女は低く言った。


「だが、殿下に手を伸ばした腕までは残す約束をしていない」


門兵たちが一歩引く。脅しではないと、誰もがわかったのだろう。セリアは斬れる。斬れる女が、今は斬らずに立っている。それだけで圧になる。


アリシアが隊長の前に立った。


「私は第二騎士団団長として、この場の通行を保証します。後から責任を問うなら、私に来なさい」


隊長は返事をしなかった。雨に濡れた命令書と、担架の上の王女を見比べている。紙の上の王宮と、目の前の王女。どちらを信じるか、その選択が顔に出ていた。


やがて、隊長は槍を下げた。


「門を……開けろ」


重い音を立てて、王宮の東門が開く。


その瞬間、俺はようやく息を吐いた。勝ったわけではない。ただ、王宮の内側へ入るための最初の嘘を崩しただけだ。


王宮の廊下は、昔と同じ匂いがした。


磨かれた石、古い木、雨に濡れた外套。そして、命令を待つ者たちの息。俺はかつて、こちら側にいた。命令書を受け取り、疑う前に動く側に。


だからこそ、今ここに戻っていることが、嫌になるほど皮肉だった。


広間の手前で、宰相府の官吏たちが待っていた。


その中心に、黒い礼服の男が立っている。白髪混じりの髪を撫でつけ、穏やかな顔をしていた。穏やかすぎて、かえって薄気味悪い。


宰相アルディス。


彼は担架の上の王女を見ても、驚いた顔をしなかった。


「エリスティア殿下」


低く、よく通る声だった。


「お身体が戻られたばかりで、ずいぶん混乱しておられるようですな」


リーシャの手が震えた。アリシアの拳が再び固まる。サイラスは帳簿を抱える腕に力を込め、セリアの剣が鞘の中でわずかに鳴った。


王女は、ノエルの支えを受けながら顔を上げた。


俺は油紙に包んだ証拠を懐で押さえ、宰相の穏やかな目を見返す。


王宮の嘘は、まだ笑っていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!


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