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黒羊傭兵団の副団長 〜王女を救えと言われたが、女団長と元同僚が俺を逃がしてくれない〜  作者: Pengin_X
第一章

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第13話 雨の外庭

黒外套の兵たちは、雨の向こうで声を上げなかった。


離宮兵とは違う。驚かない。命令を聞き返さない。こちらに王女がいるとわかっていても、担架そのものではなく、担ぎ手と守り手の隙間を見ている。


逃がさないための兵だ。


黒外套の一人が手を上げる。左右の植え込みへ弓兵が散り、短剣を持つ二人が石柱沿いに詰めてきた。


「若いの!片頬!担架を落とすなよ!」


若い団員の喉が動いた。怖いのだろう。だが、手は離さない。片頬の男は王女の足元を庇うように、担架を少しだけ引き寄せた。


担架の左にノエル、右にリーシャ。ガドは斜め前で大盾を構える。盾一枚で、王女とリーシャとノエル、運び手までまとめて守る位置だ。


王女の息が浅い。担架が一度揺れただけで、薄い胸の上下が乱れた。


ノエルの目が鋭くなる。


「担架を下げないでください!揺らさず急いで!」


静かな軍医の声ではなかった。命を落とさせないために、無茶を承知で場を支配する声だった。


「聞いたな!」


ガドが盾の縁を床石へ噛ませる。


「担架だけ見てろ!矢は俺が止める!」


黒外套の矢が飛んだ。


一本目は盾に刺さる。二本目は盾の縁を削る。三本目は低かった。狙いは王女ではない。若い団員の腕だ。担架を落とさせるための射だった。


ガドは盾を動かさなかった。


動かせば、正面の矢が王女へ通る。


代わりに、左肩を差し出した。


矢が刺さる。鈍い音がして、大男の身体が沈んだ。


「ガド!」


「見るな!王女様を運べ!」


ガドは歯を剥き、盾をさらに前へ押し出した。


「俺は壁だ!壁が痛がって道を空けるかよ!」


その声に、若い団員の足が前へ出た。片頬も担架の高さを合わせる。リーシャが王女の手を握り直した。


「殿下、大丈夫です。ガドさんが守ってくれてます!ここを抜ければ、外です。どうか、私の手を離さないでください」


王女の指が、弱く握り返す。


リーシャは泣きそうな顔になったが、涙を落とすより先に顎を上げた。今泣けば、王女を不安にさせる。そうわかっている顔だった。


俺は前へ出た。


「セリア、右を裂く」


「左は任せろ、じゃないんだな」


セリアはもう動いている。正面から来た黒外套の剣を受けるふりだけ置き、半歩外した。相手の刃が空を切る。その手首へ、セリアの剣が入った。


深い。男の指から剣が落ちる。


俺はその脇を抜け、次の敵へ踏み込んだ。黒外套は俺の剣先を見て下がる。下がると見せて、短剣を逆手に持ち替えた。


こいつうまい。いくつかの修羅場を潜ってきた腕前だ。


俺は正面から斬らず、わざと肩を開いた。誘いに乗った男が短剣を突き込む。その瞬間、鞘で刃を叩き落とし、剣で太腿を斬った。肉を断つ手応えがある。男の膝が折れた。


声は飲み込んだらしい。だが、立てない。


セリアが背中合わせに来る。近い。俺の肩越しに彼女の刃が走り、担架へ向いていた槍の柄を裂いた。


「顔に出ていたぞ」


「何がだ」


「次は槍を止めろ、という顔だ」


「便利な顔だな」


「面倒な男の顔だ」


言い合いながらも、足は止まらない。俺が敵の視線を引く。セリアが横から斬る。セリアが剣を高く弾けば、俺が低く入って膝を潰す。王国騎士団の整った型ではない。だが、王女を運ぶ担架の前に一瞬の穴を作るには、この呼吸の方が速い。


黒外套の奥で、合図役が笛を口へ運ぶ。


ミラが息を吸った。


一本ではない。三本の矢が、同時につがえられていた。


雨の中で鋭い音とともに弦が鳴る。


一本目は笛を持つ指を射抜いた。二本目は弓兵の足を石畳へ縫い止める。三本目は、俺の背後へ回ろうとした男の肩に突き立った。


三つの動きが、同時に止まる。


黒外套たちの無言の隊列が、初めて乱れた。


「相変わらず無茶な射ち方をする!」


俺が息を吐くと、ミラは弓を下ろさずに答えた。


「当たるから」


眠そうな声は変わらない。目は笑っておらず、百歩先の的でも外さない斥候の目だ。


「助かった」


「今のは貸しじゃない。仕事」


短い言葉が雨に混ざる。前に助けられた分を返したいのか、仕事だから礼はいらないのか。たぶん両方だ。


黒外套が担架の横へ回ろうとした。


ガドが吼える。


「そこは通さねえ!」


盾が横から叩きつけられる。黒外套は受けようとしたが、受けられる重さではなかった。石柱と盾の間で肩が潰れ、骨の折れる音が雨の中でもはっきり聞こえた。男の息が途切れ、膝から落ちる。


「ガドさん、無茶しないで!」


ノエルが叫ぶ。


「矢が刺さっています!でも盾は絶対に下げないでください!」


「無茶言うな、先生!」


「無茶を通してください!」


「はい!」


痛みで顔を歪めながら、ガドは盾を上げ直した。返事だけなら間抜けに聞こえる。だが、その背中は少しも笑えない。


マルグリットが杖を低く構えた。


「右奥、増えるよ。担架を止めに来る」


「出口は?」


「石垣の切れ目だ。真っ直ぐ行けば射線に入る」


「なら、射線を消す」


俺はセリアへ視線を飛ばした。


セリアは一瞬で読んだ。前へ出る。黒外套の二人が止めようとした。セリアは大きく斬るふりをして、寸前で手首だけを返す。刃の軌道が沈み、片方の膝裏を裂いた。もう一人はその動きに目を奪われる。


そこへ、俺が入る。


敵の剣を受ける。押し返すふりをして、逆に力を抜いた。黒外套の体が前へ流れる。その脇腹へ刃を入れる。浅くはない。だが、命を取る角度ではない。


一瞬、石垣の切れ目までの道が空いた。


「今だ!」


俺が叫ぶより早く、ガドが盾を前へ押し込んだ。


黒外套が踏み直そうとする。だがガドの盾に押され、隊列がさらに歪む。若い団員と片頬が、その隙間へ担架を通した。ノエルは王女の顔を覗き込みながら、必死に声を張る。


「もう少しです、王女殿下!我慢してください!」


リーシャがその手を握る。


「殿下、聞こえていますか!?ここを抜けます。もう少しだけ……!」


王女の瞼が震えた。


声はない。それでも、逃げる意思だけは担架の上にあった。


黒外套の一人が、倒れ際に胸元から札を落とした。


俺はすれ違いざまに拾う。黒い蝋。宰相府の管理印。白鐘離宮の離宮兵ではなく、王宮の奥から伸びた手だ。


「つながったな」


セリアが低く言う。


「ああ。こいつは持って帰る」


「生きて帰れば、だろう」


「縁起でもないことを言うな」


「事実だ」


セリアはそう言って、俺の前に飛び込んできた黒外套の剣を弾いた。俺は男の太腿を斬り、追撃できないよう床へ沈める。


石垣の切れ目の向こうは、旧関所へ戻る獣道だった。


マルグリットが先に入り、ミラが続く。若い団員と片頬が担架を慎重に通す。ガドは最後まで盾を外庭へ向けたまま、黒外套の矢を受け続けた。


「ガド、下がれ!」


俺が叫ぶと、ガドはようやく一歩引いた。


石垣の陰へ入ったところで、ガドの膝が落ちかける。


すぐ踏み直したが、左肩に刺さった矢は深い。雨で濡れた革鎧の下に、赤黒い色が広がっていた。ガドは歯を食いしばり、無意識に矢柄へ手を伸ばしかける。


「汚い手で触らないで!」


ノエルの声が飛んだ。


王女の担架から目を離せない。それでも、ガドの手だけは止めた声だった。


「刺さってんだぞ、ノエル先生……!」


「だからです。今抜いたら、もっと悪くなりますよ」


ノエルは薬箱から布を引き抜き、ガドの肩へ押し当てた。矢は抜かない。矢柄だけを短くして、動いた時に傷口が広がらないようにするつもりだと、俺にもわかった。


「噛んでください。短くします」


「おいおい待て待て。心の準備が――」


「覚悟してください」


乾いた音がして、矢柄が折れた。


ガドの顔が歪む。叫びかけた声を飲み込み、喉の奥で潰した。


「っ、ぐ……!」


「よく我慢しましたね。そのまま盾を下げないでください」


「褒めるの遅くねえか……?」


「下げたら褒めないですよ」


ノエルの指は容赦がない。けれど雑ではなかった。布を押さえる角度も、固定する位置も、痛みを増やさずにガドを立たせるためのものだ。


ガドは涙目のまま笑った。


「へいへい。壁は倒れるまで壁だ」


「倒れる前に言ってください。仕事が増えます」


「それは怖えな……!」


ガドは肩を震わせながら、大盾を持ち直した。


黒外套はまだ追ってくる。


マルグリットは獣道の入口で足を止めた。


「ここから先は、あんたたちだけで行きな」


「来ないのか」


俺が振り返ると、片目の老騎士は濡れた外套を払って、白鐘離宮の方を見た。右足を引きずっているくせに、その背中は少しも弱く見えない。


「追手が古道を知ったままじゃ、王都まで持たない。あたしが道を潰して、時間を稼ぐ」


「一人でやるのか?」


セリアが低く聞く。軽く止める声ではなかった。灰狼の腕を知っているからこそ、確認だけしている。


マルグリットは笑った。


「老いぼれに道案内だけさせて終わりかい?灰狼の名が泣くね」


雨の向こうで、離宮の鐘がまだ低く鳴っている。


「王宮に戻るのは、王女と今の騎士の仕事だ。昔の亡霊は、裏道で吠えておくよ」


その言葉で、俺は頷いた。


「死ぬなよ」


「まだまだ若造に言われる歳じゃないね」


マルグリットは杖を回し、古道の闇へ戻っていった。


だが、白鐘離宮の外庭は抜けた。俺は懐の小箱と、黒い管理札の重さを確かめる。

王女を連れ出し、証拠も手に入れた。宰相府が敵だと示す札まである。


問題は、これを王都まで持ち帰るまで、誰がどれだけ血を流すかだった。。

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