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黒羊傭兵団の副団長 〜王女を救えと言われたが、女団長と元同僚が俺を逃がしてくれない〜  作者: Pengin_X
第一章

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第12話 離宮脱出

低い鐘の音が、白い部屋の壁を震わせた。


エリスティア王女は担架の上で目だけを動かす。声は出ない。けれど、リーシャの手を離そうとはしなかった。リーシャも立っているだけで精一杯の顔をしているくせに、その手を両手で包んでいる。


ノエルは王女の呼吸を見て、薬箱を閉じた。


「担架を下げないで!足元を上げすぎると呼吸が詰まります!」


珍しく鋭い声だった。


若い団員と片頬の男が担架の前後につく。ガドは担がない。大盾を構え、担架の斜め前に入った。担架の左にノエル、右にリーシャ。ガドの盾一枚で、王女とリーシャとノエル、運び手までまとめて守る位置だ。


「ノエル先生、これでいいか!」


「そのままで!急ぐなら、揺らさず急いでください!」


無茶を言っている。だが、誰も笑わなかった。ノエルの目は王女の顔色から一瞬も離れない。


セリアが扉の外へ半歩出る。廊下の向こうから、複数の足音が近づいていた。隠れる段階は、もう終わっている。


「レオ」


「ああ。正面を抜く。殺すなよ?だが、止めろ」


セリアは笑わなかった。


「それが一番面倒なんだがな」


そう言いながら、彼女は剣を抜いた。


最初の兵が角を曲がった瞬間、セリアの刃が走る。首ではない。肩口から腕へ、深く、だが命までは届かない線を斬る。兵の剣が床を叩き、悲鳴になり損ねた息が漏れた。


俺はその横を抜け、二人目の剣を受けた。


相手は王国式の受けを想定したのだろう。だが俺は刃を外へ流し、踏み込んだ膝で太腿を潰す。体勢が落ちたところで、前腕へ剣を入れた。浅くはない。剣を握れなくなる深さだ。


「くっ……!」


声が跳ねかける。俺は鞘で顎を打ち、壁へ押しつけた。


「だまれ声を出すな。このまま胴体とさよならしたければ別だが」


背後で担架が動き出す。若い団員は唇を噛み、片頬は王女の足元が揺れないよう、歩幅を半分にしている。リーシャが王女の手を握り直した。


「殿下、少し揺れます。ここを抜ければ外です。あと少しの辛抱ですから……どうか、私の手を離さないでください」


王女の指が、弱く握り返す。


リーシャは泣きそうな顔になったが、涙を落とすより先に顎を上げた。今泣けば、王女を不安にさせる。そうわかっている顔だった。


廊下の奥から矢が飛んだ。


「下がるな!」


ガドの声が廊下を叩いた。


「担架だけ見てろ! 矢は俺が止める!」


矢が三本、大盾に突き立つ。木と鉄が悲鳴を上げるたび、若い団員の肩が強張った。ガドは盾の縁を床へ噛ませ、担架の前に壁を作る。


「ノエル先生、通れる!」


「通ります! 片頬さん、担架を右へ!」


ガドは盾を傾け、次の矢を弾いた。そのまま前へ出る。廊下へ飛び込んできた兵が槍を構えたが、ガドの盾が槍ごと押し込んだ。


壁と盾の間で、骨が嫌な音を立てる。


兵の息が潰れ、膝から落ちた。殺してはいない。だが、もう追えない。


「大熊、左上」


ミラの声が飛ぶ。


階段上の弓兵が次の矢を番えていた。ミラの弦が鳴る。矢は弓兵の足を貫き、石段へ縫い止めた。男は叫びかけ、歯を食いしばって喉を押さえる。声を上げれば、自分たちの混乱も広がるとわかっている顔だった。


俺は階段下へ踏み込んだ。


その瞬間、右の扉が開く。別の兵が、俺の背中へ剣を振り下ろそうとしていた。


完全に見えていなかった。


矢が一本、俺の耳元を抜ける。


兵の手首に刺さり、剣が床へ跳ねた。俺は振り返る勢いのまま踏み込み、男の脇腹へ刃を入れる。骨までは届かない。だが、走ることはできない深さだ。


背中を取られていた。


そう理解した瞬間、少し遅れて冷たいものが首筋を走る。


ミラは弓を下ろさず、次の影を追ったまま言った。


「貸し、一つ返した」


声はいつも通り眠そうだった。けれど、矢を放った指はまだ弦の余韻を残している。前に俺が柱の陰へ引き寄せた時のことを、忘れていなかったらしい。


「助かった」


俺が短く返すと、ミラはちらりとだけこちらを見る。


「今のは、本当に見えてた」


「疑ってないから安心しろ」


「なら、いい」


そう言いながら、彼女はもう次の弓兵へ矢を番えていた。耳の端が赤いかどうかを確かめる暇はない。確かめたら、次は俺が射抜かれる。


前方で、セリアが三人を相手にしていた。


一人目の膝を斬り、もう一人の剣を弾く。三人目の槍が彼女の脇を狙った瞬間、俺はセリアの肩越しに剣を差し込み、槍の柄を断った。セリアは振り返らず、空いた半歩に体を滑らせる。


俺がわざと半歩下がると、敵は追ってくる。そこへセリアの刃が横から入り、太腿を深く裂く。倒れかけた敵の背後から別の兵が出るが、今度は俺が先に腕を斬る。セリアはその腕の下を抜け、刃の腹で首筋を打った。


言葉はほとんど要らない。


俺が視線を向ける前に、セリアはもう足を止めている。セリアが敵の目を奪えば、俺は武器ごと腕を落とす。昔の騎士団で覚えた整った連携ではない。泥と雨と傭兵稼業の中で、勝手に形になった動きだ。


「雑な剣になったな、レオ」


セリアが敵の槍を踏みつけながら言った。


「お前ほどじゃない」


「なら、まだ足りないな」


返事をする前に、彼女は次の兵の肩を斬った。深い。だが命は残る。男は剣を落とし、床へ崩れた。


マルグリットが杖で横の壁を叩く。


「真っ直ぐ行くな。そこは兵を集める廊下だ。右の侍女階段へ入れ」


「王女を担架で通せるか?」


「通すんだよ。昔は王族を抱えて通した」


片目の老騎士は、右足を引きずりながらも迷わない。彼女が示した扉を片頬が肩で押す。古い階段は狭い。ガドが盾を斜めにして入り口を塞ぎ、担架が曲がる時間を稼ぐ。


ミラが一度だけ外へ目を向けた。


「……離宮兵じゃない足音、混じってる」


言い終える前に、背後からまた矢が飛ぶ。ガドの盾がそれを受け止め、言葉の続きは鉄の音に飲まれた。


侍女階段を抜けると、雨の匂いが近くなった。


外だ。だが、安心するには早すぎた。


裏庭へ出た瞬間、ガドの大盾に矢がまた突き立った。今度は離宮の兵ではない。外套の色が違う。黒に近い深緑。王宮内務兵でも薬務係でもない。


セリアが目を細める。


「別口か」


マルグリットの声が低くなる。


「宰相府の犬だね。離宮の連中より噛み方を知っている」


雨の向こうで、黒外套の兵たちが道を塞いでいた。


白い檻は抜けた。


だが、王女を連れた俺たちの前には、王宮の奥から伸びた別の鎖が待っていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!


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