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干物系チャラ男男装令嬢の双子騎士は、今日も騒動を満喫中  作者: 織村蜜柑


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4/7

「幼少期のレティシアが初めて“レオ”っぽく外でふるまって、双子が青ざめる話」

レティシアの“へんそうごっこ”は、その日で終わらなかった。

終わるどころか、そのあと何回もつづいた。

帽子をかぶる。

髪をまとめる。

大きめの上着を着る。

鏡の前で歩いてみる。

声を低くしてみる。

失敗する。

笑われる。

ふくれる。

またやる。

それを、双子はなぜか毎回つき合わされていた。

オスカーはだいたい最初から楽しそうだった。

エルマーはだいたい最初から止めたそうだった。

でも、結局ふたりとも最後までいる。

そういうのが、もう当たり前みたいになっていた。


そしてある日。

レティシアは、鏡の前で帽子をなおしながら言った。

「そとでやる」

「は?」

エルマーが言った。

「えっ」

オスカーが言った。

レティシアはまっすぐうなずく。

「そとでやるの」

「なにを」

「へんそう」

「いや、なんで」

「だって、へやのなかだけじゃ、わかんないでしょ」

「なにが」

「ちゃんと、おとこのこにみえるかどうか」

エルマーはすぐに首を振った。

「だめ」

「まだ、なにもいってない」

「いうまえに、だめ」

「なんでよ」

「そとだから」

「それ、りゆうになってない」

「なってる」

「なってない」

「なってるって」

オスカーはレティシアの帽子を見て、それから顔を見た。

「でも、ちょっとみてみたい」

「おまえはほんとに……!」

レティシアがすかさずオスカーのほうを向く。

「でしょ?」

「うん」

「うんじゃない」


レティシアは、ふんす、と胸を張った。

「だいじょうぶよ。ちょっとだけだもの」

「その“ちょっとだけ”があぶない」

「またそれ」

「またそれだよ」

レティシアは少し考える顔をして、それから言った。

「じゃあ、あそこの、うらのにわだけ」

「うらのにわ?」

オスカーが聞く。

「うん。にわしさんとか、つかいのひとが、とおるところ」

「それ、けっこう人いるだろ」

「だからいいの」

「よくない」

エルマーが言う。

「みられたらどうするんだよ」

「みられるためにいくの」

「いわなくてもいいことまで言うな」

レティシアは、ふたりの手をつかんだ。

「おねがい」

「だめ」

「エルマー」

「だめ」

「オスカー」

「うーん」

「まような」

「でも、おもしろそう」

「だから、おまえはそういうとこだよ!」


しばらくして。

けっきょく三人は、屋敷のうら庭へ来ていた。

やっぱりこうなる。

うら庭は、表のきれいな庭よりずっと実用的だった。薪が積んであったり、水桶が置いてあったり、使用人たちが出入りしたりする。子どもたちがうろうろしていても不自然ではないが、ちゃんとしたお嬢さまが一人で来る場所でもない。

けれど今日のレティシアは、帽子をかぶって、髪をまとめて、ぶかぶかの上着を着ている。

ぱっと見では、よくわからない。

少なくとも遠目なら、“どこかの家の子”に見えなくもなかった。

「どう?」

レティシアがひそひそ声で聞く。

「……ちょっと、わかんない」

オスカーが言う。

「ほんと?」

「でも、しってるから、レティシアにみえる」

「それは、そうだろ」

エルマーが言う。

「おれたちは、しってるんだから」

「じゃあ、しらないひとなら、だいじょうぶかも?」

「かも、じゃだめなんだよな……」


その時だった。

向こうから、パンの入ったかごを持った若い使用人の女の人が歩いてきた。

三人はぴたりと止まる。

「くる」

オスカーが言う。

「みればわかる」

エルマーが言う。

「しずかにして」

レティシアが言う。

いや、おまえが言うのか。

使用人の女性は、こちらに気づいて足を止めた。

「あら?」

レティシアはその瞬間、すっと背筋をのばした。

さっきまでの“お嬢さまのままごと”みたいな空気が、少しだけ消える。

そして、ほんの少し低くした声で言った。

「こんにちは」

「……こんにちは?」

女性は目をぱちぱちさせた。

「ええと……どこの坊ちゃんかしら」

双子はそろって固まった。

レティシアは、ちらっと横目でこっちを見る。

勝った、みたいな顔をした。

エルマーの背中がひやっとした。

え、ばれてないのか。

レティシアは、そのままにこっと笑った。

でも、いつものレティシアの笑い方とは少し違う。

お嬢さまの柔らかい笑い方じゃない。

もっと気軽で、するっとした笑い方だった。

「ひみつです」

「まあ」

女性が笑う。

「ひみつなの?」

「うん。ないしょ」

「ふふ、変な子ねえ」

エルマーは思った。

だめだ。

この人、もうレティシアにペースを持っていかれてる。

オスカーは目をきらきらさせていた。


「すごい……」

「すごくない」

エルマーが小声で言う。

「すごいよ」

「すごくないって」

「でも、ばれてない」

「それがだめなんだよ」

使用人の女性は、かごを持ち直しながらレティシアに聞いた。

「お名前は?」

「……」

レティシアが止まる。

エルマーは息をのんだ。

ここで本名を言ったら終わりだし、変なことを言っても終わる。

けれどレティシアは、ほんの一瞬だけ考えてから言った。

「レ……」

「レ?」

「レオン」

双子はそろって目を見開いた。

「へえ、レオンくん」

女性は何も疑わなかった。

「かわいいお名前ね」

「ありがとうございます」

レティシア——いや、“レオン”は、ぺこっと小さく頭を下げた。

その動作まで、妙にそれっぽい。

エルマーは青ざめた。

なんで、そんなに自然なんだよ。

女性が去っていくまで、レティシアはちゃんと“レオン”のままだった。

笑って、手を振って、相手が見えなくなったところで、ようやくふうっと息をはく。


「……どう?」

振り向いて聞く。

オスカーが飛びつくみたいに言った。

「すごい!」

「すごかった!」

「でしょ?」

レティシアが得意そうに笑う。

「ぜんぜん、ばれなかった」

「ね!」

エルマーだけが、まだ固まっていた。

「……」

「エルマー?」

レティシアがのぞきこむ。

「どうしたの」

「どうしたの、じゃない」

「なにが?」

「なにが、じゃないよ」

「え?」

「ばれなかったじゃん」

オスカーが言う。

「そこがこわいんだよ!」

思わず声が大きくなる。

レティシアとオスカーがそろって目を丸くした。

「だって、おまえ」

エルマーはレティシアを指さす。

「すぐ、べつのひとみたいになる」

「そう?」

「そうだよ!」

「でも、それがしたかったの」

「できちゃだめだろ!」

「なんで?」

「なんでって……!」

うまく言えない。

ただ、なんだかすごくまずい気がした。

レティシアがレティシアじゃないみたいになって、しかもそれが自然で、知らない人がころっと信じてしまう。

まだ小さいのに。

ただのごっこ遊びなのに。

なのに、ちょっとだけ本物みたいだった。


「エルマー、おこってる?」

レティシアが聞く。

「おこってる」

「なんで?」

「それは……」

エルマーが言葉につまる横で、オスカーが楽しそうに言った。

「すごかったから、びっくりしてるんだよ」

「それもあるけど!」

「びっくりしたの?」

レティシアが聞く。

「……した」

「じゃあ、せいこう?」

「そういうことじゃない」

「でも、びっくりしたんでしょ」

「したけど」

「じゃあ、せいこう」

レティシアはにっこりした。

その顔は、完全に“勝ち”の顔だった。

エルマーは思う。

たぶんこの子は、もう止まらない。

止めても、たぶんまたやる。

しかも、次はもっと上手くやる。

それがわかってしまって、余計に頭が痛い。


「ねえ」

レティシアが言う。

「なに」

エルマーが警戒して聞く。

「レオン、いい?」

「……名前?」

「うん。さっき、とっさにいったけど」

「レオン」

オスカーが繰り返す。

「いいじゃん」

「そう?」

「うん。かっこいい」

「やっぱり?」

「そこはもう決まってるんだな……」

レティシアは帽子のつばを押さえながら、小さく笑った。

「レオでもいいかも」

「レオ?」

オスカーが言う。

「うん。そっちのほうが、はやくいえる」

「たしかに」

「たしかに、じゃない」

レティシア——いや、レオは、くるっとその場で回った。

「じゃあ、これから、そとのときはレオね」

「これから、って言うな」

「なんで?」

「まだつづけるから」

「ほら」

「だって、おもしろいもの」

「それはもう、しってる」

オスカーが笑って、レオの帽子をちょんとつついた。

「レオ、かっこよかった」

「ほんと?」

「うん」

「オスカー、すき」

「やった」

「おまえ、よろこぶな」

「うれしいし」

「そういうとこだよ」


レオは次に、エルマーの前に来た。

「エルマー」

「……なに」

「ひみつにしてね」

「……」

「だめ?」

「……だめっていっても、やるんだろ」

「やる」

「しってた」

「でも、ひみつにはしてほしい」

「……」

「エルマー」

「……わかった」

「ほんと?」

「ほんと」

「やった」

「でも」

「でも?」

「ひとりでやるな」

「またそれ」

「またそれでいい」

「エルマー、それしかいわない」

「それしかいわなくていいんだよ」

レオは、ちょっとだけ笑って、それから言った。

「じゃあ、つぎもいっしょ」

「だから、なんでそうなる」

「だって、オスカーはすぐのるし」

「うん!」

「おまえは静かにしろ」

「で、エルマーは、とめるけど、さいごはいてくれる」

「……」

「ちがう?」

「……ちがわない」

「でしょ」

やっぱり、勝った顔だった。


その時、遠くから誰かを呼ぶ声がした。

「レティシアさまー!」

三人はそろってそっちを見る。

「かえらなきゃ」

レオが言う。

「レティシアにもどるの?」

オスカーが聞く。

「もどるわよ」

「どうやって?」

「こう」

レオは帽子を取って、まとめた髪をほどいた。

銀灰の髪がさらっと落ちる。

それだけで、さっきまでそこにいた“男の子”っぽい空気がふっと消えた。

双子は目をぱちぱちさせる。

「……すご」

オスカーが言う。

「……」

エルマーはもう何も言えなかった。

レティシアは、いつものレティシアの顔で笑った。

「じゃあ、またね」

「またね、レオ」

オスカーが言う。

「しずかに!」

エルマーが言う。

「ふふ」

レティシアはくすくす笑って、軽い足取りで駆けていった。


銀灰の髪が遠ざかっていくのを見ながら、オスカーがぽつりと言う。

「すごかったな」

「……ああ」

「ほんとに、べつのひとだった」

「……ああ」

「おもしろい」

「……それだけじゃない」

「なに?」

「なんか……すごく、いやなよかんがする」

「なんで?」

「なんでって……」

うまく言えない。

でも、エルマーにはわかっていた。

今日見たのは、ただのごっこ遊びじゃない。

きっと、この子はこれから先、もっと上手くなる。

もっと自然になる。

そしてたぶん、知らない人はみんな、ころっと信じる。

それは、すごいことだ。

でも同時に、とても危ない。

「たぶん」

エルマーは小さく言う。

「このひと、あとで、とんでもないことする」

「レティシアが?」

「……うん」

「でも」

オスカーは笑った。

「そのときも、たぶん、おれたちいるだろ」

「……だろうな」

小さくため息をつきながら、エルマーもわかっていた。

もう遅い。

レティシアのひみつを知ってしまった。

“レオ”のはじまりを見てしまった。

そしてたぶん、それを最初から最後まで見届けるのも、自分たちなのだ。

レティシアがはじめて“レオ”っぽく外でふるまった日。

双子は、そのすごさに少しわくわくして、

同時に、かなり青ざめた。

——でも結局、ひみつは守ることにした。

たぶん、その時からもう。

三人はとっくに、共犯だったのだ。


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