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干物系チャラ男男装令嬢の双子騎士は、今日も騒動を満喫中  作者: 織村蜜柑


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双子が初めて“レオ”の外出についていった日

レティシアが“レオ”になれるとわかってから、双子は前より少しだけ落ち着かなくなった。

いや、正しく言うなら——

エルマーだけが、前よりずっと落ち着かなくなった。

オスカーは変わらない。

レティシアが帽子をかぶって髪をまとめて、男の子みたいに歩くたびに、

「すごい」

「いいね」

「さっきよりそれっぽい」

と、楽しそうに笑っている。

でもエルマーは、そうではなかった。

なんだかすごく、いやな予感がするのだ。

この“へんそうごっこ”は、たぶん、部屋の中だけで終わらない。

レティシアは、たぶん、そのうち外へ出る。

しかも、止めても出る。

そう思っていた。


そして、その予感は、びっくりするくらい早く当たった。

「ねえ」

その日も、レティシアはこそこそ声で双子を呼んだ。

屋敷の庭のすみ。低い木のかげ。

そこに立っていたのは、帽子をかぶって、髪をまとめて、少し大きい上着を着た“レオ”だった。

「でるわ」

「なにが?」

オスカーが聞く。

「そと」

「……なにが?」

今度はエルマーが聞く。

「レオが」

「だめ」

「まだ、なにもいってない」

「いいたいことはわかってる」

レティシアは、むっと口をとがらせた。

「どうして」

「どうしても」

「どうしても、じゃわかんない」

「わかんなくていい。だめ」

「エルマー、すぐだめっていう」

「だめなものはだめ」

オスカーはレティシア——いや、レオの帽子を見ながら聞いた。

「どこいくの?」

「まちのてまえまで」

「まち?」

「うん。おつかいのひとがとおるところ」

「いや、もっとだめだろ!」

エルマーが声を上げる。

「なんでだよ」

「なんでって、そとだぞ!」

「だからよ」

「だからがだめなんだよ!」

レオはちっともひるまなかった。

「だって、みてみたいもの」

「なにを」

「まちのひともレオにみえるか」

「もうそのじてんであぶない」

「なんで?」

「なんでって……なんか、いろいろ」

「ざつ」

「ざつじゃない!」

オスカーは少し考えてから、目をきらっとさせた。

「でも、おれもみたい」

「おまえはほんとに!」

「だってきになる」

「きになるな」

「むりだよ」

レオはそこで、にこっと笑った。

すごくいやな笑い方だった。

なにか考えついた時の顔だ。


「じゃあ、ふたりもくればいいじゃない」

「……は?」

「いっしょに?」

オスカーが聞く。

「うん。オスカーはたのしむひと」

「うん!」

「うんじゃない」

「エルマーは、みはるひと」

「なんでかってにきめてるんだ」

「だって、そうでしょ」

「……」

「ちがう?」

「……ちがわないけど」

言ってから、しまったと思った。


レオがぱっと明るくなる。

「じゃあ、きまり!」

「きまってない!」

「きまった」

「きまってないって!」

でも、その時点で、もう半分決まっていたのだろう。

オスカーはわくわくしているし、レオは止まる気がない。

エルマーだけが止めても、このふたりを一人にする方がもっと危ない。

つまり、行くしかない。

「……ぜったい、すぐかえるぞ」

「うん」

レオが言う。

「ほんとか?」

「うん」

「しんじられない」

「しつれいね」


三人が向かったのは、アルヴェール家の裏門の先にある、小さな通りだった。

市場みたいに人が多い場所ではない。けれど、使用人やおつかいの人、荷物を運ぶ人なんかがときどき通る。屋敷の中よりずっと“外”だ。

エルマーはずっと落ち着かなかった。

「だいじょうぶ?」

オスカーが聞く。

「だいじょうぶじゃない」

「まだなにもおきてないよ」

「これからおきそうだからいやなんだよ」

「エルマー、かたい」

レオが言う。

「かたくていい」

「でも、ちゃんとしてる」

「……それ、ほめてる?」

「ほめてる」

「じゃあ、まあ、いい」

レオは帽子を深くかぶりなおした。

その動きが、妙に板についている。


オスカーが小さく笑う。

「ほんとに、レオっぽい」

「レオだもの」

「そうだけど」

「レティシア、いま、いないの?」

「いないわ」

「ほんと?」

「ほんと」

「おれには、まだちょっといるようにみえる」

「オスカー、それいわない」

「なんで?」

「まだ、とちゅうなの」

「れんしゅうちゅう?」

「そう」


その時、通りの向こうから、荷車を押したおじさんがやってきた。

三人はぴたりと止まる。

「くる」

オスカーがひそひそ言う。

「みればわかる」

エルマーが言う。

「しずかに」

レオが言う。

いや、だからおまえが言うのか。

荷車のおじさんは、レオを見て目を細めた。

「おや、坊主」

「……こんにちは」

レオが言う。

声が少し低い。

でも、不自然じゃない。

気を抜くと、本当に知らない男の子みたいに見える。

エルマーの背中にひやっとしたものが走る。

おじさんは荷車を押しながら聞いた。

「どこの子だ?」

「……こっちの」

レオがふわっと答える。

「こっち?」

「うん」

「そうか」

おじさんはそれ以上聞かなかった。

そのまま荷車を押して通りすぎていく。


レオはおじさんが見えなくなるまで、ちゃんと“レオ”の顔をしていた。

そして姿がなくなった瞬間、くるっとふり返る。

「どう?」

小声で聞く。

オスカーが両手をぎゅっと握った。

「すごい!」

「すごいじゃない!」

エルマーが言う。

「なんで!?」

「だって、ばれてない!」

「だからこわいんだよ!」

「なんで?」

「なんでって……!」

うまく言えない。

だって本当に、ばれていないのだ。

相手はほんとうに、ただの近所の男の子だと思って通りすぎていった。

それが、すごい。

でも、すごいからこそ怖い。


「エルマー、おこってる?」

レオが聞く。

「おこってる」

「でも、せいこうした」

「それは、そうだけど」

「じゃあ、いいじゃない」

「よくない」

即答すると、レオはちょっとむっとした。


でもその顔は、すぐにまた別のものに変わる。

通りの向こう、小さな木箱を落として困っている女の人がいたのだ。

「あ」

レオが言う。

「なに」

エルマーが聞く。

「あのひと」

「え?」

「はこ、いっぱい」

女の人は、抱えていた木箱をひとつ落としてしまったらしい。中から小さな布包みがいくつか転がっている。困った顔で拾っているけど、荷物が多くて大変そうだった。

エルマーのいやな予感が、またぴんと立った。

「……レオ」

「なに?」

「だめだぞ」

「まだ、なにもしてない」

「する顔してる」

「してない」

「してる」


オスカーはもうそっちを見ていた。

「たすける?」

「おまえもいうな!」

「でも、たいへんそう」

「それはそうだけど!」

レオは一拍だけ考えた。

そして、次の瞬間には、もう走り出していた。

「ちょっ」

「いくわよ!」

「まて!」

「いくぞ、エルマー!」

「おまえまでうれしそうにいくな!」

双子も結局追いかける。


レオは女の人の前でしゃがみこんだ。

「だいじょうぶ?」

「え?」

女の人が驚いて顔を上げる。

「ひろう」

レオはもう布包みを拾っていた。

「あ、ありがとう、坊や」

「ぼうや……」

オスカーが小さく言う。

「しずかにしてろ」

エルマーが言う。

三人でいっしょに荷物を拾う。

レオは自然だった。

「これ、ここ?」

「ええ、そう」

「こっちは?」

「そっちもお願い」

「うん」

レティシアの時みたいな、ちょっと高くてきれいなお嬢さまの声ではない。

レオの時は、もっと軽くて、近い。

するっと相手のそばに入る感じだった。

オスカーはそれを見ながら目を丸くしている。

エルマーは拾いながら、どんどん青ざめていった。

この子、やっぱりだめだ。

いや、だめじゃない。むしろ、うますぎる。

うますぎるのがだめだ。


荷物を全部拾い終えると、女の人はほっとしたように笑った。

「助かったわ。ありがとうね」

「どういたしまして」

レオが言う。

「やさしいのねえ」

「……」

レオはほんの少しだけ首をかしげた。

「そうかな」

「そうよ」

その時の笑い方が、もうレティシアじゃなかった。

いや、レティシアなのだけど、外へ向ける顔としてはまるで別だった。

オスカーがぽそっと言う。

「……かっこいい」

「いまそれ言うな」

エルマーが返す。

女の人は荷物を抱えなおしながら聞いた。

「あなたたち、兄弟?」

「うん」

オスカーが即答する。

「で、ぼくはともだち」

レオが言った。

エルマーは、えっ、と思った。

でも女の人は疑わなかった。

「仲良しなのね」

「うん」

オスカーが言う。

「……まあ」

エルマーも言うしかない。

「そう」

女の人は笑って去っていった。


三人だけになる。

ちょっとの間、誰もなにも言わなかった。

そして最初に口を開いたのは、やっぱりオスカーだった。

「すごかった!」

「またそれ!」

「だって、すごかった!」

「おまえ、そればっかりだな」

「だってほんとだもん!」

レオはちょっと得意そうだった。

「でしょ?」

「でしょ、じゃない」

エルマーが言う。

「なんで、ひとりでいくんだよ」

「ひとりじゃないわよ」

「そういうことじゃない」

「でも、たすけられた」

「それは、そうだけど」

「じゃあ、いいじゃない」

「よくない!」

レオは少し考える顔をした。

「……エルマー」

「なに」

「じゃあ、つぎから、いくまえにいう」

「つぎがあるぜんていではなすな」

「あるもの」

「あるんだ」

オスカーが言う。

「あるだろうな……」

エルマーが言う。

レオはそこで、ふっと笑った。

「でも、さっき、ちゃんとみはってたでしょ」

「え?」

オスカーが聞く。

「おすかー、うしろ、みてた」

「うん」

「エルマーは、こっち、ずっとみてた」

「……まあ」

「だから、だいじょうぶだった」

エルマーは少しだけ黙った。


たしかに、そうだった。

レオが女の人のところへ行った時、オスカーは通りの反対側を見ていた。人が来ないか、変な目で見られないか、なんとなく見張っていた。

エルマーはレオだけを見ていた。変なことを言わないか、正体がばれそうにならないか、ずっと見ていた。

まるで、本当に——護衛みたいに。


「……だからって、かってにいくな」

エルマーは言った。

「でも」

「でもじゃない」

「……わかった」

「ほんとか?」

「ほんと」

「しんじられない」

「しつれいね」

オスカーがにこにこしながら聞く。

「じゃあ、おれたち、つぎもいっしょ?」

「そうなるんだろうな……」

エルマーが言う。

「やった」

レオが言う。

「やったじゃない」

「なんで」

「だって、たのしいもの」

「……」

「それに」

レオは帽子のつばをちょっと上げて、ふたりを見た。

「おすかーは、すぐきづく」

「きづく?」

「うん。ひとがくるのとか」

「そっか」

「エルマーは、ずっとみてる」

「……」

「だから、いっしょだと、いい」


エルマーは何も言えなかった。

たぶん、この時が最初だった。

レティシア——レオが、

オスカーの“なんとなく気づく”を、ちゃんと使えるものとして見たのも、

エルマーの“ずっと見てる”を、安心できるものとして受け取ったのも。

そして双子の方も、なんとなく知る。

オスカーは、ただ楽しいだけじゃない。

エルマーは、ただ止めるだけじゃない。

この三人でいる時、それぞれに役目みたいなものができはじめている。


「かえるぞ」

エルマーが言う。

「うん」

「うん!」

「つぎは?」

レオが聞く。

「つぎはない」

「ある」

「ない」

「ある」

「……あるんだろうな」

「あるね」

オスカーが言う。

「おまえ、せめていっかいはひていしろ」


帰り道、レオはごきげんだった。

オスカーもごきげんだった。

エルマーだけが、深いため息をつきながら歩いていた。

でも、その足は、ちゃんとふたりの少し前に出ていた。

なにかあったら止められるように。

誰か来たら先に気づけるように。

帰るまで、ちゃんと連れて帰れるように。

まだ幼いのに、まだただの遊びなのに。

その日、双子は初めて、

“レオの見張り役”として外を歩いた。

そして、それはたぶん、

未来の護衛としての最初の一歩だった。

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