双子が初めてレティシアの秘密の男装ごっこに付き合わされる日
レティシアが「へんなお嬢様」から「たぶん放っておけないへんなお嬢様」に変わってから、双子は何度かいっしょに遊ぶようになっていた。
木の多い庭の奥へ行ったり、花壇の裏にしゃがんで虫を見たり、誰にも言わずに“ひみつのばしょ”を増やしたり。
だいたい、最初に何かを思いつくのはレティシアだった。
オスカーは「やる!」と言う。
エルマーは「だめだろ」と言う。
でも、最終的には三人でやる。
そういう形が、もうできはじめていた。
そしてその日もまた、レティシアが最初だった。
「ねえ、こっちきて」
庭のすみで呼ばれて、双子はそろって振り向いた。
レティシアがいた。
いつもみたいなふわふわしたお嬢さまの服ではなく、今日は動きやすそうな服を着ている。といっても、まだちゃんと女の子の服ではある。
でも、妙だった。
レティシアは声をひそめて、きょろきょろしていた。
「なに?」
オスカーが聞く。
「ひみつ」
レティシアが言う。
「ひみつ?」
「そう。とくべつの」
そう言って、レティシアはふたりの手を引っぱった。
「ちょ、まって」
「どこいくの?」
「いいから、きて」
連れていかれたのは、アルヴェール家の屋敷のはしにある、小さな空き部屋みたいなところだった。使っていないのか、家具には白い布がかかっていて、窓から細い光が入っている。
部屋に入るなり、レティシアはくるっと振り向いた。
「ここなら、だいじょうぶ」
「なにが?」
エルマーが聞く。
「だれもこないの」
「なんで、こんなとこにきたんだよ」
「みせたいものがあるの」
レティシアは得意そうだった。
それから部屋のすみの箱を、ごそごそとさぐりはじめる。中から出てきたのは、つばのある小さな帽子、男の子用みたいな上着、古い革のベルト、それから短い布。
双子はならんで、それを見た。
「……なに、それ」
「へんそう」
レティシアが言った。
「へんそう?」
「そう。おとこのこになるの」
「は?」
エルマーが言う。
「えっ、すごい」
オスカーが言う。
レティシアは帽子をかぶって、胸を張った。
「どう?」
「どうって」
エルマーは言葉につまる。
「まだ、おじょうさまだろ」
「いまからなるの!」
そう言って、レティシアは上着をばさっと羽織った。少し大きい。たぶん使用人の子か、誰かの古着なのだろう。袖が長くて、手が半分隠れている。
でも、本人はとても満足そうだった。
「ほら」
「……ほらっていわれても」
「まだ、よくわかんない」
オスカーが正直に言う。
レティシアはむっとした。
「じゃあ、これも」
今度は短い布を取り出して、長い髪をぎゅっぎゅっとまとめはじめる。結ぶのはまだ下手で、途中で何度かほどけた。
「いた」
「おい、ひっぱりすぎだろ」
エルマーが言う。
「へいき」
「へいきじゃなさそう」
「これくらい、だいじょうぶ」
オスカーが近づいた。
「やってあげようか?」
「できるの?」
「わかんない」
「わかんないのかよ」
エルマーが言う。
「でも、やってみる」
「やる!」
なぜ嬉しそうなんだ。
けれど、オスカーは案外器用だった。レティシアの髪を後ろでまとめて、布でくるっとしばる。少しぐしゃっとしていたけれど、さっきよりはずっとましだ。
「できた」
「ほんと?」
レティシアが聞く。
「たぶん」
「おまえまでたぶんっていうな」
レティシアは部屋のすみにあった小さな鏡の前へ走った。
鏡をのぞきこんで、ぱちっと目を見開く。
「……いい!」
「いいの?」
「いいわ!」
「よかったな」
オスカーが言う。
「よくないだろ」
エルマーが言う。
レティシアはくるっと振り返った。
帽子をかぶって、髪をまとめて、大きめの上着を羽織っている。たしかに、さっきよりちょっとだけ雰囲気がちがった。
きれいなお嬢さま、というより、いたずらをたくらんでる子ども、という感じだ。
「おとこのこにみえる?」
レティシアが聞いた。
「ちょっと」
オスカーが言う。
「ちょっとだけ」
エルマーも言う。
「ちょっとかあ」
「でも、ちがう」
オスカーが言う。
「なにが?」
「おじょうさまのかおしてる」
「えー」
「だって、きれいだし」
「それは、どうしようもないだろ」
エルマーが言う。
「そうなの?」
レティシアが聞く。
「そうだろ」
「でも、もっと、おとこのこっぽくしたい」
レティシアは考えこんだ。
それから、すっと顎を上げた。
「こう?」
低い声を出そうとしているらしい。
「へん」
エルマーが言う。
「へんだね」
オスカーも言う。
「へんじゃない!」
「へん」
「ぜんぜんへん」
「なんでよ!」
レティシアはふくれた。
でも、すぐにまた鏡を見て、自分でちょっと笑う。
「……ちょっと、へん」
「だろ」
「もうちょっと、かっこよくしたいの」
オスカーが目をきらきらさせた。
「じゃあ、あるきかた!」
「あるきかた?」
「うん。こう、どんどんって」
オスカーが肩をいからせて歩いてみせる。
「へん」
今度はレティシアが言った。
「えー」
「それ、おおきすぎる」
「そう?」
「くまみたい」
エルマーが言う。
「くま!?」
レティシアは笑った。
「じゃあ、エルマーは?」
「なんでおれ」
「いちばん、ちゃんとしてるから」
「ちゃんとしてる?」
「うん。おとこのこっぽい」
「いや、おとこだけど」
「そうじゃなくて!」
レティシアは両手をぱたぱたさせた。
「ちゃんとしてるかんじ。しゅっとしてるかんじ」
「しゅっとってなんだよ」
「しゅっとは、しゅっとよ」
「せつめいになってない」
でも、エルマーは少しだけ考えてから、部屋のはしまで歩いてみせた。背筋をのばして、足音をあまり立てずに。
レティシアは目を丸くする。
「それ!」
「え?」
「それがいい」
「これ?」
「うん。なんか、できるひとっぽい」
「できるひと」
「それ、いいな」
オスカーが言う。
「なんでおまえまできに入ってるんだ」
レティシアは鏡の前に戻って、今度はエルマーのまねをして歩きはじめた。帽子が少しずれて、上着の裾がひらひらしたけれど、さっきの“お嬢さま”感は少しだけ薄れた。
「どう?」
「さっきよりいい!」
オスカーが言う。
「……まあ、さっきよりは」
エルマーも言う。
レティシアは満足そうに笑った。
「やった」
「で、なんでそんなことしてるんだ?」
エルマーが聞いた。
レティシアは鏡を見ながら答える。
「だって、おんなのこのふく、うごきにくいんだもの」
「それは、まあ」
「はしると、つかまるし」
「つかまる?」
「みんな、レティシアさま、っていうでしょ」
「いうだろ」
「それが、ちょっと、じゃま」
「じゃまっていうなよ」
「でも、ほんとだもん」
レティシアは帽子のつばを指でつまんだ。
「おとこのこなら、もっと、すきにいけるかも」
「どこに?」
オスカーが聞く。
「いろんなとこ」
「ろくでもないかおしてるぞ」
エルマーが言う。
「してない」
「してる」
「してない」
「してるって」
「……ちょっとだけ」
その“ちょっとだけ”が一番だめなのだ。
けれど、レティシアはすごく楽しそうだった。
「ねえ」
「なに?」
オスカーが聞く。
「ひみつにしてね」
「ひみつ?」
「うん。だれにもいっちゃだめ」
「なんで?」
「まだ、れんしゅうちゅうだから」
「れんしゅうちゅう……」
オスカーはすぐうなずく。
「いいよ」
「おまえ、すぐこたえるな」
「だって、ひみつって、いいじゃん」
「よくはない」
レティシアはエルマーの前まで来た。
「エルマーも」
「……」
「だめ?」
「だめっていうと、どうせやるだろ」
「やる」
「ほらな」
「でも、ひみつにはしてほしい」
「……」
「エルマー」
「……わかった」
「ほんと?」
「だれにもいわない。でも——」
「でも?」
「ひとりでやるな」
「え?」
「そのへんそう。ひとりでかってにやるなよ」
「なんで?」
「なんでって……なんか、あぶないから」
「またそれ」
「またそれでいい」
レティシアはちょっとだけ首をかしげて、それからにっこりした。
「じゃあ、いっしょにやる」
「いや、そうじゃなくて」
「ほんと?」
オスカーが言う。
「おれも?」
「うん!」
「やった!」
「やったじゃない」
レティシアはうれしそうに、ふたりの手をつかんだ。
「じゃあ、これは、わたしたちだけのひみつね」
「ひみつ」
オスカーが笑う。
「ひみつ、な」
エルマーが言う。
その時、部屋の外から足音がした。
「レティシアさま?」
「っ」
「やばい」
オスカーが言う。
「きた」
エルマーが言う。
「しずかに!」
レティシアはあわてて帽子を押さえた。
三人は白い布のかかった大きな家具のうしろに、ぎゅっと集まってしゃがみこんだ。
足音が近づく。
扉の前で止まる。
でも、入ってこない。
「こちらではないのかしら……」
という声がして、また足音が遠ざかった。
三人はしばらくそのまま動かなかった。
やがて、オスカーが小さく言う。
「いった?」
「たぶん」
「たぶんじゃわかんない」
エルマーが言う。
「じゃあ、ちょっとみてくる」
「だめ」
「なんで」
「あぶない」
「またそれ」
「またそれだ」
レティシアがくすくす笑った。
「エルマー、ほんとに、ちゃんとしてる」
「それ、ほめてるのか?」
「ほめてる」
「じゃあ、いいか」
「いいんだ」
オスカーが言う。
「いいだろ、べつに」
「うん。エルマー、ちゃんとしてる。オスカー、たのしい」
「やった」
「その分け方、ずるいだろ」
「じゃあ、エルマーは、ちゃんとしてて、やさしい」
「……」
「オスカーは、たのしくて、すぐのる」
「それはそう」
「そうなんだ」
「そうなんだよ」
レティシアは、帽子のつばを少し上げてふたりを見た。
「じゃあ、きまり」
「なにが?」
「わたしが、へんそうする」
「うん」
「オスカーは、てつだう」
「うん!」
「エルマーは、とめる」
「なんで?」
「でも、さいごは、てつだう」
「……」
「ちがう?」
「……たぶん、ちがわない」
「でしょ」
その笑い方は、すでに勝った顔だった。
たぶんこの時から、三人の形はできていた。
レティシアが思いつく。
オスカーが乗る。
エルマーが止める。
でも、最後にはみんなで秘密を抱える。
それが、この先ずっと続くのだと、まだ小さい三人は知らない。
でもひとつだけは、もう決まっていた。
レティシアの“男装ごっこ”は、ここで終わらない。
そしてそれを、最初に知ってしまったのが双子だった。




