放っておけないと感じた日
木の上で見つけた、へんなお嬢様。
それが、オスカーとエルマーのレティシアへの印象だった。
そしてもうひとつ、すぐにわかったことがある。
あのお嬢様は、一度「このひとたち、おもしろい」と思った相手を、そのまま放っておくような子ではない。
それを、双子は次に会った日に知ることになる。
その日も、両家の大人たちは屋敷の中で話をしていた。
双子は庭の隅の石畳のあたりにしゃがみこんで、ありを見ていた。
「こっちいった」
「ほんとだ」
「なんかはこんでる」
「ちっちゃいのに、がんばるな」
オスカーが地面すれすれまで顔を近づける。
エルマーはその隣で、膝を抱えたままぼんやりしていた。
「おまえ、ありすきだな」
「きらいじゃない」
「おれ、かまれるのやだ」
「さわるからだろ」
「でも、さわりたくなる」
「わかるけど」
その時だった。
「みつけた!」
ぱっと明るい声がして、双子はそろって顔を上げた。
そこにいた。
銀灰の髪。きらきらした目。今日はちゃんときれいなお嬢様の服を着ているのに、立ち方だけがぜんぜんお嬢様っぽくない。
レティシアだった。
「あ」
と、オスカーが言う。
「……いた」
と、エルマーが言う。
レティシアは、なぜかとても嬉しそうだった。
「いたじゃない」
「いるだろ」
「なんで、かくれるの」
「かくれてない」
「かくれてたわ」
「ありみてただけだよ」
「おなじよ」
「ちがうだろ」
レティシアはそんなことはどうでもいいみたいに、ずんずん近づいてきた。
「ねえ、あそびましょう」
「いきなりだな」
オスカーが言う。
「いきなりだよ」
エルマーも言う。
レティシアはふたりの前でしゃがんだ。
「きょう、なにしてるの?」
「あり、みてる」
「それ、おもしろい?」
「ちょっと」
「じゃあ、もっとおもしろいことしない?」
「もっとおもしろいこと?」
「うん!」
目がきらきらしている。
エルマーはちょっといやな予感がした。
「……なにするの?」
「たんけん」
「たんけん?」
「そう。こっちのほう、まだいったことないの」
レティシアが指さしたのは、庭のはしの、木がたくさんあるほうだった。使用人たちがあまり近づくなと言うあたりだ。危ないというほどではないけれど、子どもだけで入る場所ではない。
エルマーはすぐに言った。
「だめだろ」
「なんで?」
「そっちは、いっちゃだめっていわれてる」
「だめっていわれるところ、おもしろそうじゃない?」
「そのかんがえは、よくない」
「でも、きになる」
「きになるな」
オスカーが言った。
エルマーがすぐに振り向く。
「おまえ、のるな」
「だって、きになる」
「だめ」
「エルマー、すぐだめっていう」
「だめなものはだめ」
「でも、ちょっとだけなら?」
「ちょっとだけでもだめ」
「すぐだめっていう」
「うるさい」
レティシアはふたりを見て、ふふっと笑った。
「だいじょうぶ」
「だいじょうぶじゃない」
「だいじょうぶだって」
「そのことば、しんじられない」
「しつれいね」
そう言った次の瞬間、レティシアはくるっと立ち上がって、もう走り出していた。
「いこ!」
「ちょっ」
「おい!」
「レティシア!」
止まらない。
銀灰の髪がひるがえって、庭の奥へぴゅうっと走っていく。
双子は顔を見合わせた。
「……どうする?」
オスカーが聞く。
「どうするもなにも」
エルマーは顔をしかめる。
「いくしかないだろ」
「だよな!」
なぜ嬉しそうなんだ、と言う暇もなく、ふたりもそのあとを追った。
庭の奥は、手入れされた花壇や噴水のある場所と違って、木が多くて少し暗い。葉っぱが重なって、ひんやりしている。小さい道みたいなものはあるけれど、ちょっとわかりにくい。
レティシアはその中を、まるで最初から知っていたみたいに進んでいく。
「まって!」
「やだ!」
「やだじゃない!」
「つかまえてみて!」
レティシアが笑いながら振り返る。
オスカーが声を上げた。
「それなら、つかまえる!」
「おまえまでのるな!」
けれど、オスカーはもう走っていた。
レティシアも走る。
エルマーも、結局は追いかけるしかない。
道を曲がって、木のあいだをぬけて、三人はどんどん奥へ入っていく。
レティシアが急に立ち止まったのは、小さな石の囲いみたいなものの前だった。
「みて!」
「なに?」
「これ」
そこには、古い井戸みたいなものがあった。もう使っていないのか、ふたが半分しまっていて、まわりには草が生えている。
「いど?」
「たぶん」
「へえ……」
オスカーがのぞきこむ。
「ちかづくな!」
エルマーがすぐに引っぱった。
「なんで?」
「あぶないから!」
「エルマー、またそれ」
「またそれでいいんだよ」
レティシアは井戸を見たり、木を見たり、きょろきょろしている。
「ここ、いいわね」
「よくない」
「ひみつのばしょみたい」
「ひみつにしないで」
「でも、いいでしょ?」
「……ちょっとは」
オスカーが言う。
「おまえは、ほんとに」
「だって、いいじゃん」
レティシアは満足そうにうなずいた。
「じゃあ、ここ、わたしたちのひみつのばしょ」
「わたしたち?」
「そう」
「なんで、もうおれたちもはいるんだよ」
「だって、きたもの」
「それは、おまえをおいかけてきただけ」
「おなじよ」
「おなじじゃない」
でも、レティシアにはたぶん違いがわからないのだろう。
彼女はくるっとふり向いて、木の下に落ちていた長い枝を一本ひろった。
「ねえ、これ、けんね」
「またはじまった」
「おもしろそう」
「オスカー」
「なんで?」
「なんでじゃない」
レティシアは枝をオスカーに一本、エルマーに一本わたした。
「はい」
「いらない」
「いる」
「いらない」
「いるってば」
「なんでだよ」
「だって、たんけんには、けんがいるでしょ」
「……いるかなあ」
オスカーが嬉しそうに枝を受け取る。
「おまえはもういい」
レティシアは自分でも枝を持って、ふんす、と胸を張った。
「わたしがたいちょうね」
「たいちょう?」
「そう」
「なんで?」
「いちばんさいしょに、ここみつけたから」
「それだけ?」
「それだけ」
「それでいいんだ」
「いいの」
オスカーがにこにこしながら聞いた。
「じゃあ、おれは?」
「おすかーは……たのしいひと」
「やった」
「やくじゃないだろ」
「いいじゃん」
「よくない」
「じゃあ、エルマーは」
「……なんだよ」
「おこるひと」
「なんだそれ」
「だって、すぐおこる」
「おこってない」
「おこってる」
「おこってない」
「おこってる」
「……ちょっとだけ」
オスカーが笑う。
「ほら」
「だから、わらうなって」
レティシアは満足そうに言った。
「じゃあ、きまりね」
「なにが」
「たいちょうと、たのしいひとと、おこるひと」
「いやだ」
「だめ?」
「だめ」
「じゃあ、おこるけどたすけてくれるひと」
「……」
「それは、ちょっといい」
「よくないのかよ」
エルマーは思わず黙った。
レティシアは枝をぶんっと振った。
「しゅっぱつ!」
「どこに」
「ひみつのばしょの、もっとおく!」
「まだおくがあるの?」
「あるかもしれない」
「ないかもしれない」
「じゃあ、たしかめるの!」
そう言って、また走り出す。
「まって!」
「また!?」
「いくぞ、エルマー!」
「だから、なんでおまえはそんなにたのしそうなんだよ!」
そのあと三人は、木の根っこを飛びこえたり、変な形の石を見つけたり、小さな虫を追いかけたりして、たっぷり汚れた。
途中でレティシアがしゃがみこんで、赤い実を見つけて、
「これ、きれい」
と言ったと思ったら、
「たべるなよ」
「たべないわよ」
「ほんと?」
「たぶん」
「たぶんっていった!」
「またそれだ」
と、双子に言われたりもした。
木の間を通りぬけるたびに、レティシアはなにか見つける。
それをオスカーが面白がる。
エルマーが止める。
でも、結局いっしょに見る。
そのくり返しだった。
そして——案の定、見つかった。
「レティシアさまー!!」
「オスカーさま、エルマーさま!!」
侍女と使用人の声が森みたいな庭の奥まで響いてきた時、三人はそろって止まった。
「……みつかった」
レティシアが言う。
「みつかるだろ」
エルマーが言う。
「でも、たのしかった」
オスカーが言う。
レティシアはにっこり笑った。
「うん。たのしかった」
その顔を見て、エルマーはちょっとだけ言い返せなくなった。
たしかに、たのしくなかったわけじゃない。
でも、それを言うと負けた気がする。
「つぎもやる?」
レティシアが聞く。
「やる!」
オスカーがすぐ答える。
「おまえは、もうすこしかんがえてからへんじしろ」
「エルマーは?」
「……」
「エルマー」
「……あぶなくないやつなら」
「ほんと?」
「ほんと」
「やった!」
レティシアはぱっと笑って、ふたりの手を片方ずつつかんだ。
右にオスカー。左にエルマー。
「じゃあ、つぎもいっしょね」
「え」
オスカーが言う。
「は?」
エルマーが言う。
でも、レティシアはもう決めた顔をしていた。
「だって、あなたたち、わたしのだから」
「なにが?」
「たんけんのなかま」
「びっくりした」
オスカーが言う。
「びっくりするいいかたするな」
エルマーが言う。
レティシアはきょとんとしている。
「へん?」
「へん」
「でも、もうきまったもの」
「いつ?」
「いま」
「いまかよ」
侍女たちの声が近づいてくる。
三人は手をつないだまま、そっちを見た。
たぶん、この時にはもう決まっていたのだ。
レティシアが前を走る。
オスカーが楽しそうについていく。
エルマーが止めながら、でも結局いっしょに行く。
この形が、これからずっと続くのだと。
幼い日の双子は、まだそこまでちゃんとはわかっていなかったけれど。
でも、ひとつだけはもう知っていた。
このお嬢様は、一度つかまえた相手を、簡単には離さない。
そしてたぶん、自分たちも、もうこの子を放っておけない。




