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干物系チャラ男男装令嬢の双子騎士は、今日も騒動を満喫中  作者: 織村蜜柑


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1/7

双子がレティシアに捕まった日

赤ん坊のころから、顔は知っていた。

ヴァレント公爵家とアルヴェール公爵家は、昔から仲がいい。だから祝いの日も、お茶の日も、季節ごとの集まりでも、家族ぐるみで顔を合わせることが多かった。

オスカーとエルマーが、レティシア・フォン・アルヴェールの顔をはじめて見たのがいつだったのか、もうよく覚えていない。

銀灰の髪の、きれいなお嬢さま。

小さいころの印象は、そのくらいだった。

でも——

**“この子はふつうじゃない”**と、双子がほんとうに知った日は、ちゃんと別にある。

その日、双子は屋敷の庭にいた。

空はよく晴れていて、庭の花はきらきらしていて、風も気持ちよかった。大人たちは屋敷の中でおしゃべりをしていて、子どもたちは庭で遊んでいなさいと言われていた。

オスカーは木の枝を剣みたいに振って遊んでいて、エルマーは少し前からもう飽きていた。

「もういい」

「はやいな」

「おまえが元気すぎるんだよ」

「だって、ひまだし」

オスカーはにこにこしている。

同じ顔をしていても、ふたりはちょっと違う。オスカーのほうが、すぐに面白いことを見つける。エルマーのほうは、面倒そうなことを見つけるのが早かった。

「きょうもアルヴェールのおじょうさま、きてるんだろ」

「たぶんな」

「みた?」

「みてない」

エルマーはどうでもよさそうに言った。

銀灰の髪のきれいなお嬢さま。大人たちがよく話しているから名前は知っている。でも、双子にとってはそれだけだ。

その時だった。

屋敷のほうから、ぱたぱたとあわただしい音がした。

「レティシアさま?」

「おじょうさま?」

「どちらに……?」

侍女たちの声だった。

ふたりは同時に顔を上げた。

「……いないのか?」

「いないっぽい」

庭を見回しても、花壇のそばにも、東屋の中にも、噴水のかげにも、それらしい姿は見えない。侍女たちは青い顔であっちこっちを見ていた。

「たいへんそう」

オスカーが言う。

「たいへんだろ」

「さがす?」

「……さがしたほうが、あとがめんどうじゃない」

エルマーが言うと、オスカーが笑った。

「やっぱり、さがすんじゃん」

「おまえがたのしそうだからいやなんだよ」

「たのしそうだろ」

「そういうとこだぞ」

言いながら、ふたりは庭の奥へ歩いた。

門のほうには人がいる。庭のまんなかにもいない。なら、静かなところか、かくれやすいところだ。

「どこだろ」

「しずかなとこ」

「それか、たかいとこ」

「なんで?」

「なんとなく」

意味がわからない、と思ったその時だった。

ざわ、と木の葉が揺れた。

風ではない。もっと小さくて、へんな揺れ方だった。

ふたりは同時に振り向く。

庭の奥にある、大きな木。

その葉っぱのあいだから、きらっと銀灰の色が見えた。

「……いた」

「いたな」

ふたりは木の下まで駆けていった。

そして、見上げて止まった。

そこにいた。

木の上に。

だいぶ上のほう。子どもが遊びでのぼるには、ちょっと高すぎる枝のところに、銀灰の髪の女の子がちょこんとすわっている。

葉っぱのあいだから、こちらを見下ろしていた。

「あ」

と、その子は言った。

それだけだった。

エルマーは眉をぎゅっと寄せた。

「……なにしてるの?」

「きにのぼってるの」

「それは、みたらわかる」

「じゃあ、きかないで」

オスカーがけらけら笑った。

「すごいね」

「でしょう」

「ほめてない」

「でも、すごいんでしょ」

「……まあ、のぼってるのはすごいけど」

「エルマー」

「なんだよ」

「ほめてる」

「ちがう」

木の上の女の子は、ちっとも困った顔をしていなかった。こわがってもいないし、あわててもいない。ただ、ふつうにそこにいる。

それが逆におかしい。

「おりられる?」

オスカーが聞く。

「おりられるよ」

「ほんと?」

「ほんと」

「じゃあ、おりてきて」

「いま?」

「いま」

「……やだ」

「やだじゃない」

 エルマーがすぐに言うと、女の子は木の上からじっと見た。

「なんで?」

「なんでって……あぶないから」

「へいき」

「へいきじゃない」

「へいきよ」

「いや、へいきじゃなさそう」

遠くから侍女たちの声がした。

「レティシアさまー!」

「おじょうさまー!」

木の上の女の子は、ちょっとだけ眉を下げた。

「みつかった」

「そりゃみつかるだろ」

「もうちょっと、だいじょうぶだとおもったのに」

「なにがだよ」

エルマーがあきれた顔をすると、オスカーは木を見上げたまま聞いた。

「なんでのぼったの?」

「ことりのおうち、みえたの」

「それで?」

「みたかった」

「それだけ?」

「あと、うえ、きもちよさそうだった」

オスカーの目がきらっとした。

「たのしそう」

「おまえはのるな」

「ちょっとだけわかる」

「わかるな」

木の上の女の子は、ふたりを見て少しだけ笑った。

「あなたたち、おもしろいのね」

「おまえにだけはいわれたくない」

エルマーが言うと、その子は不思議そうに首をかしげた。

「わたし、へんなことしてないわ」

「してる」

「してない」

「してる」

「してない」

「してるって」

「うるさい」

言い返しながらも、その子はするすると幹に手をかけた。

「おりる」

「さいしょからそうして」

「いま、そうしてるもの」

そこから下りるのは、最初の勢いほどはうまくなかった。途中まではよかった。けれど、最後のほうで靴がつるっとすべった。

「わっ」

「おい!」

「あぶない!」

ふたりは反射で手をのばした。

落ちてきた小さな体を、オスカーとエルマーがいっしょに受け止める。勢いのまま、三人まとめて芝生の上に転がった。

「いたた……」

「だからいっただろ」

「おちてないもん」

「おちかけた」

「ちょっとだけ」

「ちょっとでもだめ」

 オスカーが先に起き上がって、女の子の顔をのぞく。

「けがしてない?」

「してない」

「ほんと?」

「ほんと」

「ほんとに?」

「……たぶん」

「またそれ」

「だって、まだよくわかんない」

「だめじゃん」

女の子はぱちぱちまばたきをして、それから小さな声で言った。

「ありがとう」

エルマーは少しだけ目を丸くした。

木にのぼるようなお嬢さまが、ちゃんとお礼を言うのは、なんだかへんだった。

オスカーはすぐににこっと笑った。

「どういたしまして」

女の子は、そのままふたりを見た。

「おじょうさまって、よばないで」

「じゃあ、なんてよぶの?」

「レティシア」

「レティシア」

オスカーがすぐ言う。

「おれ、オスカー」

「……エルマー」

「しってる」

ふたりはそろって止まった。

「しってるの?」

「うん」

「なんで?」

「だって、ふたり、そっくりだもの」

「よくいわれる」

「でも、ちがう」

「ちがう?」

「うん」

レティシアは指をさした。

「こっちは、にこにこ」

オスカーをさす。

「で、こっちは、むってしてる」

エルマーをさす。

「むってしてない」

「してる」

「してない」

「してるわ」

「……ちょっとだけ」

オスカーが笑う。

「ほら」

「わらうな」

レティシアは満足そうにうなずいた。

「やっぱり、ぜんぜんちがう」

その時だった。

「レティシアさま!!」

侍女たちが駆けてきた。

「まあっ!」

「おようふくが……!」

「おけがはございませんか!?」

レティシアは、ふつうの顔で立ち上がった。スカートには草がついて、白い靴には土がついている。

「へいきよ」

「へいきではありません!」

「へいき」

「へいきじゃないだろ」

エルマーが言う。

「ちょっと、すべっただけ」

「それがあぶないんだよ」

「でも、おちてない」

「だから、おちかけたって」

オスカーは横で楽しそうに言った。

「でも、おれたちがつかまえた」

「そういうことではありません!」

侍女たちの目が今度は双子に向いた。

「オスカーさま、エルマーさまもご一緒だったのですか!?」

「ちがう」

「ちがうよ」

「あとからみつけた」

「たすけただけ」

言っても、あまり意味はなかった。

結局、双子はレティシアの木のぼり騒動に巻きこまれたまま、大人たちのところへ連れていかれることになった。

 

大人たちのいる部屋は、しんとしていた。

レティシアはまんなかに立っていて、双子はその少し後ろにいる。侍女たちは青い顔だし、使用人たちも困った顔をしていた。

大人に聞かれて、レティシアは素直に答えた。

「ことりのおうちがみえたの」

「……それで?」

「みたかったの」

「だから、のぼったのか」

「うん」

「それだけか」

「あと、うえ、きもちよさそうだった」

大人たちがそろって黙った。

オスカーが横で肩をふるわせている。笑うのをこらえているのだ。エルマーは小さく肘でつついた。

レティシアは、やっぱりしゅんとしていなかった。わるいことをした顔でもなく、ただ本当にそうだったから言っているだけの顔だ。

たぶん、この子は、ほんとうにこういう子なのだ。

そして、そのあと。

「でも」

レティシアがふり返って、双子を見た。

「オスカーとエルマーがいたから、へいきだったわ」

その一言で、部屋の空気がちょっとだけ変わった。

大人たちの目が、また双子に向く。

エルマーは思った。

いや、いたから、じゃない。

勝手に巻きこまれたんだよ、こっちは。

でも、レティシアの顔は本気だった。ほんとうに、そう思っている顔だった。

オスカーが小さく笑う。

その日は、子どもたちのいたずらということになって、強く怒られることはなかった。怪我もなかったし、大ごとにもならなかったからだ。

でも、双子にとっては、それで終わりじゃなかった。

帰る前、玄関のところで、レティシアはまたふたりを見つけた。

「また、あそぼう」

「きのぼりはだめ」

エルマーがすぐ言う。

「じゃあ、べつのことする」

「つぎもあるの?」

「あるわよ」

「あるんだ」

オスカーが笑う。

「おもしろそう」

「おまえは、ほんと……」

エルマーが言いかける。

レティシアは、そんなふたりを見て、ちょっとだけ目を細めた。

「オスカー」

「ん?」

「エルマー」

「……なに」

「やっぱり、ちがう」

「まだそれいうの?」

「だって、ほんとだもの」

オスカーは楽しそうに笑った。

「へんなこだね」

「ろくでもない」

エルマーが言う。

「でも、おもしろい」

「……まあ」

レティシアは満足そうにうなずいた。

「うん。あなたたち、すき」

あまりにまっすぐ言われて、ふたりはそろって止まった。

「は?」

エルマーが言う。

「え?」

オスカーが言う。

レティシアは、きょとんとした。

「だって、たすけてくれたもの」

「それは……」

「それに、おもしろいし」

「そこもはいるの?」

オスカーが聞く。

「はいるわ」

「そっか」

「そっかじゃないだろ」

侍女に呼ばれて、レティシアは馬車のほうへ向かった。

乗りこむ前に、くるっとふり返る。

「またね!」

大きく手をふって笑った。

銀灰の髪が、夕方の光の中できらっとした。

馬車が動き出して、それを見送りながら、オスカーが言った。

「へんなおじょうさまだったな」

「ろくでもない」

「でも、かわいかった」

「……それは、まあ」

「たのしかったし」

「……まあ」

「つぎも、たぶんなんかやるな」

「ぜったいやる」

「まきこまれるかな」

「まきこまれるだろうな」

オスカーはにこにこしていた。

エルマーは小さくため息をついた。

この時は、まだちゃんとはわかっていなかった。

今日のこれが、一回きりじゃないこと。

この先ずっと、あの子は勝手に現れて、勝手におもしろそうなことを見つけて、勝手にふたりを巻きこんでいくこと。

でも、ひとつだけは、もうわかっていた。

レティシア・フォン・アルヴェールは、たぶん、放っておけない。

そしてたぶん、それはオスカーも同じだ。

赤ん坊のころから顔は知っていた。

でも——

**“この人に振り回される人生が始まった日”**は、たしかにこの日だった。


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