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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第三章C:サイケデリック・インフェルノ

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20.少年レイディオ

(クロキシ?)

 タイロはその言葉に引っかかる。


 クロキシは、確かキーホと話している時にも出てきた言葉だ。それにエリックも、黒騎士チューニングが……とも言っていた。

 しかし、そのことに思いを馳せている時間はない。メイトの苛立った声がタイロの思考を打ち切った。

「何言ってるかわかんない。そろそろ、終わりにするからね!」

 それーっ。と明るい子供達の声が、輪唱する。容赦なく、ユーレッドに敵意と殺意が向けられる。

『ネザアス! 気をつけて!』

「言われなくても」

 ユーレッドは額の血を拭いつつ、だっと動いた。しかし、言葉とは裏腹に、ユーレッドの姿勢は攻撃体勢ではない。

 メイトは彼を嬲り殺しにしようとせんばかりに、一斉に触腕を動かす。刃のついたそれが掠めただけで、ユーレッドのジャケットが切り刻まれていく。

 しかし、今度はその触腕の嵐に、あえてユーレッドは突っ込んで行く。刃のついた触腕を、刀で弾くが、かすり傷を負いながらも、まだ彼はそれを斬り落とそうとはしなかった。

 簡単にできるはずなのに、だ。

『ネザアス!』

 エリックの声は、焦りを帯びていた。

 それは、何を考えているんだ! という非難めいたものだった。

 しかし、ユーレッドは返答しない。傷つくのも恐れず、メイトに突っ込んで行く。

 びゅっと目の前に刃が飛び込んできたのも、最小限に避けただけだった。ビリッと音が鳴ったのは、いつもの変な模様のネクタイに切先が引っかかったからだった。下三分の一が千切れ飛んで行く。

 ユーレッドの突撃は、メイトにとっても意外だったのか、メイトは少し面食らったようだった。

 そもそも、じわじわ嬲り殺しにするためには、触腕を使える距離が必要なのだ。思った通りに遊ばせてくれないユーレッドに、彼女はいらだった。そして、近づかれることにも嫌悪した。

「こっちに来ないでよー!」

 まだ少女の声を保った囚人は、彼女の顔の笑みをわずかに歪ませていった。

 そして、その少女の一部の触腕が合体し、サメの形になった。それはユーレッドの右背後から空中を泳ぐように近づいてくる。

『ネザアス! 右側だ!』

 エリックが警告するが、

「それくらい、みてなくてもわかるんだよ!」

 そういうと、ユーレッドはわざと攻撃を誘うように、ふらっと右側にふらついた。口を開けて飛びついてきたサメが、ユーレッドの右の肩口にかぶりつこうとした時、ユーレッドは右肩を振るようにして、空っぽの袖ごとサメの口に押し込んだ。

「っッ!」

 ユーレッドの側にもダメージはあったらしいが、何もない袖を盾に肩に食い込む歯を軽減したのだろう。

 そして、それが狙いであったように、ユーレッドは右肩をさらにサメの頭に押し込むようにして、メイトの本体に肉薄した。サメの頭が盾となり、メイトからの正面攻撃を防ぐ。

 ユーレッドの視線は、絶えず動いていた。いや、はじめに突撃した時から、ユーレッドの目は何かを明らかに追っている。

 それに気づいた囚人が、明らかに焦っていた。

「くぅるぅなぁあー!」

 メイトの声が明確に濁った。いや、それはメイトの口からではなく、メイトを咥えたサメの口から出ていた。その口が大きく開いてユーレッドを威嚇した。

「遅い!」

 ユーレッドは左目を見開き、憎悪を込めてそれを睨みつけた。

 その核は今は移動し、メイトの胸の奥。ユーレッドはそこで視線を止めた。

「ようやく視えたぞ、てめえの薄汚えコアがな!」

 右肩から押し込むようにして、ユーレッドは体重をのせて囚人に突っ込む。

「やめろやめろ! この娘を殺す気かああ!」

 囚人が濁った声で叫んだ。

 途端、メイトを食らっているサメの頭が大きな口を開き、ユーレッドに飛び込もうとした。

「往生際が悪いぜ! 安心しろ、ここには生存者はもういない」

 ユーレッドはそこで初めて唇を引き攣らせた。

「だからァ!」

 ユーレッドが左手の刀を握り締め、目を殺意に見開いた。

「死ぬのはてめえだけだ!」

 サメは訳のわからない咆哮をあげて、ユーレッドを飲み込もうとするように襲いかかる。

 しかし、ユーレッドは臆することなく、そのサメの顎の下から上に斜めに突き上げた。そして、一気に刺し貫く。

 ばきん、と音がして、メイトの体が軽く傾いだ。

 刀の刃先はメイトの背中から出ていたが、それはメイトには見えなかっただろう。

 誰一人の子供の声も聞こえない。それどころか、囚人は濁った悲鳴も上げなかった。

 それはあまりにも一瞬のことだった。

「あれっ?」

 メイトはぽかんとした顔になり、急に我に帰ったようになった。まるで呪縛が解けたように、それ顔は幼い美少女に戻っていた。

 それから、ふと祭壇の方にある止まったままの時計を見上げ、思い出したように呟いた。

「そうだ。創造主様に、お歌を歌う、時間だわ」

 そう呟いたが最後、メイトを食べているサメの口が崩壊した。

 それに巻き込まれるようにメイトの体が、落ちてくる。

 ユーレッドは、囚人に刀を突き刺したまま、左手で彼女の体を受け止めた。しかし、その手の中で、メイトの体は、真っ黒になってゆっくりと溶けていった。

「ごめんな」

 ユーレッドが俯いてポツリと呟いた。その声は、彼らしくなく沈痛だった。

 ユーレッドは開いたままのメイトの瞳を閉じさせるが、その顔もすぐに黒い泥になり、見分けられなくなっていった。

 ユーレッドはメイトの泥の中を探り、引き上げた。その手に小さなチップが残っていた。

 識別票だ。

 この世界の人間の体にあるという、その人間を構築するための、チップ状の情報媒体だ。

 それを手に握り締め、ユーレッドは刀を抜くと、崩れゆく囚人の体から離れた。

 彼が囚人から離れてすぐ、メイトだった囚人の巨体はぐずぐずに溶けて、そこに大きな汚泥の沼を作っていった。

「はぁ、っ、クソっ!」

 ユーレッドは、右肩を押さえて吐き捨てた。急に激痛が走ったのか、ユーレッドの顔は歪んでいた。

「だぁーから、嫌だったんだ! こういう仕事はよ!」

 ユーレッドは、苛立ち紛れにその場のパイプ椅子を蹴り上げた。

 演説台の方に飛んでいったそれは、ガシャーンと大きな音をたてた。

「嫌だったんだよ! 助かる見込みもない餓鬼の面倒見るなんざ! どうせ、こうなるってわかっていたんだからな!」

 ユーレッドは、エリックに当てつけるように言った。

「俺は嫌だって言ってたろ! こんな仕事押し付けやがって!」

 ユーレッドは、ひとしきり怒鳴りつけると、俯いた。

「……こんな、クソみてえな仕事……」

 そういうユーレッドの声が、わずかにふるえていた。ユーレッドは顔を背けていたが、涙声のようにも聞こえた。

『ネザアス……』

 エリックは、かける言葉を失っているようだった。

(ユーレッドさんは、……辛いよな)

 タイロは、ぎゅっとスワロを抱きしめる。

 ユーレッドが口ではなんだと言いながら、本当に子供に優しいのはタイロもわかってきていた。その彼が外観上、少女を手にかけるようなことをせざるを得なかったのだ。彼女を救うためだとしても。

 そして、ここには生存者はいない。ただ子供達が喰われた後の地獄を見せつけられただけ。

 だとしたら、ユーレッドは、なんのために苦労してこのオメガラインの施設に来たのだろうか。

 と、ふと、ユーレッドが呻いてバランスを崩し、膝をついた。

 サメの頭に噛まれた右肩からじんわりと血が滲み、ぽたぽたと滴り始めていた。それでなくとも、今の彼は満身創痍だ。

「くそっ。眠気が出てきやがった」

 ユーレッドはそこにしゃがみ込み、深くため息をついた。

『ネザアス、大丈夫かい?』

「……ちッ、休息を無視すりゃ、激痛が走るってか? まったく、獄卒用のチューニングってのは、本当、役に立たねえな。緊急事態の無理も効かねえとは。欠陥だらけだぞ」

『回復のためのプログラムで、休息を促されているんだ。それ自体は黒騎士の時も同じだっただろう?』

「あん時は気合いでなんでもできたろうが。まったく、痛覚遮断さえ使えればこんな……」

 ユーレッドは、深くため息をつく。

「こんなところで寝落ちしたら、一発でアウトだぞ。囚人の残骸が残ってるんだ。あいつらは共食いしにくる。寝るわけにはいかねえんだよ」

 ユーレッドの声はいつもよりさらに気怠い。

『ネザアス、少し休んだ方がいい。君なら普通の獄卒と違い、ごく短時間の睡眠でも回復する。私が起こしてあげるから』

 エリックがそう優しく勧めた。

『チューニングを変えただけで、君の体自体は黒騎士のままなんだ。獄卒達と同じ体ではない』

「ふん、黒騎士か……。その誇り高い黒騎士様が、下位互換かつ、クズしかいねえ下衆の獄卒と同じ扱いだとは。……ははっ、俺も落ちるとこまで落ちたもんだ」

 ユーレッドの自嘲混じりの皮肉に、エリックは答えなかった。

(あれ? ユーレッドさん、やっぱり普通の獄卒じゃないの?)

 元からそうではないかとは思っていた。が、どうやら、ユーレッドの場合、身分上の問題ではなく、もっと深いところで『獄卒とは違う』ようだ。

(クロキシ……、黒騎士ってなんなんだろう?)

 きっとタイロのような一般市民にはしらされないなにかがあるに違いない。

 と、ユーレッドが皮肉な笑みを消して、顔を上げた。その目が何かを察知したのだと告げている。

『ネザアス?』

 と、わずかに、うじゅと湿った音が鳴った。

 ハッとして、ユーレッドは刀の柄を握り、そちらを見た。

 そこにはメイトの分身の方の囚人の残骸があった。しかし、それが一部動き始めている。残骸は見る間に大きく膨れ上がり、黒い不定形の体をもたげていた。

『まさか! 倒したはずでは?』

「ちっ、もうひとつ核を持っていたのか! どんだけ共食いしたんだよ! あの野郎、悪食にも程があるだろ!」

 ユーレッドが悪態をついて、即座に戦闘体勢を取る。が、立ち上がりかけたところで、右肩の激痛でバランスを崩した。

「クソっ! 体が……、ついていかねえ!」

『ネザアスっ!』

 エリックが声をかけた。

 急速にアメーバのように体を膨らませた囚人は、そのままユーレッドを取り込もうと、体を広げて飛びかかってくる。

「畜生! 来いよ! 相打ち上等だ!」

 ユーレッドは、真正面から受け止める覚悟を決めて刀を握った。

 と、その時。背後からガタン、と音が鳴った。

「えいっ!」

 パーン、と銃声より軽い破裂音が鳴る。まるでパーティークラッカーの音のようだった。

 それとともにユーレッドの目の前の囚人に、ネットのようなものが巻き付いた。すぐに電流が走ったのか、暗いホールに火花が散った。

 ぎょわあああー、と囚人が濁った悲鳴をあげ、動きを止めた。

 その隙を見逃さず、ユーレッドは飛び出した。そのまま、核のある中央部分ごと、囚人を難なく斬り捨てる。

「やったあ!」

 そう子供の声が響いた。

 はぁはぁとユーレッドは息を荒げながら、声の方を見た。

 そして、驚きに目を見開いた。

 演説台が倒れており、その隣に少年が立っていた。背はかなり小さい。

 少年は何か水鉄砲のようなものを持っている。それから煙が出ているから、先ほどの破裂音とネットはそれが由来か?

「危なかったですね!」

 子供の声は続けた。

「手助けできてよかったです。さっきから演説台の陰で見ていましたが、すごくつよいんですねえ、貴方」

 少年はきわめて落ち着き払った、大人びた口調で話す。この状況下でだ。それは異常な冷静さだった。

 少年は水鉄砲のようなものを見せた。

「あっ、これは、私の作った対囚人用兵器なんですよ。一瞬ですがあいつらの苦手な音と電流を流して、怯ませるんです。オメガチルドレンの仲間には馬鹿にされていましたが、ほら、実戦でも効果がありましたよね! もっと、みんなは私の才能を認めるべきですよ」

 少年は、メイトと同じようなオフホワイトの色の服を着ているらしい。

「お、お前……」

 ユーレッドは、右肩を押さえながら呆気に取られたように呟いた。

「貴方、救援に来たという獄卒さんですか? 無線を傍受して、救援が来ているのは知っていたんですが、いかんせん、擬態した囚人が跋扈していますからね。どこまで信用して良いのかわからないものですから、すぐに出てこられなかったんですよ」

 少年は、やはり子供らしからぬ喋り方をする。

「貴方が来た時には随分、焦りましたよ。あの即席の簡易トラップ、ここにあいつらが来たらわかるようにしてあったんです。で、貴方がいきなり止めちゃったでしょ? しかも演説台の方に来るし。もしかして、私が隠れているの、見抜いてました? どうしようかと思いました」

 少年はユーレッドが話す間もなく、ぺらぺらと話す。

『き、君は、オメガラインの子かい?』

 エリックがたまらずに口を挟んで、少年に声をかけた。

「はい。オメガチルドレンと呼ばれている、この組織の信者の子供ですね。私の名前は……」

 といいかけて、少年は動きを止めた。

「あれ、変だな。名前が思い出せない」

 少年は小首を傾げつつ、やがて頷いた。

「まあこんな異常事態です。子供の私にはショッキングだったんでしょうね。きっと一時的な混乱による健忘だと思います。思い出したらお話ししますね」

 勝手に彼はそう結論づけ、エリックを見た。

「えーっと、ドローンの中の貴方は管理局の方ですか?」

『まあ、そ、そうだね』

「やっぱり! そんじょそこらの木端役人とは、格が違う感じがしますよ」

 少年は深々と頷き、

「うちの組織が、カルトと呼ばれているのは知っていますし、怪しいのも間違いないですが、こういう事態です。ここは一つ、お互いしがらみは忘れ、協力しあいましょう」

『あ、ああ。そうだね』

 流石のエリックも呆気に取られている。

 とてとて、と、少年は、言葉と裏腹に子供らしい歩き方で、こちらに歩み寄ってきた。

 張り付いていた囚人と汚泥が落ちていて、窓の光が入るようになっていた。

 それが、彼の姿を照らす。

 そこに現れたのは、まだ十にもならないだろう少年だった。

 短い黒い髪に大きな目。美少年とは言えるものの、どこか素朴で一見凡庸な感じ。オメガチルドレン達の整いすぎるほど整った美しさとは、明らかに異質だ。

 オフホワイトの上下は、オメガチルドレンの制服なのだろうが、彼は胸にティラノサウルスを模したバッチをつけている。

(えっ、えっ? 何? こ、この子、あれっ?)

 タイロは慌てた。

 こんな記憶は全くないし、自分より明らかに頭が良さそうだが、けれど、でも、これは……。

 いやいや、そんなはずはない。でも。

 皆が混乱する中、少年は黙っているユーレッドをまじまじと見上げる。

 まっすぐな視線に思わずユーレッドがたじろぐが、彼はかまわない。そのうちに何か得心したのか、目をしばたかせて、ニコッと笑ってうなずいた。

「なぁーんだ」

「な、なんだよ?」

 ユーレッドがぽかんとしたまま尋ねると、彼は笑顔で言った。

「獄卒さん、意外と若いんですね。あの子達が『おじさん』って言ってたので、もっと本当におじさんなのかと思っていたんです。なのでお顔を確認しました」

 少年は臆さず言った。

「貴方のことは、獄卒のお兄さんと言うべきです。あ、もしかしたら、失礼な言葉に傷ついたかもしれません。あの子達に変わって、私が謝っておきますね!」

「ふっ」

 ユーレッドが、思わず吹き出した。

「はははっ! はははは!」

 と、ユーレッドがいきなり笑い出した。痛みを忘れたような笑い方だった。

「お前、よく喋るな」

 彼は笑いすぎて涙が滲んだのか、左目を擦りつついった。

「昔、荒野で拾ったラジオみてえだ」

 どこかで聞いたセリフだ。

 しかし、そんなことを思い出している余裕はタイロにはなかった。

 光の中でみた少年の顔は、もう見間違えようはない。

 それは、今までタイロが生涯で一番みてきた人物の顔だ。鏡で毎日見ている、その男を子供にしただけだった。

 それを確信した時、タイロは思わず声を上げていた。

「ええっ、お、俺ぇーーー!!?」

 タイロと同時に、きゅきゅー、とスワロも驚いたように声を上げた。

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