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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第三章C:サイケデリック・インフェルノ

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21.名付けインターバル


 少年は手際良く包帯を巻いていく。

「これでよしっ!」

 ユーレッドは、テキパキと手当てする少年をぼんやりとみていた。本当に驚くほど手際が良い。

 推定年齢は七つか八つ。雰囲気が大人びているだけで、もう少し下でもおかしくない。

「一応、止血と消毒はしましたよ。でも、少し休んだ方が良いと思います」

「それは大丈夫だ。座っている間でも多少の回復はしている」

 ユーレッドは、普段からでも気だるいハスキーな声を、さらに掠れさせていた。

「本当ですか。随分だるいのでは?」

「元からだ。気にするな」

 少年はその返答を聞いて、

「でも、万年風邪っぴきみたいな気怠さがあるなあって」

「万年風邪っぴきだと?」

 ユーレッドがその言い方に、むっとなるが、少年は手を打った。

「……あっ、わかりました! なるほど、気怠い、ニヒルな大人の魅力演出ポーズですね!」

「な、なっ?」

『ふふっ』

 動揺したユーレッドにエリックが耐えきれず吹き出す。そのドローンを捕まえてぽかんと小突きながら、ユーレッドは赤面して言った。

「ちげえよ! 生まれつきだ生まれつき!」

 ユーレッドはため息をついた。

「くそ、口が悪いな。お前は」

「そんなつもりはないんですが。本当に心配してるんですよ」

 けろっと少年が答えるのに、ユーレッドは、扱いきれんと言いたげに、話を戻した。

「俺は獄卒だからな。一般人よりも回復速度が速い。出血さえ止まれば、あとはじわじわ回復するさ」

「それはすごいですね。管理局の人体改造には批判も多いですが、さすがの技術力です。あの技術、一般開示されていないのですよね。それだけのことはありますね」

 しみじみと少年は頷き、余った包帯をくるくる巻いて片付けた。

 少年は、このホールの裏から救急セットを持ち出してきて、ユーレッドの手当てをしていたのだ。まだ幼い少年なのだが、本当に異常に手際が良い。

「でも、負傷箇所も多いです。獄卒さんでも油断は禁物ですよ。ちゃんとしたところで処置してもらってくださいね」

「ああ、すまねえな」

 ユーレッドは、そう言って破れたジャケットを羽織り直し、じっと少年を見た。

「しかしなあ、お前」

「何でしょう?」

「……怖くないのか?」

「何がですか?」

 きょとんと少年は小首を傾げた。

「囚人は流石に怖いですし、貴方達も最初は怖かったですよ? そりゃあ、私も年相応に怖いものはありますよ?」

 そう言って、

「でも、そんなにお兄さん、怖がられてるんですか? 強面気にされてる?」

「あのなァ、そうじゃねえよ」

 ユーレッドは呆れて苦笑した。

「まあ、俺はお前の言う通り強面だし、怖がる餓鬼も多いさ。しかし、反対にお前みたいな怖いもの知らずの変わり者もいるから、俺を怖がらないのはまあいいんだよ、この際」

 ユーレッドは、左手で膝の上で頬杖をつきつつ、

「俺が言っているのは、お前みたいな子供が、負傷した俺の手当てなんて、よくできるなーって話だぞ。怪我人が怖くないのか?」

『そうだよね。大人でも怖いものだよ? 随分しっかりしているね』

 黙っていたエリックが、ユーレッドに同意して尋ねた。

「ああー。それなら心配無用です。オメガラインでは、オメガ・チルドレン計画参加の子供には、非常事態下における冷静な対応が訓練されています。応急処置もその一つです」

 けろっと少年は答え、救急箱を片付けていく。

「なにせ、終末時代対応の子供を作る計画ですからね。何が起こるかわからないので、常に冷静かつ的確な行動が求められています」

「かわいくねえなあ」

 ユーレッドが呆れたように言った。

「かわいくないですか?」

 む、と、少年が眉根をひそめる。

「お前じゃねえよ。そう言う考え方が、だ」

 ユーレッドは、そういいつつ、

「お前自体はかわいいぜ。こんなくそ生意気な、こまっしゃくれた口聞くガキに、愛嬌感じられるくらいだ。元々相当かわいいってことだよ」

「それは良いことです」

 かわいいと言われたのが、素直に嬉しかったのか、少年は明るい声で返事した。

「ポジティブな印象を与えることは、私にとってもメリットのあることですからね!」

 内容はユーレッドの言うとおり、激しくこまっしゃくれているが、やはりユーレッドの言葉通り、それでも少年は可愛らしかった。


 そんな様子を見ながら、タイロはまだ混乱していた。

「え、ええー、これ、俺? いや、俺はこんな頭良い子じゃなかったもん。他人の空似? オメガ・チルドレンは遺伝子いじってるって言ったし、双子みたいにそっくりな子とか絶対いると思うー。それかなあ」

 ブツクサ独り言を言いつつ、タイロは続ける。

「んー、でもー、俺はこの事件の生き残りなんだよね。いくらなんでも、生き残りに俺にそっくりな子、そんなにいるかなあー」

 スワロがその様子を見上げているのを見て、タイロは尋ねた。

「ねね、スワロさん、これどう思う? あれって俺なの?」

 そんなの、わかるわけない。何故スワロに聞く? そんなふうに、スワロがきゅきゅーと低く唸る。

 とりあえず、二人は会話の行く末を見守るしかなかった。


 少年は大人びた口調で続けた。

「それに、我々、オメガ・チルドレンが年齢不相応な言動をするのも、特に不思議はありません。私は天才の一人ですからね」

「自分で天才を名乗るとは、すげえ自信だな」

 ユーレッドが素直に感想を漏らすと、いいえ、と少年は言った。

「自信ではなく事実です。我々には、創造主αのDNAが与えられていますし、それだけでなく」

 と少年は頭を指さした。

「私たち、一部の子どもには創造主の知識や思考の癖などが与えられています」

『えっ? なんだって?』

 エリックが声を上げた。

「とある技術を使い、脳に直接書き込みを行っています」

『それは知らなかった! その技術の無許可転用は違法のはずだよ。一般に許されるはずがない!』

「カルト組織ですからねえ」

 少年は他人事のようにいう。

「もっとも、創造主αは我々に全てを与えるほど、愚かではありません。与えられた知識は選び抜かれた部分です。それに、この技術の効果は、いつまで有効かはわかりません」

 少年はそう告げる。

「大人になればどうなるか。神童と呼ばれても、二十歳過ぎればただの人もあり得るんですよ。もっとも、大人になっても、このままであることを祈っていますが」

 少年は、こまっしゃくれた、悟ったような言い方をし、自分を見つめるユーレッドに話を振った。

「それで、獄卒さん。これからどうしますか?」

「お前を連れてここから脱出する」

 当たり前だろ、と言わんばかりのユーレッドだ。

「ここに留まっていたら、無限に囚人が湧くからな。はええとこ、こんなとこからはおさらばするつもりだ」

「私も同意します。それじゃあ、この救急箱はもっていきますね。何かの役に立つかも」

 少年はさくっと切り替えて、演説台の裏から斜めがけの布の鞄を持ってきた。私物らしい。

「それに、……お前には気の毒だが、他に生存者はいないだろうしな」

 ユーレッドは少し言いづらそうに告げた。少年がほんの少し俯く。

「いえ。仕方ありません」

 今まで気丈すぎるほど明るく、いっそ冷血なのではと思う態度をとっていた少年だが、まだ本当に小さな少年なのだ。

『お友達のこと、残念だったね』

 エリックが気遣わしげにいった。

「お友達、というほど、深い人間関係ではないんです」

 と、少年は言った。

「オメガ・チルドレンは、こういう研修や発表会イベントの時には寄宿舎に一緒に泊まります。しかし、普段はそれぞれの管区での生活が多いし、そこまでお互い仲良しというわけでもないんですよ」

 少年は救急セットを、カバンに詰め込みつつ言った。

「個人的な感情は、揉め事のもとになるということもあり、仲間意識以上の友人関係を築くことは好ましいこととされていません。だから、議論をかわしたりはしますが、友人とは……。……まあ、今回はそれで、良かったのかもしれません。いくら私でも、仲良しの子が消えてしまったなら、悲しいでしょうから」

 少年は、言い訳のようにそういう。

 一見そっけないようでいて、それには悲しみがこもっている。自分でいうほど、少年が冷徹なわけではないのは、彼の手の震えでわかる。

『そうか。君の組織は随分厳しいんだな。流石に管理局もそこまでのことはないんだが』

 エリックが慰めるように言った。

「ふん、昔の上層アストラルも大概だったがな」

 ユーレッドが揶揄するようにいう。そして、少年に向き直った。

「オメガラインってのも、大変だな」

 ユーレッドがそう言った。

「俺にはその是非はわからねえし、肯定も否定もしねえが、なかなかお前らも気をつかうよな。気の毒だぜ」

 これは、流石に子供の扱いになれたユーレッドらしい。その言葉は、今の少年には救いであったのだろう。少年は安堵したようになる。

「獄卒さんは、顔に似合わず優しいですね」

「別に、そんなことねえよ。俺は本気でそう思っているだけだぜ」

 これは本当かもしれない。ユーレッドが特定の思想に肯定も否定もしないのは、彼のスタンスを考えればなんのおかしなこともない。

 ユーレッドは、本当に各々勝手にすれば良いと思っているフシがある。自分を曲げることもない代わりに、他人も自由にすれば良い、というようなフリーダムな男なのだ。彼にとっては力こそ正義が信条だった。

 その是非はこの際置いておいて、エリックがこの任務にユーレッドを選んだのは、そういう意味でも的確だったということだろう。

『でも、名前が思い出せないのは困ったねえ』

 エリックがそう言った。

「ああ。さっきここに落ちていたプログラムでも、お前の名前のところは判別できなかったからなあ。記録した端末が動けばいいんだが」

 完全な紙のプログラムは他にもあるかもしれない。しかし、ユーレッドがメイトとの戦闘をした今では、はじめに入ってきた時と違ってあちらこちらが汚泥で汚染されて、さらに混迷を深めている。これで目的の紙切れを探すのは、かなり骨が折れそうだ。

「うーん、一時的な健忘だと思うのですが、両親や出身地はじめ、他のことはほとんど覚えているんですけれどね」

 少年はこんなはずでは、とばかりに可愛らしく小首を傾げる。

「ちょっとそのあたりの端末を漁ってみます。生きているのがあるかも」

 そういって、周りを探しに行く。タブレットはほとんど壊れているが、まだ無事なものもあるかもしれない。

『ああ、気をつけてね』

 エリックは少年にそう言って、ユーレッドを見上げた。

『大丈夫とは言っていたが、半時間でも眠ったほうが良いよ、ネザアス。無理ならせめて十五分でも……』

 エリックはそう声をかけかけて、ユーレッドの顔が曇っているのをみた。

『ネザアス? どうしたの?』

「エリック、まだ気づかねえか?」

 少年との距離を確認して、声が届かないのを確認する。

「名前を忘れるってのは、……よくある汚染の初期症状なんだぞ」

 エリックにだけ聞こえるようにそう呟く。

「メイトもそうだったろ? 書き換えは名前を奪うとこから始まる。個体差があって、自己愛の強い獄卒みてえなクソ共はまた違うんだが、俺の経験上、子供の場合にそれが顕著なんだよ。名前から忘れさせられる」

『あの子が汚泥に汚染され、感染していると?』

「可能性はある。ここにいて、あの小僧だけ無事で済むわけがない。しかし、今ならまだ大丈夫だ。お前のレーダーでも俺の感覚でも、重大な汚染は感じられねえ。まだ時間はある。だが、早いところ除染してやらねえとな」

 ユーレッドは、そう言ってため息をつく。

「だから、俺は寝ている場合じゃねえんだよ」

『それはそうだけど』

 エリックが言葉少なになる。

「ふん、安心しろ。回復にはこうやってダラダラ喋るのも効果的なんだ。痛みより眠気を飛ばすほうが問題だからな」

 ユーレッドはそう言って、いつもの電子煙管を取り出し、カートリッジを選んで装着すると、すうっと吸い始める。ふーっと煙を吐くと、ユーレッドは少し落ち着いた顔になった。

 やるべきことの整理がついたという表情だ。

「あ、お兄さん。ここは禁煙ですよ」

 不意に少年に見咎められる。ユーレッドはニヤッとした。

「大目に見てくれよ。さっきまで我慢していたんだ。お前の教育には悪いとは思うが、コイツの煙は水蒸気だ。お前に害はない」

 一応、先ほどまで使わなかったのは、ユーレッド側の配慮もあったということらしい。

「本当ですか?」

『少年、彼のこれは煙草じゃないよ』

 エリックが助け舟を出してきた。

『吸引式サプリメントを、カッコつけて煙草のように吸っているだけなんだ』

 エリックがまじめくさって余計なことを言う。ん、とユーレッドがエリックを睨んだ。

『お行儀が悪いのは許してあげて……わぁっ!』

 エリックが言い終わる前に、ユーレッドに叩かれてバランスを崩した。

「ちッ、今日は随分いらねえ冗談を言いやがる」

 そんな二人を見て、少年がくすりと笑う。

「お兄さんたち、お役人さんと獄卒さんなのに、仲良しなんですね」

「は? 仲良しだと? 冗談キツいぜ!」

 ユーレッドは露骨に嫌な顔をする。

「こんなヤツと仲良しなわけねえよ。ひっでえ腐れ縁だ」

『そこまで言わなくても良くないかい?』

 エリックは、心外だと言わんばかりだ。

『仮にも我々は、同じ外見モデルを持つ兄弟みたいなものだよ。ドレイクほど直接の兄弟ではないけど、兄のつもりなんだがなあ』

「うるせえなあ。俺はお前のこと兄貴だと思ったことはねえよ」

(えっ、なんかいきなり意外な情報入った! なになに? T-ドレイクとユーレッドさんが兄弟ってのは、前に聞いたけども、このエリックって人何者?)

 サラッと二人の会話の中に知らない情報が混ざり、タイロは困惑しながらも興味津々になる。

 しかし、その話題はユーレッドの無情な一言で打ち切られた。

「で、名前はわかったか?」

「それがー……、端末が壊れていて。かろうじて、私が作ったこのプレゼン用の発明品に手がかりがあるだけですね」

「手がかり?」

 ユーレッドが軽く煙を吐きながら、咥え煙草で歩み寄る。そこには、先ほどの水鉄砲のような対囚人用兵器やセンサーつきのスピーカーなどが並んでいた。

「私がプレゼンしている時に襲撃されたので、この辺りのものを手にしたまま、演説台の下に隠れられたんですよ」

 少年は、それについてあるティラノサウルスのロゴを指差した。それは例のTYと泰の漢字があるロゴのついたシールだ。そういえば、少年もオフホワイトの制服の胸にそれをつけている。

「これは私の作品のトレードマークなんですよ。名前と関わりがあったはずです」

「ほう、それじゃあ、TYがイニシャルってことか?」

「あっ、それは違います」

 少年はさらっと否定する。

「TYはタイラントです。恐竜ロゴも含めて、TYRANTっていう有名なクラッカーにあやかりました! 私は彼のファンなんですよねえ」

『あー、やっぱり。フカセさんの信奉者かあ』

 エリックが予想通りというようにうなずく。ユーレッドは面白くないとばかり、肩をすくめた。

「またあの社会不適合者のファンかよ。何が良いんだか」

「彼は社会不適合者には違いないですが、一人でsystem-Tyrantを作ったんですよ。憧れちゃいますよね。あ、でも、この泰の字は多分私の本名からとっていますよ。そんな気がします」

 そういうと、ユーレッドが興味深そうにそれを覗き込んだ。

「へえ、それじゃあ、ヤスとかタイとかそういう読みが入りそうだな」

「多分そうかなーと」

 でも、と少年は顔を上げた。

「これ以上、どうやっても思い出せないんですよ。しかし、名前がないと不便でしょう? お兄さんに小僧呼ばわりされるのもなんか癪です」

「癪なのかよ」

 ユーレッドが苦笑した。

「そこでですが」

 少年はそっと提案した。

「良かったら、獄卒のお兄さんが、私に名前を決めてくれませんか?」

「俺が?」

 面食らってユーレッドが、一瞬きょとんとした。

「ええ。自分では決めきれなくて、これも何かの縁ですしね」

 そう言われてユーレッドは、思わずニヤリとした。

「ははは、お前、見る目があるなあ。俺は随分、子供に名前をつけてきたが、本人から直接つけてくれとねだられたのは、そうそうないことだぜ」

「えっ、お兄さん、もしや、名付けのプロなんですか?」

「ああ、まあな。俺なら、一瞬でそいつにぴったりの名前を選べる」

 ユーレッドが急に得意げになる。

『ネザアスは、色んな子に名前をつけてきたからね。確かにお目が高いよ』

 自分よりユーレッドが選ばれたことに、ややしょんぼりしているエリックに対し、ユーレッドが横目で彼をみながら明らかに上機嫌になった。相変わらず、こういうところは子供っぽい。

「短い間の名前だが、お前にはもったいねえくらい、かっこいい名前をつけてやるよ」

「お願いします!」

 ユーレッドは、にやあっと笑う。

「そうだなぁ、ティラノサウルスのロゴと、ちょっと癪だがTYRANTが好きな件。それにTY……」

 自分をわくわくと見上げる少年の頭に手を置いて、ユーレッドは言った。

「そうだ、決めたぞ。お前の名前は——」

 

 その時、ふっと目の前の映像がとろけるように混ざり、闇に溶けていった。

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