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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第三章C:サイケデリック・インフェルノ

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19.異形ガッデス-2


 冷たい張り詰めた空気が漂っている。

 みているだけのタイロも、まるで金縛りにあったように動けない。

 異形のメイトには、それだけの圧がある。

『ネザアス』

 エリックの小さな声が聞こえる。

『ネザアス、彼女はもう無理だ。辛いだろうが攻撃に転じよう』

「うるせえ、黙ってろ」

 間髪入れずに。しかし、低い声でユーレッドが制止する。だが、エリックはひるまない。

『最悪、識別票の回収さえできれば、彼女らを復元し助けることができる。子供の泣き声だって、本当は彼らの声じゃない。囚人の戦術だと知っているじゃないか』

 ちらっとユーレッドが無言でエリックを睨む。

『ここにはもう生存者はいない。それは、君がよくわかって……』

「黙れ、エリック! 叩き潰すぞ! 素人は黙ってろよ!」

 とユーレッドが声を荒げた時。

 目の前のメイトが、どろどろの体から触腕を複数本伸ばした。それは鋭利な刃物の形をした先端の着いた細いものだった。

「お話ししてないで、あそぼう!」

 メイトの声と共に、一斉にそれらがユーレッドに向かう。

「ちッ!」

 ユーレッドは刀を構えるが、攻撃体勢ではない。

 全てをかわしきれないのはわかっているので、刃先のついたそれを受け流すためだ。

 実際、ユーレッドは飛び込んできたメイトの触腕の鋭い側を刀で弾く。それは見た目通りの硬度があり、ぶつかった程度でメイトが悲鳴を上げることはなかった。

 しかし、だからと言ってユーレッドが思う存分戦えるわけではない。かわせることがわかっただけだ。

 容赦なく襲ってくる触腕の群れをかわし、受け流し、ユーレッドはメイトから距離を取ろうとする。しかし、いくらかは完全には避けきれない。刃のついた触腕が、ユーレッドの肩先やスーツの裾を掠めると、それが小刻みにちぎれる。

 彼の着ているジャケットは、ただのオシャレなジャケットスーツというものではなく、戦闘服基準の強靭さと機能を持ち合わせているため、それでもかなりダメージは防がれているが、時間稼ぎになっているだけだ。

『ネザアス!』

 姿勢を低めて攻撃から逃れ、ホールの反対側に向かう。そんな彼にエリックが警告を発した。

『僕の言っていることがわからないのかい? だとしたら、君は冷静さを欠いている!』

 ユーレッドは、ついてくるドローンをキッと睨んだ。

「うるせえな! 囚人についてはお前よりも俺の方が詳しいんだ。黙ってろ!」

 ユーレッドは苛立ったように言った。しかし、エリックは聞かない。

『君が、あの子を助けたいがっているのはよくわかっている。けれども、君だって本当はわかってるんじゃないのかい?』

 エリックは、彼にしては珍しく畳み掛ける。

『あの子はもう無理だ!』

「だからうるせえって言ってんだろ!」

 ユーレッドは苛立ったように怒鳴りつけた。

「どっちにしてもな! こういうやつをやるには、一撃で勝負をつけなきゃいけねえんだ!」

 エリックを振り払うように言いながら、ユーレッドは歯噛みした。

「今はまだ、俺にもコアがどこにあるか見えてねえ。核が複数あるって言っただろう。こいつは、少なからず二つはあるはずなんだ。本体の方と、窓に張り付いている分身の方にな」

 ユーレッドは、目の前に迫った刃を弾きながら走る。

「その核を破壊しなければ、どのみちどうにもならねえ! 見極めなければならねえんだよ!」

『しかし!』

 エリックが反論する。

『かと言って、君にそれをする時間があるとでも!? 反撃して逃げ道を開く方が現実的だ!』

 振り回される触腕がユーレッドの頬をかすめ、赤い血が滲んだ。

「そんな簡単な話じゃねえっ!」

 ユーレッドは怒鳴り返した。

「あの娘を切り離すにしろ、切り離さないにしろなア! とにかく、コアを突き止めて一撃でとどめまで刺すのが、こういう囚人との戦闘のセオリーなんだ。それ以外で逃げ切れるほど、こいつらは甘くねえ! その方法しかねえんだ!」

 ユーレッドの強い口調に、エリックは圧倒されてしまう。

 と、その時。

「なに喧嘩してるの? おじさんたち!」

 再びメイトの笑い声が聞こえる。

「そんなことしてると、捕まえちゃうよ!」

 さらに多くの触腕が彼を、そしてエリックのドローンを襲ってくる。

 いつのまにか、窓に張り付いている分身の方からも、ユーレッドを目指して触腕が伸びてきていた。

 しかし、そちらの方は先には刃物が付いていないが、太くなっており拳のような打撃用の武器のようだ。

 それはそれで食らうとただでは済まないが、本体の触腕より動きがやや遅く、ユーレッドは自分に向けられるその拳をうまくかいくぐる。

「分身の方は……、おそらく、こいつが取り込んだ別の囚人が元になっているはず」

 ユーレッドが攻撃をかわしながら、ボソリと言った。

「融合がそれほど前でないなら、そいつのほうが与し易い」

 ユーレッドはエリックに聞かせるようにいうと、ふと、靴音を立てて、左足を踏み込んで急角度にターンする。

 突き込まれる触腕を紙一重で避け、ユーレッドは背後にいる分身の方に肉薄していく。

 分身の方は、不定形のスライムなどに近い。

 一般的に囚人は、なんらかの形を作っているものの方が厄介だ。メイトはああなるまでに、相当の人間も囚人なかまも食べていたはずだから、こちらの方は取り込まれた囚人に違いない。同化が進んでいないことや、分離して動いていることを考えると別に核があると思って良い。

 ユーレッドは相手の懐に飛び込みつつ、目を光らせた。

たぞ! 一つ見つけた!」

 ユーレッドはそう吐き捨て、目の前から襲う触腕を払い除けるように体を傾がせ、そして、飛び込む。まっすぐ正確にその場所に突き込んだ。

 どこが中心かわからない囚人だ。真ん中でもなく、なんの目印もない場所。そこをユーレッドは全身の体重をかけて倒しながら貫く。

 バキッという何か割れるような音がした。

 核は囚人の体を絶えず移動している。しかし、一瞬、油断したかのように僅かに体表に近いところに浮き上がることもある。そういう時に「視えやすくなる」とユーレッドは前にタイロに話していたことがある。その一瞬を見逃さず、破壊することで、労力を少なくやつらの相手をすることができるとも言っていた。

 だが、囚人のまとう汚泥の肉は厚い。それを貫き通し、斬り捨てるのは、よほどの怪力の人物が力任せにやるか、ユーレッドのように技術で斬るかのどちらかなのだった。

 囚人の濁った悲鳴が轟いた。

 しかし、それは先ほどまでの子供達の多重の悲鳴とは違う。

 ユーレッドはガッと刀を押し込むと、核の割れたのを確かめ、仕留めたことを確信して素早く離れた。

 ユーレッドの背後に迫っていた触腕が溶けて床に落ちていく。ユーレッドが先ほどいた場所に、黒い雫がどろっと崩れて落ちた。

「きゃああああー!」

 メイトの声が聞こえた。

 しかし、分身が倒された時の痛みによる悲鳴とは違った。

 その悲鳴は恐怖ではなく、怒りを伴うものだったからだ。

「なんてことするの! 酷い!」

 メイトはあどけない顔を怒りに歪ませた。それでも彼女は女神のように美しい。

「なんでこんなことをするの?」

 メイトは理不尽な仕打ちに怒っているようだった。

 つづけて、

「おじさんにはお仕置きが必要だね!」

「よくもやってくれたね!」

「お前も同じようにしてやる!」

 複数の子供達の声がそれに続く。

「ゆるさない! 本気を出さなきゃね」

 メイトが冷徹な声で告げた。

 ユーレッドは、ゆらっと立ち上がりつつ、ふっとため息をついた。

「残念だが、鬼ごっこは終わりだぜ。おちびさんたち」


 ユーレッドは、いつもみたいに笑みを浮かべていない。それはいわゆる戦闘狂のケのあるユーレッドとしては異常事態だ。

 いつでも不利な状況を楽しむような、あのユーレッドが、今日は終始余裕がない。

 あまつさえ、追い詰められているとも言える。

 一方、対峙するメイトは明らかに余裕だった。

 高さ二メートル弱、横幅も同じぐらい広がり、後ろの方に長く三メートルほどの巨体だ。

 分身を入れなくてもここまで大きい。そして、倒された分身の体の汚泥を早速取り込み始めている。さらに肥大化していく。

 それは、ユーレッドが核を探すのが難しくなることを示している。

 ユーレッドが、クイーン個体だというのは伊達ではないのだろう。

 タイロも何回か、彼のハンティングを見たことはあるが、ユーレッドは相手が防御力の高い硬い大きな個体である場合、何度か核の周辺を削るよう、同じ場所に攻撃する。

 そして、最終的にやれるとなった瞬間に、一撃で核を破壊することが多かった。

 しかし、メイトには、これは使えない。

 それを使ってしまうと、メイトと子供たちの悲鳴が轟くことになってしまう。

 ユーレッドは、まだそれを避けようとしている。メイトを傷つけることができないのだ。

「死んじゃえ!」 

 メイトの攻撃は、宣言通り遠慮がない。

 無数の触腕にはやはり刃物がついており、それを縦横に振り回してくる。

 ユーレッドは振り下ろされる触腕を、なんとか紙一重でかわす。しかし、先ほど背中を殴られているせいか、痛みが走るのか少し動きが鈍っていた。

 一瞬、動きが遅れたのを、メイトは見逃さない。ざわっと襲ってくるのを、持っていた刀で弾きながら床に転がって追撃をかわす。

『ネザアス、後ろだ!』

 エリックの警告が発せられた。

 その瞬間、エリックのドローンが後ろから勢いよく吹っ飛ばされる。

「エリック!」

 ユーレッドの背中の右側、そこからぶわっと黒い刃が迫ってくる。ハッとユーレッドがそれを勘付いたが、遅い。

 その瞬間、背中の右側からユーレッドの肩を引き裂いた。

「くっ!」

 続けて追撃が来てユーレッドのジャケットをかすめ、布が破れる。

 なんとか刀で受け流すが、流しきれずいくらかかすり傷を負ったようだ。

「ぐ、っ!」

 よろめいたところを刃のついていない部分でドンと押され、ユーレッドは前のめりに転んだ。

「そっかあ」

 メイトがにっこりと笑った。それはあまりにも無邪気な笑みだった。

「おじさん、あのおもちゃがなかったら、右が見えないんだねっ」

 メイトはそのまま嬲るように、ユーレッドを前後左右から襲う。死角の右側から集中的に襲われるのは、さすがのユーレッドも不利だ。

 なんとか致命的な攻撃は弾き返すが、メイトは弄ぶように小刻みに攻撃を繰り返す。

「それに右からなら防ぎようもないんだ。あははっ」

 メイトが嘲笑い、今し方、刃を受け流したばかりのユーレッドに、死角側から重たい打撃を叩き込む。

「がはっ!」

 そのまま床に叩きつけられるユーレッドに、メイトは勝ち誇るように言った。

「なんだぁー。それならそこから、攻撃すればいいんだぁー」

 およそメイトのような子供が言うとも思えないセリフだ。聞いているタイロも思わずぞわりとする。

「てめえ……」

 ユーレッドが低く唸るように吐き捨て、膝を立てて起き上がる。


 先ほど叩きつけられたエリックのドローンが復旧したのか、再び浮上し、ユーレッドの側に近づいてきていた。

 ユーレッドの足元に額と肩から流れる血が、黒いしみを作り始めている。

『ネザアス、大丈夫かい』

「エリック、俺の痛覚を遮断しろ!」

 ユーレッドが鋭く言った。

 ユーレッドが、痛覚遮断できることは、タイロも知っている。マリナーブベイに来たばかりの頃、幻肢痛を止めるためにスワロに痛覚を切らせていた。

 獄卒にも一部そうした肉体改造をしている人がいるらしい、とは、タイロも知っているが、ユーレッドの神経回路は、やはり普通の獄卒とも全く違いそうだ。

 時々、ユーレッドが口にすることがあるように、彼はどことなく人工的で機械的なところがあるのだ。

「動きが鈍ってきやがった。全部接続切れ」

『それは無理だよ。一部だけの痛覚遮断はできる。努力はするが』

 ユーレッドが驚いて聞いた。

「は? 痛覚全遮断なんざ、昔からやってることだろ? なんでできねえ」

『今の君は黒騎士でなくて、獄卒としてのチューニングをしてある。全ての痛覚を切ると、それだけの攻撃を受けたと誤認し、意識がブラックアウトする』

「なんだと! 使えねえな!」

 エリックに、ユーレッドが舌打ちした。

 獄卒は受け止めきらない大きなダメージを受けると、失神してしまう。

 そういう仕様なのだとタイロも説明を受けていた。それを応用したのが、対獄卒用ショックウェイブなどの獄卒制圧兵器だ。

『幻肢痛を抑えるのに、その設定が都合が良かったんだ』

「チッ、頼んでもねえのに、勝手に人の体の設定いじりやがって!」

 ユーレッドは顔を上げた。

 メイトの周りでは、囚人の体を構築する汚泥がうねうねと変化をし続けている。

 様々な動物や虫の部位のようなものを作りながら、彼女は慈悲深く微笑んだ。

「おじさん、追い詰められてるよねー。もう楽になっちゃえば?」

 それは天使のような声だ。

「ねえ、しつこい抵抗はやめて、楽園で暮らそう」

 そういうメイトの胸あたりが、いつのまにか黒く染まってきていた。そして、タイロにも、わずかに天使のようなメイトの声に、わずかな濁りがあることがわかった。

 ユーレッドが、それに気づかないはずはない。

「そうか」

 ユーレッドは左目を細めた。

 ユーレッドの視線の先には、メイトの胸の辺りの黒い染みがある。普通の女の子の姿のメイトだが、その体の肌が少しずつだが黒くなっている。

「一縷の望みにかけていたが、お前はもう手遅れだったんだな」

 ユーレッドは薄くため息をついた。

「可哀想にな。メイト。お前はもうとっくに、喰われちまっていたんだな」

 ユーレッドは痛む体を引き起こしながら、しかし、悲しげな目をしていった。

「俺が、せめて後一時間、いや、半時間早ければ……。今となっては、詮ないことだ」

 ユーレッドの独白のような呟きだった。

「こうなっちまったら、もう俺の力ではどうしようもない。……メイト、俺には、お前を安らかに眠らせて、お前の最後の尊厳を守ってやることしかできねえんだ」

 ユーレッドは、目を伏せた。そして静かにつぶやいた。

「……許してくれよ」

『ネザアス……』

 エリックがボソリとつぶやく。

「なにいってるのー?」

 メイトは何も聞かなかったように、にこにこと微笑んでいる。

 と、ユーレッドが突然顔を上げて、ギラリと彼女を睨みつけた。

「いい加減にしろよ! この畜生が! カマトトぶりやがって! 本性はとっくにわかってんだよ!」

 ユーレッドは捲し立てた。

「てめえら下衆のやり方を俺が知らないとでも? ……舐められたもんだぜ」

「あははっ」

 不意にメイトの声が濁り始めた。

「だとしても、おじさんは攻撃できないよー。私たちが痛がるのは本当だもん。……ニンゲンは優しいからね」

「ふざけるな!」

 ユーレッドは、ギリっと歯を噛み締めた。

「……俺は、囚人狩りのプロなんだぞ……。てめえのような、擦れ切った小狡い囚人のやり方なんざあ、百も承知だ。餓鬼どもの悲鳴程度で、俺が手を出せないようなメンタルを持っていると思っているとしたら、見込み違いだ。大間違いだぞ!」

 ユーレッドは、メイトを睨みつけた。

「良いだろう! 思い知らせてやる! 真の囚人狩り(プリズナー・ハンター)、黒騎士の実力をな!」

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