その9 剣鬼、ロシエル・デア・ドレクセン
「いやはや、大した方でございましたよ。デア・ドレクセン様は」
と、エライア氏は語った。
レーデルたちはフェルデンのとあるオリーブオイル商のもとを尋ねていた。
ギルドに問い合わせてみたところ、デア・ドレクセンなる人物はエライアというオリーブオイル商に用心棒として数日間雇われていた、という話を聞いたからである。
「つい先だって、夜盗に店を襲われたとうかがってますけど」
「さようでございます。同業者で組合を作ろうという話になっておりまして、手前共の店にはそのための資金が集まっておりましたのでね。その金の匂いを嗅ぎつけられたらかなわん、とギルドを介して人を雇った具合でございますけれど、いやはや、デア・ドレクセン様をよこしていただいたのは大当たりでしたね」
「その人が夜盗どもを追い払ったんですか」
「その通りでございます。あなたもギルドの方なのにご存じない?」
「同じギルドメンバーと言っても、個人で稼ぐのが主ですからねえ。あまり知らないものなんですよ」
「ははあ……」
わずかながら、エライア氏は不審げな面持ちを見せた。なにかよからぬ目的のために話を聞きに来たのではないか、とふと疑いを覚えたのだろう。
何か言いつくろわなきゃ、とレーデルが慌てかけた時、
「ここだけの話なんだけど、ボクたちはギルドの覆面調査員でね」
ショールからルーティが顔を出し、話をでっち上げた。
「時々、顧客満足度調査のために、クライアントにあとから話を聞いているんだ。聞いた話はギルドの上層部に上がるから、もしあなたがデア・ドレクセンの仕事ぶりに満足しているのなら、もっと話を聞かせてくれるとありがたいね。きっと彼のギルド内での扱いもよくなることだろう」
「そういうことでございますか。ならば……」
エライア氏は納得した風だったが、それ以上に、ルーティに驚きの目を向けていた。
ほどなく、氏はレーデルの正体に気づいた。
「……というかもしかして、噂の変態勇者様でいらっしゃる……?」
「変態でも勇者でもないけれど、噂の人物であることは認める」
努めて冷静に、レーデルは語った。
エライア氏は安堵の笑みを浮かべた。
「さようでございましたか! 冒険者としてご活躍中だとはうかがっておりましたが、そういうことでしたか。わかりました、信用して良さそうですね」
「それはどうも。それで、デア・ドレクセンの働きぶりですが……」
「鮮やかなお手並みでございましたよ、それはもう」
「その場に立ち会っておられたんですか?」
「夜中に話し相手を務めていた折に、夜盗どもが乱入して参りましたのでね。私などは恐ろしくて、自分の身を守るので精一杯でしたが、用心棒先生は立派に働いてくれましたよ。既に半月ほど前のことになりますが、今でもついさっきのことのように思い出せます」
過去を思い出して宙をさまようエライア氏の目は、さながら美しい芸術品を見るかのようだった。
「用心棒って、たった一人だったんですよね? 夜盗の数は?」
「五人か六人はいたでしょうか。いきなり裏庭に乱入してきたところを、先生は剣一本で立ち回り、次々と叩きのめしていったんです。随分変わった剣をお使いでしたよ」
「変わった剣とは?」
「白木の鞘に収まった、一見ただの長い木の棒に見える得物をお持ちでしてねえ」
「……なんだと」
突然レーデルの顔が青ざめる。その変化は、対面しているエライア氏のみならず、セレナたちも思わずレーデルを見返すほどだった。
「どうしたレーデル? なんか思い当たることでもあるのかよ?」
「いや……エライアさん、話の続きを」
セレナに声をかけられ、しかしレーデルは心ここにあらずという調子で応じ、エライア氏を促す。
戸惑いを覚えながらも、エライア氏は話を続けた。
「……何がすごいってあの方、すぐには剣を抜かないんですよ。鞘のまま、全体の中程を右手だけで握って、胸の前で水平に差し伸べたんです。おかしな構えだと思ったんでしょうね、夜盗どもは勢い込んで先生に斬りかかりましたよ。ところが先生がスッスッと身体をかわすと、夜盗どもの剣はスカスカッと空ばかりを切って、先生が鞘を振ると面白いようにバカスカ当たるんですよ。しかもいちいち急所を打っているようで、盗賊どもは叩かれるたびに悶絶しておりましたねえ」
「剣を抜かず、鞘のままで戦ったんですか」
「さようでございます。一通り叩きのめして、夜盗どもが戦意を失ったところで、先生は言ってやったんです。『今すぐ尻尾を巻いて逃げるなら、命だけは見逃してやる』なんてね。ところが馬鹿にされたと感じたんでしょうなあ。夜盗どもは最後の力を振り絞って先生を襲いまして」
「でも返り討ちにされた……と」
「先生、とうとう抜刀なさいまして。一振りごとに血の雨が降るという、それは凄惨な光景でしたよ。四人まで斬り倒したところで、残りの連中は血相を変えて逃げていきました。斬られた連中はほぼ即死でしたねえ」
「なるほど……」
「あえて言うならば、後顧の憂いを絶つためにも、残り二名もきっちり始末して戴きたかったですが、それは望みすぎというものでしょうな。当方は十二分に満足しております」
言葉に違わぬ笑顔でもって、エライア氏は話を締めくくり、別件に移った。
「ところで……手前共、隊商護衛の件も冒険者ギルドの方に依頼しておりましたが……?」
「えっ? あ、俺たちはその件も兼ねて来たんです。コグナックへ向かう隊商を護衛して欲しいとの依頼でしたよね?」
コグナック。フェルデンから南東方向にある、同盟都市の一つである。
フェルデンからコグナックへ至る街道は、五十年以上前、大魔王軍が東方侵略のために利用したルートでもある。
そしてその先には、ル・ロアンがある。コグナックはル・ロアン最寄りの都市なのである。
「あなたが受けて下さるんで? これは助かりますねえ。あなたの冒険の噂はうかがっておりますよ。先だってはホルスベックの大騒動を収めてみせたとか……」
「そんなこともありましたねえ。まあまあ、任せて下さいよ」
「ありがたいお話です。出発は三日後の予定ですので、当日の朝方に改めてお越し下さい」
「わかりました。……あと、調査の件はご内密に。誰にも言わないで下さいよ」
「心得ております」
エライア氏は自分の口を二度叩いた後、深々と一礼して、レーデルたちを店外に見送った。
「……で、レーデル。話の最中に変な声出したのはなんだったんだよ?」
ギルド方面へ戻る道を行きながら、セレナがレーデルに問いかけた。
「デア・ドレクセンって野郎に心当たりがあるんだな?」
「ある」
正直に、レーデルは答えた。
「エライアが言っていたあの太刀筋……師匠のに似ている」
「師匠だと……?」
セレナとアルケナルが、驚きの目をレーデルに向けた。
「この間言っておったな。敬虔なサイナーヴァ教徒とかなんとか」
ジークルーネが口を挟む。
「教会から派遣された勇者に命を狙われている、とはアレクトから聞いていたが……そなたの師匠までよこしたというのか」
「ありうる話だ。サドワにヨランに師匠……俺への嫌がらせとして最高のメンバーを選びやがったな、枢機卿!」
と吐き捨ててから、レーデルは冷静に疑問を述べる。
「なんで師匠がデア・ドレクセンなんて名前を名乗っているのかがよくわからないけど」
「偽名じゃないの……と、そう言えば、シアボールドが、デアドレクセンは亡国の王子だ、とか言ってなかった……?」
アルケナルの指摘に、レーデルははっと息を呑んだ。
「言ってた。師匠が亡国の王子だなんて聞いたことないぞ」
「とすれば、デア・ドレクセンとやらは、そなたの師匠と流派を同じにする別の誰かではないのか?」
ジークルーネはやや楽観的な可能性を語り、
「いや、ボクは枢機卿の嫌がらせ説を採るよ。きっとデア・ドレクセンとやらは君の師匠で、偽名を使う亡国の王子だ」
ルーティは厳しい意見を口にする。
レーデルは真剣に悩んだ。
「と言っても、よく考えてみたら、師匠の過去なんて知らないしなあ。師匠が亡国の王子である可能性、なきにしもあらず、か……?」
「君の師匠のお名前は?」
「ロシエル・ダーウェントと名乗っていた」
「それ、当たりだろ!」
セレナが声を上げた。
「ギルドで話聞いてる時、事務員が持ち出した登録書類をチラ見したんだよ。たしかそこに『ロシエル・デア・ドレクセン』って書いてたぜ!」
「マジか! 決まりじゃないか!」
レーデルは苦い顔で天を仰いだ。
「最後の刺客は師匠かよ……! 枢機卿の野郎、どんな手を使いやがったんだ!」
「亡国の王子って情報が本当なら、察しがつく。亡くした国を再建させてやるとかいう線だろう」
ルーティの言葉に、ジークルーネが首をひねる。
「ありそうな話だが、枢機卿とやらにそこまでの権限があるのか?」
「例として言ったまでさ。実際のところは当人に聞かないとわからないだろうよ」
「……ルーティの言うとおりだ」
レーデルは手を掲げ、発言した。
「デア・ドレクセンなる人物が、俺たちのことを嗅ぎ回るにあたって、まったく自分の足跡を消そうとしていないのは妙だと思っていたけど、正体が師匠なら納得できる。ハナから隠す気なんて無かったんだ。ということは、『話がしたい』ってのは、額面通りに取っていいはずだ」
「額面通り?」
「一旦話し合いを持つまで対決する気はないだろうよ。だったら、俺にもそれを拒絶する理由はない。一度会って、本当に師匠なのか、何のために俺を殺しに来たのか、確かめなくちゃ」
「本気で言っておるのか」
やや動揺した面持ちのジークルーネに、レーデルは大きく頷いてみせた。
「個人的事情に付き合わせてしまって申し訳ない。でもこれは対処しなきゃならない問題だ。俺は師匠と接触して、対決を回避する方法を見つける」
「対決を回避する? 打ち倒してみせる、とは言わぬのか」
「言えない。真剣勝負に持ち込まれたら、俺には勝ち目がない。さっきのエライア氏の話、聞いただろ」
レーデルはジークルーネのみならず、セレナとアルケナルにも見せつけた――己の顔に浮かぶ、怯えの表情を。
「あの人は剣鬼だ。生半可な俺ごときが勝てる相手じゃない。だから、どうにかして戦わずに済む手を見つけるしかないんだよ」




