その10 挟み撃ち対挟み撃ち
荷馬車の長い列が、森に囲まれた丘を抜ける街道を進んでいる。
エライア氏をはじめとした、フェルデンの商人たちが共同で組んだ隊商である。荷馬車の内容はオリーブオイルのみにあらず、雑多な商品が積み込まれている。そして、多量の金貨なども。
隊商の護衛についているのはレーデルたちを含めて十人超。護衛を雇うコストは決して低くはないが、盗賊に襲われて商品をまるごと失う可能性を思えば、安いものである。
レーデルたち四人は、荷馬車の列の先頭のさらに先を行き、偵察役を務めていた。
レーデルとしては、手慣れた仕事の一つである。街から街へ移動する時などに何度もこなしてきた経験があり、今さら改めて構えることもない。
しかし、ジークルーネはそうではなかった。
「ジークルーネ。そんなに気を張っていると、疲れるぞ」
ジークルーネはレーデルたちのさらに二歩ほど先を行き、やたらと道の先に注意を配っていた。右を見て、左を見て、くるりと振り向いて隊列との距離を測り、また右を見て……という調子である。
「予は別に緊張してなどおらんぞ。ただ、ちょっと注意深く斥候役を務めようと思っているだけだ」
と言い返したジークルーネの肩を掴んで、レーデルは無理矢理横に並べた。
「そこまで気合いを入れることはない。護衛の仕事で気をつけるべきことはたった一つ、護衛対象と歩調を合わせるってことだけだ」
「そういうものなのか?」
「君には初めての仕事だから、少し丁寧にこなしてやろうという気持ちは分かる。でもそんな風にチョロチョロされるとうっとうしくて仕方が無い」
「チョロチョロしているように見えるのか」
「見える。だからどっしり構えろ。いかにも歴戦の戦士という風に。強そうっていう雰囲気が抑止力になって、盗賊どもは襲撃を諦める。未然に防ぐのが一番いいんだよ。対象は襲われず、俺たちも血を流さずに済む」
「勇者のくせにずいぶんと安全志向な意見だな」
「剣を振らずに済むなら、それに越したことはない」
「そんな調子でいざという時戦えるのか……?」
「いざという時はやるしかない。護衛が何人ついていようとお構いなしに襲ってくる奴らもいるからな。そういう奴らには抑止力もクソもないし、戦うまで。その時に備えて体力は温存するべきなのさ」
「さよか……」
やっとジークルーネは納得したようで、以降もレーデルたちと歩調を合わせ続けた。
「ところで……デア・ドレクセンとは会えなかったわね……」
アルケナルが別の話題を振った。
隊商の護衛として出発するまで、三日ほど待ったが、結局デア・ドレクセンからの接触はなかった。
「どうするつもり……? コグナックで待つ……? フェルデンに戻る……? それとも……」
「コグナックで少し様子を見るつもりだけど、何もないならル・ロアンに行く」
と、レーデルは心を決めていた。
「ジークルーネを預かってるんだ。そっちが優先だろ」
「すまんな。予の申し出はタイミングが悪かったか?」
ジークルーネの言葉にレーデルは肩をすくめ、
「そんなことはない。ある意味ではいいタイミングだったとも言える。師匠との対決後に俺が生きているとは限らないしな」
そう語ってから、大きくため息をついた。
「つまらない冗談だ。忘れてくれ。俺はなにがどうなろうと生き延びる。天国に召されるのは今から百年後の予定だ」
「天国に行くつもりなのか……」
「勇者様が天国に行けないってんなら、誰が天国に行けるのよ」
レーデルは堂々と言い切った。ジークルーネは呆れ顔を隠そうともしなかったが、気にしない。
やがて隊商の行く手にトンネルが現れた。壁のようにそびえる斜面に貫かれた暗い穴がぽっかりと口を開けている。比較的短めのようで、その奥には白い光が見えた。
トンネルの出入口は、盗賊達が待ち伏せるのに絶好のポイントの一つである。警戒して、先頭を行く隊商リーダーが全体に停止を命じた。
「先行偵察をお願いしたい」
と、隊商リーダーはレーデルに指示した。太り気味の壮年男性だったが、ここまで徒歩で隊商を率いている割に、息一つ切らしていなかった。
「了解です。行こう」
指示に従い、レーデルたち四人はトンネルに足を踏み入れた。
ややひんやりとしたトンネル内に異状は無く、レーデルはあっさりとトンネルの向こう側に出る。
一見、入口側と変わらない山奥の風景が広がっているだけに思えたが――
「……匂うぜ」
「待ち伏せね……」
セレナが鼻を慣らしつつ呟き、アルケナルも同意する。
一人、ジークルーネだけは何も感じ取っていなかった。
「なんだと? 何故分かる?」
「こういう稼業を続けていると、殺気というか、気配みたいなものが感じ取れるようになる。構えとけ」
レーデルはそう答えつつ、アルケナルに視線を投げた。
応じてアルケナルは炎の精霊を召喚。大きな炎の玉を前方空高くに投じた。
炎の玉は放物線の頂点ではじけ飛び、辺り一帯に炎の雨を降らせた。地に積もった枯れ葉枯れ枝が一挙に燃え上がり――
「……うあああ――ッ!?」
あちらこちらから、盗賊達があぶり出された。木の幹や茂みの陰に隠れていた盗賊達が、たまらず飛び出す。
「シグルーンはアルケナルを守れ! 行くぞセレナ!」
「おうよ!」
レーデルは指示を下し、セレナとともに一気に飛び出した。
仕掛け方は完璧だった。敵が罠を敷いていたところを、逆にレーデルたちが奇襲をかける格好に逆転してみせたのである。
「そらぁぁ――ッ!」
一番手近にいた盗賊に、レーデルは斬りかかる。
相手は着衣に火がついて浮き足立っている最中で、受けて立つ余裕もなかった。戦意を喪失し、背を向けて全力で逃げ出す。
去る者は追わず、レーデルは次のターゲットへ迫る。
「野郎、よくもやってくれたな……!」
次の盗賊は、着衣に焦げ目を負いつつも、体勢を立て直して長剣を構えていた。戦意を見せ、レーデルに駆け寄ってくる。
剣と剣が交わるより手前で、レーデルは斜め下から切り上げた。
完全に的外れな一振りに、盗賊は余裕を見せたが――
「!?」
ビチャア! と突然顔面に飛沫をかけられ、思わず目をつぶる。
魔剣ナイトフロストを切り返し、レーデルは盗賊へ斬り下ろした。
目を閉ざした瞬間を正確に狙われては、受けようがなかった。一撃を浴び、盗賊はその場に崩れ落ちた。
「死にてー奴からかかって来やがれ!」
道の反対側では、セレナが次から次へと盗賊達をなぎ倒していた。
素早いストレートで敵の身体を折る。
大上段からの斬撃を寸前で見切り、カウンターのハイキックを叩き込む。
左のガントレットで斬撃を受け止めつつ、右のナックルとキスさせる。
足を踏みつけて怯ませ、足をすくって転ばせ、渾身の踏みつけで無力化する。
盗賊達は数こそ多いものの、練度は低かった。得物を持っていながら、誰一人としてセレナの格闘術に叶うものはいない。
不利を悟った者が一人、二人と逃げ出すと、あとはあっという間だった。こんなところで痛い目に遭うのは割に合わない、と散り散りに逃げ去っていく。
逃げる者を追うことはせず、レーデルは剣をしまいかけ――まだ、アルケナルが放った炎が少しばかり残っていることに気づいた。
「こういう時に便利だよな、この魔剣……」
炎がくすぶっている場所に近づいては、魔剣を一振りして水を浴びせ、消火していく。
あらかた消火し終わったところで、レーデルは後方を振り向く。
ジークルーネとアルケナルが待っている――と思いきや、ジークルーネの姿が消えていた。セレナがアルケナルから話を聞き、驚いた様子を見せる。
セレナは慌ててレーデルを手招きした。
「おいレーデル! 後ろの方も襲われてるってよ!」
「なんだと!」
ほどなく、トンネルの奥から荷馬車が飛び出してきた。こちら側に逃げてきたのだろう。
(トンネルの前後から挟み撃ちにする作戦だったか……! そしてジークルーネが援軍に行ったな!?)
そう悟って、レーデルは駆け出した。
「二人はこっち側で逃げてきた荷馬車を守れ!」
とセレナ、アルケナルに指示し、レーデルは一気にトンネルを駆け抜けた。
押し寄せてくる荷馬車の列とすれ違いながら、トンネル入口側に飛び出る。
乱戦が始まっていた。隊商の後尾を守るべく、護衛達が盗賊達と剣を交えている。
その数は、レーデルたちが対処したのよりはるかに多い。どうやらこちらが本隊のようである。
そして、隊商を守って剣を振るっている者たちの中には、ジークルーネもいた。
「はああっ!」
斬りかかってきた盗賊の剣を下から跳ね返し、素早い反撃を叩き込む。
盗賊は顔面を斬られて大きくのけぞり、そのまま倒れた。
トドメを刺すべきか否か、ジークルーネはしばし迷っていたが、けっきょく追い打ちは必要ないと判断し、一歩退いた。
そのタイミングで、レーデルに気づく。
「おう、レーデル! 手を貸してくれ!」
その顔から普段の余裕は消えていたが、少なくとも本物の血を見て怖じ気づいている様子はなかった。
(実戦の戦力として頼りにして良さそうだな)
と頼もしく思いつつ、ジークルーネの言葉に応じようとして――
「……なんだ……?」
ふと、妙なものが視界に入った。
レーデルたちがやってきた道の向こうから、一人の男性が駆け寄ってきていた。
盗賊の援軍か、と一瞬思ったが、違った。
その男は一気に突撃してくると、盗賊達の背中から斬りかかったのである。
いや、「斬りかかった」という表現は不正確だ。
というのも、その男の得物は長い棒のように見えたからである。
さらに正確に言えば、剣を収めた白木の鞘だった。
「! おいレーデル、あれは……!」
気づいたジークルーネが、はっと息を呑む。
男は白木の鞘を華麗に振り回し、次から次へと盗賊達を打ち倒していった。
その容姿、その所作、立ち回り。その全てが、レーデルの記憶と一致していた。
「間違いない……あれはロシエル先生だ……!」




