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その8 試される大魔王


「ジークルーネはコールプルテを個人的に知っているのかな?」


 コールプルテの居住地たるサンドクラム村に入る直前、ルーティが質問を投げた。


「知らぬ」


 村とその周辺に広がる田園風景をさも珍しげに眺めながら、ジークルーネは応じた。


「予が幼い頃に会ったことはあるかもしれんが、実質知らぬ者同士と言ってよかろう」

「だったらどうする? 素直に身分を打ち明けるのか?」


 レーデルに問われて、ジークルーネは懊悩の表情を浮かべた。


「正直に打ち明けたいところだが、そうも行かぬよな。コールプルテが信用できる相手だとしても、秘密は意図せず漏れるものだ」

「その辺はジークルーネの判断に任せる。俺たちは話を合わせる」

「そうさな。それでは、予は大魔王の使いということにするか」

「だったら『予』はやめろよ。さっきみたいなカタコトもだめだぞ」


 からかうようなセレナの忠告に、ジークルーネは鋭い視線で答える。


「わかっておるわ。さっきはいきなりのことで言葉に詰まったまで。……私は大魔王の使いのシグルーン。私は大魔王の使いのシグルーン……」

「その調子だ。本当にそう思い込んでしまうまで繰り返せ」


 適当なことを言っているうちに、レーデルたちはサンドクラム村に足を踏み入れていた。

 都市の近郊にあり、都市に食料を供給する、なんの変哲も無い村である。小規模で、街道沿いに農家が広く距離を取って並んでいるのみ。フェルデンに近すぎるせいか、旅籠の類いもなさそうだった。


「コールプルテさんの家? 行けばわかるよ!」


 村人に道を尋ねると、そんな言葉が返ってきた。

 実際その通りだった。農家の列の一番奥に、明らかに農家とは思えない家屋があった。門柱や家の外壁に蔦状の植物が這い、その合間に妖精の像が複数配置されているのである。

 かなり目を惹く建築物でありながら、周辺環境と比して浮いているわけでなく、調和している。これが美術家のセンスというやつか、とレーデルは感心した。

 そしてその美術家は、庭先で畑を掘っていた。ふとレーデルたちに気づくと、頭をもたげて笑顔を浮かべる。


「おや! 誰かと思えば、珍しい顔じゃないか」

「久しぶりだな、コールプルテ」


 金色の髪、涙滴型の瞳孔を持ち、彫像のように美しい女性魔族、コールプルテは作業を止めて、足早にレーデルたちに近づいてきた。


「これはうれしいね。セレナにアルケナルも元気そうだ。で、こちらは……?」

「シグルーン。パンデモニウムの方から来た。大魔王の使いである」


 堂々とした態度を取って、ジークルーネは詐称した。


「はーん。大魔王の使い? すると君たちは……」


 コールプルテはレーデルに目を向ける。


「ご明察。彼女の護衛でここに来た」

「なるほどなるほど」


 しかる後、コールプルテはジークルーネをじっくりと観察した。頭のてっぺんからつま先まで、さらに周囲をぐるりとめぐって背中にも見入る。


「なかなかかわいい子じゃないか。大魔王も人を選んだものと見える」

「さほどでもない」


 ジークルーネは平静を装いつつ、まんざらでもない風だった。

 そこへコールプルテが冷や水をぶっかける。


「浅ましい意図が透けるようだな。このボクに仕事をさせるため、まずは美少女をよこして懐柔するというわけか」

「な……何を言うか! 私は……いや、陛下はそのような意図を持って私をよこしたわけではないぞ!」

「本当かな?」

「私は生まれついての美少女なんだから仕方ないだろう」


 胸を張って、ジークルーネは言い切った。

 コールプルテは鼻で笑う。


「それは認めよう。で、陛下がボクに何の用かな?」

「陛下はマスクをご所望でおられる。大魔王の名にふさわしい威厳を持ち、従う者全てに景仰と崇敬の念を、逆らう者全てに畏怖と聳動の念を与える逸品をな。コールプルテ殿であれば陛下の希望に添えるものを成すことができる、と考え、本日訪問した次第である」


 立て板に水を流すごとく、ジークルーネは語った。


(こういうのをやってのけるあたり、身についた教養は隠しようがないってのは本当だな)


 とレーデルも思わず感心する。

 が、コールプルテの反応は違った。


「フッ。見た目にこだわるなんて、そこが二世大魔王の限界というやつかな」

「なんだと!」


 かっと目を見開いたジークルーネに対し、コールプルテは挑発の姿勢を隠さない。


「二世殿は、大魔王の座を与えられたことをよほど引け目に思っておられるのだろうね。そうでなければ、威厳を見た目に頼ろうなどと考えるはずがないじゃないか」

「何を言うか! 私……の主は既に魔王たちの挑戦をたびたび退けておるぞ! なのにそんなことを言うか!」

「その件は知ってるよ。だからこそ、さ。自分が大魔王の座を占めるにふさわしいと自負しているのなら、わざわざマスクを作らせて見た目を飾るなんて発想には至らないはずだ。ま、ボクを指名するセンスだけは賞賛に値するけどね」

「貴様……! むぐぐぐ……!」


 ジークルーネは爆発寸前に至っていた。普段の白い顔がびっくりするほど赤くなっている。

 そのすぐ横で、レーデルは顔を真っ白にしていた。


「いやー……コールプルテ、その辺にしておいた方がいいんじゃないのかなあ? 陰口を叩くのは良くないような気がするよ? 特に大魔王相手なんて……」

「フッ。もしかして、ボクの文句を君が逐一報告するのかな?」


(目の前にその大魔王がいるんだよ!!)


 レーデルは全力でそうツッコミを入れたかったが、できるのは控えめに警告することまでだった。


「俺がそんなことするわけないだろ。でも、人の口に戸は立てられないとか言うじゃないの」

「かもしれないね。とはいえ、遠く魔界の空にいる大魔王を恐れて口をつぐむなんて、ボクの流儀じゃないんでね。箱入り娘だの世間知らずだのと言われているし、いつまで大魔王の座を守れるやら……」

「ハッ! 今の大魔王がいつ追われるかも分からないから、さっそく次の大魔王に媚びを売っておこうとでもいうハラか!?」


 とうとうジークルーネはキレた。びしっとコールプルテを指さし、まくしたてる。


「結構だ! 貴様なぞに依頼しようと考えたのがそもそも間違いだったのだ! そなたの意志を尊重し、先程の依頼は取り下げる! 勝手にこの片田舎で芸術活動とやらに励んでおれ! それではな!」


 そしてコールプルテの返事も待たず踵を返し、足音も高らかに歩み去っていった。


「あ、おい、待ちなって!」

「短気はいけないわよ……シグルーン……!」


 セレナがコールプルテを追いかけ、アルケナルも続く。

 レーデルもジークルーネを追おうとするも、コールプルテがレーデルの肩を捕まえた。


「待ちたまえ。君に話がある」

「いやちょっとそんな場合じゃ……」

「あの子、大魔王陛下だろ?」


 その発言に、レーデルは思わずコールプルテの顔を見返した。


「……気づいてたのかよ!」

「会ったことはないが、パンデモニウムで遠巻きに見たことはある。あんな美少女、忘れるわけがないだろ」

「…………」


 ジークルーネは既に見えないところまで去っていた。セレナたちに任せるか、とレーデルは妥協し、コールプルテに問う。


「なんで知らないふりをしたんだよ」

「そっちが正体を伏せたいように思えたからね。話を合わせたのさ」

「だったらなんであんなに大魔王の悪口を言ったんだ」

「からかいたくなったからに決まってるだろ」

「なんて性格の悪い奴」

「後ろでセレナは腹を抱えてたぞ。笑い声を漏らさないよう必死に耐えていた」

「マジか。セレナの奴……! 俺は生きた心地がしなかったぞ」

「それは悪かった。まあまあ、気に入ったよ。大魔王陛下のことは」

「本当かよ」

「大魔王たる者、バカにされて黙っていてはいけない。苛烈さこそ、大魔王に一番ふさわしい装飾だ」

「予想以上に怒らせてしまったから、『実は試させてもらった』なんて後付けで言ってるんじゃないだろうな?」

「そんなことはない。マスクの依頼は喜んで引き受けると伝えてくれ」

「今さらジークルーネが受け入れるかなあ」

「君がボクを必死に説得したってことにしたまえ。さ、早いとこ陛下のもとへ――」


 レーデルを送り出そうとするコールプルテだったが、


「あ、いや、ちょっと待ってくれ。君に個人的に伝えたいことがある」


 ぐい、とまたもレーデルの肩を捕まえた。


「おまえは俺を行かせたいのか留めたいのか、どっちなんだ」

「すぐに済む。実は君のことを聞きに来た来客がいたんだ」

「なんだと……?」

「デア・ドレクセンという男だったんだが」


 レーデルの顔に不安と苛立ちの色が走った。


「どんなことを言っていた?」

「先の美術館での一件について聞いて来た。ギルドで情報を仕入れたんじゃないのかな。ボクは適当に答えておいたよ。……君を追っている勇者の一人かな?」

「おそらくそうだ」


 頷くレーデル。レーデルが勇者に追われている件を、コールプルテは知っている。


「その後レーデルがどこに行ったかは全く知らない、と告げておいた。半月くらい前だったかな。気をつけることだ」

「大いに助かる。ありがとう」


 礼を言った後も、不安は抜けなかった。

 デア・ドレクセンなる謎の男がじわじわと距離を狭めてきている。

 近辺にまとわりついているのはただの蚊なのか、あるいは邪悪な瘴気のごとく危険な存在なのか、はっきりしないところが気味が悪い。


「向こうがこっちを調べてるなら、こっちも向こうを調べるべきか……?」


 ふと、レーデルは思った。向こうがギルドを介してレーデルにつきまとっているのなら、こっちがギルドを介して向こうにつきまとい返すこともできるはずだった。

 敵との接触を誘発する危険性はあるが、対決が不可避であるのなら、それまでに敵の情報を集めておいた方がいい。ジレンマではあるが、心を決めるべき時かもしれなかった。


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