その7 腕におぼえあり
「こちらの方が試験官を務めます」
ギルド事務員の女性は、ギルドの裏庭に一人の男性を連れてきた。
スキンヘッドにして精悍な顔つきの壮年男性だった。年齢的には現役を引退していてもおかしくないというところ。顔に刻まれた複数の傷跡は、彼が歴戦のベテランであることを物語っていた。
「これはこれは。わざわざ大物にお出ましいただいたってところかな」
レーデルが呟くと、事務員は即座に言い返した。
「いえ、たまたまそこにいた方を連れてきただけです」
「ノウルズだ。俺のテストを受けたいというのは誰だ?」
男は太い声で挨拶し、じろり、とジークルーネをにらみつけた。
ジークルーネはその視線を堂々と受けて立った。
「予である」
「予?」
ジークルーネの言葉遣いに、ノウルズは妙な顔を見せる。
慌ててレーデルはジークルーネの耳元に口を寄せた。
「『予』はやめろ。頭がおかしい奴だと思われるぞ。あと言葉遣いを崩せ」
「急に言われても困るぞ。予の流麗な言葉遣いを簡単に捨てられると思うのか」
「いいからやるんだよ」
助言に従うことを強いられ、ジークルーネは逡巡し、何度か口をパクパクさせた後、やっとの事で言った。
「……シグルーン、試験、受ける」
片言だった。
やや離れていた場所で見守っているセレナが噴き出す音が聞こえてきた。
それを無視し、ジークルーネは事務員に問いかけた。
「テ……テストの中身、どんなのだ?」
「ノウルズさんと軽く立ち会っていただきます。できるだけ本気の実力を見たいですけど、怪我はないようにしてくださいよ?」
そう説明し、事務員は軽めの武具防具をジークルーネに勧めた。
ジークルーネはヘッドギアと革手袋を装着し、木剣を手に取った。
「これでいい。テスト、する」
レーデルから数歩離れ、一人でノウルズと相対する。
ノウルズも既にテスト用の武具を身にまとっていた。広く間合いを取って、ジークルーネへ木剣を向けた。
裏庭には、ギルドメンバーとおぼしき男女が十数人ほどいた。それぞれ鍛錬に打ち込んだり、世間話に興じたりしていたところ、対決の空気を敏感に感じ取って、二人に注目する。
衆目を集め、満足げな表情を浮かべながら、ノウルズはジークルーネを誘った。
「いつでも打ち込んでこい。生半可な攻撃には、きつい反撃をくれてやるぞ?」
などと言いつつ、柄を両手で握り、大上段に構える。
対してジークルーネは――
「……それでは」
ぎっ! とノウルズを凝視して、構え始めた。
右足を前に、木剣を中段に構える――と思いきや、その先端が横に流れる。
ジークルーネはゆっくりと木剣を横に倒していき、しまいにはその先端をまっすぐ地面へ向けた。
右手は固く柄の上端を握り、左手は柄尻に軽く添える。
瞬き一つせず、強烈な目力でもってノウルズを捉え、制する。
(なんだ、この構え……? 一応、下段の構えでいいのか……?)
レーデルも初めてお目にかかる構えだった。
異様な体勢と、ジークルーネが放つ剣気――というか妙なオーラとが相まって、不気味な殺気を放っている。
「……ぐぐぐ……!?」
ノウルズは、プレッシャーを受けていた。先程までは余裕のスタンスだったのに、今は明らかに気圧され、脂汗まで流している。
それはギャラリーも同様。誰もが空気に飲まれ、声を失っていた。
じりり、とジークルーネが歩を進める。いまだに瞬き一つせず、ノウルズをじっと見つめながら、間合いを詰める。
対して、ノウルズはじりりと引いた。おそらく、ジークルーネの木剣が届く範囲を見切れておらず、無意識のうちに退いたのだろう。
が、引いたことを自覚すると、ノウルズは焦り、動いた。
「……そやぁぁぁぁ――ッ!」
裂帛の気合いを放ち、大きく踏み込むとともに大上段の木剣を振り下ろす。
ジークルーネは小さく身を横に滑らせ、木剣を振り上げる。
二本の剣は交差――しなかった。
ノウルズの木剣が空を切る一方、ジークルーネの木剣はノウルズの右腕前腕を寸止めに捉えていた。
「…………!!」
ノウルズは目を剥いた。
ジークルーネの木剣は、ノウルズの腕を捉えると同時に、その剣先にノウルズのみぞおち付近を見据えていた。
「……参った!」
ノウルズは気を緩め、静かに身を引いた。
それを見てから、ジークルーネも一歩退き、木剣を持ち替えて、腰の鞘にしまうふりをした。
「これでどうかな?」
問われて、事務員ははっと我に返った。ジークルーネの剣技に完全に見入っていたのである。
「……あ、えっと! 合格ですよ当然! いやあ、大したものですね!」
「まったく、驚いたなこいつは。その剣、一体どこで習った?」
ノウルズも驚きを隠さず、素直に問いかけてきた。
「それは教えるわけにはいかぬ……」
とまで言いかけて、ジークルーネは口調が元に戻っていることに気づいて、
「教えない。シグルーン、秘密」
片言に戻した。
事務員は明らかに妙に思っている風だったが、深く突っ込んで聞くつもりもなさそうだった。レーデルに目を向け、別件の話題を持ち出す。
「ところで……レーデル・クラインハイトさんですよね」
「そうですが、なんですかね?」
「デア・ドレクセンという方をご存じですか?」
「は……?」
突然出てきたその名に、レーデルは色めき立った。
デア・ドレクセン――レーデルを追う五人目の勇者の名前のはずである。ギルド事務員がその名を口にするとは、不意打ちを食らった気分だった。
「……知っていることは知っていますけど」
「先日、そちらの方から問い合わせがありましてね。機会があれば会いたい、とおっしゃってましたよ」
「会いたい? 会いたいだと?」
(何をナメたことぬかしてやがるんだ?)
瞬時にレーデルはむかついたが、怒りを事務員にぶつけるのは間違っていると悟り、無表情を装う。
「失礼しました。その男は……男ですよね?」
「はい、男性でした。直接窓口にいらっしゃいましたよ。よそのギルドでメンバー登録済みなそうで」
「いつ頃の話です?」
「半月くらい前でしょうか? ギルド仲介の仕事を一つ二つこなしたあと、よその街に向かったみたいです」
「ははあ……」
五人目の勇者、すなわち五人目の刺客もすぐそばに迫っているらしい。レーデルは寒気を覚えた。
ただ、「会いたい」というのはどういうことなのか。
冷静になって考えてみると、謎だった。
単純に捕まえて対決したい、というのであれば、そんな問い合わせをするだろうか。ギルドを利用するなら、ニセの仕事を持ち込んでレーデルを指名する、というやり方もあるだろう。
(額面通りに解釈すべきなのか? としても、俺と会ってどうする? 戦う以外に何か目的があるのか……?)
レーデルは当惑する。
とはいえ、手がかりなき当て推量ほど無益なものはない。デア・ドレクセンが謎の人物である以上、考えるだけ無駄だろう。
「……教えてくれてありがとうございます。こちらで対処しますよ」
事務員に謝意を示した後、レーデルはジークルーネを迎え、セレナ、アルケナルとも合流した。
少しの間、ジークルーネはノウルズと言葉を交わしていたようだ。ただ、現在ノウルズはぽかんとした表情を浮かべてジークルーネの背を見送っていた。
だいたいのところを察し、レーデルはノウルズに笑顔を向けて手を振った。
「すいませんね! こいつ、田舎者なんで、色々常識がなってないんですよ!」
「おまえは予を田舎者扱いするのがそんなに好きなのか」
レーデルをにらみつけるジークルーネに対し、ルーティがショールから顔を出して言った。
「全てジークルーネのために決まっているじゃないか。田舎者だのイモ娘だの呼ばれている子がまさか大魔王だなんて、誰も信じないだろ?」
「それを名目に、予を馬鹿にして楽しんでいるようにしか聞こえんのだが」
「馬鹿にするなんてとんでもない。ジークルーネを守るため、心を鬼にして田舎者呼ばわりしているんだ」
レーデルもルーティの話に乗った。
「というかさっきの剣術はなんなのよ。真剣にすごかったんだけど」
「フッ。武芸は一通り仕込まれたと言ったであろ。ことに剣は、ラガンが魔界一の使い手とされる方を予につけてくれたおかげだ」
「そんな人がいるのかよ。俺も一度手ほどきを受けてみたいもんだ」
(そしてあのトンチキな構えを編み出すに至った経緯を知りたい)
心の底から、レーデルは思った。
「そういや、レーデルにも剣の師匠がいるんだろ? 今まで聞いたことなかったけど」
不意に、セレナが質問を投げてきた。
思わずレーデルは苦い顔をした。
「まあね。……まあね」
「どうした? まずいこと聞いた?」
「いや、そうじゃない。剣の師匠は敬虔なサイナーヴァ教徒だったことを思い出してなあ。今の俺を見たらどんな反応を示すか……」
レーデル、セレナ、アルケナル、そしてルーティの視線が、一斉にジークルーネを刺した。
ジークルーネは口を引き結び、不快そうな表情を作った。
「大魔王のお守りをしていると知ったら、卒倒するか?」
「師匠は卒倒はしないだろう。代わりに俺を卒倒するまで叩きのめすと思う」
「気にすることはあるまい。今の予はただの田舎者、イモ娘ではないのか? 知らせねばいい」
不機嫌そうに、ジークルーネは吐き捨てた。




