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その13 報われざるもの


「……レーデルさん!!」


 鋭い声。

 レーデルは真横からの体当たりを食らって吹き飛ばされた。


「んぐぁっ!?」


 完全な不意打ちに、レーデルは派手に転倒した。一体誰が、と体当たりをかけてきた相手を見返して、


「……アレクト!?」


 銀髪の魔族の女性の姿をそこに見いだした。


「ヨランさんを殺してはいけませんよ!」

「なに……?」


 レーデルはアレクトから身体を離し、立ち上がった。


「邪魔をしないで……!」


 ヨランもどうにか上半身を起こして、アレクトに声を投げた。


「私はレーデルに負けたのよ……! 敗者としての報いを受けなくてはならないわ……!」

「そのようですねえ。でもそもそも、あなたがレーデルと戦う必要なんてなかったんですよ」


 気の重そうな顔つきで、アレクトはヨランに向き直った。

 ヨランは鋭い視線でアレクトを見返す。


「父を救うにはレーデルを倒さなければならない! それの何が悪いのよ!?」


 対して、アレクトは困惑の表情を浮かべた。


「その認識が間違いですよ。私、帝都に潜入して調べてきたんです。あなたのお父上のルース・ヤシンバラについて」


 少しためらってから、アレクトは思いきって言った。


「ルース・ヤシンバラは数ヶ月前に亡くなっています」

「……は……」


 ヨランの目が大きく見開かれる。

 アレクトはさらに説明を続けた。


「表向きは病死ということになっていますけど、情報を総合するに、獄中で拷問死したみたいですね。遺体にはひどい傷跡が残っていたとか……こんなことはあまり言いたくないんですけど、あなた、騙されていたんですよ」




「それ、本当なのか……!」


 レーデルにとっても、にわかには信じがたい情報だった。アレクトの肩を掴み、その真偽を問いかける。


「間違いないです。結構な数の関係者にあたりましたし、ルース氏の拷問死はほぼ公然の秘密のようでしたので」

「……ウソ……」


 ヨランが震える声を漏らした。

 見やれば、ヨランは顔面蒼白になって、アレクトを凝視していた。


「ウソよ、そんなの……父さんが死んだなんて……!」

「残念ながら、ウソじゃないんですよ。お疑いになるなら、今すぐ本国の方に問い合わせてみるべきですね。もっとも、察するに、あなたをいいようにこき使うために情報を伏せていたのではないかと……」


 アレクトの指摘にはっと気づいて、ヨランはフィデルに顔を向けた。


「ウソです!」


 半ば裏返った声で、フィデルはすぐさま言い返した。


「そいつの言葉はあなたを動揺させるためのウソですよッ!」


 と語るフィデルの方が、明らかに動揺していた。

 その姿を見て、ヨランも悟らざるを得なかった。

 父は既に死に、フィデルはその事実を伏せていたのだ、と。

 がくり、とヨランは肩を落とした。


「なーるほどねえ。だいたいわかった」


 ルーティが場の空気を読まずに口を開く。


「教会の奴らは、ヨランを騙して働かせたんだな。父親の命を救うなんて空手形を渡しておいて」

「俺を殺したところで、ヨランの父親が助かる目なんて最初からなかった……」


 レーデルは強烈な虚脱感を覚えた。

 ヨランとの対決を考えて、毎日悩みに悩み抜いたというのに、結局の所、教会のウソという手の平の上で踊らされていただけだったのである。


(とはいえ、俺はまだいい。失うものはなにもなかったんだから……)


 真に怒る権利を持っているのは、父を思う心を数ヶ月にわたってもてあそばれたヨランである。

 レーデルはフィデルに目を向けた。


「あんた、ヨランに情報を伏せていたな……?」


 フィデルは何も答えず、ただ焦りの色を見せながら二歩、三歩と後ずさる。

 レーデルが更に質問を重ねようとしたところ――後ろから肩を掴まれた。


「質問は私がする……」


 ヨランだった。激痛に顔を歪めながら、それでも傷ついた二本の足で立っていた。


「おいヨラン、その足じゃ……!」


 心配するレーデルを押しのけて、ヨランは暗い眼光をフィデルにぶつけた。


「フィデル……あなた、知ってたのね……?」


 刺突剣を握り、一歩一歩確実に、フィデルとの距離を詰めていくヨラン。

 フィデルはもはや、怯えの表情を隠そうともせず、


「こ、来ないで下さい!」


 腕を一振りして、炎の精霊を喚び出した。

 行動をもって、問いへの答えを示したようなものだった。


「それが答えね、フィデル……!!」


 全身炎に包まれたかのような怒気を発しつつ、ヨランは震える左拳を突き出した。

 絶叫。

 怒りの雄叫びを放ちながら、ヨランは己の身を竜巻に変えた。

 カーブを描く軌道で炎の精霊の横を回り込み、フィデルの背後で実体化。


「ひっ!?」


 フィデルは慌てて剣を抜き、ヨランに斬りつける。

 しかし刃が届くより先に、ヨランの左手がフィデルの腕を捕まえていた。

 もはやヨランは何も言わず、ただ純粋な殺意だけを視線に乗せ、フィデルを見据えた。


「……わ、私はっ! そんなっ……!?」


 フィデルの弁明は、竜巻の轟音にかき消される。

 二人を巻き込んだ竜巻が、真横に走り抜けた。

 近くの森へと飛んでいき、巨木に衝突する――寸前、フィデルの身体だけが竜巻からはじき出された。

 その向こうには、おあつらえ向きに鋭く突き出た太い枝。

 フィデルには抵抗の余地すら与えられず――

 鋭い枝が、あっさりとフィデルの胸を貫いた。


「……がっ……!」


 わずかに遅れて、派手な吐血。

 フィデルは全身でもがいたが、空をかくのみ。

 ほどなくその四肢はぐったりと垂れ下がり、彼が召喚した炎の精霊は消え去る。

 竜巻化を解除したヨランは、両脚を地面に滑らせながら着地した。

 フィデルがはやにえのごとき姿を晒したのを確認し――


「……ぐうぅぅっ……!」


 うめき声を上げながら、その場にへたり込んだ。


「……アレクト! アルケナルでもいい! ヨランの足を治してやってくれ!」


 叫びながらレーデルはヨランのもとへ駆け寄ろうとしたが、


「……来ないで!」


 ヨランはばっと腕を伸ばし、手の平をレーデルに向け、拒絶の意を示した。


「私に、レーデルの慈悲を乞う資格なんてないわ……!」

「そんなの知ったことか! ヨランは川に落ちていた俺を助けてくれたじゃないか! その恩を今返さないで、いつ返すんだよ!」


 無視してレーデルはヨランへと近づいていく。

 ヨランは顔をもたげ、今にも泣き出しそうな顔でレーデルを見上げた。

 しかしそれも数瞬のこと。


「ごめんなさい、レーデル……本当にごめんなさい」


 それだけ告げると、ヨランは再び己の身を竜巻に包んだ。

 そして、轟音を立てながら飛び去っていった。


「ヨラン! ヨラン!」


 レーデルは走った。ヨランの名を呼びながら。

 けれども、二本の足で竜巻の早さに追いつけるはずもない。すぐに諦めるしかなかった。


「クソッ! なんなんだあいつは!」


 自然と、レーデルの口から怒りの言葉が漏れ出た。


「何もかも一人で判断して、一人で勝手に行きやがって……! 少しは人に助けを求めるってことを覚えたらどうなんだ!!」


 石を拾い上げ、やり場のない怒りを地面にぶつける。

 だが、レーデルの声がヨランに届くはずもなかった。




「タイミング的にはギリギリ間に合ったって感じでしょうかねえ」


 レーデルの傷を回復魔法で治しながら、アレクトは語った。


「城に戻ってきてエクスムア様に報告したら『レーデルたちはついさっき出かけたばかりだ』なんて言われて、だったら急げば追い付くかなー、なんて思って足で追いかけてみたら、あの瞬間ですよ。決して飛び込むタイミングを見計らっていたわけじゃないんですよ?」


 レーデルたちはエクスムア城に戻っていた。

 魔界門への出発は、一日伸ばさざるを得なかった。とはいえ、一騎打ちでのダメージは深刻なものではなく、魔法で治して一晩寝ればどうにかなるだろう、とレーデルは見ていた。

 今はただ、ほっとしていた。レーデルもヨランも命を落とさずに済んだからだ――このような結果に至るとは予想だにしていなかったが。


「本当に助かった。礼を言う」


 レーデルとしては、その一言しかなかった。

 アレクトが来ていなければ、ヨランを殺していたか、あるいは心を決めかね、逆にヨランに殺されていたか――いずれにせよ、ろくでもない結果になっていたことだろう。


「この後、ヨランはどうするんだろうな……?」


 セレナの言葉に対し、レーデルは肩をすくめた。


「少なくとも、再び俺を殺しに来ることはない。もうその義務はなくなった。足の怪我が治り次第、確認に帝国に戻るんじゃないか? 個人的には追いかけたいところだが……」

「レーデルへの負い目もあるし、ヨランは望まないでしょうね……」


 アルケナルの意見に、レーデルも頷くしかなかった。


「……帝国と言えば、一応ケリがついたこと、シアボールドとリーリアに連絡しないとな。アレクト、任せていいか?」

「任されましょう」

「あの二人がヨランのフォローをしてくれると嬉しいんだが……」


 大きなため息を、レーデルはついた。


「今回のことは……枢機卿が心底クソ野郎だってことを改めて思い知らされた」

「生かしておいていい相手じゃないね」


 ルーティはそう応じて、レーデルに呟いた。


「枢機卿がいる限り、レーデルの命を狙う人間は次々とやってくる。そろそろ、根源を絶つことを考えてもいいんじゃないの」

「簡単にできるなら、とっくにやってるんだけどね……」


 悪くすれば、帝国そのものを敵に回す可能性すらある。何の後ろ盾もないレーデルにとっては荷が重すぎるどころの話ではない。

 しかし、ルーティの指摘は大いに正しい。枢機卿がいる限り、レーデルは追われ続ける。追っ手の影に怯えながら生きていくことを強いられる。

 それがイヤなら、枢機卿を倒すしかない。

 まだ、まるで具体性を伴わない話である。だがいつか向き合い、果たさねばならない、とレーデルはぼんやり思うのだった。

 ヨランのような悲劇を繰り返さないためにも。


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