その12 決断の時
「レーデル!?」
セレナが叫び声を上げる。
ヨランの左手から巻き起こった黒い竜巻は、あっという間にレーデルごと二人を飲み込んだ。
轟音を立てながら、竜巻は流星のように飛んでいく。
「……決まりましたね」
竜巻を見上げながら、フィデルは小さな笑みを漏らし、
「ウソだろ!?」
セレナは顔色を失い、アルケナルは息を呑んで、目を見開く。
竜巻は、地面に対しほぼ水平の軌道で駆け抜けていく。
その回転軸がぶれるのは、その内側でレーデルが抵抗しているせいだろう。しかし逃れることは叶わない。
竜巻は周囲の平地をぐるりとめぐり、森の方へ戻ってくる。
あとはレーデルを木の幹に叩きつけ、決着――のはずが。
突然、黒い竜巻が空中で爆発し、凄まじい炎を吐き出した。
「……なに!?」
想定外の事態に、フィデルは慌てる。
竜巻は炎の渦へとなり代わり、失速。森のはるか手前で二人を別々にはじき出し、力を失って消滅した。
レーデルとヨランは地面でバウンドし、ゴロゴロと転がっていった――全身炎に包まれたまま。
「な……何が起きた!? レーデル!?」
セレナがレーデル目がけて駆け出した。
レーデルは身を焼かれながらも身体を起こし、魔剣ナイトフロストを頭上に掲げ、軽く降った。露が頭上に降り注ぎ、炎を消していく。
痛みに顔をしかめながらも、手を伸ばして、セレナを押しとどめる。
「まだ決闘は終わっていない! 手を出すな!」
「…………!」
力強いレーデルの言葉に、セレナは足を止めた。
ヨランは地面をのたうち回り、自分の身体についた火を消そうとしていた。
レーデルは大股にヨランに近づくと、剣を横に一振り。
ナイトフロストから放たれた飛沫が、ヨランにまとわりついた炎を消し去った。
「……レーデル……!」
ヨランはレーデルがそばにいることに気づくと、地面を叩いて退き、距離を取った。
すぐさま立ち上がろうとして、全身の痛みに顔をしかめ、片膝をつく。それでも闘志は損なわれておらず、鋭い視線でレーデルを見返す。
「何をしたの、レーデル……? 今の炎……あなたは魔法が不得意だったはず……!」
「それは……」
レーデル自身も、何が起きたのかわからなかった。
代わりに、ルーティが答えた。
「ボクがやったんだよ」
レーデルの肩口に立つルーティが手を掲げ、その指先に炎を灯してみせた。
「ご覧の通り、ボクの魔法の力は大したものじゃないけどね。君の魔法の力と反応し合って、派手な炎になったみたいだ」
「そういうこと……」
ヨランは納得した。
一方、レーデルはルーティに文句を付ける。
「一対一の決闘に手を出したな」
「今はボクだってレーデルの一部じゃないか。呪いの装備の力で戦って、何が悪いの」
「…………」
「今回はレーデルの意見は聞かないよ。ボクもレーデルと一緒に戦うからね」
少しの間、レーデルはルーティを見つめて、小さなため息をついた。
「今回は……って、今までルーティが俺の意見を聞いたことなんてあったかよ」
「ボクはいつだってレーデルに従順に従ってきたじゃないか」
「嘘をつくな! ……とにかく、俺が手を出すな、って言っても無駄なんだな」
「ああ。レーデルを死なせないためなら、ボクはなんだってする」
「そうかい。好きにしろ」
ほんの一瞬、レーデルはニッと笑った。すぐに表情を改め、剣を構え直す。
「悪いね。そんなわけで、ちょっとだけ魔法が使えるようになった」
「……やるじゃないの、レーデル……」
さも楽しげな微笑みを見せてから、ヨランも剣先をレーデルに向け直した。
再び、にらみ合いとなる。
両者とも、炎のダメージ、地面に叩きつけられた衝撃は小さくなかった。その影響で、隙なしに構えることはできず――
「……とあッ!」
先にヨランが仕掛けた。
その切っ先を弾ききれず、レーデルは右肩を浅く抉られる。
一方でレーデルもヨランの側につけいる隙を見いだして、
「……ッ!」
大きく踏み込み、ヨランの肩を捉えた。浅く、しかしはっきりとした手応えを覚える。
思い切って、レーデルは間合いを詰めにかかった。が、ヨランが鋭く退いて、もう一度距離を離す。
(もうヨランの左手を気にする必要はない……!)
その事実に、レーデルは光を見いだすような思いだった。
レーデルの詰めに対し、ヨランは左手で掴み返すこともできたはずだった。だがそうしなかった。
ならば、より大胆に攻めることができる。
「ぬあああ――っ」
気合いの声を上げながら、レーデルは斬りかかった。斬撃と突撃のコンビネーションをヨラン目がけて降らせる。
ヨランも、たやすく防戦一方とはならなかった。柄でレーデルの一撃を受け流し、即座に突き返すという芸当もやってのける。
ヨランの切り返し技術は巧みで、攻め気にはやっていたはずのレーデルは、しかし受けに回ることが多くなり、十何合と打ち合う頃には防戦一方を強いられていた。
気がついたら、ヨランの剣を受け、弾くだけで精一杯になっている。
(勇者候補生の頃はいつもこうだった)
過去を、レーデルは思い出していた。
(こっちが攻めていたはずなのに、切り返し切り返しで、いつの間にか攻守逆転して、ヨランが勝利を収めていた……)
あの頃の技量の差は、結局まるで埋まっていないようだった。
(それでも俺はあの頃とは違う。旅で鍛えた経験と、魔剣ナイトフロストがある。勝負をかける……!)
一旦、レーデルは大きく退いた。
十分な間合いを取ってから、魔剣を右肩で担ぐような構えを取り、
「……ぬあああぁぁぁ――ッ!」
ヨラン目がけて突撃した。
ヨランの目は冷静だった。レーデルの勢いこそ凄まじいものの、それ自体がフェイント。変則的な斬撃を繰り出して勝負を決めに来る、と読んだ。
待ち受けると見せかけて、
「――そこッ!!」
左脚で地を蹴り、身体をぶつける勢いで突進。レーデルが仕掛けるよりも早く、必殺の突きを繰り出した。
刺突剣の切っ先は一瞬でレーデルの喉の直下に到達。そのまま刺し貫く――
――はずが。
切っ先はレーデルの皮膚を裂かず、止まって、つるりと横に滑った。
レーデルは身体をひねって切っ先から逃れ、前方に倒れ込みながら身体を半回転。仰向けになりつつ、担いだ剣を振り回す。
ナイトフロストが、ヨランの足の裏側を捉える。
両脚をもろともに切り裂かれ、ヨランは背中から地面に叩きつけられた。
「……ッ!!」
息が詰まる衝撃。
すぐさま立ち上がろうとしたが、激痛が走る。足に力が入らない。
両脚からの出血が地面を濡らし、踏ん張ろうとする足裏を滑らせる。
それでもなお、両腕の力で身を起こそうとしたが、
「……ここまでだ」
レーデルの剣が、ヨランの喉元に突きつけられた。
ヨランは抵抗を止めた。
「……何が起きたの……?」
代わりに、レーデルに問う。
「剣の先を見ればいい」
レーデルに促され、ヨランは自分の剣の剣先を見る。
鋭く尖っている剣先に、小さな氷の球がくっついていた。これでは、相手を切り裂けるはずもなかった。
「いつの間に……!」
「俺の魔剣は水と氷の力を操る。ヨランの攻撃を受け流しながら、こっそり先っぽだけ凍らせたんだよ」
「……器用なことをしてくれたわね……」
と言いつつ、ヨランは自分の剣から手を離した。
「あなたの勝ちね、レーデル。トドメを刺しなさい……」
諦観の表情を浮かべ、天を見上げながら言う。
レーデルは目を見開き、口を引き結んで、長いことヨランを見つめていた。
しかし、ヨランの喉に突きつけられた剣は動かない。
「俺は……俺には、ヨランは殺せない……」
と、レーデルは呟いた。
「俺にヨランを殺せるわけがないだろ……」
正直に、レーデルは弱音を吐いた。
「殺しなさい」
ヨランの声が、まっすぐに響く。
「ここで私を見逃したら、私はもう一度レーデルを襲う。次こそは必ず、私がレーデルを殺すわよ……!」
「…………」
「たとえまたレーデルが勝ったとしても、私を見逃したらまた襲う。何度でも。それがイヤなら、殺しなさい」
そして、ヨランは目を閉ざした。
レーデルは何も答えられない。
セレナもアルケナルも、ルーティも、そしてフィデルすらも、息を呑んでことを見守る。
永遠とも思える沈黙の後。
「すまない、ヨラン……!」
ついにレーデルは剣を振り上げた。
そして長い逡巡の後、ヨラン目がけて剣を振り下ろした――




