その11 避け得ざる戦い
「……ヨラン……」
ヨランは堂々とした歩調でレーデルに近づくと、数メートル手前で足を止めた。
「見つけたわよ。レーデル……」
物静かな、感情を感じさせない声で、ヨランは呼びかけた。
(やる気だ……!)
殺気を感じ取り、レーデルは総毛立った。
それでも努めて冷静に、ヨランに語りかける。
「調べさせてもらったぞ、ヨラン。父親が反逆罪で捕まっているそうだな?」
ヨランはわずかに驚いたものの、ほとんど動揺を見せない。
「ええ。父の釈放には、レーデルの首がどうしても要る」
すらり、とヨランは剣を抜き、片手で握って、半身に構えた。
レーデルは、すぐには応じなかった。腰の剣に手をかけることすらせず、更に声をかける。
「それ以外の手段はないのか」
「ない。私はもう、枢機卿に誓ったのよ」
「あの枢機卿が約束を守る御仁に見えるかよ?」
「私には、枢機卿の慈悲にすがるしかないのよ!」
激した声で、ヨランは言い返した。
(やっぱり説得は無理か……そもそもヨランは、人に説得されて簡単に考えを変えるような奴じゃなかった)
そう悟ったレーデルは、やむを得ず柄を握り、剣を抜いた。
「諦めるのかよ、レーデル!」
セレナが声を上げたが、レーデルは無視し、ヨランに言った。
「いいだろ! でも俺だって、簡単に首をくれてやるわけにはいかないな! 候補生時代に一度も勝てなかった恨み、今こそ晴らさせてもらおうか!」
レーデルは心を決めた。ヨランが勝負を挑んでくるのならば、誠意を持って受け止めるだけ。
(俺は生きるために戦う。そのためならば、ヨランも倒す)
己にそう言い聞かせつつ、ヨランの得物を観察する。
刀身が細い刺突剣である。敵の急所を的確に貫く腕前を、ヨランは候補生の時点で既に身につけていた。同じ刺突剣での勝負では、誰も――レーデルすら、ヨランにはかなわなかったものである。
(だが……本命は左手だ)
レーデルの位置からでは、今は隠れて見えないヨランの左手。
掴まれた瞬間、左手が放つ竜巻に巻き込まれる。その瞬間、レーデルの敗北は確定すると言っていい。
ある程度、ヨランの戦法は想像がつく。
間合いを取ってレーデルをつつき続け、レーデルが業を煮やした頃にわざと隙を見せる。レーデルが反撃に出たところを、左手で捕まえ、ケリをつける――といったところだろう。
ヨランの左手をいかに避け、潰すか。その対処が、レーデルの運命を分けることになる。
と頭の中を整理したところで、レーデルはもう一度呼びかけた。
「ところで、お連れの方がいるようだけど、そっちも手を出してくるのか?」
「気にしないで。私は一対一の決闘を望むわ」
と宣言してから、ヨランはフィデルに許可を求めた。
「……構わないわよね?」
「お好きにどうぞ。二対三よりは一対一の方が、まだ目があるでしょう」
セレナとアルケナルを見据えながら、フィデルは許可を出す。
一つ頷いてから、ヨランはレーデルに向き直った。
ショールの中で、ルーティがレーデルに声を漏らした。
「ちょっとレーデル! 一度も勝てなかった相手と一騎打ちするの!?」
「ああ。俺が生き残れるよう祈ってくれ」
「ウソでしょ。三対二でやった方が絶対いいって」
「普段だったらそう言いたいところだけど、今回はヨランが相手なんでね。特別なのさ」
さらにレーデルは冗談めかして言う。
「ま、ルーティの宿主がヨランになるとしても、心配するな。ヨランは俺よりもはるかに立派な人間だから――」
「冗談でもやめろよ!!」
ルーティの激しい声に、レーデルは少なからず驚いた。
見やれば、ルーティは今にも泣きそうな顔をしていた。
「ボクのパートナーはレーデルだけだ。今さらパートナーを変えるだなんて、絶対にイヤだ!」
「ルーティ……」
冷笑的な態度をめったに崩すことのないルーティが、感情をむき出しにしている。レーデルを失うことを恐れて。
レーデルは意外な思いに打たれた。
一つ息をついてから、ルーティの頭を指で撫でてやった。
「……わかったよ、撤回する。勝ってみせるさ、ヨランに。ルーティのためにもな」
「絶対勝ってよ……!」
「全力を尽くす」
改めて、レーデルはヨランに向き直った。肩口に立つルーティとともに。
「始めるわよ」
「ああ」
ヨランが声をかけ、レーデルが応じる。
決闘は静かに始まった。
ヨランは右肘を軽く曲げ、レーデルを見据えつつ切っ先をぴたりと向けた。その構えに隙は無い。
(さすがヨランだ)
内心でレーデルは舌を巻いた。殺気が指向性を持ってレーデルを包み、手足を絡め取ろうとしているような錯覚まで覚える。
どこへ打ちかかっても刃はヨランには届かず、逆にヨランの一撃を受ける――そんな未来しか見えない。
ヨランの構えを崩さなければならない。
じりり、とレーデルは左へ動いた。ヨランの背面側へ。
「…………」
応じて、ヨランは前に出した右足を背面側へ動かし、レーデルを視界に捕らえ続ける。
動くうちに、おのずと刺突剣の切っ先は揺れる。その乱れが大きくなった瞬間をついて、
「はああ――ッ」
レーデルが先に仕掛けた。
刀身を刺突剣に軽くぶつけて払いつつ、一気に接近。斜め上段から斬りかかる。
ヨランは一気に身を引き、柄の護拳でレーデルの斬撃を受け止め、滑らせた。
即座に踏み込み、レーデルの胸部を突く。
切っ先に胸を捉えられる感覚――とともに、レーデルは刺突剣を払いのけた。大きく引き下がり、間合いを取り直す。
ヨランを見据えながら、胸元に手を伸ばす。ショールの一部が鋭く引き裂かれていた。
(受けが一瞬でも遅れていたら、心臓をやられていた)
全身の血の気が引くのをレーデルは感じた。
昔と変わらず――いや、昔以上にヨランの剣は正確だった。
一瞬でも気を抜けば命取りになる、とレーデルは自分に言い聞かせる。
今度はヨランが仕掛けてきた。
「とあァァ――ッ!」
大きく踏み込んで、レーデルの顔面へ、腕へ、しかして肩口へ、素早い突きを連打する。
ヨランの手の中で、刺突剣は鞭のようにしなって、レーデルの急所を裂きに来るかのように見えた。
魔剣ナイトフロストを振り回し、レーデルは鋭い突きを外側へ弾く。
三つ、四つと弾いて、五発目の突きを予期した瞬間。
突如、ヨランの姿が竜巻と化した。
強烈な風圧を放ちながら、レーデルへ突撃。
「ッ……!!」
意外な動きだったが、レーデルの目は追い付いていた。真横に身を投げて、竜巻に巻き込まれるのを回避する。
しかし――
レーデルが体勢を立て直した時には、竜巻は失せていた。
ヨランはレーデルの背後にいて、既に突きを放つ体勢にあった。
(まずい!!)
すぐさまレーデルは剣を右手一本で握り、バックハンドで横薙ぎを放つ。
ヨランは退くどころか思い切り踏み込み、姿勢を低くして、横薙ぎに空を切らせた。
そのまま素早い突きを繰り出し、レーデルの右腿を突く。
深く肉を貫かれる感覚、少し遅れて激痛。
思わずレーデルが姿勢を崩したところに、ヨランは左腕を長く伸ばして――
「……捕まえた!」
レーデルの右手首を、左手でがっちりとキャッチした。
途端、ヨランの左腕が、黒い旋風を放った――




