その10 パンデモニウムへの招待
「大魔王が俺をお城にご招待……?」
信じられない顔のレーデルに、ペルシスは一通の封筒を差し出した。
「招待状をもらってきた」
白い封筒の口は赤い封蝋で封印されていた。封蝋には大魔王の印章とおぼしきマークが刻みつけられている。
レーデルはその封蝋を剥がし、中から手紙を取りだした。
手紙の内容はとてもシンプルだった。
レーデル・クラインハイト殿
貴殿をパンデモニウムへ招待する。
「みじけーな!」
横から招待状をのぞき込んだセレナが言う。
レーデルは手紙をしまい直し、封筒を懐中に収めた。
「大魔王からの手紙に『親愛なるレーデル様』とか書かれてても気味が悪いだろ」
「で……どうするつもり……?」
アルケナルに問われても、レーデルは戸惑いを振り切れなかった。
「大魔王が元勇者をご招待ねえ……個人的にはすごい行きたいけど、罠の類いじゃないだろうな? この間まで俺は大魔王を倒すつもりで旅をしてたんだぞ?」
「その点は大丈夫だ」
疑心を隠せないレーデルに対し、ペルシスが保証する。
「陛下は、君が教会といさかいを起こして破門されたことを把握しておられる。それに、先だって魔王エクスムアに手を貸し、ビアベルムを倒したことを評価していたぞ」
「あー。言われてみれば、俺は大魔王のために働いたことになるのか……エクスムアは親大魔王派だもんな」
「招待、受けてもいいんじゃないの」
と、ルーティがレーデルの耳元でささやいた。
「君は教会の裏切り者だ。大魔王が君を歓迎することには大きな意味があると思うね」
「アナウンス効果で更なる裏切りを誘発するってか……」
「ま、パンデモニウムに行った途端いきなり捕まえられて殺される、なんてことはないんじゃないかな?」
「うーむむ……」
熟慮の末、レーデルはついに心を決めた。
「招待を受けよう。招待状を渡された以上、応じるのが礼儀ってもんだろ」
「マジかよ」
驚くセレナに、レーデルは説明した。
「というかこのご招待を無視したら、色々面倒なことになるとは思わないか。特にこれから、魔界領域内で活動するにあたって」
「それはそうかもだけど……」
「まったく、有名になるってのは気苦労が絶えないね。俺の名前が大魔王陛下にまで届いているとは、恐れ多いとしか言いようがない」
レーデルに対し、ペルシスは短く付け加えた。
「ちなみに言っておくと、陛下は君の変態勇者としての名声もガッチリ知っているぞ」
「それは名声ではないです。というか、大魔王たる者が変態なんて言葉を使うのはよろしくないのでは……?」
レーデルは天を仰いだ。
「これはいけない。誤解を解くためにも会いに行かなくちゃ」
決意も新たに、ぐっと拳を握りしめる。しかし、
「誤解……?」
「誤解……?」
「誤解……?」
アルケナル、セレナ、ルーティの声がきれいなハーモニーを奏でた。
「誤解に決まってんだろ! おまえらはまだ俺が変態だと思ってんのか!」
半ば悲鳴のようなレーデルの訴えに対して、アルケナルたちは顔を見合わせた後、
「あのね、レーデル……私は、レーデルが変態だからって見捨てたりはしないわよ……」
「そうだぜ。あたしはレーデルが変態だってことをわきまえた上でパーティ組んでるんだ」
「変態は罪にあらず。他人に迷惑をかけない限り」
と、口々に語った。
「なんという呆れた奴らだ。結構長いこと一緒に行動しているのに、いまだこの俺の本質を理解していないなんて。変態などという汚名を着せてからかって、そんなに楽しいか」
嘆くレーデルだったが、その意見に賛同する者はいなかった。
「……ま、いいさ。とにかく、招待を受けた以上俺は行く。ヨランの追跡をよけるのにも、パンデモニウムはある意味最高の場所じゃないか。……ヨランと言えば」
ふと思い出して、レーデルは尋ねる。
「アレクトからなんか連絡はあった?」
「一度だけ現状報告に戻ってきたらしい。引き続き調査に打ち込む、程度の報告しかなかったそうだが」
「そうか。うーん……」
実際問題、ヨランを窮状から救ってやる方法なんてあるのだろうか、とレーデルは疑問に思う。なんとかしてヨランを助けてやりたい、そしてヨランとの対決を避けたい、と心から願っているものの、そのための手段は今の所まったく思いついていないし、想像もつかなかった。
(アレクトに無駄手間を強いているような気がする。それでも……)
ほんのわずかな望みでも、ヨランとの戦いを避ける方法を見つけ出したい。それもまた、レーデルの本心だった。
「ところで、あたしらもパンデモニウムに乗り込んで構わねーのか?」
セレナに問われて、ペルシスは頷いた。
「構わないだろう。陛下とて、たった一人だけで来いなどとは言うまい」
「だったらお邪魔させていただこうかしら……魔界ウン千年の歴史が詰まっているというパンデモニウム書庫には大いに興味があるし……」
うっとりとした表情を、アルケナルは浮かべた。
もう一点、ルーティが質問する。
「パンデモニウムに行くには、まず魔界門をくぐる必要があるんだろ。魔界門はどこにあるんだ?」
「あとで地図を書いて渡そう。ここから一番近くにある魔界門まで、二日強でたどり着けるはずだ」
エクスムア城で一泊した後、レーデルたちは魔界門への旅を開始した。
「魔界門はここから西に行った洞窟の奥にあるようだ」
ペルシスから受け取った地図を見つめながら、レーデルはアーデラーから延びる道を行く。今はまだ太い幹線だが、これから先どんどん分岐路を細い方へ細い方へ進むことになるはずだった。
「その途上には集落らしい集落なし。最低でも一回は野宿をする羽目になりそうだな」
「魔界門ってそんな遠くにあるのかよ。不便すぎねーか?」
セレナの嘆きに、答えたのはアルケナルだった。
「魔界門は魔界領域に複数存在するらしいわ……はるかな昔に設営されたものだから、廃虚のただ中にぽつんと残っているという場合もあると聞くわね……」
「そもそも魔界門ってどんな形をしているんだよ? 本当に門みたいな形してんのか?」
「セレナは知らないのね……? 勇者のパーティメンバーだったくせに……」
「ルーティを回収した後、順調に行ってりゃ魔界門をくぐる機会もあったんだろーけどよ。ほれ、レーデルがやらかしたから」
「やらかしたのは枢機卿の方なんだよなあ」
レーデルが訂正した。
「一応勇者候補生の時に習ったぞ。魔界門ってのは、巨大な水玉みたいな形をしているそうだ」
「水玉……? どういうこった?」
「俺も現物見たことないからなあ。とてもでかい水玉のようなものが、地面から数センチだか数十センチだかふわふわ浮いていて、触れると簡単に内側に入り込めるとか。魔族の血を引く者はそこからパンデモニウムに到達できるけど、ただの人間では何も起こらない。だから魔神像が必要だ、ということになっている」
「魔族の血、ねえ。それって片親が魔族とかでもいけるのか?」
「ここから先は噂だけど……」
前置きしてから、レーデルは更に説明した。
「片親どころか、遠い先祖の一人が魔族だった、というレベルでも大丈夫らしい」
「はーん? だったら自覚はなくても普通に魔界門をくぐれる人間っているんじゃねーの?」
「いるだろう。でもそれは教会的には認められない。何故なら『聖なる勇者』には穢れた魔族の血なんて一滴たりと入ってもらっていては困るからだ」
「めんどくせー。でもいかにも教会が考えそうなこったな」
「だから、もしかしたら勇者候補生の中に、魔神像なしでも魔界門をくぐれる人間がいたかもしれない。俺だって可能性がないとは言えない。でもそんなことは教会が許さないんだよ。勇者は、魔神像の力を借りて魔界門をくぐらなくてはならない。だから教会は魔神像が欲しいのさ。教条的な意味からも」
「ふーん。ボクだって、教会から認められる存在じゃないような気がするけどね。大魔王の産物なんだし」
と、ルーティも呆れ気味に言った。
「だいたい、五十年前の勇者アマトはどうやってパンデモニウムに行ったのさ。先々代大魔王を倒した後、ボクをもらったんだろ?」
「その時は同行していた先代魔王の力を借りたんだろうなあ。魔族に同行してもらうだけでも魔界門はくぐれるらしい。でもそれも、教会的にはアウトだ」
「うーん。教会は本質を見失ってるんじゃないのかな?」
「端から見ればそう思える。でも内部にいると、そういう自己矛盾になかなか気づかないもんでね。俺だって昔は、教会が様々な矛盾を抱えているなんて考えもしなかった」
「やれやれ。いつだって魂は自由にありたいものだね。あのカラスのように」
「まったくだ。ルーティもたまにはいいことを……カラス?」
ふと気づいて、レーデルはルーティの視線を追う。
右前方の空を、カラスが輪を描くように飛んでいた。距離はあまり遠くない。
カラスはレーデルの視線に気づいたかのように、道の先の小さな林へと降りていき、姿を消した。
レーデルの脳裏にヨランの言葉が蘇る。
「妙な動きをするカラスには気をつけて……」
ぴたり、とレーデルは歩を止めた。
いきなりのことに、セレナもアルケナルも不審の目を向ける。
「ん? どうした?」
「……先回りされてた」
レーデルは、進路前方の小さな林に警戒の目を向ける。
ほどなく、林の中から二つの人影が現れて、レーデルたちを目指して近づいてきた。
ヨラン・ヤシンバラと、フィデル・アルザブルだった。




