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その9 ニワトリ始末


 ヨランの追跡から逃亡しつつ、ペルシスの帰還を待つ間、レーデルたちは同盟都市を転々としつつ、路銀を稼ぐために冒険者ギルドの仕事を適当に見繕って引き受けていた。

 その日の仕事は、とある廃虚の砦に住み着いている盗賊団の退治だった。都市国家が傭兵団を雇って対処に当たらせているが、問題の盗賊団「黄金ニワトリ団」は異様に逃げ足が速く、大軍団の気配を察知するとすぐに逃亡する。故に小規模の冒険者パーティで退治して欲しい、という依頼だった。


「速攻で逃げる奴らを捕まえるには、逃げ道に罠を張ればいいのさ」


 レーデルは、いつものやり口を今回も実行した。

 黄金ニワトリ団がこもっている廃虚の砦の構造と周辺地形をあらかじめ調べ、砦には表口と裏口、二つの出入口があることを突き止めた。この二者の間は丘と森で隔てられ、砦の中を通らずに行き来するのは極めて困難。攻められてもかなり安全に逃げられる地形になっていた。

 現地にて、下調べが正しいことを確認してから、レーデルはセレナを表口側に回らせ、自身はアルケナルとともに裏口側へ回った。


「ここが砦の裏口だな」


 茂みに覆われた斜面にぽっかりと開いた黒い大きな穴を見つけて、レーデルは魔剣ナイトフロストを抜き放った。

 軽く念じると、その刀身には水の玉が浮かぶ。地面へ向けて一振りすると、結構な量の水しぶきが地面を打った。

 その作業を何十回となく繰り返すと、砦の裏口前には大きな水たまりができあがった。


「さらにこれを、ナイトフロストの冷気で冷やすと……」


 ナイトフロストの切っ先を、軽く水たまりに触れさせる。するとその点を中心に、水たまりはあっという間に凍結した。ちょっとしたアイスリンクのできあがりである。

 レーデルは自らリンクを踏みつけ、その硬度が十分であることを確認した。危うく滑ってこけそうになり、


「何してるのよ……」


 アルケナルに背中を抱き留められた。


「恥ずかしいところを見せちゃったな。氷が溶ける前に始末を付けよう」

「了解……」


 応じて、アルケナルは魔法の光弾を生み出し、頭上高くへ上昇させてから、派手に飛び散らせた。

 信号弾の輝きを、セレナは砦の表口側から見ていた。


「おっと、合図だな! 頼むぜルーティ!」


 セレナは身を潜めていた茂みから出て、砦に接近した。砦入口には見張りがおらず、接近は容易だった。

 小走りに進みながら爆竹を取り出して、その導火線をルーティに差し出す。


「やっとお時間か。さっさと済ませて自由になりたいね」


 ルーティはセレナの左肩と鎖骨の辺りに布と紐とで固定されていた。レーデルのところにすっ飛んでいきそうなところを、無理矢理押さえているわけである。両腕は自由になっていて、そのうち右手を導火線へと伸ばす。

 直後、ルーティの指先に小さな火が灯った。アルケナルから訓練を受けた結果、簡単ながらも精霊の力を借りることができるようになっていた。


「よしよし。それじゃ行くぜ!」


 セレナは爆竹を入口の奥へと放り込んだ。

 数拍おいて、爆竹が派手な爆音を鳴らし、白い煙をもうもうと立てた。

 爆音が静まると、砦の奥で盗賊達が色めき立つ音が聞こえてきた。盗賊達の言葉まではっきり聞き取ることはできなかったが、大慌てで浮き足立っているであろうことは確実だった。


「オラア! ニワトリ頭だかなんだか知らねーが、一人残らず捕まえてやるから覚悟しな!」


 とどめとばかり、セレナが大音声を砦へ送り込む。

 盗賊達はさらに慌てていたが、ほどなく気配が消えていく。


「連中、奥に逃げたな。狙い通りだ」

「それじゃ、ボクらも砦に入ろうか。連中、侵入者を足止めする罠を仕掛けているだろうから、慎重に進んでくれよ」

「わかってるって」


 ルーティにそう応じながら、セレナは砦の闇の中へ踏み込んでいく。

 セレナの目算通り、盗賊達は全員、裏口目がけて殺到していた。暗く細い道を抜け、丘の裏側で日の光を浴びる。そのまま全力逃走を続けるつもりが――


「……んなあああっ!?」


 突然足下がつるりと滑り、したたかに背中を打ち付けつつ、前方へ滑走していく。

 この時期に地面が凍っているなど、想像できるはずもなかった。盗賊達全員が氷の罠に引っかかり、転倒しては前方に滑り、人間の山を築き上げていく。

 そして、全員がアイスリンクのへりに倒れ伏したところで、


「まとめて吹っ飛ばすわよ……!」


 アルケナルが、炎の精霊と風の精霊を同時に呼び寄せた。

 風の精霊が大気を圧縮して、そこに炎の精霊が炎の柱を走らせると――

 大爆発が巻き起こった。

 耳を聾する爆音と、黒い大爆風が立ち上り――それらが静まると、その下から泥まみれになって失神している盗賊達が現れた。


「死んでないわよね……? 頑張って出力を絞ったつもりだったけど……」

「死んでたところで気にする必要はないよ」


 と言いながら、レーデルは魔剣ナイトフロストを改めて見つめた。


「水が出てちょっと冷たいだけのしょぼい魔剣と思いきや、なかなか使い道があるじゃないか。気に入ったよ俺は」

「ふーん。それは良かったな」


 と応じたのは、裏口から遅れて出てきたセレナだった。


「あ、足下気をつけろよ!」


 レーデルは素早く注意した。が、さっきの爆風でアイスリンクは完全に蒸発、わずかな泥としてその痕跡を留めているだけだった。

 その泥を避けながら、セレナは肩に固定していたルーティを解放し、レーデルに投げつけた。


「うおっと」


 レーデルは左手でルーティを受け止め、肩に乗せた後、ナイトフロストを鞘に収めた。


「ルーティも無事役目を果たしてくれて、助かった」

「そりゃどうも。でも、この程度の力で役に立つのかなあ」


 魔法を使えるようになったことについて、ルーティは自身をあまり評価していないようだった。精霊の力を借りられるようにはなったが、微弱だからである。ルーティの限界なのか、敵への攻撃となり得るほどの出力は出なかった。


「ものは使いようだ。役立つ時はきっとくる。というかたった今役に立ったじゃないか」

「個人的には、ド派手に魔法を使えるようになりたかったんだけど。今回だって、大出力の炎を砦の中に送り込んで、盗賊達を全員蒸し焼きにするとかしたかった」

「そんな残虐行為は必要ないね。連中を拘束して、あとは衛兵なりなんなりを呼べばいいんだから」

「まあね」


 それでもルーティは不満のようで、レーデルの側頭部にもたれてそっぽを向いてしまった。


「……ところでさ。そろそろアーデラーに戻らなくていいのかい?」

「前言通りなら、もうペルシスがアーデラーに戻ってくる頃だな」


 アーデラーでペルシスと別れてから、二週間が経とうとしていた。


「ペルシスのあの口ぶりだと、二週間じゃ済みそうにないような気もするけど……一旦戻ってみるにはいい時期かな?」

「いいんじゃねーの」


 セレナが賛意を示し、アルケナルも頷いた。


「ただし、今回のお仕事の報酬は受け取ってからにしましょうね……」

「それは当然。せっかくだから、その報酬でペルシスにお土産でも買っていくか」

「ペルシスがまだ戻ってきていない可能性を鑑みて、足が早いものを買うのはやめたまえよ」


 ルーティはレーデルに警告を発した。


「足が早い? だったら兎のお守りでも買っていくか」

「そういう意味じゃないんだけど……」




 いずれにせよ、ルーティの警告は無意味だった。

 レーデルたちがアーデラーについた時には、ペルシスは既にエクスムア城に滞在していたからである。


「これは意外な。まさかもう戻ってきているなんて」


 と、ペルシスに再会したレーデルは正直な感想を述べた。


「ということは、調査は順調に進んだってことかな?」

「ある意味では」


 意味深なペルシスの返答に、レーデルの表情は曇る。


「ある意味ってどういう意味だよ」

「解決方法は見つかった」

「本当に……?」


 さらにルーティの表情も曇る。

 少し間を置いてから、ペルシスは説明した。


「父がパンデモニウムに残していた資料をあたった結果、過去に『ベゼ・ファタル』と名付けられた魔剣が存在することが判明した。ありとあらゆる呪いを解除するために作られた魔剣であるらしい」

「呪いを解く魔剣……? もしかして、例えばルーティの呪いを解こうとしたら、その魔剣でルーティを斬らなきゃならないってことか?」

「さすがにそれは困るんだけど」


 レーデルが問い、ルーティが文句を付ける。

 ペルシスは首をひねった。


「詳しいことまでは分からない。斬ることで呪いを解くという記述と、剣を持っているだけでおのずと周囲の呪いが無効化されるという記述が混在していて、はっきりしないんだ」

「はっきりしない? 現物で確かめれば……」


 と言いかけてから、レーデルは事実誤認に気づいた。


「……いや、そもそも現物がないのか」

「そうだ。少なくともパンデモニウムにはない。魔剣の行方については、今現在パンデモニウムの方々に調べてもらっている。私が今回戻ってきたのは、現在の状況の報告のためと、もう一点メッセージを君に伝えるためだ」

「メッセージ? 誰から?」


 眉をひそめるレーデルに、ペルシスは「考えるまでもないだろう」と肩をすくめてみせた。


「大魔王からに決まっている。一度会って話ができないか? とのことだ」


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