その2 迷える太陽
「ええ、そうよ」
暗い声で、ヨランはレーデルの言葉を認めた。
「私は勇者の任命を受けて、レーデル抹殺の使命を果たすためにここに来た」
「でも、この傷を治してくれたのはヨランだよな?」
レーデルは脇腹の傷を自分で撫でた。
「そもそも、俺をここに匿ってくれたのもヨランだろ? 俺の命を狙っている人間のやることじゃないと思うんだけど」
ヨランを責める調子にならないよう、レーデルは慎重に言葉を選んだ。
ヨランは視線をそらし、床を見つめる。
「あなたを見つけたのは偶然だった。レーデルを追ってアーデラーまで来て、朝方にたまたま川縁に人が集まっているのを見かけたの。何の気なしに覗いてみたら、どこかから流されてきたレーデルがいた」
「あの山奥からアーデラーまで流されてきたのか……」
「私がレーデルを引き受けて、ここに連れてきた」
「俺を殺す余裕は十分にあったと思うけど……」
「できなかった」
ヨランは大きなため息をついた。
「覚悟は決めていたつもりだった。でも、弱っているレーデルを目の前にしてみると、ダメね……。とどめを刺すことができなかった。気がついたら、こうしていたのよ」
「経緯は分かった。でもまだ分からないことがある」
レーデルは質問を重ねた。
「何故だ? 俺を殺す使命を何故引き受けた?」
「……それは答えられない」
「俺が勇者の称号を汚したのを怒っているのか?」
「そんなことじゃない」
「あの時、俺よりもヨランの方が勇者に指名されて然るべきだった。候補生を辞退したことを後悔しているって言うなら、俺にも責任はある」
「違うわ。そんなことじゃないのよ……」
と否定するヨランの声には、重い苦悩の色がこもっていた。
(おかしい。そもそもヨランはこんな暗い女性じゃなかった)
かつての日々をレーデルは思い出す。
ヨランは太陽のような輝きを放つ少女だった。文武両道にして人柄に裏表はなし。誰に対しても優しく、爽やかな印象を与え、他の候補生からも「勇者に選ばれるのはヨランで決まりだろう」と意見が一致(ただしサドワを除いて)していた。
唯一欠点があるとすれば、ひとたび怒りに火がつくと誰も止められなくなる点で、故に他の候補生への闇討ちを繰り返したサドワを許せずボコボコにして、その責任を取り候補生を辞した。
勇者への道を自ら閉じ、寮から去る時も、ヨランは決して暗くなることも、誰かに恨み辛みを吐くこともなく、堂々と去って行ったものである。
「勇者になる夢は叶えられなかったけど、これで人生が終わるわけじゃないからね! 私は私なりに、苦しんでいる人々を救う術を見つけるわ! それじゃみんな、仲良くするのよ!」
あの日、笑顔を浮かべながら、全力で手を振り去っていったヨランの姿を、レーデルは今も覚えている。内心悔しくて仕方ないだろうに、そんな態度を欠片も見せなかった。そこもヨランの美点の一つだった。
それが今はどうか。
目の前にいる女性には、あの日の輝きはまるで感じられない。
「何があったんだ? おかしいぞ。俺を殺しに来るなんて、よほどの事情があるはずだ」
「言えない」
ヨランはかたくなだった。
「言ってくれ。言ってくれれば、考えようもある」
「考えようなんてないのよ……」
す、とヨランは席を立った。
「もう行かないと。これ以上は怪しまれる」
「怪しまれる? 誰に?」
「フィデル・アルザブルという男。私の目付役。レーデルも、妙な動きをするカラスには気をつけて……カラスを操る男だから」
鳥を使い魔として操る魔法は、広く一般的である。特に広範囲な情報網を構築する際には不可欠な魔法で、教会も同盟諸都市もエージェント養成や、使い魔を操る技術の開発には力を入れている。
「目付役? 何か握られているのか?」
「この部屋のお代はもう払ってるから、気にしないで」
レーデルの質問には答えず、ヨランはフードを被って長い髪を隠した。
「それじゃ……また会いましょう」
そしてそのまま部屋から立ち去ろうとする。
レーデルはその背に最後の言葉を投げた。
「次に会う時は、敵になるのか……?」
「私はレーデルを殺すためにここまで来た。次に会った時は、必ず殺すわ……」
背を向けたまま言い切って、ヨランは扉を閉じた。
しばらくの間呆然と立ちすくんでから、レーデルはぺたんとベッドに腰を下ろした。
「冗談だと言ってくれよ……」
レーデルの弱音は、むなしく響くばかりで、誰の耳にも届かなかった。
とはいえ、いつまでも落ち込んでいるわけにはいかなかった。
どういう形にせよ、無事生き残ることができたのである。
「まずはセレナたちとの合流だ」
今すぐペルシスの家へ向かいたいところだが、一点問題があった。
サドワとの戦いで剣を失ってしまったので、レーデルは現在丸腰だ。
あの山道で何に出くわすか分からない以上、なんとかして剣を調達する必要がある。
ところが、荷物はペルシスの家に置いてきているので、無一文である。
「困った……。そもそも食う金すらないぞ。ヨランめ、せめて小銭を置いていってくれればいいものを……」
と、自分を殺しに来た相手に文句を言いつつ、善後策を考える。
真っ先に思いついたのは、魔法円を描きアレクトを喚び出すこと。しかしよく考えてみるとアレクトは今エクスムアのもとにいるわけで、
「……エクスムアを頼ってみたらいいんじゃないか?」
と気がついた。
魔王のもとに行けば、勇者ヨランから身を守る格好になる。というわけで、レーデルはエクスムアの城へ向かった。
幸い、エクスムアはレーデルを歓迎し、事情を聞くと理解を示してくれた。
「そいつは災難だったな。任せておけ、我が恩人をのたれ死にさせたりするものか」
「すいませんね……世話になってばかりです」
「なあに、気にするな。ただ、まだ怪我は治りきってないんだろう? だったらここに留まりたまえ。君のお仲間のもとには……そうだ、アレクトをやればいいんじゃないかな」
エクスムアに呼び出されたアレクトは、レーデルの状況を聞くや、顔色を変えた。
「怪我が治っていないのに山登りをしようなんて、いけませんよ! 今すぐベッドに横たわって下さい。眠れないなら私が添い寝をして差し上げます。というか添い寝させて下さい! ささ、寝室に参りましょう!」
「いやいや、今日は十分寝たから大丈夫。それよりセレナたちに俺が生きてるって伝えてくれ」
「本当に? 添い寝しなくていいんですか? 私だって常識はあります。ベッドの中で、レーデルさんの脇腹の傷が開くような激しいマネはしませんけど……」
「俺を助けると思って行ってくれ。時間が経てば経つほどセレナのブチキレが酷くなるから」
「仕方ありませんねえ……」
ぶつくさ文句を言いながら、アレクトは用を果たしに去っていった。
「それはそれとして、剣が欲しいんです」
もう一点、レーデルはエクスムアに頼み込んだ。
「こちらで余っている剣を売ってくれませんかね? お代はあとで必ず払いますんで……」
「金を取るなんてせこいマネはしないさ。というか、ビアベルムのところから色々な武器が出てきたから、そこから見繕ったらどうかな?」
と、エクスムアはレーデルを武器庫に案内した。
武器庫の前には、荷馬車の荷車が停車していた。その荷台には、剣を主とした雑多な武器類が積まれていた。
「一旦引き上げてきたのさ。ビアベルムが集めた魔剣やら、ペルシスが作らされた魔剣やらが入り交じっていてわけがわからないんで、ここでしっかり鑑定しようと思ってね」
「ということは、斬られただけで禿げ上がるやばい魔剣もここにあるんですか」
「その可能性は極めて高い」
「あわわ……適当に扱ったらえらいことになるな」
「その通り。そうだ、メイルを連れてこよう。彼女はこっち方面に知識を持っている」
そう言うと、エクスムアは秘書を連れに城の方へ歩み去っていった。
レーデルは改めて荷馬車に積まれた武器を見やる。
そのほとんどか魔剣であるらしい。魔法の素養に乏しいレーデルにも、魔剣の山が放つ特殊な波動は感じられる。
とはいえ、一本一本にいかなる種類の魔法がかかっているかはまるでわからない。となれば、専門知識の持ち主に頼った方が良さそうだった。




