その3 魔剣蒐集狂の遺産
「お話はおおむね承知しました」
エクスムアとともにやってきた秘書の女性、メイルは、レーデルに革手袋を渡した。
「手袋?」
「はい。この中には例の、毛という毛が全て抜ける魔剣が含まれている可能性があるんですよね? であればどうぞ」
レーデルは慌てて手袋を装着した。
「今は丸坊主になりたい気分じゃない」
「私も同感です。誤って手袋に穴を空けないで下さいよ。そこまでは責任負えませんので」
「魔王様から、ここから一本好きな剣を持っていっていいって言われたんだけど……」
「一本だけなんてケチなことは言わんよ。好きなだけ持って行ってくれ」
エクスムアはそう訂正したが、レーデルは丁重にお断りした。
「お言葉は嬉しいんですけど、旅先に二本も三本も剣を抱えていくのは面倒なんで。だから一本だけいい奴を見繕いたい」
レーデルの頼みに、メイルは大きく頷いた。
「わかりました。なんとかできると思います。こう見えても私、ペルシス先生に手ほどきを受けていますので」
「ふーん」
(この人も美人だし、ペルシスはきっと大喜びで手ほどきしたんだろうなあ)
などとレーデルは思ったが、口には出さなかった。
「とはいえ、随分な量ですね、これは……」
山積みにされた武器の数を見て、メイルは途方に暮れた。
「レーデルさん、この中で、見た目的にこれがいい、というものはありますか?」
「あるある。護拳つきで、片手でも両手でも操れるやつがいいんだよね……」
呟きながら、レーデルは山の中から適当に一本選び、取り出した。刀身に反りが入ったサーベル風の剣だった。
「こいつにはどんな魔力が秘められているんだろう」
剣が放つ魔力の波動を感じながら、レーデルはメイルに手渡す。
メイルは慎重に剣を受け取り、その刀身をじっくりと眺めた。
「だいたい分かりました。これはおそらく……」
ものの一分もかからず、メイルは結論を出した。
「斬った相手の冷え性がひどくなる魔法です」
「なにそれ」
「言葉の通りです。寒冷地で、冷え性が酷い相手に効くかもしれませんね」
「限定的すぎる。もっといいやつがあるだろ」
レーデルは発掘に取りかかり、別の剣をメイルに渡した。
「これはどうだろう」
「これは……」
真剣な表情のまま、メイルは答えた。
「斬られた相手は、スキップがおかしくなる呪いにかけられます」
「なにそれ」
「たまにいるでしょう。スキップをしようとしても変なステップになる人が。アレになります」
「役に立たねえ! 次!」
新たな剣を、レーデルはメイルに突きつける。
メイルはしっかりと魔剣の波動を感じながら、答えた。
「これは……男性限定ですが、斬った相手を性的不能にできるようですね」
「処刑用には便利そうだけど普段使いには向いてねえ! まともな魔剣はねえのか!」
「ビアベルムはひときわ妙な魔剣ばかりを集めていたようですね。一旦全部並べてみましょうか」
それがいい、とレーデルは応諾した。
武器庫から空の剣立てを引っ張り出してきて、荷台の剣を全て立てて並べた。
この状態で、メイルは一本一本しっかりと吟味を行った。
「これは例の髪が抜ける剣ですね……これは逆に体毛が凄まじい勢いで伸びる剣……これは髪の毛がピンク色になる剣でしょうか……」
「なんで髪の毛をいじる剣がやたらと多いんだ」
「ペルシス先生が適当に作った剣ではありませんかね、髪の毛関係は。これは鼻毛が伸びる剣……蚊が集まってくる剣……嗅覚が減退する剣……」
「マジでどうなってんだよこの魔剣コレクションは……」
まともな性能は望むべくもないらしい、とレーデルが絶望しかけた頃、
「……おっと。これはどうでしょう」
一本の剣を、メイルは手に取った。
レーデルの注文通り、護拳つきで、片手両手両方で使えるサイズの剣である。刀身は細身で反っていて、黒い輝きを帯びている。黒妖鋼の輝きによく似ていた。
「形はともかく、刀身の色が髪の抜ける魔剣に似ている……」
「いえ、どうやら別物のようですよ」
「またしょーもない能力の剣じゃないの」
「しょーもないと言われればそれまでなのですが……」
メイルは剣を握り、柄を胸の前に掲げ、切っ先を天に向けた。
軽く念を込めると、剣が奇妙な輝きを放ち始めた。
よく見ると、刀身が濡れている。雨が降ったわけでもないのに、ひとりでに濡れ始めていた。
「刀身自体が冷えて、露をまとう魔剣ですね」
ひょいと一振りすると、飛沫が飛んだ。しかしものの数秒で、またもや刀身が湿り始める。
「これは……敵を斬った後、勝手に血を洗い流してくれますね。便利だと思いますよ。特にレーデルさんのような方なら」
「俺がしょっちゅう人を斬っているような言い方はやめて欲しいなあ」
「ではレーデルさん、今まで一体何人の人を斬ってきたんです?」
「三人から先は覚えてないです」
「であれば、この剣をお勧めします。ただ濡れるだけではなさそうですよ」
魔剣が作り出した小さな水たまりに、メイルはその切っ先で触れた。
途端、水たまりは一瞬で凍った。
「おっと。こんな力もあるのか」
水たまりならぬ氷だまりに足を置いてみると、レーデルの足はつるりつるりとよく滑った。
メイルは刀身を鞘にしまってから、レーデルに剣を手渡した。
氷を踏み砕いてから、すらり、とレーデルは剣を抜いてみた。
感覚は悪くなかった。前に持っていた剣と、おそらくは重さ、重心がほぼ一緒なのだろう。
片手で握り、軽く振り回してみたが、違和感はなかった。
「錆びないんだろうか」
「そこは魔法の力で何とかなっているはずです」
「うーむ。悪くない」
鞘にしまい、腰の剣帯に差し込む。重すぎず軽すぎず、絶妙にフィットした。
「これにしよう。あとは……」
レーデルはもう一度剣を抜き、刀身をじっと見つめた。
「折角の魔剣だし、名前を付けたいなあ」
「名前ですか」
少し考えてから、メイルが提案した。
「スティーリアとかどうでしょう」
「ふむ。元ネタは?」
「私が昔飼っていた犬です」
「却下」
「何故です」
「その名前は、斬った相手にワンワン言わせる呪いがかかった剣のために取っておくべきだ」
「だったら自分で考えて下さい。センスが問われますよ」
「正直、自分のセンスには全く自信が無い」
などと言いつつ、レーデルは剣を見つめて考える。
夜のような刀身の色と、念を込めるだけで噴き出す冷気。
「……『ナイトフロスト』。どうかな?」
レーデルは意見を求めた。
「……可も無く不可も無く、でしょうか」
「凡庸だな」
メイルとエクスムアが、正直な思いを述べる。
レーデルは渋い顔をするしかなかった。
「冷たい感想だ。この魔剣のように冷たい」
「いいではありませんか。かっこいいと思う名前をつけても、他人からは痛いと思われるだけですよ」
「たしかに。こんなところでよしとするか」
剣を鞘にしまい直して、レーデルは満足した。
「これで落ち着いた。どうも剣がないと、裸でいるみたいでいけない」
「気持ちは分かる」
エクスムアが笑いながら応じた。
「さて……君の連れが来るまで、城で待つかね? 中には温泉もあるし、湯治をお勧めするが」
「本当ですか! そう言えばここは温泉が出るんだっけ。行きます行きます」
レーデルははしゃいだが、メイルがそれに待ったをかける。
「後回しにした方が良さそうですよ」
中庭の向こうから、一騒ぎしながら近づいてくる者たちがいる。何者かが中庭へ無理矢理押し通ろうとして、城の使用人がそれを食い止めようとしている格好である。
「……魔王様に話し通せって言ってるんだよ! レーデルがやべーことになってるって言えばすぐに通じるから、さっさと行ってくるんだよ!」
セレナがアルケナルを引き連れて、大騒ぎしていた。




