その12 小さな橋の死闘
「……おまえ……!」
その坊主頭はどうしたんだ、と続けたかったが、あまりの激痛にレーデルの声は途切れた。
よく考えてみれば、簡単な話ではあった。サドワは、ペルシスが量産していた、髪だけを殺す魔剣で己を刺し、坊主頭になったのだろう。
驚愕すべきは、レーデルを不意打ちするために自分の髪を捨てた、その思い切りの良さだ。
(ここまでやるか……!)
レーデルはすっかり油断していた。たった今その罰を受けている――脇腹に短剣をねじ込まれる、という形で。
「こんの……!」
レーデルはサドワの両腕を両手でがっちりホールドし、刃が致命的な位置にまで食い込むのを防いだ。
しかしサドワも決して力を緩めない。
「ぬあああっ」
ここは吊り橋の上。ちょっとしたバランスの移動が増幅されて足場を激しく揺らし、まともに立つのも難しい。故に単純な力比べとはいかなかった。
必死にこらえようとしたサドワだったが、結局短剣の先が抜けてしまった。身体ごと離れ、橋を吊るロープにしがみつく。
レーデルも顔をしかめながら、どうにか空いている手で揺れるロープを掴み、剣を抜こうとして――
「抜かせるかっ!」
サドワが反転。体当たりを仕掛け、レーデルを組み伏せる。マウントを取りながら、レーデルに短剣を突き立てようとする。
レーデルは抜いた剣を手放し、両手を自由にして、頭上から降ってくるサドワの腕を押さえつける。
サドワの短剣はレーデルの鼻先で止まった。
しかし、サドワは凄まじい腕力で押し込んでくる。
二人の力は拮抗し、短剣の切っ先は行きつ戻りつ、ぶるぶると震え続ける。
殺意むき出しのサドワの視線が、レーデルに降り注ぐ。
「さっさと死ね、レーデル! 教会の面汚しめ! こんな山の中で、無残に引き裂かれた死体を晒せ! 無様な死がお似合いだ!」
「誰が無様だ! 教会の面汚しってのは認めるがな……!」
応じて、レーデルは身体を思い切りねじった。
サドワを振り落とし、逆にのしかかって、左手でサドワの利き手を押さえつつ、サドワの首に右肘を落として締め上げる。
「この野郎……!」
サドワは全身の筋肉で思い切り身体を跳ね上げ、レーデルの身体を浮かせた。
同時に吊り橋が激しく揺れて、レーデルはサドワから引きはがされてしまう。
その間にサドワは逃れ出て、距離を置いて対する格好となった。が、半ば強引な脱出を図ったせいで、短剣を取り落としてしまっていた。
レーデルの剣も既に橋から落ちている。
元勇者と現勇者は、素手で対峙する。
二人の後方、逃走路を遮るものは何もない。逃げようと思えば全力で逃げ出せる。
だが、二人ともその気は無かった。
(相手に背は向けられない。この場で殴り殺す――!)
二人の思いは一致していた。
「……行くぞレーデル!」
「来やがれサドワ!」
「ぬあああああ――ッ!!」
雄叫びを上げながら、二人は同時に拳を振り上げて突進した。
互いの拳がすれ違い、互いの顔面を捕らえ、鈍い激突音を上げる。
強烈な衝撃に、二人とも一瞬気を失いかける。
しかし己の足で踏みとどまり、相手をにらみつけて、一歩も引かない殴り合いを始めた。
「いやー、昼飯までごちそうになるなんて悪いなあ」
開け放たれた大窓の外側すぐそばで、セレナは空を見上げながら言った。
「こんな山の中でここまでうまいものを食べられるなんて思ってなかったぜ」
「こう見えても私はグルメなのでね……」
と答えたペルシスは、一人がけソファに身体を深く埋め、げっそりとしていた。ルーティに関する調査が難航を極め、肉体精神ともに大きく消耗しているせいだった。昼食と休息をとって、やや回復はしたものの、なかなか作業再開に踏み切れずにいる。
「まあ……今は味を気にする余裕もないがね……」
「これ以上続けて大丈夫かしら……?」
アルケナルの心配げな言葉に、ペルシスは手を振って応じた。
「もう少し休めば大丈夫だ。今の所結果が出ているとは言いがたいが、攻略法のアイデアはまだある。というか今この瞬間も、次から次から案がわいて出てきているんだ。なんとかしてみせる」
「ならいいんだけど……」
肩をすくめてから、アルケナルはセレナに声をかける。
「ところで……レーデルはまだ帰ってこないのかしら……?」
「全然見えねーな」
セレナの位置からは、家のすぐそばを通る道がよく見えた。しかし、ここしばらくレーデルどころか人っ子一人見当たらない。
「一体どこまで行ったのかしらね……」
「あっち方面ってことだけはわかるけどさ」
胴を紐で結ばれたルーティは、道を下る方向にぶら下がっていた。
「ここに来る途中、吊り橋があったでしょ。レーデル、あそこから落っこちたんじゃないの?」
ルーティの言葉に、セレナとアルケナルは顔を見合わせて、
「あはははは」
「ウフフフ……」
二人とも大笑いした。
「さすがにレーデルもそんなアホじゃねーぜ!」
「知恵の輪を解きながら歩いているとしても……そんなミスをやからす人じゃないでしょ……」
と二人に言われて、
「ま、それもそうだね。レーデルがそんなマヌケだったら、ボクは泣くよ」
ルーティも納得した。
吊り橋の上で鳴り響くのは、二人の男の激しい吐息と、二人の拳が敵を打つ音ばかりだった。
レーデルとサドワは、顔を血まみれにしながら、それでも一歩も引かずに殴り合っている。
吊り橋で足下が揺れ、拳に百パーセントの力を乗せきれないため、戦いは長引いていた。
(長引くのはまずい……)
殴り、殴られながら、レーデルは危機を覚える。
刺された脇腹の痛みが治まらない。今すぐ手当てをしなければ死ぬ、という性質の怪我ではないが、このまま戦いが長引けば、確実にレーデルの体力を削ぎ続ける。
時間はサドワに有利、レーデルに不利だ。
(仕掛けるしかない……!)
レーデルは殴りに行くと見せかけ、サドワの襟を掴んだ。締め上げてロープに押しつけ、落としにかかる。
数メートル真下には、激しく流れる水面が待っている。
サドワの上半身が大きく橋の外へせり出したが、
「この程度で……!」
サドワは、レーデルの脇腹を膝で繰り返し叩いた。
頭が真っ白になるような激痛に、レーデルは二度、三度と耐えたが、四度目でついに、
「……んぐぐっ」
思わずサドワを締め上げる手を緩めてしまった。
隙と見て、サドワは一瞬で体勢を入れ替える。
気がつけば、レーデルの方が落とされそうになっていた。
「落ちろ! 落ちやがれッ! 魚に食われながら地獄に落ちろよッ!」
首を締め上げ、脇腹を打つ。最後の力を振り絞り、サドワはケリをつけにかかった。
一方で、レーデルは失神寸前。辛うじて意識をつなぎ止めているのは、
(こんなクソ野郎に負けてたまるか……!)
ただ、気力だけだった。
(セレナにも……アルケナルにも……ルーティにも……別れも告げられず死ぬなんて、絶対にイヤだ……!)
そんな思いが、生存本能がレーデルを突き動かす。
無意識のうちに手が動く。
ポケットの中にしまっていた知恵の輪が、指に触れる。
次の瞬間、レーデルは知恵の輪を手に取り、
「……ぬあああッ!!」
その鋭利な先端を、サドワの側頭部に突き立てていた。
「!?」
不意の激痛に、サドワはつい力を緩める。
レーデルは再度体勢を入れ替えようとしたが、足がもつれ――
と同時に、摩耗していた吊り橋のロープが一本ぶつりと切れた。
運悪く、二人の立ち位置のせいで、吊り橋はぐるりとひっくり返る。
二人揃って中空に放り出された。
「……ッ……!!」
レーデルは全力で腕を伸ばしたが、その指はロープに届かない。
数秒感自由落下した後、勇者二人は水面に激突して、派手な水しぶきを立てた。
途切れそうになる意識をどうにかつないで、レーデルは水の中でもがいた。急流に押し流されながら、全身を必死に動かして空気を求める。
(こんなところで死ねるか……!)
思い一つだけをひたすらに念じ続けながら、押し寄せる川波に打たれながら、レーデルは生を求め、もがき続けた――




