その3 浴槽ではひげ剃り禁止
「ところで……どうしてあなたは命を狙われているのかしら……?」
問いかけながら、アルケナルは軽くワイングラスを傾けた。
一行は無事に橋を渡り、西サンディニウム側に宿を取った。近所の酒場にて夕食をとりつつ、歓談にふけっていた。
「心当たりはあります」
シュジェールはフードを被っていた。髪のみならず眉毛までなくなっているという見た目が、あまりにも周囲の目を強く惹くためである。命を狙われる身である以上、目立つわけにはいかなかった。
「魔王ビアベルムは今、ここから北西の方にある城塞を居城としているのですが、これが私が設計した城でして」
「あら……建築家の方なのね……」
「そうなんです。建築設計の依頼主は別の方だったのですが、その後ビアベルムに乗っ取られたようで。それでつい最近、魔王の手の者が『城の秘密通路の場所を教えろ』と私のところにやって来まして……」
「答えなければぶっ殺す、答えたあとはぶっ殺す、って奴だな」
セレナが横から言うと、シュジェールは深く頷いた。
「実際、秘密の通路も作りましたのでね。ビアベルムのライバルである魔王エクスムアなら助けてくれるはず、と信じて逃げてきたのです」
「災難だったな。あたしらがしっかりアーデラーまで送り届けてやるから、安心しな」
「ありがとうございます……」
礼を言ってから、シュジェールはおずおずと尋ねた。
「そう言えば、先程から男性の方が見えませんが? レーデルさんでしたっけ」
「レーデルは公衆浴場に行ってるぜ。ここから先しばらく機会が無いだろうから、体を洗っておきたいんだって。あいつは意外にきれい好きでさあ」
「そうなのですか。あまりそんな風には見えませんが」
「すぐ帰ってくるだろーさ。変な騒ぎを起こしてなけりゃの話だけど」
そうセレナは応じた。
(ルーティのせいで、変な騒ぎが起きる可能性は大だけどな)
と、心の中で付け加えながら。
「ひさしぶりのでかい浴場だ。ゆったりつかることができないのがほんっっっとうに残念だ」
脱衣場にて全裸になったレーデルは、心の底からの嘆きを口にした。
「仕方が無いね。呪うなら、護衛任務を引き受けた自分を呪うといいさ」
レーデルの肩口にて、同じく全裸になったルーティが言い返す。
「……それより、君が手にしているその小さなタオルは何かな?」
「こう使う」
レーデルは小さなタオルでルーティをぐるぐる巻きにした。顔だけが辛うじて出ている状態にする。
「一体どういうつもりかなあ?」
「こうすりゃ、遠目には俺が棒石けん握ってるだけに見えるだろ。棒石けん握って浴槽に浸かるのもアレだけど、美少女フィギュアと一緒に風呂に入る変態にみなされるよりははるかにましだ」
「異議を申し立てる! ボクにだってありのままの姿で風呂を楽しむ権利はあるはずだ!」
「静かにしろ! 目立つマネをするんじゃないよ!」
現在脱衣所にいる人間の数は片手で足りるほど。広いスペースを贅沢に使っている状態で、幸いにしてルーティの声に気づいた者はいなかった。
「本当に頼むから静かにしてくれ。せめて風呂くらい、心穏やかにつかりたい」
「確かに、風呂場で疲れてしまうのは本末転倒だ。仕方ないね、ボクもわがままばかりは言っていられない。ただし……」
ルーティは条件を出した。
「風呂に入ったら人のいない場所を探してほしいね。そこでボクはタオルを振り捨て、ありのままの姿で風呂を堪能する」
「上がる時は元通りタオルで巻くぞ」
「仕方ないね。そこも妥協しよう。でも、だったら……」
何かを言いかけたルーティが、
「……レーデル!?」
鋭い声を放つ。
一瞬早くレーデルは反応し、素早く脱衣所の床に身を投げていた。
直後、刃のきらめきが、レーデルがさっきまでいた場所を切り裂いていた。
(刺客……!)
いきなり命を狙われた、その恐怖を振り捨てながら、レーデルは身を起こし、刺客の姿を
見返す。
刺客はまだ脱衣前で、右手にタオルに隠した短剣を握っていた。
完全にレーデルの背中を取ったことで、喜び勇んだのだろう。そのため踏み込み音が大きくなり、レーデルに気づく余地を与えた。
「……風呂場に短剣を持ち込むなんて、どこの田舎者だ? 浴槽でのひげ剃りは禁止だろうよ!」
レーデルは刺客に呼びかけた。
刺客は顔の下半分にもタオルを巻き、顔を隠していた。しかしレーデルに相対すると、自らタオルをずり下げた。
「なかなか勘がいい、レーデル。相変わらず悪運が強いな」
「……おまえかよ。サドワ」
勇者候補の一人だった男、サドワ・クラヴェレットの顔をそこに見いだし、レーデルは眉をひそめた。
ルーティがレーデルにささやく。
「またお知り合い?」
「まあな。説明はあとでいいよな?」
「ほお。そいつが噂の魔神像か?」
ルーティの姿を見とがめ、サドワはギッとにらみつけてきた。
(昔から、目つきが鋭いというか目力が強いというか……変わらん奴)
などと思いつつ、レーデルはじりじりと後退する。
すぐにサドワは気づいて、
「逃がすか!」
身体ごとぶつける勢いで突進してきた。
「逃げるに決まってんだろ!」
裸のレーデルに、逃げる以外の選択肢はなかった。逃げながら、手当たり次第に脱衣カゴを掴んではサドワに投げつける。しかし、サドワをわずかに怯ませるだけの役にしか立たない。
「助けてえ! 人殺しィ!」
レーデルは絶叫し、助けを求めた。浴場の従業員なりが気づいて来てくれるまで時間を稼げば、この場はどうにかなるはずだった――が。
「黙れ!」
レーデルが放り出したカゴを、サドワは全力で蹴飛ばした。
低空を滑って飛んだそれが、間の悪いことにレーデルの足を取る。
「ぬあっ!?」
バランスを崩して、思わず転倒。
咄嗟に仰向けになったものの、その時にはもうサドワが頭上に覆い被さっていた。
「死ね、レーデル!」
サドワは短剣を両手で握り、レーデルの胸の真ん中目指して振り下ろした。
レーデルはサドワの腕を押さえにかかったが、一瞬遅く――
ガキン、と金属音。
「!?」
サドワは目を剥く。
ルーティがレーデルと短剣の間に割り込み、身体で刃を受け止めていた。
サドワはルーティごとレーデルを貫くべく体重をかける。が、レーデルどころかルーティを傷つけることすらできない。
「こんな見た目で意外だろうけど、ボクは魔神像なんだからね……!」
両手で短剣の刃を掴みながら、ルーティは言い返す。
不思議な魔力故、その表面は人肌のように柔らかいが、その本性は金属。短剣程度で傷つけられるわけがないのである。
「野郎に押し倒される趣味はないんだよ!」
下からレーデルはサドワを蹴飛ばした。サドワの身体が浮いた隙をついて、レーデルは滑り出て体勢を立て直す。
「……ちょっと! 何暴れているんですか!?」
その時、脱衣所の扉が開いて、従業員らしき男達が数人なだれ込んできた。
「……チッ! 次は必ず殺す!」
サドワはあっさりと引いた。全力で駆け抜け、別の扉から脱衣所を出て行く。
「なんとかなったか……」
レーデルは脱力した。全裸で刃物の相手をするなど、肝が冷えるどころの話ではない。
従業員達は、脱衣所の惨状を確認しつつ、レーデルに近づいてきた。
「一体何があったんですか!?」
「あー、申し訳ない。どこぞの頭おかしい奴に突然斬りかかられてね……」
「ボクらは被害者だ。そこんとこ、間違えないで欲しいね」
レーデルの説明に、ルーティが言葉を加える。
ルーティが発言した途端、従業員達の視線は全てルーティに集まった。
「……はっ! 美少女フィギュアがしゃべった!?」
「ということはあなた、噂の変態勇者ですね!」
「なんてこった! こんな場所で会えるなんて、こりゃ幸運だ!」
「風呂に入るのも一緒って話、本当だったんだ!」
一斉にはやし立てる従業員達。
白目を剥きそうになるのをこらえながら、レーデルはただ黙って恥辱に耐えるしかなかった。全裸で。




