その2 斬り抜ける魔剣
「ちょっと失礼。こういう場所で剣を振り回すのはいかがなものかな。みんな怖がってるだろ」
ふらり、とレーデルは牛男と坊主頭の間に割り込み、気軽な態度を装って呼びかけた。
「誰ですかい、あんた? シュジェールの知り合いかね?」
牛男は睨み返してきた。
(この坊主頭の人はシュジェールというのか)
と思いつつ、レーデルは剣の柄に手をかける。
「いいや、別に。ただ、見捨てるのは悪いかな、と思って」
「見捨てた方がいいと思いやすがねえ」
赤黒い剣を、牛男はゆらゆらと揺らした。
その構え方から察するに、大した使い手ではないと見えた。牛男が引き連れている四人の男も同様。
セレナとアルケナルの不意打ちから挟み撃ちに持ち込めば、さして苦戦はしないだろう、とレーデルは踏む。少しだけ時間稼ぎをすれば――
「どこの方か存じませんが、あいつの魔剣に気をつけて!」
坊主頭の男、シュジェールがレーデルに助言を投げた。
「あれに少しでも斬られると、私みたいになります!」
「……なんですって?」
意味を掴みかねたレーデルが聞き返そうとした瞬間。
「せいりゃあ!」
牛男がいきなり打ちかかってきた。
咄嗟にレーデルは剣を抜き、受け止める。金属音が鳴り響く。
牛男の剣術はまるでなっていなかった。腰が入っておらず、そのため一撃一撃があまりにも軽い。レーデルが撃ち返してやると、赤黒い剣は大きくはね飛ばされる。
加えて狙いも適当だ。敵の急所を狙う、という考えがまるでない。
それでも牛男は繰り返し剣を振り回す。とにかくレーデルをちょっとでも切れればいい、とでも言いたげに。
(相手に少しでも傷を付ければ、そこから相手に何らかの毒が回るタイプの魔剣か……?)
とレーデルが思ったタイミングで、
「大将! 手ェ貸しますぜ!」
牛男の取り巻きの一人が割り込んできた。長い棍を掲げ、レーデルの頭上に振り下ろす。
一瞬遅れ、牛男が鋭い突きを放ってきた。連係攻撃に、しかしレーデルは慌てず、
「おっと!」
するりと身をかわし、棍に地面を打たせると同時に、取り巻きの陰に隠れた。
取り巻きの身体がレーデルを守る盾となり、牛男の突きが取り巻きに刺さる格好となる。
「……しまった!?」
牛男は慌てて攻撃を止めたが、その切っ先が軽く取り巻きの胴に突き刺さってしまった。
「いったあ!?」
悲鳴を上げ、取り巻きは地面に崩れ落ちた。傷自体は浅く、わずかに出血したのみで済んだが――
「おいどうした!?」
レーデルは目を見張った。
取り巻きの黒い髪が、突然ずるりずるりと抜け落ち始めたのである。
ふさふさに生えて頭部を覆っていた黒髪が、あっという間に全て抜けた。
ほんの数秒で、きれいさっぱりとした坊主と化していた。
「そ、そういうことか!」
レーデルはシュジェールの言葉を思い出し、理解する。「少しでも斬られると、私みたいになる」という発言はこれを指していたのだ、と。
怒りの視線を、牛男はレーデルに向けた。
「おいこの野郎……! 俺のかわいい弟分を、よくもやってくれやがったな!?」
「やったのはあんただろ! というかなんなのその魔剣!?」
「フン! こいつで斬られた相手は、全身の毛という毛が全て抜け落ちるのよ」
牛男の説明に、レーデルはシュジェール、そして刺された取り巻きを改めて見やる。言われてみれば、髪だけではなく眉毛までなくなっていた。
「おやおや、こいつは大変な相手だね」
ショールの中で、ルーティが他人事のように言った。
「ボクとしてはね。坊主頭のレーデルはあまり見たくない」
「俺だって遠慮だっての! さっさとケリをつけてやる!」
レーデルは一気に攻勢に出た。牛男をはるかに上回る剣速で斬撃を連打する。
剣の腕前では、レーデルの方がはるかに上。おのずと牛男は防戦一方となった。受けるばかりになってしまい、レーデルに反攻をかける機会すら皆無。
「こ……このっ!」
牛男は思いきって飛び退き、間合いを大きく取った。
そして後方に控えているはずの取り巻きに呼びかける。
「野郎ども! 一気に畳みかける……」
しかし、牛男が振り返ったその先にいたのは、
「野郎ども? どこにいるんだ?」
すでに取り巻きの一人をノしたセレナと、
「こんな場所で精霊を喚び出すのはあまり良くないんだけど……」
氷の精霊に取り巻き二人を握らせているアルケナルだった。
その巨大な手で、氷の精霊は取り巻きを一人ずつがっちりとホールドしていた。立ち上る白い冷気に包まれた取り巻き達は、
「た……助けて……大将……!」
「こいつ……バケモノ……!」
まともに声も出せないほどに冷やされていた。
「もう十分よね……」
アルケナルは精霊を操り、取り巻き二人を地面に放り出す。自由になった後も、二人は全身半ば凍り付き、寝転がったまま動けなかった。
いつの間にか数的劣勢を強いられていることに気づいた牛男は、
「て……撤収だ!」
坊主頭になった手下とともに、全速力で逃げ出した。倒された三人は放置しての逃走である。
「……頭髪の危機は去った」
心の底から安堵しつつ、レーデルは剣を収めた。
セレナがアルケナルとともに歩み寄ってきて、レーデルに問いかける。
「結局何があったんだよ?」
「俺にもよくわからない。この人があの連中に追いかけられていたみたいなんだが」
その男、シュジェールは自分で立ち上がると、レーデルたちに頭を下げた。
「助かりました……。あなた方は命の恩人です」
「一体何があったんですか?」
「その……命を狙われていまして……」
さらに語を継ごうとしたものの、シュジェールはめまいに襲われ、顔を手で押さえた。
「少し休憩した方が良さそうだ」
というわけで、一行はすぐ近くのコーヒーハウスへ向かった。
席に着き、落ち着いたところで、シュジェールは改めて語り出した。
「あいつらは魔王ビアベルムの手先で、私は魔王に命を狙われているんです。逃亡中に追いつかれてしまったというわけで」
「魔王ビアベルムですか」
(どこかで名前を耳にしたことがあるレベルの魔王だな)
と、レーデルは思った。魔王にもピンからキリまでいて、有名な魔王は一握りである。
「逃げるアテはあるんですか?」
「エクスムア様のもとに逃げ込むつもりでいます」
「エクスムア? どっかで聞いたような……」
記憶を探ろうとするセレナに、アルケナルが口を開く。
「どっかも何も……サンディニウムは魔王エクスムアの領地よ……」
「あ、そうなの?」
「エクスムアの居城はアーデラーにあったと思うけど……そちらまで行く予定で……?」
「そのつもりです」
シュジェールの答えを聞いて、アルケナルはレーデルに目配せをした。
「偶然ですねえ」
アレクトに似た営業スマイルを浮かべながら、レーデルは持ちかけた。
「実は俺たちもアーデラーまで行く予定でしてねえ。ここで会ったのも何かの縁だし、俺たちに護衛を頼む気はありませんか? もちろんお安くしておきますよ」
「本当ですか」
シュジェールはぱっと顔を明るくした。
「命を救って戴いた上に、そんなことまで言ってくれるんですか。お願いしますお願いします! 是非とも護衛して下さい」
シュジェールはレーデルと固く握手を交わし、かくして商談は成立した。




